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<概要>
 フィリピンは台風や活火山による自然災害が頻繁に発生する群島国家であるが、地熱や水力、石炭、天然ガスなどの国内資源が豊富で、エネルギー自給率は2011年時点で59.1%である。しかし、今後のエネルギー消費量を見据え、2030年までのエネルギー政策では国産石油及び天然ガスの確保や積極的な再生可能エネルギーの有効利用が打出されている。
 一方、原子力開発は1976年にバターン半島に初の原子力発電所(PNPP-1、PWR、62万kW)を建設した。1985年にはほぼ完成したものの、1986年に発足したアキノ政権に安全性及び経済性を疑問視され、運転認可の発給を見送った経緯がある。急速なエネルギー需要が国産エネルギーの開発や輸入エネルギーの増加でも賄えない場合に備え、1995年から原子力発電の導入について検討が始まったが、2011年3月の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故を受け、再度原子力発電開発を断念している。
<更新年月>
2013年12月   

<本文>
1.国情
 フィリピンは、東南アジアに位置する南シナ海、フィリピン海、スールー海、セレベス海、ルゾン海峡に囲まれ、ベトナムの東側に位置した7,109の島々から構成される群島国家である。本国は主にルソン(Luzon)、ヴィザヤス(Visayas)、ミンダナオ(Mindanao)の3つの島グループで形成される。全面積は29万9,404km2、約9,401万人(2010年推定値、フィリピン国勢調査)が居住している。「太平洋台風ベルト」、「環太平洋火山帯」下に位置し、台風と活火山による自然災害が頻繁に発生する。
 また、フィリピンの行政単位は14の行政区(Region)とマニラ首都圏(Metro Manila)及び2つの自治区(Autonomous Regions)と、合計17の行政区間に分けられ、地方自治体は州(Province)、市(City)と町(Municipality)、バランガイ(Barangay)の3つで構成される。フィリピンは81州と61市からなる共和国であり、大統領を6年ごとに選出する。現在、アキノ(Benigno Aquino III)氏が2010年6月より大統領として就任中である。政策は、1987年に定められた憲法を基本概念として、(1)現在の経済成長性の維持による雇用機会の増大、(2)生活水準の向上、(3)経済活動参加促進の為の経済的弱者への社会的保護、を進めている。
 過去10年の経済成長率は年約5%を記録している。2008年のリーマンショック以降、原油価格の高騰や世界的金融危機の影響、台風等の外的被害を受けたものの順調に回復し、マクロ経済の安定性を保持し、「フィリピンペソ」の安定性、外貨準備金の保持を確立している。2010年には7.6%の成長を遂げ、過去30年で一番大きな伸び率となり、2012年のGDPは2504億ドルで、福岡県とほぼ同じ経済規模である。
 労働人口は約4,000万人で、主な産業は、サービス業(55.8%)、工業(31.4%)、農業(12.8%)で、2011年の失業率は約7%である。ただし、人口の約25%が貧困層に属する。
2.エネルギー事情
2.1 概要
 フィリピンのエネルギー消費量はインドネシア、タイ、マレーシア、ベトナムなど周辺の主要国と比較すると小さく、1人当たりの一次エネルギーの消費量は日本の1割ほどにすぎない。国内には石油資源がほとんどなく、石油の大半は中東などからの輸入に依存しているため、石油代替エネルギーの開発が進められてきた。エネルギー自給率の向上を目標に、1976年にはルソン島のバターン半島で初の原子力発電所の建設が始まったが、1986年に発足したアキノ政権は、安全性や経済性の問題から、この発電所の運転認可の発給を見送った。1990年代後半には石炭火力発電の導入が進められ、2000年代に入ると、海底ガス田のマランパヤ・ガス田の開発でガス火力発電事業が立ち上がり、発電分野の燃料転換が進んだ。表1に主要エネルギー指標を示す。
 近年、人口の増加が著しく、経済活動も活発化する一方、7,000を超える島々から成るフィリピンでは、送電網など電力インフラの整備が容易ではない。そのため、政府は1960年代後半から地熱発電を促進するための施策を実施している。1977年には、レイテ島で3,000kWの実証プラントの運転に成功した。1979年にはルソン島のティウィで出力11万kWの発電所が運転を始めている。人口やエネルギー需要が最も多いルソン島では、合計出力90万kW程度の地熱発電所が立地し、ネグロス島、レイテ島、ミンダナオ島など各地で電力が使われ、2012年の発電設備容量は185万kW程となっている。
