<本文>
FMSプロジェクトでの開発技術は、保守高度化技術と訓練高度化技術に大別できる。
A.保守高度化技術:原子力発電プラントの定期検査時の保守作業を高度化・効率化するために以下が開発された。
a.計装機器校正支援・機器点検周期延長を実現するための保守効率化技術
b.機器・配管の状態をより詳細に把握するための遠隔非接触計測・遠隔保守技術
c.保守に関わるマニュアル、設計図書、データを効率的に管理し利用するためのインテリジェント保守管理技術
B.訓練高度化技術:保守要員の教育・訓練を効率化するために、以下が開発された。
a.オフサイトでの効果的学習のための保守作業におけるノウハウの体得化技術
b.保守時のプラント状態把握のためのプラント体感技術
これらの要素技術がシステム全体として統合化されたイメージを
図1に示す。
以下、主要な開発技術のポイントを示す。
A.保守高度化技術
a.メンテナンスフリーセンサ
圧力、水位及び流量を差圧として計測し、電気信号に変換するため、差圧伝送器が用いられている。定期検査の際に行われている、差圧伝送器の校正作業を低減することにより、定期検査期間を短縮することが期待される。校正に要する作業量の低減のため、
放射線、温度及び電磁気的に過酷な環境の下での耐性を有する光ファイバーセンサを用いて、これらの影響を受けやすい電気回路を排除したセンサが開発された(
図2)。
b.光ファイバー多点センシングシステム
原子力発電所の運転中機器を対象とした
状態監視保全を目的に、静的(温度、歪み)・動的(振動)測定にそれぞれ対応させたFBG(Fiber Bragg Grating)センサを1システムに混在させ、波長・時分割多重技術を同時利用して192点の大規模監視を実現するシステムが開発された。光ファイバ同軸上に反射波長の近いFBGが複数接続されていると、波長干渉で測定が困難となる。このため、光のパルス化及び波長可変フィルタを使用し、幹線の光ファイバに必要な間隔で複数の分岐路を設けて、FBGを分岐路のみに接続することで同一反射波長を持ったFBGを複数接続できる方式が考案された(
図3)。
c.センサ校正支援システム
センサの校正作業は、定期検査ごとに実施されており、基準圧力を加えての調整などが必要なため、多くの作業量を要している。このため、センサ校正作業量低減のためのシステムが開発された(
図4)。システムは、センサ校正記録データを統計解析し、将来のセンサドリフト量分布を予測することにより適正な校正周期を決定すると共に、プラントからオンラインで取り込んだプロセス信号から、自己連想形ニューラルネットを用いてセンサ特性変化を検出する。これによって、センサ信頼性を確保しながら、校正周期を伸長して、校正作業量を低減する。
d.
炉内構造物の超音波探傷技術
炉内構造物に発生した応力腐食割れ等の表面欠陥を初期段階で検出することは、その後の保全対策や健全性評価において有効である。このため、レーザー超音波法を用いた、原子炉内部の狭隘部に対する超音波検査技術が開発された(
図5)。本手法により、水中環境において微小表面き裂の検出が可能である。また、実際の炉内狭隘環境および構造物形状を模擬した模擬炉内構造物においてき裂探傷を行った
モックアップ試験の結果、模擬炉内構造物に付与した深さ1mmの人工スリットき裂を可視化できることが確認された。
e.放射線分布・
被ばく線量評価システム
作業エリア内の放射
線量率分布の変化を高速に推定して放射線環境下での保守作業・放射線管理業務を支援するシステムが開発された。システムは、
図6のように、三次元CAD(computer−aided design)データ、線量率計算結果などを格納するデータ・サーバ、三次元可視化インタフェース用計算機、及び放射線分布計算サーバで構成する。システムの特徴は、CADデータを利用して放射線分布計算用の入力データを簡便に作成できる点、放射線分布の変化を高速に計算できる点、定期検査時に得られる線量率の測定値から線源強度を推定できる点、及び放射線分布と被ばく線量の推定結果を視認性良く可視化できる点にある。
f.計装制御装置リモートメンテナンスシステム
