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<概要>
 スイスにおける放射性廃棄物の最終処分の実施責任は、その発生者の電気事業者にあり、このため、電気事業者は、医療用、産業用の放射性廃棄物に責任のある連邦政府と共同出資して、放射性廃棄物管理の共同組合NAGRAを設けている。NAGRAは、最終処分のための中期基本計画を策定し、研究開発プロジェクトによって放射性廃棄物の恒久的かつ安全な処分が保証されることを1985年に連邦政府に提示し、承認を受けている。同時にNAGRAは、この保証プロジェクトで構築した技術的な処分コンセプトを一般公衆に理解し、納得してもらうため、すなわちPAを得るため、1991年に新しい情報戦略として、5つに区分されたコミュニケーション・レベルのそれぞれに適合した各種のPA方策を実施している。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射性廃棄物の基本政策・計画
 スイスでは現在、ベツナウ原子力発電所PWR 36万kW×2基)、ゲスゲン・デニケン原子力発電所(PWR 99万kW)、ライプシュタット原子力発電所(BWE 105万kW)およびミューレベルク原子力発電所(BWR 37万kW)の4カ所のサイトで計5基の原子炉が運転中である。寿命を40年と仮定した場合に発生する使用済燃料の総量は約3,000トンUと見積もられている。同国の廃棄物管理概念に基づけば、使用済燃料は国外で再処理され、その際発生した廃棄物は同国に返還されることになっている。そして、すべての放射性廃棄物は適切な地層内に設置された処分場で最終処分されることになっている。また、1959年原子力法によると、スイスでは、放射性廃棄物の発生者がその安全な処分に責任を負うことになっている。そこで、放射性廃棄物の安全な処分方法の確立を主目的として、原子力発電に関与する電気事業者と工業・医療・研究廃棄物の責任を負っているスイス政府とが共同出資で、1972年にスイス放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)を設立した。
 NAGRAは、放射性廃棄物の最終処分場に関する次のような中期基本計画を打ち出している。
(1) 30年から40年の間、高レベル放射性廃棄物もしくは使用済燃料をパウル・シェーラー研究所のサイトに集中させ中間貯蔵を行うか、または、各原子力発電所に分散させ中間貯蔵を行うこと。
(2) 1カ所の最終処分プロジェクトを準備すること。
(3) 外国または国際プロジェクトに対するスイスの参加に関わりなく、1カ所の立地地点の特性評価を行い、実現可能な最終処分場プロジェクトの可能性を調査すること。
(4) 最終処分場の詳細調査を行い、実際に設置すること。

2.放射性廃棄物処分の安全性の保証プロジェクト
 1973年10月6日に公布された「1959年原子力法に関する連邦令」の第3条で、恒久的かつ安全なバックエンド対策および最終処分が保証されて、初めて原子力発電所に対する許認可が公布されると規定された結果、NAGRAが1985年1月に政府に提出した証明書が、1985年保証プロジェクト(Project Gewahr 1985)である。6年間の歳月と約2.5億スイスフランをかけて行われたこのプロジェクトの報告書は、 図1 に示すように全8巻からなり、処分場の安全性、実現可能性を保証するデータが示された。しかし、この報告書はその性質上、技術的な部分が大半を占めるものである。このため、その一般への公表に際しては、このような技術的内容を一般公衆に理解し納得してもらうための情報の伝達方法について、さまざまな研究と工夫がなされた。