 また、水力発電もフィリピンの主要な電源で、2012年の発電規模は約350万kWに達する。潜在的な発電可能量は1,309万kWに達するとも推計されている。
2.2 エネルギー政策
 フィリピンのエネルギー政策は、国内エネルギー資源の集中的開発と自給体制の強化、国内及び輸入エネルギーの供給源の多様化、環境への対応、民間投資の促進、地方へのエネルギーの普及等を主要目標として定め、エネルギー関連企業等の民営化、石油精製と製品流通の自由化、合理的な電気料金体系の確立等を図ることを基本方針としている。
 具体的な政策はエネルギー省(Department of Energy:DOE)がその任務に当たっている。エネルギー政策の動向は、DOEが毎年発表する「フィリピン・エネルギー・プラン」(Philippine Energy Plan:PEP)に示され、政府と民間、及び公共部門のニーズの変化を反映するよう、年々見直しが行われている。
3.電力事情
3.1 電気事業体制
 フィリピンの電力事業は、2001年6月に成立した「電力改革法(Republic Act 9136、Electric Power Industry Reform Act of 2001/the“Power Reform Law”:EPIRA)」に基づき、発電、配電、供給の3つの役割に大きく分かれている。また、電力事業はフィリピン電力公社(NPC:National Power Corporation)の民営化、送変電会社の運営、電力市場の自由競争化により、電力の安定供給と電力料金の低下を図ることを目的としている。電力関係の行政機関には、エネルギー省(DOE)とエネルギー規制委員会(ERC)があり、その監督下に国家電化庁(NEA)、フィリピン電力公社(NPC)、フィリピン石油公社(PNOC)が置かれている。
 NPCは発電・送電設備を保有すると共に、独立系発電事業者(IPP)から独占的に購入した電力と合わせて、マニラ電力会社(MERALCO)をはじめとする民営電力会社や地方自治体が経営する地方電化組合(REC)に対して卸売りしている。なお、フィリピンでは、1987年のExecutive Order No.215 の発令により、電力不足とNPCの資金難に対処するためIPPの導入を進めている。電力改革法(EPIRA)に基づく電気事業体制の改革前と後の電力セクターの概念図を図1に示す。
3.2 電力需給バランス
 フィリピンの発電設備容量は、2012年末時点、1702.5万kW、その内訳は石炭32.7%、水力20.7%、石油18.1%、天然ガス16.8%、地熱10.9%、再生可能エネルギー0.9%である(表2参照)。太陽光、バイオマス等の再生可能エネルギー設備の導入によりIPPの割合が大きくなる傾向にある。また、2012年度の総発電電力量は729.2億kWhで、電源構成は石油火力5.8%、水力14.1%、地熱14.1%、石炭火力38.3%、天然ガス26.9%、再生可能エネルギー0.4%となっている(表3参照)。地域別の発電電力量は、政治経済の中心地域であるルソン地域が71.7%(523億kWh)、ヴィザヤス地域が15.7%(115億kWh)、ミンダナオ地域が12.5%(91億kWh)である。発電量の多くは石炭により賄われているが、ルソン地域では天然ガスに、ヴィザヤス地域では地熱発電に、ミンダナオ地域では水力発電にと各々地域特性がある(表4参照)。
 2012年度の消費電力量は、所内用や送電ロスなどを差引き592.1億kWhである。2002年の386.2億kWと比較すると、この10年間で1.5倍となった。住居用の電化及び商業活動の活発化から、電力消費量は急速に増加している(表5参照)。
3.3 電源開発計画
 温室効果ガス抑制のため、開発の主体は、天然ガス火力と水力、再生可能エネルギーである。2008年に再生可能エネルギーの導入を促進するための法律を発表し、2030年までの設備容量を現状の3倍に引き上げる計画である(表6参照)。群島で構成されているフィリピンでは、農村地域を対象とした無灯火地域への太陽光発電事業を推進している。アロヨ前政権(2000-2010年)では、バランガイ(自治会規模の村落)地域の電化率が95%に、現政権では99%に達している。今後、シティオ(バランガイを末端で支える最少の集落)地域の電力普及を目指している。
