<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 生命と放射線
<タイトル>
生命進化における放射線 (09-02-01-01)

<概要>
 地球には太陽や宇宙から絶えず紫外線、エックス線、ガンマ線、宇宙線等が注がれて、地表や地中に含有される放射性物質からも放射線が放射されている。人類ならびに地球上に出現したあらゆる生物は、過去も現在もこのような自然放射線を含む環境変化の中で約30億年の歴史を保ってきたと考えられる。地球上の生物は、最も重要な生命物質であるDNAを共通して保持することによって、単細胞から多細胞構成による最も複雑な生命体となった人類の誕生まで、所謂「ダーウインの進化論」によって説明される「生物進化」を達成したと考えられる。近代の遺伝学によれば、その原動力は遺伝子の変化すなわち「突然変異」であると説明される。放射線によって多様な突然変異を発現させるということはすでに実験的に充分証明されており、放射線を利用してビール酵母の品種改良などは現在盛んに行われている。従って、生物の起源が地球外にあったとしても、地球上の生物はこの自然放射線にさらされる環境の中で「遺伝学的進化」を重ねてきたという仮説はそれなりに説得力がある。しかし、最近の宇宙研究の進歩によれば、「生物進化の要因」は強力なエネルギー転移により致死的作用をもつ宇宙放射線の照射から「如何に生物が防護されるか」が問題であるという。
<更新年月>
2004年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 ヒトをはじめ地球上の生物は、その祖先をさかのぼれば同じ起源に行きつくと考えられる。それは生物が共通してDNAという生命物質の働きを生命機能の基本としていることであり、それは紛れもなく「遺伝子のはたらき」であると認識されている。
 1953年、シカゴ大学のミラー(S.L.Miller) は、原始大気成分とされる水素、アンモニア、メタン、水などの混合気体に放電を行い、アミノ酸をはじめ種々の有機化合物の生成に成功、生体高分子のほとんどが同様な実験により合成される可能性を証明した。この実験から30億年前の地球表面では放射線エネルギーによって物質変化が進行し、海や地殻が形成されそこに原始生命が誕生したと考えられている。その過程は、原始大気の成分より生じたアミノ酸、シアン化水素の縮合による核酸塩基、ホルムアルデヒドから生成される糖類などが脱水縮合して、自己複製能をもつ核酸 RNAの誕生に至ったと推定される。酸素のない原始大気に覆われた地表に最初に生じた生命体の痕跡は古イオウ細菌のようなもので、次いで藍藻のような原核光合成生物が生じたことを示し、そのはたらきによって大気は次第に酸素が富んだものに変化し、地球を取り巻く大気層はその厚みも増加させて強度の宇宙放射線の防壁を形成する結果となったと考えられる。
 生物はこのような環境変化に適応して繁殖と生存を可能として発達したことは疑いないことであろう。つまり、地球環境における放射線は、地球の起源以来絶え間なく地球に影響を与えていた環境要素であり、地球上の生命物質や生命の誕生からその現代に至る存続、変遷にまで長期間に亘り継続的な作用と影響を与えてきたといってよい。
 他方、動植物の進化については、ダーウィン(C.Darwin)の自然選択説に基づく進化論(1858)を基礎として、20世紀に至ってメンデル遺伝学に基づく遺伝子突然変異説が提唱され、遺伝子変化(突然変異)が種の生存に有利なものであれば自然選択によって子孫に固定されるというネオダーウイニズム(総合説)によって進化の機構が説明された。その突然変異発生機構として、遺伝的浮動(集団内の遺伝子頻度の偶然的変動)や遺伝的隔離(2つの独立集団内の遺伝子の交流阻止)によって遺伝子変化(進化)の速度や方向が強調されると考えられたが、DNAの分子遺伝学的観点から提唱された中立説(木村資生;1968)では、自然選択は進化の要因ではなく、遺伝子突然変異と遺伝的浮動のみが進化の要因と成り得ると主張された。しかし、遺伝子突然変異による新種の形成が達成されるという論点は、「小進化」の要因として放射線に多様な遺伝子突然変異発生と種内における突然変異体発生の可能性を求めることは出来ても、画期的な形態変化を伴う「大進化」現象は実験的に証明が困難とみられる。それ故に、大進化の機構解明は生物学的には所謂「ミッシング・リング」として仮説の域を脱せずに停滞を余儀なくされている。
