<本文>
1.事故の経過
日本原子力発電(株)敦賀発電所2号機は1987年2月に営業運転を開始した電気出力1,160MWの
加圧水型原子炉である。
図1に原子炉冷却系統概要図を、
図2に原子炉格納容器内機器配置図を、および
図3に再生熱交換器連絡配管損傷部(漏えい箇所)を示す。
1999年7月12日定格出力1,160MWで運転中のところ、6時5分に原子炉格納容器(Containment Vessel、以下「CV」という。)内の火災報知器が発報し、6時7分に「CVサンプ水位上昇率高」警報(設定値:0.23m3/h)が発報した。
これらの状況および格納容器内じんあい
モニタ、格納容器内ガスモニタの結果から、発電長は原子炉格納容器内で一次冷却材の漏えいがあったと判断し、プラント停止を決定した。6時48分に原子炉を手動停止し、17時には低温停止状態に達した。
現場状況の調査を行ったところ、化学体積制御系の再生熱交換器の抽出側配管からの漏えいであることを確認した。20時16分抽出ラインの隔離弁を閉止した結果、20時29分には漏えいが停止した。その後漏えい箇所の配管のまわりに取り付けてあった保温材を取り外して点検したところ、3段ある再生熱交換器の中段と下段の抽出側連絡配管のエルボ(曲り)部にひび割れ損傷を確認した。
なお、漏えい発生後原子炉格納容器内に入り漏えい箇所を特定するまで約13時間かかってしまった。また中央制御室各種計器等では再生熱交換器からの漏えいを示す優位な変化を確認できなかった。また監視カメラでは、水蒸気の発生は確認できたものの、カメラの視野に再生熱交換器室内が入っていなかったこと等から、再生熱交換器からの漏えいを確認できなかった。
原子炉格納容器内に漏えいした一次冷却材は地下二階に設けられたサンプに流入した。その後ポンプにより液体放射性廃棄物処理系貯蔵設備に全量移された。
2.
放射性物質の環境への影響
運転中原子炉格納容器は外部と隔離状態なので、一次冷却材の漏えいが発生した時環境への気体状放射性物質の放出は無かった。7月13日に原子炉格納容器内の汚染状況についてスミアー法より検査した結果、地下二階においてループ室内で最大46,000Bq/cm
2、ループ室外で最大2,800Bq/cm
2であった。地下一階と一階は400Bq/cm
2、ニ階と三階は4Bq/cm
2であった。現地調査等を効率化しまた
内部被ばくを防止するため、
除染作業を7月14日に開始し9月28日に終了した。その結果、計測点全てが4Bq/cm
2未満となった。今回の事故に関する調査・作業等で、7月12日から9月28日までの総線量当量は約720人・mSv、延作業者数は6,177人・日、個人最大日線量当量は1.69mSvであった。
なお、通商産業省(現、経済産業省)による暫定評価ではINESレベル1とされた。
3.一次冷却材漏えい量の評価
漏えいが発生してから漏えいが停止するまでの間(約14時間)に漏えいした一次冷却材の量は約51m
3と推定された。
4.損傷の原因究明
4.1 原因究明
通商産業省と日本原子力発電(株)は、損傷した連絡配管エルボ部および再生熱交換器中段胴本体を切断し、民間調査機関に委託して、損傷状況調査、破面観察、断面観察、金属組織観察などを行なった。また現地調査、当該設備の製造履歴等の調査も行った。さらに流動模擬試験および解析評価も行った。安全委員会においても2人の委員を本件担当と決め、専門家による調査検討を行うとともに、安全委員会内部の材料工学、構造工学の専門家3名を民間調査機関に派遣し、配管の亀裂等状況の確認を行った。また安全委員会の担当委員は現地調査を実施し、漏えい現場の確認、原子炉停止操作、除染などの確認を行った。
4.2 再生熱交換器の構造
図4に再生熱交換器(中段)の構造図を示す。この型の再生熱交換器では、伝熱管に高温の一次冷却材を導くため伝熱管を覆うような形で内筒が設けられている。内筒内部を流れて伝熱管と熱交換し冷却される主流と、内筒と胴との間の隙間を流れる高温のバイパス流とが存在し、出口で混合される構造であった。また、内筒支持リングと胴との隙間の実測値が約3mm(直径)であり、これを考慮した圧力損失計算および運転パラメータに基づく伝熱計算から、バイパス流は約40%と評価された(設計目標隙間:約2mm、バイパス流量:約23%)。
4.3 損傷の原因
(1)割れ損傷の詳細調査
