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<概要>
 近年半導体の微細加工技術を基にしたマイクロマシン技術の進展がめざましい。放射線分野においても、従来から放射線計測において用いられてきた素子をマイクロマシン技術を用いて小型化し、アレイ化していく方向が鮮明になっている。本稿では放射線計測において微細な立体構造を必要とするガス比例計数管光電子増倍管などのセンサへのマイクロマシン技術の応用について概観し、特に近年めざましい発展を遂げつつあるマイクロパターンガス検出器の詳細について詳述する。
<更新年月>
2005年10月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射線計測とマイクロマシン技術
 放射線計測におけるセンサは、センサに入射する微小な粒子の入射数、入射時刻、入射位置、などを正確に求める目的で利用される。測定対象である量子放射線は、微小であるため、特に放射線入射位置について詳細な情報を得るためにはセンサも微小な構造を有することが望ましい。近年半導体加工技術を基にしたマイクロマシン技術の進展がめざましい。従来から放射線計測において用いられてきた素子をマイクロマシン技術を用いて小型化し、アレイ化していく方向が鮮明になっている。マイクロマシン技術には、アクチュエータとセンサ応用の両面があるが、放射線計測においては微細な立体構造を必要とするようなガス比例計数管や光電子増倍管などのセンサ応用が主体となる。
 位置敏感型の光電子増倍管においては、既にマイクロマシン技術を用いて微細チャンネルを有するダイノード構造が実現されており、現在49mm×49mmまでの有感面積を有する位置敏感型光電子増倍管が利用可能である。一方、光電子増倍管は、放射線検出においては単体で用いることはできず、必ずシンチレータと組み合わせる必要がある。光電子増倍管は高い真空度が必要な真空管であるため、ガラス中に封入しなくてはならず、シンチレータと光電子増倍管の間にはガラス、空気の各層が入るため、光が拡散する。したがって光電子増倍管に微細なピクセル構造をもたせることは、あまり大きな意味があるとはいえない。
 光検出器ではアバランシェフォトダイオードなどにおいても検出器内部の電場を均一に制御するために、マイクロマシン技術を利用して、台形状の加工をする工夫を施したものもある。また、極低温超伝導検出器においては、熱的な絶縁を取るためにメンブレンを用いた立体構造が用いられている。また、アレイ型ではさまざまな形でマイクロマシン技術が取り込まれている。
2.マイクロマシン技術の比例計数管への応用
 近年、放射線計測の分野でマイクロマシン技術との関わりが最も顕著なのは、ガスカウンタ、特に比例計数管の領域である。従来のガスカウンタは、ワイヤを用いた比例計数管や電離箱が主であったが、将来のガスカウンタはフレキシブルなシートや、薄いプリント基板になる可能性がある。ここではマイクロパターンガスカウンタ(MicroPattern Gas Counter:MPGC)と総称される比例計数管群について解説する。
 気体を用いる検出器は、気体を入射粒子が電離することにより生じた電荷を集めるか、あるいは、気体分子を励起した結果生じる蛍光を検出するなどの原理に基づくものである。気体を用いることの利点の一つは、気体中の電子増倍作用(電子なだれ)が利用できることである。電子なだれを起こすには、電子が気体分子を2次的に電離することが可能なだけの強い電場を気体中に導入する必要があり、通常細いワイヤを気体中に配置し、プラスの高電圧を印加することにより、実現される。ワイヤの近傍ほど電場が強くなるが、通常、このようなワイヤ近傍におけるアバランシェは、空間電荷の影響を強く受けるので、計数率が高くなり、空間電荷が多くなると、アノードワイヤ近傍の電場が弱まり、ガス増幅度の低下が顕著となる。これを克服しようとして、研究されているものが、マイクロパターンガス検出器と呼ばれるガスカウンタである。