 放射線以外に遺伝子を傷つけ変化させる環境因子は温度や化学物質として地球環境に存在するが、放射線も含めてこれらの作用体の生物への影響は絶えず生物の生存に脅威を与えるものであることは現代の実験生物学の手法から明らかで、その生物致死効果は量的にも容易に予測可能である。放射線がもたらす遺伝子の傷は、DNA鎖の切断とDNA塩基の変化が注目され、DNA切断の2本鎖切断は致死的障害と認められている。これに対して、DNA塩基の修飾にはHやOHの付加などが起こり、変異性または致死的障害を生ずる。エックス線やガンマー線照射による人間の細胞の死は約1〜3Gyから顕著となり、10Gyでは細胞の95%は死に至り、したがって個体もほぼ90%が放射線死を示す。半致死線量(LD50)以下の照射では、しばしば細胞は顕著な修復能(損傷を治す能力)を示し、細胞は死から生を取り戻す回復現象を示す。しかし、修復できない損傷や誤って修復されたDNAを保有した細胞は、残存損傷や誤修復の量によって表現形質が突然変異となるか、細胞死に至るかその運命が決められる。
 細胞の死は進化にとって何の意味もないが、突然変異が次世代に伝わり生物変異が環境に適応できれば、変異した生物集団の存在は保証されるであろう。しかし、宇宙に存在し、太陽系のみならず、銀河系宇宙またはその先の未知の宇宙からも地球に向かって降り注ぐ宇宙線(ガンマー線、粒子線、紫外線等)の量は、もし地球大気圏外に生物が置かれたら、恐らく生物の生存を許す量ではないことは想像に難くない。
 最近、米国、テキサス大学の天文学者(David Smith, JohnScaro, Craig Wherer)は地球に降り注ぐ宇宙放射線の測定結果から計算して、地球上の生物に与える影響は宇宙放射線であり、それが突然変異をもたらすか死をもたらすかは地球を取り囲む大気圏の防護効果によるという研究結果を発表している。彼等によれば、現在の火星は地球の1/100に満たない大気圏しか保有しないため、100KeVのエネルギーを持つ光子の10%以上が高エネルギーのエックス線およびガンマー線として地表に達するので生物の生存は許されないが、最初の数百万年間火星の表面は安全であったと予想されるという。ところが、現在の気候変動モデルから予測すると火星表面では過去数十億年間ほとんど宇宙放射線防護効果はなかったという。宇宙から降り注ぐ放射線の量は常に一定とは限らず、その変化も数百万年の期間を単位として変動すると見積もられる。
 この視点から考察すると惑星の防護壁として存在する大気圏とその様相の変化は生物の生存と進化に重要な条件となる。大気圏を通して与えられる放射線の量はそこに棲息する生物の生存を規定し、その環境(防護効果)のもとに適応可能であった生物が進化をになうものと推定される。このような研究は地球環境維持と人類生存の問題に新たなアプローチとして展開することになり、火星の探索は地球の存在に大きな意味をもつことになるだろう。
<関連タイトル>
自然放射線(能) (09-01-01-01)
天然の放射性核種 (09-01-01-02)
放射線による植物への影響 (09-02-01-05)
動物の放射線感知能力 (09-02-01-06)

<参考文献>
(1)木村資生(編著):「生物の歴史」岩波講座、「分子生物科学3」岩波書店 (1992)
(2)遠山 益(編著):分子・細胞生物学入門、図書印刷 (1988)
(3)藤井良三(編著):生物学、八千代出版 (1990)
(4)菅原 努(監修):放射線基礎医学(第9版)、金芳堂 (2002)
(5)近藤宗平(著):改訂新版 人は放射線になぜ弱いか−放射線恐怖症をやわらげる、講談社(1991)
(6) Radiation zaps Mars and extrasolar planets, affects biological evolution (2002): http://mcdonaldobservatory.org/news/releases/2002/0107a.html
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