<本文>
A.放射性ヨウ素(
129I)の放出低減化
核燃料
再処理施設で使用済燃料(以下、燃料と略)を溶解する時に発生する放射性ヨウ素(以下、ヨウ素と略)は揮発性であり、環境へ漏洩し易い性質を持っている。このため再処理工程内のヨウ素の挙動を十分に把握し、工程内に閉じ込める方策を講ずることが環境安全上、重要である。気化したヨウ素の捕集については古くから多くの研究者によって研究され、現在、高性能の銀吸着材が開発されている。これにより、燃料溶解時に発生する廃ガスに含まれる揮発するヨウ素については放出量を十分に低減化することが可能となった。
しかし、使用済燃料を溶解する際、燃料中のヨウ素のすべてが廃ガス中に移行するのではなく、一部(約5%)は溶解液中に残り、再処理に続くプロセスにおいて徐々に揮発するため、工程を複雑にしている。ヨウ素の放出低減化をさらに進めるためには、この溶解液中のヨウ素の処理方法を開発することが重要である。現在、最善の方法と考えられているのは、可能な限りのヨウ素を廃ガス中に追い出し、高性能の銀吸着材で捕集する処理法である。このため、溶解液中のヨウ素追い出し方法の開発が重要な研究課題となり、日本原子力研究所(以下、原研と略(現日本原子力研究開発機構))を始め多くの研究機関で研究が進められている。
ヨウ素追い出し法を開発するためには、先ず、溶解液中のヨウ素の化学形を知る必要がある。従来、このヨウ素の化学形はヨウ素酸塩と考えられ、 NOxを吹き込んでこれを揮発性の分子状ヨウ素に変え、廃ガス中に追い出す方法が一般に受け入れられてきた。しかし、原研での詳細な研究の結果、溶解液中のヨウ素はヨウ素酸塩ではなく、
核分裂生成物(FP)の銀、パラジウムなど、難溶性ヨウ化物とヨウ素からなるコロイド(微粒子)であることが明らかとなってきた。
図1 に、ヨウ化カリウム(KI)について、(A)ウラン溶液、及び(B)模擬溶解液(FP成分を含む)に加えた時の溶液中のヨウ素化学種の時間的変化を示した。前者(A)は、従来、他の研究者が用いていた溶液であり、この場合(B)、主なヨウ素化学種はヨウ素酸塩である。しかし、実際の燃料溶解液に近い組成を持つ後者の場合、主なヨウ素化学種はコロイドであることがわかる。従来の研究は、ヨウ素の挙動に対するFPの影響が考慮されていなかった。
このコロイド状ヨウ素は、従来の NOxを吹き込む追い出し法では効率良く追い出すことができない。原研での研究の結果、コロイド状ヨウ素の分解には、 NO
2が共存しない状態での加熱が効果的であることがわかった。
図2 は、濃度の異なるコロイド状ヨウ素を含む模擬溶解液を、NO
2 を吹き込みながら加熱した場合(実線)、及び NO
2吹き込みなしで加熱した場合(点線)のコロイド状ヨウ素減少の様子を示したものである。NO
2 はコロイド状ヨウ素の分解を妨げる方向に作用することがわかる。さらに、KIを溶解した模擬溶液をNO
2 吹き込みなしで沸点温度で加熱する場合、予め、溶解液に非放射性のヨウ素酸塩を加えておくと、コロイドの分解速度が著しく加速されることを見出した。また、コロイドの分解の際、生成した分子状ヨウ素の一部がヨウ素酸塩に酸化されるため、追い出しの最終段階で NOを吹き込む必要がある。これらの実験結果を基に、新しいヨウ素追い出し法として、次の2段階から成る方法を提案した。
第1段階 溶解液に非放射性のヨウ素酸塩を加え、沸点温度近くで約3時間加熱する。次に、
第2段階 溶解液に NOを吹き込みながら、沸点温度近くで約3時間加熱する。
この新しいヨウ素追い出し法の効率を見るため、使用済み PWR燃料を硝酸に溶解し、溶解液からのヨウ素追い出しを試みた。
