<本文>
1.はじめに
広島、長崎の原爆被災者および原爆実験場となった北部マーシャル群島の住民の
放射線障害 については完全でないにしても多くの調査が行われており、データベースも充実しつつある(文献1、2)。しかし、ヒト以外の動物や植物への放射線影響については現在のところデータや情報は報告されておらず、今後の研究が待たれるところである。ここでは、マーシャル群島において調査された動物および植物中の放射能に関するデータをまとめる。
2.マーシャル群島で実施された実験の規模、実験条件等
アメリカは、1946年から1962年までにマーシャル群島を中心とする中部太平洋地域において111回の原爆実験を実施した。主要地域における実験の回数および爆発規模を
表1 に、各実験について日時、規模、場所、実験条件等の詳細を
表2-1 、
表2-2 、
表2-3 、
表2-4 、
表2-5 および
表2-6 に示す。爆発規模の最大(15,000kt TNT)は、Bikini環礁におけるBRAVO実験(1954年2月)である(
表2-1 )。なお、参考のために北部マーシャル群島内の島および環礁の位置と太平洋におけるマーシャル群島などの位置図を
図1 、
図2 に示す。図中にBRAVO実験時に発生した放射性物質の降下(fallout)の分布状況も示されており、動植物が被った放射能を理解する上で参考になる。
BikiniおよびEnewetak環礁では67回の核実験が行なわれた。1998年における実験場跡を
図3 に示す。
3.環礁に生息する動植物中の
放射性核種 の濃度
1946年から1958年までの原爆実験による大気中の放射性物質は、北部マーシャル群島に降下した。この中でもBRAVO実験の寄与が最大である。実験終了後、1960年、1964年にワシントン大学放射線生物学研究所が調査した。その後アメリカ原子力委員会によって放射能調査が1967年に再度実施され、そのうちEnewetak環礁におけるデータは十分取得されたが、BRAVO実験の影響が最も大きいと推測されるBikini環礁におけるデータが殆ど得られていなかった。このためローレンスリバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory:LLNL)は、1978年に北部マーシャル群島放射能調査(Northern Marshall Islands Radiological Survey:NMIRS)を行い、環礁の島々に生息する動植物中の放射性
核種 の濃度を測定した。本調査は、島民の線量評価を目的としているため、主要な食品となる動植物を対象としている。また同様の目的からLLNLは、Bikini、Enewetak両環礁で漁獲された主要食品である魚類の
放射能濃度 データもまとめた。一方、ワシントン大学放射線生物研究所は、Rongelap環礁における生態圏の放射能による汚染状況を調査し、同環礁周辺の動植物中の放射能濃度も測定した。
(1)陸生植物
北部マーシャル群島全般においては、飲料ココナッツの果肉(Drinking coconut meat)、コプラ(Copra meat)、たこのき(Panclanus)、ぱんのき(Breadfruit)が選ばれ、放射性核種では減衰が遅く(
半減期 の長い)、大きい内部線量をもたらす
セシウム137 (
137 Cs)、
90 Sr、
239+240 Pu、
アメリシウム241 (
241 Am)の4つの核種について測定されている。
表3-1 、
表3-2 にそれぞれ核種の濃度を示す。数値はすべて1996年時点に合わせるため減衰による補正がなされている。
241 Am濃度は、1978年以降
241 Puの減衰によって増加している。
Rongelap環礁における、たこのき、Scaevola sericea、ぱんのきの葉およびココナッツの葉中の
カリウム40 (
40 K)、
137 Cs、
90 Sr濃度を
表4 に示す。また
表5 には、住民の食品、すなわちココナッツ果肉、ココナッツミルクに含まれている放射性核種の平均濃度を示す。数値はすべて1975年の時点へ減衰補正されている。
(2)陸生動物
北部マーシャル群島全般においては、豚(Pork)、鶏(Chicken)、ヤシガニ(Coconut Crab)が選ばれ測定されている。
表6 (1)にそれぞれに含まれる
137 Cs、
90 Sr、
239+240 Pu、
241 Amの濃度を示す。数値はすべて1996年の時点へ減衰補正されている。
241 Am濃度は、1978年以降
241 Puの減衰によって増加している。
(3)海洋動物
