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<概要>
 旧ソ連の解消に伴い、これまで旧ソ連の・化学・生物といった大量破壊兵器開発に関与してきた多くの科学者、技術者の国外流出を防止し、これらの人材に平和目的の研究開発の機会を提供するため、日本、米国、欧州連合(EU)およびロシアにより、国際科学技術センター(ISTC)を設立する協定が1992年11月に署名された。しかし、ロシア側の政局混迷によりロシア国会の批准が得られず、このため協定の暫定適用に関する議定書が4者間で署名され、1994年3月にISTCがモスクワに設立され、活動を開始した。このプロジェクトは順調に実施され、規模も年々拡大し、国際的活動として評価されている。2007年9月現在、支援側の加盟国は日本、米国、EU、カナダ、ノルウェー、韓国、スイス、被支援国はロシア、アルメニア、ベラルーシ、グルジア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン(CIS諸国)で、2006年12月現在で総プロジェクト件数が2,437件、支援総額は延べ7億4,400万ドルである。
<更新年月>
2008年02月   

<本文>
1.ISTC設立の経緯(参考文献1−3)
 旧ソ連の核兵器を中心とした大量破壊兵器の解体廃棄に伴い、これまで大量破壊兵器の開発に取り組んできた多くの科学者・技術者の国外流出を防止し、これらの人材に平和目的の研究開発の機会を提供するため、日本、米国、欧州連合(EU)およびロシアの4者により「国際科学技術センター(ISTC)」を設立する協定が1992年11月に署名され、1993年12月に「協定の暫定適用に関する議定書」の署名を経て、1994年3月に国際科学技術センターがモスクワに設立され、活動を開始した。このプロジェクトでは、最初の2年間は、米国が2,500万ドル(26億円)、日本が2,000万ドル(21億円)、欧州委員会(EU)が2,000万ECU(24億円)をISTCに提供した。1994年3月の活動開始以来、事業は順調に実施され、規模も年々拡大し、国際的活動として評価されている。
 2006年12月現在、事務局の職員数はモスクワ本部と6か国にある支所を合わせて19か国から200名以上(うち日本人2名)である。
2.研究プロジェクトに資金提供(参考文献1−6)
 国際科学技術センターの主な事業は、旧軍事研究者にISTCプロジェクトから資金提供を行い、民生研究への転換を図り、また旧ソ連邦地域諸国の市場経済への移行を支援するものである。資金は、米国、EU、日本、カナダ、韓国、ノルウェーの政府および民間企業等が供出し、実際の研究は、ロシアをはじめ旧ソ連地域の7か国(CIS諸国、ロシア、アルメニア、ベラルーシ、グルジア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン)の研究所、企業で実施されている。研究分野は、高エネルギー物理学等の基礎研究、原子力、バイオ、環境関連、材料開発等の産業技術など極めて多岐にわたっており、そのことがISTC事業の大きな特徴、魅力となっている。
 活動を開始してから2006年12月までに、2,437件のプロジェクトが採用され、延べ7億4,400万ドルの資金が提供された。 図1に支援国別のロシア連邦に対するプロジェクト資金の割合を示す。日本政府の寄与は8.5%、特に最近はEU、米国の積極的な姿勢が顕著である。 図2に1992年以来の技術分野別のプロジェクト累積資金の割合を示す。バイオ関連、環境、物理、原子力の割合が高いことがわかる。 図3に技術分野毎のプロジェクト資金の2006年中に新たに資金を獲得したものと完了したものを示す。環境分野以外では、完了したものの割合が新たに資金を獲得したものより多く、最近は、全体的に資金が減る傾向にあることがわかる。
 ISTCの研究が高く評価されている理由の一つは、透明性が高いことである。ISTCではプロジェクト予算を研究機関にまとめて送金することはせず、個人が受け取るグラント(報酬)は、ISTC事務局が直接個人の銀行口座に送金し、また、機器、材料類等も事務局が購入して研究機関に渡している。従って、プロジェクト予算の使途は明瞭に把握できる。米国はこの点を特に評価しているようで、国務省だけでなく、農務省、厚生省等もISTC経由で事業を実施するようになっている。図4に示すように、2006年には、22,062名のCIS諸国の科学者に総額40.5MUS$の報酬が支払われた。これは、1米ドルの換算レートを115円として、1名あたり約2.1万円に相当する。ISTC発足当時には、生活費として大変感謝された額ではあるが、現在ではロシア全体の平均月収の半分程度に低下している。この原因としては、石油、天然ガスの産出量が増大し、ロシアの経済状況が好転しているためである。また、ISTCの支給は米ドルで行われているが、米ドルのルーブルに対する換算率の低下も一因である。
