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<概要>
 1961年に採択された南極条約は、南緯60度以南の地域を対象とLて、(1)領土権の凍結、(2)軍事利用の禁止、(3)科学観測のための国際協力の推進などを定めている。
 南極は人為的汚染源から離れているなどの特性を有しており、近年では、炭酸ガス濃度やオゾンホールの観測など地球全体の環境のモニタリングの場としての重要性が認識されるに至った。1991年には南極の環境を包括的に保護するための新たな枠組みとなる議定書の作成交渉が開始され、同年に「環境保護に関する南極条約議定書(環境保護議定書)」と五つの附属書が採択された。南極条約締約国の中でも南極に基地を設けるなど、積極的に科学的調査を実施してきている国(28か国)は、南極条約協議国と称され、定期的に南極条約協議国会議を持ち、情報の交換、国際協力の促進などについての協議を行っている。同条約発効後2006年6月までに29回の会合をもっている。日本は、南極条約の当初の署名国12か国の一つであり、南極で継続的に観測活動を行っている協議国の一員として、南極条約体制の維持発展に積極的に関わってきている。また、1956年に開設された昭和基地を拠点として継続的に行われているわが国の南極観測の成果は、国際的にも高い評価を得ている。
<更新年月>
2006年08月   

<本文>
1.南極地域の概要
 南極大陸は、面積約1300万平方km、わが国の約36倍の広さを有しており(図1)、その約97%は平均2,160mの厚さの巨大な氷床(大陸氷)に覆われている(図2)。この氷の固まりのため、北極地域と比べても平均気温が20度も低い、地球上で最も寒冷な地域となっている。寒冷で乾燥した、生物にとってはきわめて過酷な環境であるが、大陸の3〜5%の面積にあたる露岩地帯には、地衣類や藻類およびコケ類などが生育し、ダニ、クマムシなどの食植動物も生息している。また、南極海はオキアミを中心として豊かな生物相を育んでおり、夏季には、沿岸部がペンギンをはじめとする多くの海鳥類やアザラシ類の子育ての場となり、クジラ、イルカ類も南下してくる。
2.南極条約の概要
 1961年に採択された南極条約は、南緯60度以南の地域を対象として、(1)領土権の凍結、(2)軍事利用の禁止、(3)科学観測のための国際協力の推進などを定めている。
 南極は人為的汚染源から離れているなどの特性を有しており、近年では、炭酸ガス濃度やオゾンホールの観測など地球全体の環境のモニタリングの場としての重要性が認識されるに至った。こうしたなか、1991年には南極の環境を包括的に保護するための新たな枠組みとなる議定書の作成交渉が開始され、同年に「環境保護に関する南極条約議定書(環境保護議定書)」と五つの附属書が採択された。環境保護議定書は、南極地域における環境原則、鉱物資源活動の禁止、環境保護委員会の設置、環境保護のための査察の実施などを定め、さらに附属書Iで環境影響評価、附属書IIで動物相及び植物相の保存、附属書IIIで廃棄物の処分および廃棄物の管理、附属書IVで海洋汚染の防止、附属書Vで地区の保護及び管理、のための措置を規定している。さらに2005年6月、ストックホルムで開催された南極条約協議国会議において、付属書VI(環境上の緊急事態から生ずる責任)が採択された。
(1)1957年〜58年の「国際地球観測年(IGY)」の間に南極において実施された国際的科学協力体制を維持、発展させるため1959年、日、米、英、仏、ソ等12か国は南極条約を採択した。同条約は南緯60度以南の地域に適用されるもので、以下の点を主たる内容としている。
(イ)南極地域の平和的利用(軍事基地、軍事演習の実施等の禁止)
(ロ)科学的調査の自由と国際協力の促進
(ハ)南極地域における領土権主張の凍結
(ニ)条約の遵守を確保するための監視員制度の設定
(ホ)南極地域に関する共通の利害関係のある事項について協議し、条約の原則および目的を助長するための措置を立案する会合の開催
(2)南極における領土権問題
 現在、南極地域で実質的な科学的研究活動を行っている国の中には、従来から南極の一部領土権を主張している7か国(クレイマント:英、ノルウェー、仏、豪州、ニュージーランド、チリ、アルゼンチン)と領土権を主張しないと同時に他国の主張も否認する国(ノン・クレイマント:米、ロシア、日本、ベルギー、南ア等)があり対立している。また、ノン・クレイマントの中でも、米、ロは現状では領土権を主張しないが、過去の活動を特別の権益として留保している。南極条約においてはクレイマント、ノンクレイマント双方の立場が認められ、基本的立場の違いはあるものの、対立を表面化させずに共通の関心事項について対処するよう務めている。