損傷が確認された連絡配管(エルボ、管台、配管)と胴の割れについて詳細調査した結果は次のとおりである。
連絡配管には軸方向と周方向のひび割れがあり、大小12のひび割れがあった。ひび割れは軸方向、周方向とも内面の複数起点から発生し、成長した痕跡が認められた。特に縦方向割れは、複数の起点から割れが成長し連結した痕跡が認められた。再生熱交換器胴部の割れは熱疲労に特有な亀甲状の割れであった。割れ破面には、組織状模様、ストライエーション状模様(くり返し応力縞模様)およびビーチマーク(疲労き裂縞模様)が観察された。ビーチマークの間隔は割れ深さにともない徐々に狭くなっていた。材料の異常、全面腐食等は認められなかった。
これらの観察結果から、連絡配管および再生熱交換胴部の割れはいずれも高サイクル熱疲労によるものと推定した。
(2)流動模擬試験
図5に再生熱交換器内流動パターン変動メカニズムを示す。伝熱管で冷却された主流と高温のバイパス流の流れ状況を解明するため、流動模擬試験を実施した。バイパス流は低流速(約0.07m/s)であるため、内筒と胴の隙間を流れる間に内筒を介して主流との熱交換により、胴下部にバイパス流の低温領域が生成する。支持リングと胴との下部隙間を変化(支持リング位置を上下方向に偏心)させると、再熱交換器出口付近において、低温領域が隙間小のとき生成し隙間大のとき消滅する現象が発生する。また低温の主流と高温のバイパス流の混合する流動パターンが変動し、主流とバイパス流の混合領域では短周期(数秒〜20秒程度)の温度ゆらぎが発生した。これらの変動は熱交換器出口の管台入口とその下流の連絡配管の温度分布の変動および流れ状況に影響を与えると推定された。
(3)熱流動解析
モデル範囲はバイパス流と主流の混合部位を模擬した第2支持リングから胴鏡部および出口連絡配管とし、これに流動模擬試験で得られた管台入口温度分布を入力して計算した。その結果、支持リングとの隙間増減で、流動模擬試験と同様に、2種類の流動パターンが胴部に発生し、連絡配管エルボ部入口の温度分布のパターンが周方向で約90度変位する現象が生じた。
(4)流動パターン変動シミュレーション解析
バイパス流量割合が40%の場合、胴と第2支持リングの隙間が周期的に変動し、2種類の流動パターンが交互に繰返される現象が発生した。その変動周期は約500秒程度の比較的長い周期であった。バイパス流量割合が30%以下では、流動パターン変動現象は発生しなかった。
(5)変動応力解析
2種類の流動パターンの温度分布差による長周期変動応力および流動模擬試験で得られた温度ゆらぎによる短周期変動応力を推定するため、構造解析モデルに温度条件を入力し計算した結果、長周期と短周期の温度変動による応力は連絡配管工ルボ部で約118MPa(約12kgf/mm
2)、胴部で約167MPa(約17kgf/mm
2)であった。
(6)割れ発生・進展評価
損傷部位の疲労強度を、平均応力を考慮して推定し、上記変動応力と比較し、割れ発生の可能性を評価した。その結果、疲労強度は連絡配管工ルボ部で約98MPa(約10kgf/mm
2)から約147MPa(約15kgf/mm
2)、胴部で約147MPa(約15kgf/mm
2)から約167MPa(約17kgf/mm
2)となり、損傷部に加わっていたと推定される変動応力と比較すると、割れは発生し得ると評価された。また、割れ発生の可能性は各損傷部で変動応力のくり返しが約10
5回以上であると推定された。変動応力解析の結果を用いて割れ進展解析を実施した結果、各損傷部で割れの進展の可能性は約10
5回のオーダであった。また、流動パターン変動シミュレーション解析で得られた変動周期約500秒程度と実機運転時間(約9.5万時間)を考慮して算出した変動応力の回数も10
5回のオーダであり、割れの発生・進展から評価した寿命と矛盾しない結果となった。
(7)まとめ
図6に流動パターン変動による高サイクル熱疲労説明図を示す。再生熱交換器胴本体下部における低温領域の生成・消滅が熱交換器胴に変形を与え、それにより内筒支持リングと胴の隙間が変動し、その結果流動パターンが変動することにより温度分布が変化する現象が周期的に発生し、高温水と低温水の合流による短周期の温度ゆらぎと重畳し、再生熱交換器連絡配管および胴本体に、疲労強度を上回る応力が繰り返し加わり、熱疲労割れが生じた、と推定した。
