<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 技術倫理について、一般的な説明を行うとともに、原子力分野における技術倫理について述べた。原子力界では、事故や不祥事が起こったことをもあり、技術倫理への関心が高まっている。ここでは原子力分野における技術倫理として、特に日本原子力学会の技術倫理への取組みと同学会の倫理規定について述べる。
<更新年月>
2006年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.技術倫理の定義
 技術倫理の定義は、さまざまなところで為されている。たとえば日本の高等教育機関における工学教育プログラムの審査認定制度確立のために1999年に発足した日本技術者教育認定機構JABEE; Japan Accreditation Board of Engineering Education)は、日本技術者教育認定基準(2004〜2006年度版)において「技術が社会や自然に及ぼす影響や効果および技術者が社会に対して負っている責任に関する理解(技術者倫理)」と述べている。
 現在、日本では、工学系高等教育機関、技術系企業、工学系学協会など、さまざまな組織により技術倫理の取組みがなされている.その取組みの理由は、科学技術の高度化および分野の細分化による視野狭窄への恐れ、法律や規制によるコントロールの限界への対応、技術関連不祥事による反省もしくは未然防止策、技術者の資格に伴う要請、欧米の学協会の取り組みへの対応、組織としてのアイデンティティの再確認などを挙げることができよう。なお、技術倫理は技術者倫理を包含し、さらに技術者を取り巻く経済活動や制度といった問題や、環境問題や生命倫理問題を代表とするような技術開発・発展に起因する地球規模の問題をも扱う。(参考文献1)
2.原子力における技術倫理
 もんじゅ事故、JCO臨界事故、東電自主点検記録不正問題、関電美浜二次系配管破損事故など、原子力界における事故や不祥事は、原子力に対する不安感、不信感を招いている。このような状況の中、原子力技術に携わる者は、技術の安全確保について更なる積み重ねをすることは勿論、原子力界、あるいは関連組織のもつ組織文化やガバナンス体制から原子力技術に携わる一人ひとりの心構え等、不安感、不信感を抱いている人の立場にたった安心や信頼を醸成する努力が必要であろう。「原子力における技術倫理」とは、改めて、自らの受けている「社会からの付託」に基づく責任や倫理について確認し、再考することを意味している。なお、原子力における技術者倫理は、関連学協会や企業などの団体が中心となり、一般的な技術倫理に加え、原子力技術のもつ特殊性にも焦点を当てた取り組みを展開している。
3.日本原子力学会の倫理活動
 社団法人日本原子力学会(以下、「原子力学会」)が、技術倫理の取り組みについて議論を発端は、1998年の使用済み燃料輸送容器データ改ざん問題にある。使用済燃料輸送容器調査検討委員会の報告書でも、「企業及び技術者のモラル」の確立が大きく取り上げられ、技術者倫理教育の必要性が組み込まれていた。原子力学会内の組織としては、データ改ざん問題から約1年の準備期間を経た1999年9月より倫理規定制定委員会が活動を開始している。また、約2年の議論を経て倫理規程が制定された後は、「倫理委員会」が常設され現在に至っている。最近の耐震強度偽装問題をはじめ、他の業界でも専門家集団である「学会」の倫理活動の必要性が叫ばれる中、倫理委員会を軸とした原子力学会の積極的な取り組みは、国内の他の工学系学協会などから注目を集めている。(参考文献2)
3.1 日本原子力学会倫理委員会
 倫理委員会は、2001年の日本原子力学会倫理規程の制定を受け、規程制定の目的と精神をフォローアップする組織として、理事会直結の組織として誕生した。委員会の設立目的は、以下の4点といえる。
1)倫理規程制定の基本精神に基づき、常に変化する社会状況に合致した倫理規程を維持すると共に、その遵守状況を見守っていくこと。
2)会員が、原子力界はもとより、昨今の技術と社会との狭間において生じている事柄を、常に自らの問題として捉えられること。
3)学会員が、原子力に携わる者、あるいは技術者として、誇りと高い倫理感を持つ必要性を強く認識すること。
4)自己の確立に向け、会員一人ひとりの倫理的判断力と行動力を高めるためのサポートをすること。