4.原子力発電開発
 現行のPEP(フィリピン・エネルギー・プラン)のエネルギー・ミックスに原子力発電は含まれていない。フィリピンでは、1976年にバターン半島(Bataan)に初の原子力発電所(PNPP-1、PWR、62万kW)を建設(図2参照)した。1985年には総工費21億ドルをかけ工事は98%まで完成したものの、1986年に発足したアキノ政権は同発電所の安全性及び経済性を疑問視したため、運転認可の発給を見送った経緯がある。一方、1995年5月、エネルギー需要が国産エネルギーの開発や輸入エネルギーの増加でも賄えない場合に備え、大統領令第243号に基づき、DOE長官を委員長とした原子力発電運営委員会(NPSC)を設置、原子力発電の再導入を進めた。しかし、2011年3月の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故を受け、原子力発電開発を断念している。
4.1 原子力開発体制
 フィリピンの原子力開発は1955年に米国と原子力協定を締結、1958年に国際原子力機関(IAEA)へ加盟、同年の原子力委員会(PAEC)の設立でスタートした。1963年8月には、米国のゼネラル・アトミック(GA)社寄贈のPRR-1研究炉(スイミングプール型炉、1,000kW)が運転を開始し、ラジオアイソトープ製造や放射化分析の研究を中心に、農業・医学・原子力工学・保健物理などの広い分野で利用された。その後、PRR-1は3,000kWのTRIGA-II型へ改修され、1988年3月に臨界達成した。しかし、トラブルや予算削減から、1988年に停止している。なお、PAECは1987年に科学技術省(DOST)の監督下に置かれ、フィリピン原子力研究所(PNRI)へと改組された。PNRIはフィリピン唯一の原子力関連機関であり、放射性物質の利用規制、許認可、RI研究、教育などを実施している。図3にPNRIの組織構成を示す。
(前回更新:2006年11月)
<図/表>
表1 フィリピンの主要エネルギー指標
表1  フィリピンの主要エネルギー指標
表2 フィリピンの電源別発電設備容量の推移
表2  フィリピンの電源別発電設備容量の推移
表3 フィリピンの電源別発電電力量の推移
表3  フィリピンの電源別発電電力量の推移
表4 フィリピンにおける地域別発電電力量(2012年)
表4  フィリピンにおける地域別発電電力量(2012年)
表5 フィリピンにおける電力消費量の推移
表5  フィリピンにおける電力消費量の推移
表6 フィリピンにおけるエネルギー開発の目標
表6  フィリピンにおけるエネルギー開発の目標
図1 フィリピンにおける電力セクター改革の概要
図1  フィリピンにおける電力セクター改革の概要
図2 PNPP-1原子力発電所所在地
図2  PNPP-1原子力発電所所在地
図3 フィリピン原子力研究所(PNRI)組織図
図3  フィリピン原子力研究所(PNRI)組織図

<関連タイトル>
世界の原子力発電の動向・アジア(2005年) (01-07-05-02)

<参考文献>
(1)(社)日本原子力産業会議:アジア諸国原子力情報ハンドブック(2001年3月)、p.177、p.180
(2)(社)日本原子力産業会議:原子力年鑑 2001/2002年版(2001年11月)、p.290−291
(3)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業 第1編 追補版2 2011年(2011年12月)、フィリピン
(4)フィリピン原子力研究所(PNRI):Organizational Chart
(5)国際エネルギー協会(IEA):Energy Balances of Philippines
およびEnergy Indicators
(6)フィリピンエネルギー省:PHILIPPINE POWER STATISTICS
(7)フィリピンエネルギー省:フィリピンエネルギープラン2012-2030、

(8)フィリピン電力公社(NPC):2004 Grid Map
(9)(独)日本貿易保険 営業第二部第二グループ 山崎厳:フィリピン電力セクター改革の現状と課題
(10)国際原子力機関(IAEA):IAEA latest news、http://www.iaea.org/newscenter/news/2008/bataannpp.html
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