<本文>
1.脱原子力の動き
1970年代前半の石油危機を契機に、スウェーデンはエネルギー需要における石油依存度の低下を目指し、国内で低品位ではあるが大量に存在するウラン資源に注目し、
原子力発電を促進することとなった。これはエネルギー政策において「スウェーデンの道(the Swedish Path)」として大きく期待され、スウェーデン初の原子力発電所オスカーシャム1号機が1972年に運転を開始。以後1980年代前半にかけて次々と原子力発電所が建設され、スウェーデン国内に12基の原子力発電所が誕生した。 図1にスウェーデンの原子力発電所配置図を示す。
一方、スウェーデンでは、1960年代の産業・公害問題にかかわる環境問題に端を発し、1970年代に入って原子力反対運動が起こった。さらに、1979年3月の米国スリーマイル島原子力発電所の事故(TMI事故)は世論への影響が大きく、原子力問題を政治レベルで統一することができなくなったことから、政府与党の社会民主党は原子力推進を撤回し、国民投票を提案した。これにより、1980年3月に原子力の存続に関する国民投票が実施された。投票には国民の75.6%が参加し、結果は以下の通りである。
選択肢1:12基全ての原子炉を
耐用年数を過ぎた順に廃炉にする(賛成:18.9%)
選択肢2:新たなエネルギー開発を行い、代替電力の確保ができた時点で、12基の全ての原子炉を廃炉にする(賛成:39.1%)
選択肢3:6基の建設中の原子炉の建設を中止し、運転中の6基に関しては10年以内に全廃する(賛成:38.7%)
なお、国民投票そのものに法的拘束力はないが、結果を踏まえたスウェーデン議会は、既存原子炉の寿命を25年として段階的に廃止し、2010年までに全ての発電所を閉鎖するとの決議を採択したが、社会的利益や電力需給バランス等に多大な影響を及ぼさないことが前提とされた。1991年に採択されたエネルギー政策では、省エネルギーの促進と再生可能エネルギーを中心とした代替エネルギーの獲得などにより、原子力発電所の閉鎖は可能であると考えられていた。
1997年の「持続可能なエネルギー供給に向けて」と題されたエネルギー政策では、雇用と社会的利益、国内産業の競争力、電力需給バランス、環境を損なわないペースで原子力発電所を閉鎖する方針が示され、2010年の最終期限は撤回されたが、バーセベック原子力発電所1号機を1998年7月1日までに、同2号機を2001年7月1日までに閉鎖するという政府に原子力発電所の運転認可を取り消す権限を与える脱原子力法を制定する方針が示された。バーセベック1、2号を所有するシドクラフト社は、政府の方針について法廷で争ったものの、裁判所は政府決定を支持してバーセベック1号機を1999年12月1日に、2号機を2005年5月31日に停止した(ATOMICAタイトル、バーセベック原子力発電所をめぐる動き <14-05-04-08>参照)。
その後、2006年9月の総選挙で原子炉廃止に積極的だった左翼連合(社会民主党、緑の党、左翼党)が敗退して中道右派連合(穏健党、中央党、自由党、キリスト教民主党)が政権を握ったため、スウェーデン政府は2009年2月、気候変動対策のための新たなエネルギー政策を発表し、2020年までに再生可能エネルギーの割合を50%に増やすとともに、熱源としての化石燃料使用の廃止等によって温暖化ガスの排出を40%削減。2050年までにはスウェーデンが“carbon neutral”になるとの方針を示した。 その中で、原子力は将来電力源として重要であると判断、新規原子力発電所の建設を禁止していた法律を廃止し、現在稼動中の原子炉10基を寿命が来た段階で建替え(リプレース)する考えを示した。 この政策は2010年6月、賛成:174対反対:172で議会で決議決定されている。
2.世論調査
スウェーデンの世論調査機関TEMO社は、原子力安全研修センター解析グループ(KSU)からの委託により、定期的に原子力発電に関する世論調査を、16歳以上の約1000人のスウェーデン人を対象に行っている(2008年6月以前の調査はSynovate社により実施された)。
