<本文>
1.食品中の天然放射性核種
地球上には多くの天然放射性核種があり、食品中にもそれらは当然含まれている。ここでは、食品中に最も多く含まれている
40Kについて述べる。
カリウム(K)という元素は、我々の生活環境に多量に存在する元素の一つであるが、その0.0117%は放射性の
40Kである。地球上のすべての場所に存在するカリウムはこれと同じ比率の
40Kを含んでいる。したがって、食品中に含まれるカリウムの量がわかれば、
40Kの量もわかることになる。ちなみに、カリウム1グラム中の
40Kは、約30ベクレルである。
表1-1、
表1-2及び
表1-3に食品1キログラム当たりのカリウム含量(グラム)及び
40K含量(ベクレル)を示す。精製されたアルコール飲料や豆腐(絹こし)、植物油など若干の食品を除いて、ほとんどの食品には
40Kが1キログラム当たり数十〜数百ベクレル含まれている。
2.食品中の人工放射性核種
幾つかの研究機関により、食品中の人工放射性核種(主として、
フォールアウト90Sr及び
137Cs)濃度が測定されている。
表2は、日常食である牛乳、野菜(ダイコン、ホウレンソウ)、
海産生物などの
90Sr及び
137Csの分析結果である。日常食とは、我々の日々の食事のことであり、食品摂取に基づく放射性核種の量を知るためには、最も適した試料といえる。これらは、昭和60、61、62及び63年度に31〜40都道府県の各衛生研究所などで採取された試料を(財)日本分析センターが分析したものであり、全国規模での平均濃度である。
昭和61年度の各種試料中の
90Sr及び
137Cs濃度を昭和60年度のそれと比較すると、
90Srは同程度であるが
137Csは多くの試料において高い値を示している。これは、昭和61年4月末に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故によるものである。昭和62年度では、ほとんどの環境試料が昭和60年度と同じレベルに戻っているが、一部の試料(日常食、ドライミルク及び茶)では
137Csの濃度がやや高く、事故の影響がまだ残っているためと思われる。しかし、昭和63年度では、これらの試料についても事故前のレベルに戻っていることがわかる。
このような環境放射能調査は、全国規模またはかなり大きな集団の
被ばく線量を評価するうえで重要であり、昭和34年から関係省庁の試験研究機関、各都道府県の衛生研究所や公害研究所などが中心となって、環境中における人工放射性核種の動向を知るために、種々の環境試料の濃度測定が行われてきた。それらのデータは、科学技術庁(現文部科学省)の環境放射能調査研究成果論文抄録集に発表されている(参考文献6)。
その一例として、平成元年の第31回環境放射能調査研究成果論文抄録集の中に収められている幾つかの魚介類及び海藻中の
137Csと
239+240Puの濃度を
表3に示す。
137Csは、1キログラム当たり(湿重量)40〜200ミリベクレル、
239+240Puはそれよりも1〜2桁程度低く、数〜30ミリベクレルである。
さらに、第53回(平成22年度)の調査結果によれば、環境放射能水準調査の一環として、日本各地で採取した環境試料(降下物、大気浮遊じん、陸水、海水、海底土、土壌及び各種食品試料)中の
90Sr及び
137Cs の放射能濃度を把握することを目的として(財)日本分析センターが調査を実施した。この調査結果の中で、各種食品試料中の放射能濃度を
表4に示す。
前述の環境放射能調査研究のうち他の食品試料である牛乳中の放射性核種の調査として、(独)農業・食品産業技術総合研究機構では、わが国の牛乳中における放射能レベルの推移を調べるため、全国各地から採取した原料乳中の
90Sr及び
137Csの放射能濃度を測定している。さらに、放射能レベルとともに緊急時の測定にも対応するとしている。平成21年度より北海道、茨城県(畜産草地研究所)、熊本県、沖縄県の4か所の国公立研究機関で春、夏、秋、冬の4回原料乳を採取し、
90Sr及び
137Csの放射能濃度を測定している。平成22年度の測定結果を
表5に示す。
90SrはN.D.〜63.9bBq/L、
137Cs はN.D.〜46.9mBq/Lと平成21年度までと同様に低い値であった。
環境中に存在する