原子力発電プラントにおいては、信頼性を確保しながら保守作業の効率化により稼働率を向上させるため、メンテナンス技術の高度化が重要となってきている。これを背景に、計装制御装置および現場盤の状態をリモート監視し、現場の作業員と遠隔地の設計者、作業熟練者が協調的に作業することで故障発生時の修復時間を短縮する、計装制御装置リモートメンテナンスシステムが開発された(
図7)。原子力プラント向けのネットワーク・セキュリティ技術、故障解析迅速化のためのデータウェアハウスが特徴である。
B.訓練高度化技術
a.系統隔離作業の訓練システム
原子力発電プラントの保守管理分野では、産業成熟化に伴う熟練者の減少や、技能習得機会の減少が懸念されることから訓練環境の充実が望まれている。このような背景から機器保守作業の事前段階で行う系統の隔離・排水作業を対象に、3次元の仮想現実空間を利用して作業ノウハウの取得と現場作業環境の体感を目的とした、被験者が個人で学習する訓練システムが開発された(
図8)。
b.大型機器保守作業の訓練システム
10年に一度程度の比較的低頻度で実施される下部炉心構造物吊上げ作業など、実体験の機会に乏しく、熟練を要し、また実物大のモックアップ設備による訓練が困難な大型機器の保守作業を対象に、オフサイトで仮想体感しながら訓練するためのシステムが開発された。作業空間と保守対象物の三次元モデルを計算機上に構築し、視覚、聴覚を中心に臨場感あふれる仮想訓練環境を実現する(
図9)。また、この作業は複数人での共同作業となることから、複数台の計算機をネットワーク接続して仮想空間情報を共有し、複数の訓練生が一緒に、作業の指示・伝達、連携等のチームワークを訓練可能な構成とした。
c.計測制御設備の保守訓練システム
計装制御設備の保守では、複数の保守員がプラント内に分散した関連機器を対象に、協調して作業する。現状の実機ベースの訓練設備では、他の保守員や設備の動作をインストラクタ等が代行する必要があり、また、設置場所や費用の観点から、訓練対象が限定されるという問題があった。これを改善するため、多様な設備の訓練を独習可能なシステムが開発された(
図10)。訓練システムでは人工現実感(VR:virtual reality)技術を利用して中操・現場・
制御盤の設備を模擬し、訓練生以外の保守員を人間系シミュレータで模擬する。訓練生は、人間系シミュレータと音声で連絡を取りながら協調して訓練を行う。また、設備の動作はプラントシミュレータが模擬する。
<図/表>
<参考文献>
(1) 瀧澤洋二、大賀幸治、渡辺長深、大井忠:原子力発電プラントフレキシブルメンテナンスシステムの開発(I)−全体概要−、日本原子力学会「2005年秋の大会」予稿集、F1,(2005)
(2) 東淳一、渡辺長深:同(II)−メンテナンスフリーセンサー:同上、F2,(2005)
(3) 隅田 晃生、新井 良一、波平 英夫、同(III)−状態監視保全のための光ファイバ多点センシングシステム−:同上、F3,(2005)
(4) 楠見尚弘、大賀幸治、弓立忠弘、前田彰彦:同(IV)−センサ校正支援システム−、同上、F4,(2005)
(5) 黒田英彦、三浦崇広、落合誠、山本智、園田幸夫、瀧澤洋二:同(V)−レーザー超音波法を用いた炉内構造物の超音波探傷技術−、 同上、F5,(2005)
(6) 大賀幸治、福田光子:同(VI)−放射線分布・被曝線量評価システム−、 同上、F6,(2005)
(7) 大井 忠、綿部 良介、佐久間 智英:同(VII)−計装制御装置リモートメンテナンスシステム−、同上、F7,(2005)
(8) 榎本光広、園田幸夫、廣瀬行徳、瀧澤洋二:同(VIII)−3次元仮想空間を利用した系統隔離作業の訓練技術−、同上、F8,(2005)
(9) 渡辺長深、小松泰樹、中西徹、野村真澄:同(IX)−原子力発電所保守作業の計算機による訓練システム−、同上、F9,(2005)
(10) 福田光子、大賀幸治:同(X)−計測制御設備の保守訓練システム−、同上、F10,(2005)
(11) 瀧澤洋二、大賀幸治、渡辺長深、西沢博志:原子力発電プラント・フレキシブルメンテナンスシステムの開発、保全学、Vol.3,No.2(2004)
(12) 渡辺長深、瀧澤洋二、大賀幸治、大井忠:原子力発電プラント・フレキシブルメンテナンスシステム(FMS)への取り組み、検査技術、Vol.10,No.10 (2005)