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放射線・原子力に関する教育は、小学校、中学校、高等学校において
表1に示す教育機会を有する。ここで、機会を有すると記したのは、必ずしも
表1で示した単元で、放射線・原子力に関する項目を講ぜなければならないわけではなく、その力点の置き方を含めて教育現場の裁量の範囲であるという意である。
小学校では、主としてエネルギー・環境問題の中で取り扱われるが、我が国が世界で唯一の被ばく国であることから平和学習の中で取り上げられることも多い。中学校では原子の構造に関する学習がなされるようになり放射線の科学的側面を習得する機会を得る。また、高等学校の理科総合の教科書には放射線・原子力に関して相当枚数を割いて解説がなされているが、放射線・原子力に関する詳細な学習は物理の履修を待たねばならない。更に、これら小中高等学校では、平成15年度から、従来の理科あるいは社会科などの枠組みを超えて、「総合的な学習の時間」が導入されたことから、エネルギー、環境、資源などの横断的・総合的な学習の一環として放射線・原子力が取り上げられる機会を得ている。
このように、学校内課程教育において教育機会は付与されているが、実際に、放射線・原子力が科学的にあるいは総合的に教授される機会は少なく、理系大学生を対象とした調査でも、学校で放射線・原子力について学習したことがあると回答した者は37%のみであった(文献1参照)。更に、平成5年に行われた日本とヨーロッパでのエネルギーと環境に関する生徒の意識調査では、「
原子力発電は
ウランが分裂する熱を利用する」と回答できた高校生は我が国では38%に過ぎずヨーロッパ各国と比較すると最低水準であった(文献2参照)。
これら学校における課程学習に対して、学校外自由教育として生徒に、あるいは生涯教育として公衆に、放射線・原子力に関する教育機会を付与する試みが盛んに行われている。例えば、放射線・原子力についてやさしく解説した本の刊行や放射線・原子力関係団体による放射線・原子力解説講座の開設である。これらの本や活動は、一般に内容が深く、その教育効果も大きい。しかし、本や講座などの教育手段は、放射線について学びたい、知りたいという広範な公衆の即時的要求に応えることができないのも事実である。また、これら本や講座の費用対効果は決して大きなものとは言えず、学習者の範囲も限定される。
そこで、我が国において広範に普及したインターネット(平成15年度調査で人口あたり60.6%の普及率)を利用したIT技術応用放射線教材が生まれてきた。インターネットを利用することで即時性・簡便性が付与され、また小さな費用で多くの学習者を得ることができる。
IT技術を生かしたオンライン放射線教材は、(1)素材タイプ、(2)ストーリータイプ、および(3)操作タイプに分類することができる。(1)の素材タイプは、従来の解説文に図や写真を添付した形式で供給されることが多い。現在、日本におけるオンライン放射線教材としては原子力百科事典ATOMICAがその量および内容において群を抜いている。素材タイプの教材の場合、IT技術を用いることにより、従来の教材ではなし得ない教育形態を提供可能となる。例えば、大半のパソコンでFlash機能が使えるため、従来、平板的であった図や写真を動的画像として配信することにより、より臨場感をもった放射線教材が提供可能となっている。例えば、
図1はCTで撮像した肺のビデオ映像であるが、これまで断片的にしか見ることができなったものが連続的かつ立体的に学習できるようになった(文献3参照)。(2)のストーリータイプは、放射線・原子力を素材集、すなわち単体コンテンツとして学ぶのではなく、学習教材に物語性を持たせて、仮想実体験的経験を通して、放射線・原子力について学ぶシステムである。このタイプの教材はオンライン上では未だ公開されていないが、既にCD-ROM版などでは作成が行われており、将来、オンライン放射線教材の一端を担うことが確実である。また、一方的なストーリー提供型ではなく、学習者がストーリーを自ら作る場を提供することもIT技術を用いることによって可能となる。現在は、アナログ的であるが、インターネット上で、日本原子力文化振興財団が提供しているワークシート形式の学習劇は、その基本となろう。(3)の操作タイプは、単体コンテンツにアクセスして自己能動的に学習する場合と放射線・原子力に関する教材をインターネットのインタラクティブ機能(双方向機能)を用いて連続的に能動学習する場合が考えられる。前者は既に幾つかの事例が提供されている。
図2は、Java Scriptで作成された
半減期のシュミレーション教材である。学習者が崩壊確率を選択することによって
原子核が確率論的に崩壊する様子を升目とグラフによって視覚的に理解できる。後者は、未だ双方向性を持った学習環境は提供されていないが、本学習形態は今後のインターネット学習の主力となり得る。
更に、オンライン放射線教材の活用によって、従来にはない教育形態を提供することが可能となる。
