<本文>
1.温排水の特徴
火力発電所または原子力発電所では、高温の水蒸気によりタービンを回転して発電を行なっている。使用後の水蒸気は、復水器に送られ冷却され水に戻り、再びボイラーまたは
原子炉(
蒸気発生器)で使用される。日本の発電所は、海岸の近くに立地されていることから、復水器は海水冷却方式であり、復水器で蒸気の冷却に使用された海水は、温排水としてそのまま海に放流される。
原子力発電の
熱効率は33〜35%程度であり、電気に変換されなかったエネルギーの殆どが温排水として排出される。火力発電の場合は、タービンに送られる蒸気温度が原子力発電より高いので、最新鋭の発電所では熱効率が42%にも達する(ガスタービンを利用する複合サイクルシステムでは50%近くなる)。また、廃熱の一部はボイラーから直接大気に放出されるので、原子力発電に比べて温排水の量は少ない。
タービンの効率を高めるため、復水器に送られる蒸気は真空に近い低圧となっており、その温度は30〜40℃である。この蒸気を水に戻すための海水は、20℃程度で取水したものが7℃程度昇温して排出される。しかし、その量は多く、発電容量100万kWに対し火力発電で毎秒40立方メートル程度、原子力発電(
BWR)で70立方メートル程度である。
発電所の取水と放水口は、相互に影響を及ぼさないことを条件に発電施設の地理的条件によって決められている。取水方式には表層取水と深い所から冷たい水を取り込む中層取水がある。放水方式には表層放水方式と水中放水方式がある。表層放水では、温排水は海面に広がり、海中や海底には温排水の影響が及ばない。水中放水では、その影響は放水口近くに限定される。どの放水方式とするかは、海水の流れ、波浪の状況、海岸線や海底の形状、漁業や海の動植物の実態などを考慮して、影響が少ないように決定されている。
2.温排水利用の形態
温排水は、周辺の海水より僅か7℃高いだけであるが、放水量が大量であることが大きな特徴である。放水口付近の海岸や海底の自然の地形により適度に閉鎖された海水域に温排水が放出される場合には、その昇温効果と大量の放流水による撹拌効果並びに海水交換効果により海水中の魚介藻類の養殖や
増殖に利用することが、温排水の特徴を最もよく活かす利用方式とされている。この利用形態は、現在はあまり多くないが、発電所の取放水口付近に魚類が集まる効果は広く認めらる所であり、3.の項で記述するように、温排水の全エネルギーを利用しようとする将来性の高いものとして開発が進められている。
温排水を海水中に放水して薄める前に、その昇温エネルギーを利用する方法がエネルギー利用としては有効である。この形態のうち、最も進んでいるものは漁業への利用であり、温排水を養殖池に導き、そこで魚介類の種苗の育成または成魚の養殖が行われている。この場合、養殖池の大きさを余り大きくできないため、発電所から排出される温排水の極く一部しか利用されていないのが実状である。
温排水のエネルギー利用法は、漁業に限られず他の目的の熱源とする形態も考えられる。すなわち、熱の利用先として道路の融雪、建物などの暖房、植物類栽培の温室および海水の淡水化(原子力による海水の淡水化<01−04−03−03>参照)などが試みられている。
3.取放水海域の活用
発電所の取放水海域では、前述のように海水の昇温、撹拌、海水交換などの効果の他に、港湾や埋立護岸ができることにより岩場を棲みかとする生物の生息場所を拡大する効果、および防波堤ができることにより周囲を静穏にさせたり、波や流れの向きを変えて二枚貝の生息場を拡大する効果などもある。
海域全体で魚介類の成長に効果があっても、これを栽培漁業として利用するためには、生簀(いけす)などを使用して魚介類の移動を阻止しなければ事業として成り立ち難く、そのための投資など困難な問題も多く発展が妨げられている。。しかし、生簀のように限定された範囲でなく、より広範囲の海域を海洋牧場として利用できれば大きな効果を挙げることが可能である。
日本原子力発電の敦賀発電所1号機・2号機と核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)の新型転換炉原型炉「
ふげん」の立地する浦底湾では3基の取水量が毎秒約112立方メートルで、敦賀発電所1号機の温排水が毎秒約20立方メートル排出される。大量の海水が取水されて湾内の海水が交流し、魚の養殖によい条件ができている。網いけすを使用したハマチ、マダイ、トラフグ、クロイソなどの養殖が行われている。これは福井県水産試験場と敦賀市漁協が運営する国の補助事業として実施されているものである。