 MPGCの原点は、ILL(ラウエ・ランジュバン研究所)のA.Oedにより1988年に提案されたMSGC(MicroStrip Gas Chamber)である(文献1)。これは、図1に示すように、数μm幅程度のアノードストリップと数百μm幅程度のカソードストリップを一枚のガラス基板上に微細加工技術を用いて形成し、この間に高電圧を与えて動作させるものである。ワイヤを用いたガスカウンタの場合、特に多線式比例計数管(MWPC)などでワイヤ間隔を狭めると、静電力でワイヤが反発し、ワイヤの位置が互い違いにずれてしまうことが多いが、MSGCの場合、ガラス基板上にメタルストリップが固定されているので、電極が幾何学的に安定となり、荷電粒子などのトラッキングに必要な極めて高い位置分解能を実現することも可能となる。また、電子なだれにより生成した陽イオンはアノードのすぐ隣に配置されたカソードに速やかに吸収されるため、高計数率動作が可能であるなど多くの特長をもつ。しかし、MSGCには2つの大きな問題点がある。第1の問題点は、電極の保持にガラス基板という高抵抗の材料を用いる必要があり、この材料の表面に電荷が蓄積するということである。この問題は、ごくわずかな導電性を基板に持たせることで回避できるが、第2の問題点であるスパークによる電極破壊(文献2)は簡単には解決できなかった。一方、MSGCの優れた特性はアノードとカソードを近接して配置する微細構造によるため、MSGC以上の性能を得るために、放電破壊の起こらない微細構造を求めてマイクロパターンガスカウンタの研究が進められた。マイクロマシン技術を用いた立体構造による電極配置が行われたのはMGC(Micro Gap Chamber)が最初である。これは、カソード面の上に、SiO2などの絶縁体を介して、アノード電極を立体的に配置したものである。しかし、絶縁体厚の問題などから、アノードとカソードに高電圧を印加することは難しく、高い増幅度を得られなかった。そこで増幅度の問題を克服するために提案されたのが、図2に示したように微細加工を応用し、カプトン箔の両面に銅を蒸着し無数の小さな穴を開けた構造をとるGEM(Gas Electron Multiplier)である(文献3)。GEMでは、誘電体が増幅領域の近傍に存在するという問題から1段で高いガスゲインを得るのは難しいが、穴を抜けてきた電子が更に活用できるので、多段構造により、増幅度をいくらでも高くできる。ガス増幅度を105程度まで高めると、単一電子の検出も可能となるので、適当な光電変換膜を用いて、紫外線や可視光の位置検出器として、GEMの利用が期待されている(文献4)。3段にGEMを重ねて増幅度を上げたTriple GEMでは、出力を光で与える、ガスシンチレータとしての利用法もあり、3He 1 bar:CF4 0.4barのガス中において冷却CCDを用いてCF4の蛍光が測定されている(文献5)。GEMでは穴で増幅が起こるため、発光に対して透明といえる。従来、位置検出精度を上げるためには、3Heガス中の荷電粒子の飛程を短くするために、ガス圧を高くするのが一般的であった。このようなアプローチの必要理由は、荷電粒子の飛跡の重心と反応位置が一致しないことが原因であり、荷電粒子の飛跡にくらべてずっと高い空間分解能で飛跡の密度を測定すると、プロトンとトリトンの方向も弁別できる可能性がある。この他にも、MICROMEGAS(MICRO MEsh GAS counter)など、高計数率動作と高位置分解能を備えるマイクロパターンガス検出器の提案が相次いで行われている。
 一方、国内ではCGPC(Capillary Gas Proportional Counter)というマイクロキャピラリプレートを用いたマイクロパターンガス検出器の開発が行われている(文献6)。CGPCの原理はGEMと同様に、100μm径程度のガラス毛細管中の強い電場によりガス増幅を起こすものであり、CCDと組み合わせることで、高い空間分解能で荷電粒子や光電子の飛跡を観察でき、光電子飛跡を求めることで、X線の偏光の測定が行われている(文献7)。また、初期に開発された5cm角のMSGCが現在、再度中性子検出器として利用されようとしているほか、キャピラリプレートに導電性を持たせたもの(文献8)や、微細加工技術を用いて、穴の中に小さなピン電極を立ててピン電極周辺の電場でガス増幅を行うマイクロピクセルチェンバ(μ-PIC)(文献9)など多くの開発が行われている。マイクロパターンガス検出器は、このようにMSGCから始まり、詳細なイメージを取得する画像検出器としての実用化が進められている。ガス増幅という原理を用いるため、電極の微細な変形に対して敏感に反応するため、3次元構造を有するマイクロパターンガス検出器において、検出器の有感領域全面にわたってガス増幅度の一様性を得るためには、きわめて高い製造技術が要求される。中性子散乱実験のように安定性や一様性の問題とされる応用においては、この点が問題となっている。