表1 に結果を示す。表中(A)は、従来のNO吹き込みによるヨウ素追い出し結果である。 NOを2時間吹き込んだ後、さらに残留ヨウ素の有無を調べるためヨウ素酸を加えて再びNOを吹き込んだ。その結果、最初の NO吹き込みで追い出されないヨウ素が27から46%あることがわかった。一方、表中Bの新しいヨウ素追い出し法では、最初の非放射性ヨウ素酸塩を加えて加熱する段階で総てのヨウ素が追い出され、廃ガスに移行した。これらの結果から、原研での研究によるヨウ素追い出し法が効果的であり、ヨウ素放出低減化に繋がることがわかる。
B.トリチウムの放出低減化
再処理施設では極低濃度のトリチウム水が大量に発生するが、この水を環境へ放出可能とするためには、さらに、大量の水で希釈するか、またはトリチウムを分離・回収する必要がある。水の蒸留法など在来の方法で分離(または濃縮)しようとすると、一段当りの
分離係数が 1.04〜2.2と小さいため多段の
カスケードが必要となり、装置が大型化する。これに対し、
レーザー同位体分離法は原理的には極めて高い分離係数が期待できるため、カスケードの必要が無くなり、装置の小型化が可能となる。このことに意義を見出し、トリチウムのレーザー分離を進めている。
トリチウム水(HTO)を直接選択的に光分解することは現在のレーザー技術では困難である。このため、水中のトリチウムを
同位体交換反応により、光分解のより容易な分子に移し(作業媒体という)、次にこれをレーザーで
照射し、トリチウムを含む分子のみを光分解することにより、トリチウムを分離する2段階法を用いた。作業媒体として、トリチウム水との大きなトリチウム交換反応速度が期待でき、光分解可能なクロロホルムを選択し、レーザーを試作して試験を行った。
先ず、トリチウム化クロロホルム試料を選択的に光分解するのに必要なアンモニアレーザーを開発した。その概略を
図3 に示す。アンモニアレーザーは炭酸ガスレーザーでアンモニア分子を
励起した時の発光をレーザーとして取り出す(出力はパルス当たり 0.8ジュール)ことができる。
次に、トリチウム水との同位体交換反応により作成したトリチウム化クロロホルム試料をアンモニアレーザーで照射し、トリチウムに対する分離係数を求めた。
図4 に示したように、クロロホルムは分解せず、トリチウム化クロロホルムのみが分解され、その濃度が減少していくことがわかる。570以上の分離係数を得たが、これは前述の在来法の分離係数1.04-2.2より著しく大きい。
本試験規模は、照射セル内試料圧0.3キロパスカル、その中のトリチウム約0.2マイクロキュリーと、非常に小さなものであったが、同位体交換からレーザー照射に至る分離プロセスを一通り検討し、クロロホルムを作業媒体としたトリチウムのレーザー分離が技術的に可能なことを、世界に先がけて実証した。
<図/表>
<関連タイトル>
原子力発電所における放射性廃棄物管理の動向(2005年度まで) (02-05-03-01)
再処理施設から放出された核分裂生成物 (06-03-05-08)
<参考文献>
(1) E.Henrich et al.:IAEA-SM-245/16, P.139(1980)
(2) T.Sakurai et al.:Nucl. Technol.,85,206(1989)
(3) T.Sakurai et al.:Nucl. Technol.,99,70(1992)
(4) T.Sakurai et al.:J. Nucl. Sci. Technol.,30,533(1993)
(5) A.Yokoyama et al.:Appl. Phys. B38,99(1985)
(6) 日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成6年、平成6年10月
(7) 日本原子力研究所:原研における原子力安全性研究−第20回安全性研究成果報告会記念−、平成4年10月