関西電力高浜発電所は、その前面海域である内浦湾の一番奥に温排水放出口があり取水口は湾外にある。温排水放出口から約3km離れた漁業組合の事業所先で、通常海域に比し2〜3℃ほど表層水温が高くなっている。ここに1990年から1993年に県の養殖場造成事業として、消波施設(浮消波堤)が設置され、この場所に生簀を移動したり、新設したりする事業が行われている。運営は(株)関西総合環境センターが関西電力から委託されて、アワビ、サザエの種苗育成、アワビ、サザエ、マダイの養成を実施している。
関西電力美浜発電所は、若狭湾東部の小さな半島に位置するが、その半島に囲まれた丹生湾は平均水深が3メートルと浅く、海水の交換が悪く、夏季には赤潮が発生するなど養殖には不適当であった。3基の原子力発電施設が毎秒最大約110立方メートルの海水を汲み上げるようになってから、湾内の海水の交換がよくなり、網いけす養殖が可能となった。1988年に国の直轄調査によって、海洋牧場としての可能性が示され、これを受けて県の事業として施設整備が行われ、丹生湾海洋牧場協議会が作られた。丹生湾の入り口を網で仕切って湾内でマダイ種苗の中間育成および音響馴致による育成を約1年間行った後、湾外の音響給餌ブイの周辺に放流し、そこで自然の海の中で音響給餌による育成を3年間実施し、その後捕獲するという本格的な海洋牧場計画である。これは温排水そのものの利用ではないが、発電所の取放水の利用であり、温排水と密接に関連する(
図1)。
4.温排水利用の陸上温水養魚
取放水海域の海面における養魚と異なり、陸上に養魚施設を設置して温排水を利用する養殖は、多くの原子力発電所および火力発電所において行われている。全国の原子力発電所で何らかの形で温排水利用の養魚が行われているのは、福島第一、東海第二、浜岡、志賀、高浜および島根発電所である(
図2および
表1、
表2)。
海面での養殖は波浪、潮流等自然現象に大きな影響を受けるとともに、波浪による施設の破損等による養殖魚の逃逸の恐れなど、事業化する場合の
リスクも大きい。陸上養魚場での養殖事業は、種苗の生産、種苗からの中間育成および成魚の生産のいずれかか、これらの組み合わせによって行われている。
種苗生産は、水産業界が従来の獲る漁業からの転換を図るため、減少した資源や特定魚種の資源を培養増加させるための開発を進めるもので、人為的に大量に生産された種苗を放流し、資源の保全と増加に寄与するものである。現在対象とされている魚種は約100種である。この種苗の生産には、まず親魚が必要であり、必要な時期に必要な量の健全な卵を得るためには、栄養価の十分な餌を与えた健全な産卵用親魚を長期間飼育することが必要である。このためには冬でも適水温に保たなければならず、ボイラーでは十分な水量を確保することが困難であり、発電所の温排水を利用する利点は大きい。中間育成は、種苗をより大きくし、放流後に自力で摂餌でき、周囲の魚に食害されない大きさにまで飼育することである。種苗生産が早期化し、主要な魚ではまだ水温が低い時期に中間育成が行えることから、温排水の利用が有効である。成魚の生産は、市場に出荷する大きさまで魚を飼育するもので、冬期に成長が停止する魚介類を適水温に保つことにより、1年で3倍以上も早い成長をさせることができる。
東海第二原子力発電所から放水される温水を利用する(財)温水養魚開発協会東海事業所の養魚施設および取水系統図を
図3および
図4示す。また、成魚養成の試験例として、
図5に魚介類の適水温を示すグラフおよびヒラメの成長を自然海水の場合と温排水により適温に保持した海水の場合を比較したグラフを示す。当協会は文部科学省の委託を受け、漁業者代表として放射能調査を行っている。温排水等を利用して漁業重要種のブリ、マダイ、ヒラメ、クロダイ、ウナギ等を飼育し、摂取した放射能残存量を分析している。結果は
図6に示すように、日本周辺の
海産生物と同レベルであり、とくに異常はない。砂泥、飼育海水も分析したが異常は認められていない。また、温水利用養魚(マダイ、クルマエビ)の企業化実証試験も行われている(
図7)。
福島県水産種苗研究所は、東京電力福島第1原子力発電所の温排水を利用している。通算4回送水管にトラブルが発生したが、生産への致命的な影響は認められなかった。温排水を利用したホシガレイの成魚養成試験を行っている。これまでに飼育期間を約80日短縮できることがわかった。福島県栽培漁業センターは、水産種苗研究所に隣接する福島県栽培漁業協会の施設である。アワビ、ウニ、アユの種苗生産とヒラメの放流種苗の生産を行っている。