 報酬の受け入れ額については、国別では当然ながらロシアが67%と大部分を占めている。ISTCプロジェクトを多く実施している研究機関のトップ5(2008年1月現在)を表1に示す。表中第1位のVNIEF(全ロシア実験物理研究所、旧アルザマス−16)および第2位VNIITF(全ロシア技術物理研究所、旧チェリアビンスク−70)は、米国のロスアラモス国立研究所のような核兵器の研究開発機関で、それぞれサロフ(人口8万5千人)、スネジンスク(人口4万9千人)という閉鎖都市を形成していた。第3位のGos NIIPM(応用微生物学研究センター)は、分子生物学の基礎・応用研究、免疫学等の研究機関で、第4位のNPO Vector(ウイルス・生物工学研究センター)は、ウイルスの分子的進化およびこれの人体への相互作用の研究を実施しており、両者はともにバイオ関係の研究所であり、米国のバイオ重視の結果がこの表に表れている。第5位のFEI(物理エネルギー研究所)には、世界最初の原子炉であるオブニンスク原子力発電所があり、液体金属冷却炉の開発および原子力発電所の指導的研究を実施していた。以上の5研究機関の現状を知るには、参考文献8−13を参照されたい。
3.日本政府、日本企業の事業参加(参考文献4−6)
 日本は発足当時から積極的にISTCに参加している。最近はISTCの事業に参加する日本企業の数も増えてきている。
(1)日本政府によるISTCプロジェクト
 日本政府は、2006年6月までに合計213件のプロジェクトに対し約6千万ドルの資金提供を行っている。代表的なものは以下の通りである。
・日本と地理的に近いシベリア、極東地域での環境観測
 オゾン層観測、地震観測、海洋調査等。
・ロシアの優れた加速器関連技術の日本の同種施設への応用:
 兵庫県の放射光施設Spring−8に設置することを目途に、世界最高能力のウイグラー(放射光発生用装置)を開発。また、理化学研究所で建設中の加速器のシミュレーション。
・原子力、宇宙関連の独創的技術の開発
 核融合関連技術、プルトニウム処理技術、宇宙におけるレーザー利用技術等。
 また、2001年度からは、日本原子力研究所(日本原子力研究開発機構)が高温ガス炉関連のISTCプロジェクトを長期的に実施する。
(2)日本企業によるISTCプロジェクト
 2008年1月現在、約70団体の日本企業がISTCのパートナーとして登録されている。主に材料関係のプロジェクトが多い。政府プロジェクトと同様に、免税措置を受けることができるので、ISTCを利用しない場合に比べて低コストで、研究開発が可能である。また、ISTC事務局から各種のサポートを受けることができる。
(3)その他の支援プログラム
 ISTCでは、プロジェクトの他に、研究者の民生研究支援や持続的な活動に向けた様々なプログラムを加盟国政府の拠出により進めている。主なものは次のとおり。
−研究集会の開催経費の支援
−通信インフラ整備についての支援
−特許化や技術成果の利用促進のための支援
−パイロット事業の実施など商業化支援、競争力をつけるための知財、ビジネスなどについての各種訓練の実施
−テロ対策、バイオセキュリティーというグローバルセキュリティに貢献する分野での支援
 また、持続的な活動ができるよう、特定の研究機関に集中的に支援を行うべく、持続発展計画支援プログラムを2008年より開始している。さらに、研究分野についても上記テロ対策の他、原子力、バイオ、環境、再生可能エネルギーを重点分野とし、ロシア・CISと協力してプロジェクトを進めている。
(4)日本開催のISTCワークショップ(参考文献7)
 上記のプログラムの中で日本向けに特別な事業として、CIS諸国の優れた先端技術分野を中心として、日本の企業および研究機関等と情報交換をすることを通じ、民生転換支援やプロジェクト化を図っていくことを目的としたジャパンワークショップを、1997年以降、東京、大阪、筑波、新潟、仙台、名古屋で43回開催している(2008年1月現在)。テーマは(1)レーザー、(2)バイオ、(3)新材料、(4)航空・宇宙、(5)エネルギー(再生可能エネルギーを含む)、(6)エレクトロニクス、(7)化学、(8)半導体、(9)有機化学、(10)宇宙ステーション利用、(11)情報技術、(12)ナノテク、(13)加速器等で、ロシア人科学者が延べ約220人が出席し、日本企業等から延べ約2,000人が参加した。
4.旧ソ連地域における軍民転換の現状と今後の課題(参考文献1)
(1)現状
 1991年12月の旧ソ連崩壊後、ロシア社会の市場経済への移行は、モスクワ等の大都市を中心に進んでいる。ISTCの活動も、初期段階はとにかく研究者に生活できるだけの資金提供が優先されてきたが、その段階は成功裏に終了した。今後はCIS諸国の研究者が長期的に自立してゆくための支援を行うことが必要である。