(3)南極に関する日本の基本的立場
 日本は、1960年8月4日に南極条約を批准し、以後、南極条約協議国の一員としての責務を果たしており、同条約発効以前から実施している観測等科学的調査活動は国際的にも高い評価を受けている。
 日本は南極を国際的な管理下に置くべきであるとの基本目標の下に、南極条約に基づく体制が将来とも存続することの重要性を認識し、同条約の目的および原則を助長する措置の立案とその実施に今後とも積極的に協力していくことが重要との立場を維持している。
3.南極条約協議国会議および南極条約体制
(1)南極条約締約国の中でも南極に基地を設けるなど、積極的に科学的調査を実施してきている国(28か国)は、南極条約協議国と称され、南極条約に基づき定期的に会合を持ち、情報の交換、国際協力の促進などについての協議を行っている。この協議国による定期協議は南極条約協議国会議(以下「協議国会議」という)と称され、同条約発効後2006年6月までに29回の会合をもっている。表1にこれまでの協議国会議の開催日と開催地を示す。
(2)協議国会議では、これまで200以上の勧告および措置を採択してきた。これらの多くは南極の環境保護に関するもの、特別保護区域として南極の一定地域を保護するもの、または南極観測に関する技術的な事柄を定めたもの等である。さらに、特定問題に関し特別会合を開催し、「南極の海洋生物資源の保存に関する条約(CCAMLR:Convention on the Conservation of Antarctic Marine Living Resources)」、「南極あざらし保存条約(CCAS:Convention for the Conservation of Antarctic Seals)」、「環境保護に関する南極条約議定書」(Protocol on Environmental Protection to the Antarctic Treaty / Madrid Protocol)等の条約を採択してきている。これら、南極条約体制下で採択された勧告・措置および条約を総称して南極条約体制(Antarctic Treaty System)という。
(3)協議国会議は協議国が持回りで主催しており、日本もこれまで第6回(東京)および第18回(京都)会合を開催している(表1参照)。
4.南極条約協議国会議の課題
(1)環境損害に関する責任制度
 議定書の第6の附属書となる南極の環境保護に関する責任制度の議論については、1992年以来、1998年の第22回南極協議国会議まで法律専門家会合において審議されていたが、右会議において、今後の南極の環境損害責任の論議に関しては、南極で活動を実施している実務者をも交えた幅広いメンバーで構成するワーキング・グループで審議されることとなって、1999年の第23回協議国会議で議論がなされた。この会議において、南極観測を実施する側の立場から損害賠償の在り方につき意見を求める機会が設けられたことは意味のあることであったが、議論そのものは大きな進展が見られなかった。しかし、第28回協議国会議(2005年6月、ストックホルム)に至って、南極条約環境保護議定書の附属書VI(環境上の緊急事態から生じる責任に関する附属書)が採択された。本附属書は、事業者等が南極で活動中に、環境上の緊急事態(南極環境に重大で有害な影響をもたらす(又は、もたらすであろう切迫した恐れがある)偶発的出来事。具体的には、船舶の座礁に伴う燃料油の流出等が想定されている)を起こした場合の対応措置を義務化し、また、事業者等がかかる措置をとることができず、他の附属書締約国によって代行された場合の費用償還責任を明確化することにより、これまで以上の事故予防を喚起するとともに、万が一事故が生じた場合にも、速やかに対応措置がとられ、南極環境への影響が最小限に食い止められるようにすることを目的としている。
(2)事務局設立問題
 南極条約はこれまで事務局を持たず、各国が持回りで事務局の役を務めてきたが、議定書の採択に伴い協議国会議が毎年開催となり、また、締約国数が増加したこと等により小規模な常設事務局の設立につき合意が成立した。