静岡県温水利用研究センターは中部電力浜岡1号機・2号機の温排水を利用しており、安定した取水体制ができている。マダイ、ヒラメ、クルマエビ、ガザミ、アワビ、ノコギリガザミ、クエ、サガラメカジメの種苗生産、マダイ、ヒラメ、クエの成魚養成を行っている。
石川県水産総合センター生産部志賀事業所は1988年に操業開始していたが、北陸電力志賀原子力発電所の温排水の利点を最大限に利用する温排水利用種苗生産施設を1999年3月に竣工した。これに伴い、事業名を温排水利用による魚類種苗生産事業と名称を変えた。ヒラメ、アワビ、サザエの種苗生産を実施している。
5.温排水の漁業以外の利用
発電所の温排水は、前述のように取水温度より7℃高いだけのエネルギー密度が非常に低い熱源である。したがって、これの利用先は限られている。
表3に示すように原子力発電では関西電力の高浜発電所および九州電力の玄海発電所、火力発電では関西電力の宮津エネルギー研究所で温室の暖房熱源に利用され洋ラン、観葉植物の栽培試験や野菜の栽培が行われている。
ヒートポンプが開発されてきたので、今後暖房用の熱源としての利用が期待され、東北電力の能代火力発電所ではサービスビルやPR館に利用されている。
6.海外の温排水利用例
欧米では原子力発電所や火力発電所が内陸部にあることが多く、復水器の冷却に河川水を利用するか、冷却水を冷却塔によって空気で冷却している。河川水冷却の場合には、日本の海水冷却の場合よりも冷却水量が少なく、水温の上昇が10〜15℃あり、冷却塔の場合は外気温度より20℃程度高くなる。海水でなく淡水であることと温度差が大きいことから温排水の利用性は高いと考えられる。
フランス電力公社(
EDF)はフランス原子カ庁の研究を引継ぎ、1976年以来温排水有効利用の可能性を模索し、農水産業(特にバイオ関連)ヘの利用可能性が高いとの結論に達し奨励している。温排水の提供条件は、無償、水温と水量は保証せず停止時もバックアップしない、設備費は熱利用者の自己負担としている。
(1)農業
経済的にもハウス栽培はクローズドサーキットの冷却システムによって得られる20−40℃の温水利用が最も有効な方法の一つである。特に加温施設を必要としない低温水の利用(野菜や苗木の栽培)は、作物のローテーションを早め、根付を良くし、凍結を防止する。
加温施設を必要とする植物(観葉植物、花卉、トマトなど)の場合、温排水利用により必要な暖房の40〜80%を節約できる。
(2)水産業
養殖の分野において、温水を利用して魚介類を最適温度で飼育すれば効率よく成長を促進させることができる。また、産卵期調整などの補助施設にも有効利用できる。
(3)その他
上記のほかにも、大豆やキノコ類の栽培、ワニの飼育、タバコの乾燥、木材の乾燥、繭の浸水精錬、温水プール等様々な利用方法が検討されている。英国では、石炭火力発電所ではあるが、温排水利用としては世界最大の温室(12ヘクタール)による野菜栽培が行われている。カナダでは、温排水利用のニジマス養殖の例がある。
表4および
表5に欧米の原子力発電所における温排水利用の状況を一覧表にして示す。
<図/表>
<関連タイトル>
原子力による海水の淡水化 (01-04-03-03)
<参考文献>
(1)(財)温水養魚開発協会:発電所温水養魚の現況パンフレット
(2)(財)温水養魚開発協会:温水養魚開発協会要覧パンフレット
(3)電気事業連合会:原子力発電の基礎知識、地域との共生
(4)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック 2004年版(2004年8月)、p.74−75
(5)資源エネルギー庁(編):原子力発電便覧’99年版、電力新報社(1999年10月)、p.464−471
(6)(財)温水養魚開発協会(編):温水養魚の手引き(第1分冊)、(財)温水養魚開発協会(1994年3月)
(7)(財)温水養魚開発協会(編):温水養魚の手引き(第2分冊)、(財)温水養魚開発協会(1995年3月)
(8)(財)温水養魚開発協会(編):温水養魚の手引き(第3分冊)、(財)温水養魚開発協
(9)(財)電源地域振興センター(編):海外諸国の共生型発電所事例集<地域と発電所の共生形態総覧>、(財)電源地域振興センター(1995年3月)
(10)(財)温水養魚開発協会(編):平成10年度発電所温水利用養魚の成果、(財)温水養魚開発協会(1999年10月)
(11)(財)温水養魚開発協会:温水養魚開発協会要覧?温水の有効利用による水産増養殖技術の試験開発?(1999年7月)