 実際の活動は、下記の倫理委員会規程第2条(任務)に沿って行われている。(参考文献3)
 倫理委員会規程第2条(任務)
(1)本会の制定した倫理規程(前文、憲章、行動の手引)に関する事項
 質疑に対する回答の作成 、倫理規程の見直しの検討と改定案の作成 、その他、本会倫理規程に対する対応
(2)倫理問題の事例集や教材の発行
(3)講習会の実施と受講証明の発行
(4)原子力関連の倫理に関連する事項の現状調査
(5)倫理問題に関する意見の表明
(6)その他必要な事項
3.2 日本原子力学会倫理規程
 倫理規定は、2001年に制定され、前文、憲章、および行動の手引から成り立っている。 日本の工学系学協会において、原子力学会以前に倫理規程(ただし、名称は「倫理綱領」「倫理規定」など、各組織によって異なる)を定めた学協会は土木学会、電気学会、日本機械学会を始め複数あるが、「憲章」をより詳細に記述した「行動の手引」を制定したのは、原子力学会が最初である。また、常に時代にあった倫理規程であるために、倫理委員会の任期毎に必ず見直しがなされていることも、大きな特徴である。以下に前文、憲章および行動の手引について概説する。
1)前文
 会員が願い求める基本的な理念である。具体的には「原子力の三原則」(原子力百科事典ATOMICA、用語辞書参照)を守ってきた我が国の原子力開発の歴史を評価するとともに、将来も重要である視点を抽出・同意し、憲章に含まれる精神条項的な内容を記している。
2)憲章
 8つの条項から成る。国内外の既存の倫理綱領を参考に、憲章の根幹となっている要素を吟味するとともに、原子力における特有の事項などにも考慮して作成された。
3)行動の手引
 憲章を具体的に展開し、その内容を補足するために作成された。そのため憲章の各条項に3つから9つ、計43項目の行動の手引が対応するようになっている。倫理規程制定時には、行動の手引の存在そのものや内容について多くのコメントが寄せられ、議論が起こっている。しかし、このように学会が会員に望む倫理的行動について、より明確に記していることは、憲章の解釈を易しくするものであり、評価できる。(参考文献4)
 表1および表2-1表2-2表2-3表2-4表2-5表2-6表2-7に各々、日本原子力学会倫理規程の前文と憲章、および行動の手引を示す。
<図/表>
表1 日本原子力学会倫理規定:前文および憲章
表1  日本原子力学会倫理規定:前文および憲章
表2-1 日本原子力学会倫理規定:行動の手引(1/7)
表2-1  日本原子力学会倫理規定:行動の手引(1/7)
表2-2 日本原子力学会倫理規定:行動の手引(2/7)
表2-2  日本原子力学会倫理規定:行動の手引(2/7)
表2-3 日本原子力学会倫理規定:行動の手引(3/7)
表2-3  日本原子力学会倫理規定:行動の手引(3/7)
表2-4 日本原子力学会倫理規定:行動の手引(4/7)
表2-4  日本原子力学会倫理規定:行動の手引(4/7)
表2-5 日本原子力学会倫理規定:行動の手引(5/7)
表2-5  日本原子力学会倫理規定:行動の手引(5/7)
表2-6 日本原子力学会倫理規定:行動の手引(6/7)
表2-6  日本原子力学会倫理規定:行動の手引(6/7)
表2-7 日本原子力学会倫理規定:行動の手引(7/7)
表2-7  日本原子力学会倫理規定:行動の手引(7/7)

<関連タイトル>
技術者倫理概説 (10-08-01-01)
国際協力における環境倫理の視点 (10-08-01-02)
原子力研究開発におけるCSRの現状 (10-08-01-04)

<参考文献>
1)日本技術者教育認定機構:日本技術者教育認定基準(2004?2006年度版)
2)日本原子力学会および日本原子力学会倫理員会ホームページ:
3)倫理委員会規程
4)日本原子力学会倫理規程:
5)安藤恭子:日本原子力学会誌vol.45、No.10、623-627(2003)
6)大場恭子:経営倫理、No.43、27-32(2005)
7)札野 順(編):技術者倫理、放送大学教育振興会(2004)
8)R.Schinzinger、M.W.Martin著、西原英晃訳:工学倫理入門、丸善(2002)
9)原子力システム研究所社会システム研究所(編):技術者のモラル、丸善(2003)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