14Cの主な起源は、自然生成、大気圏核実験及び核燃料サイクル関連施設などである。
14Cは
半減期が長い(5730年)ために、集団線量預託への寄与が無視できないと考えられている。
14Cが集団に及ぼす線量影響を起源ごとに評価するためには、施設の影響のない自然環境と施設周辺環境における
14Cレベルの長期間の時間推移と変動及び地域分布などに関するデータが不可欠である。(独)放射線医学総合研究所が、自然生成及び核実験起源の
14Cの環境レベルを把握する目的で、1960年代初頭から主に日本産の植物精油と発酵アルコール(ワイン)を測定試料として
14C放射能濃度(
比放射能、dpm/gC)を測定している。ブドウの生産年が2001年のワインの測定結果を
表6に示す。
日本各地の
14C濃度は、14.5±0.1dpm/gC〜15.2±0.1dpm/gCの範囲であった。日本の
14C濃度は工業地帯を除いてほぼ均一であると考えられる。これまでのデータから1940年代の試料から日本での自然生成レベルは約13.7dpm/gCであった。
大気圏内核実験の開始に伴い、その影響が1950年代以降の試料に認められ、
14C濃度は急激に増大し始め、1963年には最大値25dpm/gCに達した。その後1980年代まで、濃度は比較的急速に低下した。この間、特に1970年前後の日本の濃度は、北半球の対流圏大気の予測濃度より最大十数%の低下を示した。日本の急速な工業化に伴う化石燃料の大量消費による、大気中に
14Cを含まない二酸化炭素が放出されたため、希釈されて濃度が低下したと推定される。1980〜2000年の間の
14Cの減少傾向は、炭素循環モデルに基づく対流圏の
14C予測濃度(
NCRP)と良い一致を示している。
************************************************************* なお2011年3月の東京電力福島原子力発電所事故に伴い、福島県を中心に広い地域を対象とした食品中の放射性物質の検査が農林水産省、厚生労働省において継続的に実施されており、それらの検査結果は随時これらの省のウェブサイト(参考文献8及び9)で公表されている。
(前回更新:2003年3月)
<図/表>
<関連タイトル>
放射性物質の人体までの移行経路 (09-01-03-01)
放射能の牛乳への移行 (09-01-03-04)
日常の食生活を通じて摂取される放射性核種の量 (09-01-04-05)
調理・加工による放射性核種の濃度の変化 (09-01-04-06)
輸入食品中の放射能の濃度限度 (09-01-04-07)
年摂取限度(ALI) (09-04-02-14)
<参考文献>
(1)科学技術庁:第28-31回放射能調査研究成果論文抄録集、1986-1989.
(2)佐伯誠道編:「環境放射能」、ソフトサイエンス(東京)、1984.
(3)安斎育郎:「家族で語る食卓の放射能汚染」、同時代社(東京)、1988.
(4)長屋 裕、鈴木 譲、中村 清、中村良一:沿岸海域試料の解析調査、第31回放射能調査研究成果論文抄録集、1989.
(5)府馬正一ほか:環境中の炭素14の濃度調査、放射能調査報告書(平成13年度)NIRS-R-51、放射線医学総合研究所(2003.2)
(6)文部科学省:日本の環境放射能と放射線、第53回環境放射能調査研究成果論文抄録集(平成21年度)、
http://www.kankyo-hoshano.go.jp/08/08_0.html
(7)厚生労働省医薬食品局食品安全部:放射能汚染された食品の取り扱いについて、
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001yw1j-att/2r9852000001ywms.pdf
(8)農林水産省:農産物に含まれる放射性セシウム濃度の検査結果(随時更新)
http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/s_chosa/index.html
(9)厚生労働省:食品中の放射性物質の検査結果について(第332報)、
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000023p4a.html