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<概要>
 旧ソ連邦の国家プロジェクトでは、経済発展という目標を強調しすぎたため、大規模な集団農場建設、運河建設、ダム建設がしばしば環境破壊を招いた。1960年代から環境問題が提起され、1980年代末になるとペレストロイカのもとで市民運動の対象となったが、その多くはスターリン時代以来の重工業化の方法に起因していた。
 1990年ソ連邦崩壊前後、国内経済の停滞によって汚染物質排出量やエネルギー使用量が減少し、また、様々な環境政策が採られ、環境的には好条件であった。
 1999年には国際石油価格の高騰やルーブル切り下げ効果により、輸入代替産業が復調したことから、経済は成長に転じ、2000年以降10%前後の高い経済成長率を記録する一方、設備投資面の遅れによる生産設備の老朽化や、自動車による大気汚染なども顕著になっている。
<更新年月>
2016年01月   

<本文>
1. ロシアの環境問題の推移
 旧ソ連邦における環境問題は、1960年代から問題化し、1980年代末になるとペレストロイカのもとで市民運動の対象となったが、その多くはスターリン時代以来の重工業化の方法に起因していた。経済発展を目標にした旧ソ連邦の国家プロジェクトでは、大規模な集団農場建設、運河建設、ダム建設がしばしば環境破壊を招いた。とりわけ、1960年代に表面化した製紙パルプ工場によるバイカル湖の汚染問題は周囲の批判を浴びた。その結果、1971年にはソ連邦最高議会に環境・天然資源の常任委員会が創設され、1977年の憲法で初めて環境保護の条項ができた。
 ゴルバチョフ改革以降、環境問題は民主化の進展とともに政治の顕著な争点を構成する。争点には、シベリヤ・北方から中央アジア・南部への河川転流計画(1986年8月に白紙撤回)、レニングラード(現:サンクト・ペテルブルグ)の製紙工場、ヤースナヤ・ポリャーナでの化学工場がある。また、1986年4月のチェルノブイリ原子力発電所の事故(チェルノブイリ事故)は地球的規模の環境問題に発展した。
 1990年のソ連邦崩壊前後、国内経済の停滞による汚染物質排出量やエネルギー使用量の減少は環境の保護に繋がった。反面、設備投資面での遅れは生産設備の老朽化や事故リスクの上昇を招き、有害産業廃棄物の増大や、自動車等交通機関による都市公害が生じ、環境政策に悪影響を及ぼした。また、産業界の巻き返しによる脱環境政策の動きも強まった。
 1996年8月、ロシア連邦行政機関の再編が行われ、天然資源省と国家自然環境保護国家委員会(ゴスコムエコローギイ)が新設された。
 2000年に入るとプーチン大統領は長期社会経済発展構想と平行して、自然環境及び国民生活環境の改善、環境保全とバランスの取れた国際競争力のある生産分野の確立に移行し、ロシアの環境関連法が成立している(表1参照)。
2. ロシアの環境概況
2.1 大気汚染
 水文気象・モニタリング連邦庁(ロスギドロメット)が実施している定期調査によると、1991〜1999年の期間にロシアは産業不況及び経済停滞期にあったため、諸都市における大気汚染には減少傾向が見られたが、1999〜2007年の期間は経済回復期を迎え、大気の汚染レベルが再び上昇している(図1参照)。大気汚染の問題は、モスクワ、サンクト・ペテルブルクといったロシアの主要都市のみならず、産業施設に対する環境コンプライアンス(環境法令遵守)の監査がゆるい地方のより小さな諸都市でも重大な問題となっており、極めて高い密度の固定発生源からの汚染物質排出の影響は16都市、約800万人に及ぶ(図2参照)。非鉄金属の精錬、石油や天然ガスなど燃料製造業、石炭を利用した暖房や発電設備が主な汚染源とみられている。
2.2 水質汚染
 各河川の水質環境調査はデータ量が少なく、変動も大きいが、アムール川、沿海地方南部のラズドルナヤ川、サハリン州中西部のボリシャヤ・アレクサンドロブカ川などで汚染が進んでいる。
2.3 海洋汚染
 工業化や農業開発が進む一方、各地で水質の汚染が顕在化してきている。さらに地下資源の開発に伴う鉛・銅・亜鉛・カドミウムなどの有害鉱物成分による水底質汚染は生態系への影響も懸念されている。
2.4 放射性物質による環境汚染
(1)核兵器開発に伴う高度環境汚染
