<概要>
東南アジア非核兵器地帯条約(Southeast Asian Nuclear-Weapon-Free Zone Treaty)は、1971年のクアラルンプール宣言として採択された東南アジアの平和・自由・中立地帯構想を実現する措置の一環として非核化を定めた非核地帯条約であり、1995年12月15日のASEAN首脳会議で、東南アジア10か国により署名され、1997年3月27日に発効した。通称はバンコク条約という。
条約は、締約国の領域、大陸棚および排他的経済水域に適用され、締約国による核兵器の開発、製造、保有、管理、配置、運搬、実験、使用が禁止される。また、締約国は地帯内で他国がこれらの行為(運搬を除く)を行うことを禁止する。さらに、締約国は放射性物質および同廃棄物の海洋投棄、排出、処分等を行わず、他国が締約国の領域内でこれらの行為を行うことも禁止される。<更新年月>
2010年08月
<本文>
1.条約の経緯
ASEAN(東南アジア諸国連合)は、創設以来、地域安全保障のあるべき姿として、東南アジアの「平和・自由・中立地帯(ZOPFAN:Zone of Peace, Freedom and Neutrality in South East Asia)」の実現を目指してきており、この理念は、1971年のASEAN外相会議における「クアラルンプール宣言」として採択された。その後、1984年の外相会議で初めて東南アジア非核地帯の考え方が取り上げられ、検討が続けられたが、冷戦期、米ソ超大国の関係から派生する東南アジアの戦略的重要性、特にSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)による対ソ抑止の戦略的機動性の低下をおそれる米国の支持が得られず、成果を見るに至らなかった。しかし、冷戦が終結し、地域に存在していた米ソ(露)の軍事基地が1992年にほぼ撤去されたことをうけて、これを実現する機運が生じ、1993年7月のASEAN外相会議においてZOPFAN行動計画が想起され、1995年12月15日、インドネシアのイニシアチブにより、マレーシア、シンガポール、フィリピン、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーの10か国首脳がバンコクに会し、東南アジア非核兵器地帯条約に署名した。条約は、7か国の批准により1997年3月27日に発効、2001年6月にフィリピンが批准して、全ての当事国の批准が完了している。図1に東南アジア非核兵器地帯条約加盟国を、 図2に世界の非核地帯マップを示す。
2.条約の概要
条約は、本文22条、事実調査団に関する付属書および核兵器国に対する議定書からなっており、それらの概要は次のとおりである。
・条約は、締約国の領域、大陸棚および排他的経済水域EEZ(Exclusive Economic Zone)に適用される。これらを「東南アジア非核兵器地帯」という。
・締約国による核兵器の開発、製造、取得、保有、管理、配置、運搬、実験、使用は禁止される。また、締約国は、東南アジア非核兵器地帯内で他国がこれらの行為(運搬を除く)を行うことを禁止する。
・締約国による放射性物質および同廃棄物の海洋投棄、排出、処分等は禁止される。また、締約国は、自国の領域内で他国がこれらの行為を行うことを禁止する。これらの物質は、IAEAの基準および手続きに従い、自国領域内の陸地又はそのような処分に同意を与えた他国の領域内の陸地において処分されなければならない。
・ 条約は、船舶の無害通航権、船舶および航空機の公海の自由、群島航路帯通航権、通過通航権等、国連海洋法条約上のすべての国の権利又は権利の行使を害するものではない。
・外国船舶および外国航空機の着陸、寄港並びに外国船舶による無害通航等にあたらない領海内航行および外国航空機による領空通過に関しては、各締約国が許諾の決定権を有する。
・条約は、締約国が原子力を、特にその経済的発展および社会的進歩のために利用する権利を害するものではない。
・各締約国は、その領域内並びにその管轄および管理の下にある核物質および原子力施設を専ら平和目的のために利用することを約する。
・締約国は、原子力利用計画の開始に先立って、当該計画をIAEA憲章に従って、健康を保護し、人命および財産に対する危険を最小にするためにIAEAによって勧告されたガイドラインと基準に合致した厳格な安全評価に付することを約する。また、要請があれば、これらの安全評価は、個人データ、知的所有権又は産業若しくは商業上の秘密保護制度によって保護されている情報および国家の安全保障に関する情報を除き、他の締約国の利用に供することができる。
・締約国は、核兵器の不拡散に関する条約(NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)およびIAEAの保障措置制度に基づく国際的な核不拡散体制の継続的実効性を支持する。平和的な原子力活動に対する全面的な保障措置を適用するための協定をIAEAとの間で締結していない締約国は、この条約が当該締約国について効力を発生してから18か月以内にその協定を締結しなければならない。
・締約国は、核原料物質若しくは特殊核分裂性物質又はそれらの物質の生産等のために特に設計された設備又は資材を、NPTによる全面的な保障措置に従う場合を除きいずれの非核兵器国に対しても、又はIAEAの適用可能な保障措置を受け入れる場合を除きいずれの核兵器国に対しても提供してはならない。
・締約国は、条約履行について疑義の持たれる状況を解明するため、事実調査団を派遣することを執行委員会に要請できる。
・条約は東南アジア諸国(10か国)に開放される。
(核兵器国に対する議定書)
・議定書締約国は、本条約を尊重し、本条約および議定書の違反行為に寄与しない。
・議定書締約国は、いずれの締約国に対しても核兵器を使用し又は核兵器使用の脅威を与えないことを約する。また、東南アジア非核兵器地帯において同様の行為を行わないことを約する。
・議定書は、核兵器保有国(米、英、仏、ロ、中)に開放される。
3.条約の特徴と現状
条約では東南アジア諸国10か国(インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)の領域、それぞれの大陸棚および排他的経済水域(EEZ)を「東南アジア非核兵器地帯」とし、「領域」を陸地、内水、領海、群島水域、その海底およびその地下並びにその上空と定めている。そして議定書では核兵器は「地帯内」において核兵器の使用・威嚇が禁止される(消極的安全保証)としていることから、条約の非締約国にも消極的安全保証が及びうるとともに、大陸棚およびEEZにおける航行の自由も害されうる。このため、米国はこの条約に反対する立場をとっており、東南アジアの条約署名10か国との間で協議が行われている。また、他の核兵器国も議定書に署名していない。ただし、議定書中には域外国の義務に関する規定も核兵器国による核実験禁止に関する規定もない。<図/表>