北部マーシャル群島全般においては、礁に生息する魚(Reef fish)、遠洋魚(Pelagic fish)、ハマグリ(Clams)中の
137 Cs、
90 Sr、
239+240 Pu、
241 Amが測定された。
表6 (2)にその結果を示す。検出されなかった核種の濃度については最大検出限界値と等しいとし、記号<を付す。いずれも1996年の時点の値となるよう減衰補正されている。
241 Am濃度は、1978年以降、
241 Puの減衰による増加を表わしている。
Rongelap環礁における、ヤシガニの肉およびReef fishの内臓を除いた全身中の
40 K、
137 Cs、
90 Sr濃度が上述の
表5 にまとめて示されている(1975年の時点へ減衰補正済み)。なお、表中の濃度は乾燥単位重量当たりであるが、湿重量との比は、それぞれGoatfish (熱帯性海産魚:ひめじ)3.64、Surgeonfish(熱帯性海産魚)3.89、Mullet(ぼら科の食用魚)3.41である。また、1964年から1995年にかけてBikini環礁およびEnewetak環礁で漁獲されたReef fish(Mullet, Surgeonfish, Goatfish) についても
137 Cs、
60 Co、
207 Biの濃度が測定されている。
<図/表>
表1 中部太平洋地域におけるアメリカ原爆実験の回数と爆発規模
表2-1 マーシャル群島およびその他の中部太平洋地域におけるアメリカ原爆実験に関するデータ(1/6)
表2-2 マーシャル群島およびその他の中部太平洋地域におけるアメリカ原爆実験に関するデータ(2/6)
表2-3 マーシャル群島およびその他の中部太平洋地域におけるアメリカ原爆実験に関するデータ(3/6)
表2-4 マーシャル群島およびその他の中部太平洋地域におけるアメリカ原爆実験に関するデータ(4/6)
表2-5 マーシャル群島およびその他の中部太平洋地域におけるアメリカ原爆実験に関するデータ(5/6)
表2-6 マーシャル群島およびその他の中部太平洋地域におけるアメリカ原爆実験に関するデータ(6/6)
表3-1 各環礁中の代表的諸島で採取された主要な陸生食物中の放射性核種の平均濃度(1/2)
表3-2 各環礁中の代表的諸島で採取された主要な陸生食物中の放射性核種の平均濃度(2/2)
表4 ロンゲラップ環礁で採取された植物の葉の中の主要な放射性核種
表5 ロンゲラップ環礁で採取された住民の食品中の主要な放射性核種
表6 環礁または島で採取された動物および魚類などの筋肉組織中の放射性核種平均濃度
図1 北部マーシャル群島環礁および諸島の位置
図2 北太平洋および南太平洋の諸島
図3 67回の実験が行われた現在のビキニ環礁
<関連タイトル>
フォールアウト (09-01-01-05)
放射性降下物等に関する環境試料の採取と測定 (09-01-05-08)
<参考文献>
(1) 放射線被曝者医療国際協力推進協議会(編):原爆放射線の人体影響1992、文光堂、(1992年3月)
(2) E.P.Cronkite et al.:Historical Events Associated with Fallout from BRAVO Shot-Operation CASTLE and 25Y of Medical Findings, Health Physics Vol.73, No.1, pp176-186, Williams & Wilkins (July 1997)
(3) S.L.Simon & W.L.Robison:A Compilation of Nuclear Weapons Test Detonation Data for U.S. Pacific Ocean Tests, Health Physics Vol. 73. No.1 p.258-264
(4) W.L.Robison et al.:The Northern Marshall Islands Radiological Survey:Data and Dose Assessments, Health Physics Vol. 73. No.1 p.37-48
(5) R.B.Walker et al.:The Ecosystem Study on Rongelap Atoll, Health Physics Vol. 73. No.1 p.223-233
(6) C. Woodard: Payback time, the Bulletin of the Atomic Scientists Vol. 56, No.2,p.11(2000)