 旧ソ連邦の核兵器開発拠点としたチェリヤビンスク40(現在のマヤク産業複合体)、トムスク7(現在のシベリヤ化学コンビナート)、クラスノヤルスク26、アルザマス16、スベルドロフスク44及びセミパラチンスク核実験場では、放射性物質の放出や事故等による河川や湖沼、土壌への環境汚染が生じている。
(2)放射性廃棄物海洋投棄と、退役原子力潜水艦による環境汚染
 北洋海域または極東海域では、1959年〜1992年にかけて、液体及び固体放射性廃棄物の海洋投棄が継続的に行われた。また、退役原子力潜水艦についても、資金難から燃料が装荷されたまま埠頭に繋留されるケースもあり、海洋汚染の原因となっている。
2.5 二酸化炭素排出による地球温暖化
 ロシアは1994年の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、1999年3月の京都議定書を批准し、2004年10月にロシア法として成立させている。京都議定書の批准に関し、米国の離脱や、ロシアの温室効果ガス排出削減率が0だったことから、議定書発効(2005年2月)の鍵を握り、排出権取引市場においてロシアは優位な立場を獲得した。
 ロシアの2012年温室効果ガス排出量は約22.9億トンで、1990年比マイナス31.8%を達成している。さらに2015年4月の自主的気候変動対策(INDC)では、森林管理を強化することで、2030年までの温室効果排出量を1990年比で25%〜30%削減すると発表している。図3に主要国の温室効果ガス排出量の推移を示す。
3. ロシアの環境行政体制
 ロシアの環境保護は、連邦・地域ごとにその果たすべき役割を法令により規定している。その中で、天然資源省が中心的役割を果たし、連邦省庁間の調整や環境政策の展開に責任を有する。表2に大気・水質・有害廃棄物の排出に関するデータ収集、企業・地方政府による環境保護措置などに関する監督管理省庁を示す。なお、水文気象・モニタリング連邦局(ロスギドロメット)は、水・大気・土壌の環境状態のモニタリングに責任を有する機関であり、ロシアにおいて最も包括的なモニタリング・ネットワークを有する組織である。その他、降水量、降雪の汚染状況、越境汚染、海洋バックグラウンド汚染、海水の質等に関するモニタリングも行う。また、直接環境保護の専門機関ではないものの、環境情報上重要な組織として、国家統計委員会(ゴスコムスタット)がある。ここには国家統計の作成上、企業・組織からの自己申告により、大気中への有害物質の排出量、排水量、天然資源の利用、環境投資額などのデータや、ロスギドロメットなど他省庁機関のデータも集められる。図4にロシアの環境行政組織の構成を、図5に地方環境行政組織の構成を示す。
4. 環境関連法・制度
 環境保全上基本となる法律は、ソ連崩壊と前後して公布された1991年12月のロシア連邦法律「自然環境の保護について」(以下「連邦環境保護法」)であり、この法律が、ソ連崩壊後のロシアにおける環境保護の大まかな枠組みを定める基本法である。連邦環境保護法は1996年、2002年、2012年に修正されている。第1章においては、ロシアの環境保護に関する8つの原則が記されている。
(1)人間の生命・健康保護の優先及び住民の生活・労働・休息のための良好な生態学的条件の創造。
(2)健全な生活にとって良好な自然環境に対する人間の権利の保証。その下で、社会の「安定的発展」を保証する、経済的利害とエコロジー的利害の科学的に基礎付けられた統合。
(3)天然資源の合理的利用。
(4)環境保護と天然資源利用に関する活動の国家規制。
(5)自然利用有償制。
(6)自然保護立法の要求の遵守、その違反に対する責任の不可避性。
(7)自然保護課題の解決に際しての情報公開と、社会組織・住民との緊密な結びつき。
(8)自然環境保護の分野における国際協力。
 ソ連体制下での環境保護法体系との顕著な違いは、環境権が認められ、安定的発展の原則が導入されたこと、経済的利害への配慮、自然利用の有償性の原則を掲げたことなどである。なお、天然資源や特定の課題ごとに、より詳細な規定がなされている。なお、ロシア連邦環境保護委員会は環境の状況を総合的に把握するものとして、環境白書を作成している。