5.再発防止策
(1)日本原子力発電(株)においては、敦賀発電所2号機では、再生熱交換器は内筒のない構造で使用実績のあるものと交換した。高サイクル熱疲労割れの可能性のある箇所および一次冷却材系配管について検査・点検を充実させる。漏えい箇所の早期特定のための監視テレビの設置、運転手順書の改善などを実施する。
(2)北海道電力(株)泊発電所、関西電力(株)高浜発電所、および九州電力(株)川内発電所においては、敦賀発電所2号機のものと類似した構造の再生熱交換器を使用しているので、流動模擬試験などを実施した結果今回のような損傷を発生しないことを確認した。
6.その後の事例と改正技術基準への反映と規格化
過去の主な高サイクル熱疲労損傷を
表1に示すが、敦賀2号機での再生熱交換器連絡配管の損傷を踏まえ、高サイクル熱疲労に関する民間規格の具体的検討が日本機械学会にて開始された。一方、平成15年に泊2号機の再生熱交換器(内筒を有する構造)出口配管が損傷し、その主な要因は再生熱交換器内の主流(低温水)とバイパス流(高温水)の混合により発生する温度ゆらぎによるものとされた。本損傷事例を受け、
原子力発電所の重要度分類クラス1,2の機器に対して、高低温の内部流体が合流することによる温度ゆらぎにより高サイクル熱疲労による損傷の発生が考えられる部位を特定するとともに、当該部位全てについて
定期事業者検査として適切なUT検査を実施している。
2006年1月改正の技術基準(省令第62条)の第6条(流体振動等による損傷の防止)において、「燃料体および反射材並びにこれらを支持する構造物、熱遮へい材並びに一次冷却系統に係る施設に属する容器、管、ポンプ及び弁は、……温度差のある流体の混合等により生ずる温度変動により損傷を受けないように施設しなければならない。」と関連条文が一部修正された。温度差のある流体の混合等からの損傷防止として損傷事例が反映され、機械学会の「配管の高サイクル熱疲労に関する評価指針」がその具体的な仕様規定となっている。指針は、高サイクル熱疲労現象のうち
表2に示す事象について
軽水炉における熱流動条件を考慮(分岐、合流流速・配管口径・温度差等)した試験結果を基に、構造健全性の評価手法を定めている。なお、指針は技術評価の上、設計・建設規格2005の参照規格となっている。
(前回更新:2003年3月)
<図/表>
表1 高サイクル熱疲労の損傷経験例
表2 高サイクル熱疲労に関する評価指針の概要
図1 原子炉冷却系統概要図
図2 原子炉格納容器内機器配置図
図3 再生熱交換器連絡配管損傷部(漏えい箇所)
図4 再生熱交換器(中段)の構造図
図5 再生熱交換器内流動パターン変動メカニズム
図6 流動パターン変動による高サイクル熱疲労説明図
<関連タイトル>
加圧水型原子炉(PWR) (02-01-01-02)
<参考文献>
(1)資源エネルギー庁:報道発表、日本原子力発電(株)敦賀発電所2号機の手動停止について(1999年7月12日)
(2)資源エネルギー庁:報道発表、日本原子力発電(株)敦賀発電所2号機の手動停止について(1次冷却材の漏えい(続報))(1999年7月13日)
(3)日本原子力発電(株):敦賀発電所原子炉設置変更許可申請書、(1980年8月)
(4)原子力安全委員会:日本原子力発電(株)敦賀発電所2号炉における冷却材漏えいについて、平成11年版 原子力安全白書
(5)日本原子力発電(株):敦賀発電所2号機一次冷却水漏えい事故の原因と対策について
(6)電気事業連合会:敦賀発電所2号機一次冷却水漏えい事故の原因と対策について、原子力発電四季報 第10号
(7)日本原子力発電(株):敦賀発電所2号機一次冷却水漏えい事故に係る再発防止対策の実施について、福井県原子力安全対策課
(8)青木孝行:敦賀発電所2号機化学体積制御系再生熱交換器連絡配管からの漏えいについて、原子力eye,46(1),74-75(2000)
(9)日本原子力発電(株):敦賀発電所2号機再生熱交換器連絡配管からの一次冷却材漏えいについて、第63回原子力安全委員会資料第2号(1999年10月25日)
(10)原子力安全・保安院 独立行政法人原子力安全基盤機構:日本機械学会「発電用原子力設備規格 設計・建設規格」(2005 年改訂版)並びに流力振動及び高サイクル熱疲労に関する評価指針の技術評価書(平成17年12月)