 MSGC発祥のILLでは、弱い導電性を有するガラスの表面にアノードストリップを配置し、裏面にカソードストリップを配置することで、放電の起こらない3He MSGCを開発しており(文献10)、既に有感面積20cmx20cmまでの2次元MSGCが安定に動作し、実用になっている。増幅度の均一性も大体1−2%に収まり、MWPC(Multi-Wire Proportional Counter)と比較して優れている。この検出器については、ガス増幅度300以上で、熱中性子に対して位置分解能で1mm弱の値が得られている。しかし、信号電荷の読み取り面をアノードとは反対の面にもってきたため、基板それ自体に電流を流さなくてはならず、計数率特性は通常のMWPCと変わらなくなる。MSGCの問題点は、アノードとカソードの間で、基板に平行な方向に走るストリーマによる放電により電極が破壊されることである。過去の研究から、特にカソードのエッジに重荷電粒子が入射した場合に放電が生じやすくなる。これは、カソードのエッジに電気力線が集中し、強い電場が存在するためである。しかし、アノードとカソードの間にストリップ電極(グリッド)を挟み込むと状況は一変する。カソードのエッジ部分には、強い電場が生じることは変わらないが、仮にその位置で生成された電子はアノードには逆流せずに、隣のグリッドに吸収されるからである。これにより、従来問題となっていたMSGCの安定化が達成される(文献11)。現在、M-MSGC(Multi-Grid-Type MSGC)を中性子散乱実験施設において利用するため開発が国内で進められている。これまでに中性子位置検出器としては、きわめて高い位置分解能である0.6mm FWHMが実現されているほか、1本のアノードに対応する信号がカソード側で2分割されることを利用して、読み取り増幅器数(エレクトロニクス規模)を大幅に減らしたGLG(Global-Local Grouping)法による2次元MSGCなどの動作と原理検証がなされている(文献12)。さらに図3に示したように大面積化の可能なマルチグリッド型の利点を生かして従来のほぼ倍となる、世界最大の648mm長、15mm幅の有感領域をもつ長尺型のMSGCが動作しており、中性子ビームに対して位置分解能1.6mmが達成されている。このようなMSGCを組み合わせて用いることで、たとえば、648mm×648mmの大きさの特大面積MSGCも実現可能になるものと考えられる。
<図/表>
図1 MSGCのプレート構造
図1  MSGCのプレート構造
図2 GEMの構造
図2  GEMの構造
図3 648mm長のマルチグリッド型MSGC
図3  648mm長のマルチグリッド型MSGC

<関連タイトル>
理工学における放射線利用−計測応用− (08-01-04-05)

<参考文献>
(1)A.Oed:Nucl.Instr. and Meth. A263(1988)p.351-359
(2)V.Peskov,et al.:Nucl.Instr. and Meth. A392(1997)p.89-93
(3)F.Sauli:Nucl.Instr. and Meth. A386(1997)p.531-534
(4)A.Breskin,et al.:Nucl.Instr. and Meth. A478,1-2,(2002)p.225-229
(5)T.L.van Vuure,C.W.E.van Ejik,F.Fraga,et al.:IEEE Trans. on Nucl. Sci. 48,4(2001)p.1092-1094
(6)H.Sakurai et. al.:Nucl.Instr. and Meth. A374,(1996)p.341-344
(7)T.Masuda,H.Sakurai,et al.:IEEE Trans. on Nucl. Sci. 49,2,(2002)p.553-558
(8)A.Ochi,T.Tanimori,Y.Nishi,et al.:Nucl.Instr. and Meth. A 477,1-3,(2002)p.48-54
(9)A.Ochi,T.Nagayoshi,et al.:Nucl.Instr. and Meth. A478,1-2,(2002)p.196-199
(10)G.Cicognani,et al.:IEEE Trans. on Nucl. Sci.,45,(1998)p.249-251
(11)H.Takahashi,K.Mori,et al.:Nucl.Instr. and Meth. A477,1-3,(2002)p.13-16
(12)H.Takahashi,P.Siritiprussamee,et al.:Nucl.Instr. and Meth. A 529(2004)p.348-353
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