図2に示すように脱原子力政策を決定した1980年代前半は原子力利用を疑問視する動きが強く、特に1986年のチェルノブイル事故後の世論調査では反対派が43%に対し、賛成派は40%になった。しかし、2006年の調査では賛成派が73%となっている。また、バーセベック原子力発電所の停止をめぐる政府との論争が続いている間も、国民の世論は終始、新規発電所の建設やリプレースには慎重ではあるが、既存原子炉の運転に支持を表明していた(
図3参照)。最新の世論調査は2010年8月24日から25日にかけて、1000名を対象に電話インタビュー形式で調査会社Novus Opinionにより実施されている。設問は以下の3点である。
[設問1]スウェーデンの将来のエネルギー源としての原子力発電の取扱いに関する質問。
(1)政府決定に基づいて原子力発電を廃止すべきである。(原子力発電の廃止)
(2)必要に応じて原子炉を新規原子炉でリプレースし、原子力発電を継続すべきである。(原子炉の数は現状を維持)
(3)原子力開発を推進し、原子炉を新設または増設すべきである。(原子力発電の積極的な開発)
(4)分からない。
[設問2]現在稼動中の3つの原子力サイトの原子炉の建替えを支持する2010年議会決議に関する質問。
[設問3]現在と同じ原子力立地サイトに新しく原子力発電所を建設することに関する質問。
この調査の[設問1]に対する回答は、
図4に示す通りであるが、原子炉の運転継続賛成とさらに原子炉のリプレースに賛成する人の割合は、2006年11月が81%、2007年11月が77%、2008年10月が76%、2009年9月が74%、2010年8月が77%に対し、原子力利用からの撤退は15〜20%で、原子力の利用に一貫して好意的である。
なお、原子力発電の利用に関する見解は、性別や年齢別、支持政党別にまとめられている。[設問2]に関する性別、年齢別解析結果を
図5に示す。「原子力発電の建替え」に反対と答えた女性回答者は38%に上り、男性の23%よりも否定的傾向にある。また、年齢別では18−29歳の若い人がより否定的傾向にある。
一方、支持政党別の調査では、
図6に示すように、原子力発電の積極的な継続利用を支持する意見は穏健派党(60%)、自由党(62%)、キリスト教民主党(59%)支持者に最も多く、緑の党支持者にも原子力発電を支持すると回答した人は13%に達した。また、原子力廃止を支持する意見は緑の党支持者(48%)、左翼党支持者(34%)と社会民主労働党支持者(24%)に多い。なお、中央党は1970年代に原子炉廃止の議論を真っ先に始めた政党であり、原子力政策については左翼連合と共同歩調を取っていたが、2005年5月に気候変動問題への対応が最優先であり、原子炉運転継続もやむを得ないとして、2010年までの原子炉廃止政策を放棄する政策転換を行っている。また、新規原子炉建設に向けた積極的な動きは、2007年3月にキリスト教民主党が原子炉廃止政策を捨て、2010年後に新規原子炉建設を許可する政策変更を行ったのがきっかけとなり、自由党も2008年初めから、稼働中の原子炉の運転寿命がくる2020年代に原子炉をリプレースすることを主張している。
(前回更新:2003年1月)
<図/表>
<関連タイトル>
スウェーデンの原子力政策および計画(1987年まで) (14-05-04-01)
スウェーデンの原子力政策および計画(1988年以降) (14-05-04-02)
スウェーデンの原子力発電開発 (14-05-04-03)
スウェーデンの原子力開発体制 (14-05-04-04)
スウェーデンの核燃料サイクル (14-05-04-05)
バーセベック原子力発電所廃止をめぐる動き (14-05-04-08)
<参考文献>
(1)日本原子力産業会議(編集発行):世界の原子力発電開発の動向 2001年次報告(2002年5月)、p.53-55、p.87
(2)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向 2010年次報告(2010年4月)、p.57、p.102-103
(3)IEA OF JAPAN:原子力発電に関するスウェーデン国民の意識、欧州原子力情報サービス No.233(2002年8月)、p.21-25
(4)Analysgruppen vid KSU:Novus Opinion Augusti 2010,
(5)Analysgruppen vid KSU:TEMOs rapport(T-112183), 2005年11月,