3.一般公衆への情報提供活動−1991年NAGRA情報戦略
 特に一般公衆にむけての情報提供については、ガイドラインを作成し、それに基づいてきめ細かいさまざまな情報提供活動を行ったのであるが、その効果を評価するためNAGRAが1989年に実施した社会心理学的調査によると、スイス国民は「今の技術では解決できない」、「そんなに急ぐ必要はない」などと考えており、処分コンセプトのPAという面での効果は思いのほか上がっていないことが判明した。このため、NAGRAは、作戦を立て直すことにし、処分コンセプトのPAをより効果的にするための戦術面の方針、「倫理コード」を新たに策定するに至っている。その後、NAGRAは、大規模な世論調査を1990年に実施し、それに基づいて新しい情報戦略「1991年NAGRA情報戦略」を構築し、実施に移している。
(1) 情報戦略のコミュニケーション・レベル
 直接民主制のスイスでは、適切なメッセージが適切な人々に伝わることが重視されている。スイスの政治構造、すなわち、連邦、カントン(州)、市町村レベルを一方とし、さらに放射性廃棄物(医療、産業、研究用)の発生者でもあり、科学的な審査という規制を行う機関でもある連邦政府を他方とする二重の構造を配慮して、コミュニケーションの対象を以下の4つのレベルに分けて、情報提供を行うこととした。
・国民レベル(スイス国民、最終判断を下す全有権者)
・地方レベル(住民、政治家、マスコミ、NAGRAが調査を行っている地方の政党)
・政治レベル(政治家、議会議員、連邦レベルで活躍している政党)
・科学・技術レベル(科学審査委員会、研究機関、科学者、スイス内外の科学機関)
(2) 具体的な対策−コミュニケーション手段
a.マスコミ対策
 NAGRAはジャーナリストの間で評判が良い。情報の質をある程度の水準に保つため、プレスリリースや、記者会見の頻度を無分別に増やすことはできない。従って、原子力モラトリアムを決めた国民投票の後の数カ月で有効であることが判明したフェイス・トゥー・フェイスの対応を進めていくとしている。これは多くの努力と費用を要するが、長期的には確実に引き合う。
b.NAGRAに関する刊行物
 NAGRAは、以下の2つの定期刊行物を出している。
「nagra−aktuell」
月刊のニュースシートでスイス国民全般を対象とする。読者層には教師、政治家など必ずしも科学的バックグラウンドを持たない人々が含まれる。
「nagra−informiert」
  季刊ジャーナルで、スイス内外の科学関係者を対象とする。発行部数は8,000部である。本誌自体の質や掲載している科学的業績のレベルの高さという点からも広く評価されている。
c.通商展示会
NAGRAはスイスの重要な展示会で長年にわたり、独自のスタンドを出してきた。しかし、1991年度以降は、新たな企業イメージにフィットするようなスタンドのデザインを完全に変えることとしている。
d.AV素材
 1989年、主に若者向けのビデオが製作され、学校やさまざまな機関で配布された。現在までのところ、数千本が販売もしくは貸出された。内容については今のところ改訂を必要としないが、マーケティングの視点をもっと大胆に導入する。
e.当局の担当者への情報伝達
 現在のところ、当局機関の担当者への情報伝達としては、情報素材の配布および掘削現場の訪問という形をとって行われる直接的接触だけに限られている。これに加え、サイト候補地の重要な政治家や担当官を1年に2度、海外の処分施設への訪問に招待する。これは大変成功している。しかし、主に国レベルでの有力政治家からの一層の支援が必要とされている。このため、著名な人物から成る「支援組織」を作り、放射性廃棄物の安全処分を活発に支持してもらい、更なるコミュニケーション経路を開いてもらうこととしている。これは特定の目標とするグループを対象にできる効率的な方法である。
f.対公衆関係
 NAGRAは、掘削現場やグリムゼル地下研究所で直に作業を公衆に視察してもらうことを歓迎している。これは概して大変人気があり、成功を収めている。現在こうした個人レベルでのコミュニケーションを促進するためのキャンペーンの実施が試みられている。例えば、NAGRAの従業員は、クラブミーティングや学校、展示会等で説明を行う機会を持つ(例えば、相手からの招待があった場合にのみ行く)。
(3) 新戦略の期待される効果
 この新戦略の評価を行うには、約3年程待たねばならないであろう。しかしながら、特定のコミュニケーションの目的に対応するために策定された統合的な戦略は、常に個別のその時々の方策よりもより良い結果をもたらす。直接民主制のなかでは、概念の科学的な質が除々に比重を失い、PAすなわちコミュニケーションの質が重要度を増している。この展望は勿論、科学者にとって喜ばしいことではないが、科学者特有の現実的感覚で理解し、受け入れてくれることが望まれている。
<図/表>
図1 保証プロジェクトの報告書の構造
図1  保証プロジェクトの報告書の構造

<関連タイトル>
スイスのエネルギー政策と原子力政策・計画 (14-05-09-01)
スイスの原子力発電開発と開発体制 (14-05-09-02)
スイスの原子力安全規制体制 (14-05-09-03)
スイスの核燃料サイクル (14-05-09-04)

<参考文献>
(1) NAGRA“Project Gewahr 1985”Jan.1985
(2) NAGRA“NAGRA’s Information Strategy 1991”Jan.1991
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