<本文>
1.放射線ホルミシスの研究の歴史
放射線は遺伝子に傷をつけ、がんの原因となるといわれている一方で、がんの治療にも放射線が利用されている。一般的には、どんなに微量でも害があるといわれているが1980年T.D.Luckeyは多くの過去の文献を検討し、低線量の放射線被ばくは、高線量の放射線被ばくの場合と異なり有益であるとし”放射線ホルミシス”という本を著した。この本によると、放射線の有益効果についての研究の歴史は古く、レントゲンがエックス線を発見した3年後の1898年には、Atkinsonらはエックス線が照射された藻類が照射しなかった場合に比べ成長が早いことを発見している。彼らは、「実験を続ければ続けるほど全体が不可解に見えてくる」と述べている。また同年には、MaldineyとThoureninが3種類の種子でエックス線照射により発芽の促進が見られたと報告している。それ以降、多くの研究が行われてきたが、ライフサイエンスの分野でも低線量の放射線が植物の成長を促進することは有名である。植物にエックス線を照射した研究例として、一般に市販されているカイワレダイコンなどで成長が促進したという研究がある。
2.エックス線を利用した放射線ホルミシスの研究例
放射線ホルミシスの研究例として水耕栽培することが可能なカイワレダイコンやカイワレソバ・ルッコラにエックス線を照射した実験の概要を紹介する。
2.1 カイワレダイコンにエックス線を照射した研究(1)
この研究では、病院などで胃の検査などに使うエックス線装置(診断用エックス線装置)を使いカイワレダイコンの種子にエックス線を照射した。線量は、0mGyから3000mGyまで照射した。その結果500mGyで最も良く成長した(
図1)。照射しないグループと500mGy照射したグループで比べると明らかに照射したものが大きくなっていた(
表1)。この結果より、低線量放射線がカイワレダイコンにはホルミシス効果を与えることが示唆された。(文献3参照)
2.2 カイワレダイコンにエックス線を照射した研究(2)
エックス線の場合、総線量だけでなく急性被ばく(一度に被ばくする場合)か慢性被ばく(毎日少しずつ被ばくする場合)かもホルミシスに関係する。この研究では、前述の研究同様に診断用エックス線を用いて、カイワレダイコンにエックス線を50mGy/日(1日あたり50mGyで10日間で総線量500mGy)で照射したものと・100mGy/日(1日あたり100mGyで5日間で総線量500mGy)で照射したものと照射しないもの、3つのグループで比べると100mGy/日のグループが照射しないグループより明らかに大きくなっていたが、50mGy/日のグループは照射しないものと比べても大きな差はなかった(
表2)。この結果より放射線ホルミシスには、総線量だけでなく照射状況(急性被ばくか慢性被ばくか)も重要な要素であることが示唆された。(文献4参照)
2.3 カイワレソバにエックス線を照射した研究
この研究では、診断用エックス線装置を使いカイワレソバの種子にエックス線0mGyから1000mGyまで照射した。その結果200mGyで最も良く成長した(
図2)。照射しないグループと200mGy照射したグループで比べると明らかに照射したものが大きくなっていた(
表3)。この結果より植物の種類によって放射線ホルミシス効果が現れる線量が異なることが示唆された。(文献5参照)
2.4 ルッコラにエックス線を照射した研究
エックス線の場合、診断用と治療用では異なる点がいくつかある。大きな違いはエックス線のエネルギーである。診断の場合は40kVから140kV程度、治療な場合は4MVから21MVのエックス線が利用されている。この研究では、診断用エックス線装置により100kVのエックス線で600mGy照射したものと、放射線治療装置で10MVのエックス線で600mGyを照射したものと、照射しないもの3つのグループで比べると100kVのエックス線も10MVのエックス線も照射しないものより明らかに大きくなっていた。また 100kVエックス線と10MVのエックス線では差はなかった(
表4)。この結果より、放射線ホルミシスには、エックス線のエネルギーは関係ないことが示唆された。(文献6参照)
2.5
中性子線をカイワレダイコンに照射した研究
14MeV中性子線を使ってカイワレダイコンに低線量を照射した場合、照射しないものに比べ照射したものが大きく成長した。
2.6 動物に低線量の放射線を照射した研究も報告
マウスに低線量の放射線を照射した場合、照射したグループが照射しないグループに比べ速く成長した。また、成体の体重も照射しないグループに比べ照射したグループの方が重たかった。もう1例として、ウサギの皮膚の切開の治癒は、低線量放射線照射により助長され、大線量では阻害された。
放射線ホルミシスについては、多くの大学や研究所でメカニズム解明に向けて今なお積極的に取り組まれている。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線と生物の適応応答 (09-02-01-02)
放射線ホルミシス (09-02-01-03)
放射線による植物への影響 (09-02-01-05)
<参考文献>
(1)Luckey.T.D:放射線ホルミシス、ソフトサイエンス社(1990)
(2)放射線教育専門委員会:放射線教育入門テキスト(ライフサイエンス分野編)、日本アイソトープ協会(1998)
(3)佐久間厚志:X線装置を利用したカイワレダイコンの放射線ホルミシス、Radioisotopes 49(7)359-362(2000)
(4)佐久間厚志:X線装置を利用したカイワレダイコンの放射線ホルミシス(第2報)、Radioisotopes 51(12)540-542(2002)
(5)佐久間厚志:X線装置を利用した放射線ホルミシス(第3報)、Radioisotopes 53(4)219-222(2004)
(6)佐久間厚志:X線装置を利用した放射線ホルミシス(第4報)-ルッコラの放射線ホルミシス、Radioisotopes 55(11)359-362(2006)
(7)吉田茂生:低線量放射線照射による植物生理機能刺激効果−植物生理学への放射線利用−、ESI-NEWS、18(4)、155-160、(2000)
(8)大朏博善:本当は怖いだけじゃない放射線の話、ワック株式会社(2002)