 事務局設置場所はアルゼンチンがブエノスアイレスへの誘致を表明し、それを前提に協議国会議で検討されてきた。その結果、2003年に懸案であった費用分担方式が決着し、ブエノスアイレスに設置することが合意された。2004年5月〜6月の第27回協議国会議において、事務局長にヨハネス・フーバー氏(オランダ)が選出された。
(3)国際極年(2007−2008)に係るエジンバラ宣言
 第29回協議国会議(2006年6月、エジンバラ)では、1957−58年に開催された国際地球観測年以来50年ぶりとなる国際極年を迎えるに当たり、同地球観測年を契機に締結された南極条約の協議国として積極的姿勢を示すべく、極年に際して予定されている種々の観測協力や啓発・広報など広範な関連事業の推進に対する政治的・財政的支援の意図を表明するエジンバラ宣言を起草・採択した。なお、日本は、日本の観測事業50周年記念行事について紹介し、2006−2007年にわたり、南極展、記念コイン、切手の発行等を実施する予定で、国際極年を盛り上げていく姿勢を示した。
5.南極条約および環境保護議定書締約国一覧
5.1 南極条約(2006年6月現在、45か国)
(1)南極条約協議国(28か国)
 アルゼンチン、豪州、ベルギー、ブラジル、ブルガリア、チリ、中国、エクアドル、フィンランド、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ペルー、ポーランド、ロシア、南ア、スペイン、スウェーデン、英国、米国、ウルグアイ、ウクライナ
(2)その他の締約国(17か国)
 オーストリア、カナダ、コロンビア、キューバ、チェコ、デンマーク、エストニア、ギリシア、グアテマラ、ハンガリー、北朝鮮、パプア・ニューギニア、ルーマニア、スロヴァキア、スイス、トルコ、ベネズエラ
5.2 環境保護に関する南極条約議定書(2006年6月現在、32か国)
 アルゼンチン、豪州、ベルギー、ブラジル、ブルガリア、チリ、中国、エクアドル、フィンランド、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ペルー、ポーランド、ロシア、南ア、スペイン、スウェーデン、英国、ウルグアイ、米国、ウクライナ、ギリシャ、ルーマニア、チェコ、カナダ
6.日本の取組み
 日本は、南極条約の当初の署名国12か国の一つであり(1960年8月4日、条約を批准)、南極で継続的に観測活動を行っている協議国の一員として、南極条約体制の維持発展に積極的に関わってきている。また、1956年に開設された昭和基地を拠点として継続的に行われているわが国の南極観測の成果は、国際的にも高い評価を得ている。1997年には、環境保護議定書を受けて、「南極地域の環境の保護に関する法律」を制定し、南極地域における活動に対する確認制度を規定するとともに、動植物の捕獲・持ち込み等、廃棄物の処分および保護区域への立入り等を制限している。なお、南極条約議定書附属所VIについては、日本でもこれに対応するため、国内法の改正も含め必要な措置を検討していく必要がある。
<図/表>
表1 南極条約協議国会議開催日等一覧
表1  南極条約協議国会議開催日等一覧
図1 南極大陸と日本の大きさ
図1  南極大陸と日本の大きさ
図2 南極大陸断面図
図2  南極大陸断面図

<関連タイトル>
生物の多様性に関する条約 (01-08-04-16)
オゾン層保護に関する条約 (01-08-04-17)
バーゼル条約 (01-08-04-18)
砂漠化対処条約 (01-08-04-19)
ワシントン条約 (01-08-04-20)
ラムサール条約 (01-08-04-21)
ロッテルダム条約 (01-08-04-22)

<参考文献>
(1)外務省:南極条約、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/s_pole.html
(2)環境法令研究会(編):最新環境キーワード 第3版、経済調査会(2000年8月10日)、pp.158−159
(3)地球環境研究会(編):三訂 地球環境キーワード事典、中央法規出版株式会社(2001年2月25日)、pp.128−129
(4)大沼保昭 藤田久一(編):国際条約集2002、有斐閣(2002年3月30日)、pp.222−228
(5)環境省自然環境局生物多様性センター:生物多様性関連の法律・条約、http://www.biodic.go.jp/biolaw/bio_law.html
(6)南極条約事務局ホームページ:http://www.ats.aq/
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