 環境保全及び資源の利用に関する課税には、「天然資源利用権」への課税、「天然資源保全」のための課税(天然資源減耗への課税)及び汚染課徴金がある。天然資源保全のための課税は、鉱石・森林・水源・狩猟免許に対して課せられ、連邦歳入の5%ほどとなり、天然資源管轄部局による資源保全と再生のために使われているが、効果は産業の国営による寡占システムのために疑問視されている。なお、汚染課徴金制は、1989年に制定されて、大気や水への汚染物質の排出に対し課せられている。2002年の基本料率は窒素酸化物が1.5($US/トン)、硫黄酸化物が1.2($US/トン)、一酸化炭素が0.02($US/トン)、粒子状物質が12.2($US/トン)であり、排出基準値を超えた場合は追徴金が課せられる。
<図/表>
表1 ロシアにおける主な環境関連法
表1  ロシアにおける主な環境関連法
表2 環境保護内容に関する監督管理省庁一覧
表2  環境保護内容に関する監督管理省庁一覧
図1 ロシアにおける大気への汚染物質発生量の推移
図1  ロシアにおける大気への汚染物質発生量の推移
図2 ロシアにおける大気への固定発生源からの汚染物質発生量の変化
図2  ロシアにおける大気への固定発生源からの汚染物質発生量の変化
図3 主要国の温室効果ガス排出量の推移
図3  主要国の温室効果ガス排出量の推移
図4 ロシアの環境部行政の構成
図4  ロシアの環境部行政の構成
図5 地方環境行政組織の構成
図5  地方環境行政組織の構成

<関連タイトル>
IEAによるロシアのエネルギー事情のレビュー(2002年) (01-07-06-12)
チェルノブイル原子力発電所事故による放射能の影響 (02-07-04-14)
ロシア連邦の再処理施設 (04-07-03-18)
ロシアの原子力潜水艦の解体 (05-02-04-03)
旧ソ連・ロシアの放射性廃棄物海洋投棄による水産物中の放射能調査 (09-01-03-07)
旧ソ連における南ウラル核兵器工場の放射線事故(キシュテム事故など) (09-03-02-07)
ロシア連邦による隣接海への放射性廃棄物の海洋投棄 (14-06-01-16)

<参考文献>
(1)(財)環日本海環境協力センター:北東アジア環境情報広場、環日本海地域の社会環境データベース、ロシアの環境概況及び環境行政、http://www.npec.or.jp/northeast_asia/environmental/page04.html
(2)平凡社:新版ロシアを知る事典(2004年1月)、p.156−158
(3)(独)東京文化財研究所、文化遺産国際協力センター:自然環境の保護に関するロシア・ソビエト連邦社会主義共和国法規、http://www.tobunken.go.jp/?kokusen/JAPANESE/DATA/LAWS/HTML/russia/russi02j.html
(4)(社)ロシア東欧貿易会:ロシア技術ニューズレター、ロシア連邦における排気ガスの法的規制(2005年9月30日)、http://www.rotobo.or.jp/publication/RTNL/2005No.1.pdf
(5)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業、第1編2014年版(2014年1月)、上巻、ロシア
(6)EU・欧州環境機構:欧州近隣とパートナーシップ環境情報共有システム、ロシア国家レポート(2012年3月)、http://www.zoinet.org/web/sites/default/files/publications/SEIS/enpi-seis_country_report_russianfederation-final.pdf
(7)GEOFIZIKA VOL.29 2012(UDC 551.511.6)、Atmospheric pollution of Russia’s cities:Assessment of emissions and immissions based on statistical data、Victoriya R.Bityukova and Nikolay S.Kasimov、http://geofizika-journal.gfz.hr/vol_29/No1/29_1_bityukova_kasimov.pdf
(8)経済産業省:温室効果ガス排出量の現状等について、2015年1月、http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004000/pdf/042_s05_00.pdf
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