(1) 教科・科目を超えた問題提示型学習活動の支援
(2) 個人あるいは少人数単位で学べる学習環境の創造
(3) タブーを作らない学習項目の提示
(4) ディベート機会の創造
(5) 教材効果の広がりおよび価値対立的な問題に対する合意形成能力の育成
1に関しては、現在、試行されている総合的な学習の時間と対応するものであり、例えば、社会科で学んだ問題を理科で解決する、あるいは反対に、理科で生じた問題を社会科で解決するといった問題提示・教科融合型教育を支援することができる。このような観点からも、オンライン放射線教材は学校内課程学習にて利用され得る。2に関しては、学校外自由学習の場としてのインターネット学習環境を創造し得る。価値観が多様化し、学校教育における授業時間数が減少している現在、学校外自由教育の果たす役割は今後とも大きなものとなり得る。また、生涯学習の観点からも活用が期待される。3に関しては、オンライン放射線教材は学校内課程教育における指導要領を超えた内容について教材を提示できる。指導要領にないから、あるいは価値対立的なテーマであるからという理由で、学習対象となりえなかった放射線・原子力に関して科学的な知識を導く、一助となり得る。4に関しては、上記のように、現状のオンライン教材は、インターネット端末さえあれば、どこからでも見られる(閲覧機能)、試せる(能動的学習機能)、楽しめる(鑑賞機能)教材にとどまっており、オンライン教材の最大の特徴である、双方向性学習の可能性に関しては、上述のように未だ確立していない。インターネット学習では、空間的あるいは時間的に隔たりのある者同士が、同一教材を用いて学習した内容について意見を述べ合うことが可能であり、一種のディベート学習が成立する。ただ、実際には、インターネットを利用した討論では匿名性も手伝って、発言に制御が効かない場合が多いことはよく知られており、実際のディベート学習においては、指導者が指揮・監督可能な閉鎖討議系において利用するなどの措置が必要である。5に関しては、オンライン放射線教材が科学的知識を基盤にして構成されていることから、価値を科学的事実に立脚して、評価・検討できる能力を育成し得る。
以上のようにIT技術を用いたオンライン放射線教材の利点を挙げたが、インターネットを活用した学習が必ずしも高い学習効果を生むとは限らない。多くの報告がなされているように、インターネット学習では、ノートを取る必要がなく、情報を、適宜、印刷することで入手可能となるため、学習者本人は分かったつもりになっているが、必ずしも理解していない(文献4参照)。このことから、インターネットを用いた学習は単独学習型として利用するよりも、学習支援型としての利用の方が、学習効果が高いということができる。放射線・原子力教育に関しても同様で、IT技術を用いることによって、多くの原子力・放射線に関する情報を広範囲に伝えることができる。しかし、その利用にあたっては、学校内教育あるいは学校外自由教育を併用する方が理解は深く、また教育の広がりが生じる。
更に、オンライン教材は何ら校閲や検討の機会を経ずに、インターネット上に登場することから、意図的あるいは無意識な瑕疵が含まれる場合が非常に多い。これらの中から適切な教材を選択することも、オンライン上で放射線・原子力について学ぶ際には重要となる。
これらオンライン教材の長所・欠点を十分に理解することによって、オンライン放射線教材はIT環境の整備、あるいは学習フォローアップの問題など、克服すべき課題を有するものの、従来型の学校内課程学習を支援し、また、新たな学校外自由学習の場を提供し、更には既存の学校外自由学習を補完する可能性を持つ新しい放射線教育ツールとなり得る。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線利用の概要 (08-01-04-01)
中学・高校の原子力・放射線の教育 (10-08-02-01)
エネルギー・環境に関する教育 (10-08-02-02)
<参考文献>
(1) Inoue H: Understanding and Awareness of Irradiated Food in Japanese Young Student. Kurume Med J 47, 253-256 (2000).
(2) 日本原子力文化振興財団:日本とヨーロッパ「エネルギーと環境に関する生徒の意識調査報告書」平成5年4月.
(3) 井上浩義:IT技術を用いたオンライン放射線教材.RADIOISOTOPES 54,67-72,(2005).
(4) 社団法人私立大学情報教育協会:平成16年度私立大学教員の授業改善白書.平成17年5月.
(5) 研究開発委員会:社会との関わりを重視した教育の在り方.広領域研究 59, 44-67(2005).
(6) 松浦辰男,飯利雄一:放射線・原子力教育と教科書.研成社.
(7) 佐々木和枝:小学校から高等学校までのエネルギー・環境教育.広領域教育 54, 33-45 (2004).