 軍民転換の現状をみると、モスクワ等の大都市にある研究所では、ビジネス環境を活かし、民生化が進んでいる。例えば、VNIIA(全ロシア自動制御研究所)は、当初は核兵器用の計測・制御装置等を開発し生産していた研究機関であったが、2001年には民生用の中性子発生装置を開発し、ヨーロッパおよび米国に販売した。また、ドイツのシーメンスの協力を得て、発電所の計測制御装置を製造し、中国、ウクライナに輸出するなどにより、全収入の50%以上を民生用の自己収入が占めている。
 一方、サロフにあるVNIIEF(全ロシア実験物理研究所)およびスネジンスクにあるVNIITF(全ロシア技術物理研究所)のように、核兵器開発を直接行っていた旧閉鎖都市の軍民転換は容易ではない。市場経済とは全く無縁で、2007年現在でも立ち入りには事前許可が必要で、海外の民間企業が頻繁に訪問できる環境ではない。VNIIEFに対しては、米国エネルギー省の支援で各種コンピュータシミュレーションモデルを開発・販売する「オープンコンピュータセンター」がサロフに設立された。
 米国はISTCの活動だけでなく、核兵器の解体、処理に対する直接的支援から閉鎖都市での民生用の企業設立まで幅広く対ロシア支援を行っている。これらの施策は総称して Cooperative Security Program と呼ばれており、2001年現在、総予算は年間10億ドルにのぼると云われているが、まだ十分ではないようである。
 また、カザフスタン、アルメニア等の国々には、旧ソ連時代に建設された大規模な研究機関が多数ある。これらは、全ソ連という枠の中で研究活動を行っていたが、独立国となった今、各国の国力ではとても維持できるものではなく、大規模なリストラが進行中である。
(2)今後の課題
 閉鎖都市を含めて軍民転換を一層進めるためには、引き続き西側からの支援が必要な状況にある。特に、CIS諸国の研究機関が、西側民間企業との関係を強化し、企業の要求に応える技術、製品を開発してゆくことが不可欠である。
 日本企業の旺盛な新製品および新技術の開発力は、CIS諸国でも広く知られ評価されている。この観点から、ISTCとしても、日本政府の支援とともに、今後より多くの日本企業がISTCの活動に興味を持ち、参加することが望ましい。
(前回更新:2003年1月)
<図/表>
表1 ISTCプロジェクト実施機関のトップ5
表1  ISTCプロジェクト実施機関のトップ5
図1 1992年以来のロシアに対する支援国別ISTCプロジェクト累積資金
図1  1992年以来のロシアに対する支援国別ISTCプロジェクト累積資金
図2 1992年以来の技術分野別ISTCプロジェクト資金
図2  1992年以来の技術分野別ISTCプロジェクト資金
図3 2006年の技術分野別のISTCプロジェクト資金
図3  2006年の技術分野別のISTCプロジェクト資金
図4 2006年に22,062名のCIS諸国科学者の支払われた報酬(総額US40.5M$)
図4  2006年に22,062名のCIS諸国科学者の支払われた報酬(総額US40.5M$)

<関連タイトル>
旧ソ連・東欧諸国へのIAEAによる協力・支援 (13-03-01-01)
旧ソ連の原子力研究施設 (14-06-01-19)
ロシアの核兵器解体プルトニウムの処分と高速増殖炉BN600 (14-06-01-25)

<参考文献>
(1)植田秀史:順調な進展をみせるISTC、原子力産業新聞第2084号(2001年4月19日)
(2)The International Science and Technology Center(ISTC):
(3)The International Science and Technology Center(ISTC):Annual Report 2006,
(4)外務省:外交政策>科学技術・宇宙>国際科学技術センター(International Science and Technology Center: ISTC)(2006年6月)、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/technology/istc_1.html
(5)外務省:国際科学技術センター拠出金、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/sonota/k_kikan_18/pdfs/029.pdf
(6)文部科学省:国際科学技術センター任意拠出金、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/sonota/k_kikan_18/pdfs/168.pdf
(7)佐藤、リーマン:ISTCプロジェクトの例、ISTC(国際科学技術センター)について
(8)VNIIEF(全ロシア実験物理研究所):
(9)VNIITF(全ロシア技術物理研究所):
(10)NPO Vector(ウイルス・生物工学研究センター):http://www.vector.nsc.ru
(11)FEI(IPPE)物理エネルギー研究所:
(12)MIFI(モスクワ工業物理大学):
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