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<概要>
 1945年に米国のニューメキシコ州の砂漠で行われた実験が人類にとって最初の実験(Nuclear Test)であった。これ以降、今日までに核保有国によって行われた核実験の数は、米国1030回、旧ソ連715回、英国45回、フランス210回、中国45回、インド6回、パキスタン6(?)回、北朝鮮1回であり、2007年6月現在の総計で2058回になる。地表で行う大気圏内核実験と地下深くに設けた坑道の中で行う地下核実験とがある。
 米英ソ3国は1963年に締結された部分的核実験停止条約(大気圏内、宇宙、水中での核実験の禁止)に基づいて、それ以降は地下核実験のみしか行っていない。その他の国々でも国際世論に押されて、1980年の中国の大気圏内核実験以後はすべて地下核実験となっている。
 米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)調印後、地下核実験に代わる未臨界(または臨界前)核実験を1997年に実施し、これまで(1999年11月)に8回の実験を行っている。
<更新年月>
2007年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 世界における核実験回数を表1−1および表1−2に示す。また図1に世界の核実験サイトを示す。
1.1945年7月に米国のニューメキシコ州のアラマゴード(Alamogordo)(トリニティサイト)で人類史上初の原子爆弾の試験が行われた(図2図3参照)。次いで、日本の広島(1945年8月6日:ウラン型)と長崎(1945年8月9日:プルトニウム型)に原爆が投下され、世界は核の時代に入った。1949年8月にはソ連も原爆の開発に成功してセミパラチンスク(現 カザフスタン)で核実験を行っている。その他の国々の最初の核実験は、英国:1952年(オーストラリア北西部モンテベロ島)、フランス:1960年(ナイジェリアのサハラ砂漠)、中国:1964年(中国西部ロプノル)、インド:1974年(ラジャスタン州ポカラン)、パキスタン:1998年(パキスタン西部チャーガイ)、北朝鮮:2006年(北朝鮮北東部)となっている。北朝鮮は2006年10月9日核実験を実施したと発表した。また、わが国においても、気象庁が地下核実験に伴う地震波を探知し、この地震波は北朝鮮の地下核実験によるものであるとした。また、北朝鮮による地下核実験実施の発表に対し内閣官房長官声明がだされた。
2.核実験を実施する場所は、旧ソ連はシベリア、中国は新疆省といずれも自国内である。米国は自国内のネバダ砂漠(図4参照)のほかに太平洋上のマーシャル諸島のエニウエトク環礁などを使用していたが、1980年代に入ってからはネバダでの地下核実験のみとなっている。英国は南太平洋上のクリスマス島を、フランスは同じく南太平洋上のムルロア環礁を使用している。インドおよびパキスタンは自国内で地下核実験を行っている。
3.実験した爆弾は、初期にはウラン235爆弾もあったが、その後はプルトニウム239爆弾、水素爆弾、中性子爆弾などの試験が行われた。
4.これらの実験で空中に放出された後に地上に降り注いでくる放射性降下物(フォールアウト)の量は莫大な量に達しており、地球環境中に存在する放射能の状況を、核実験開始以前とは全く異なったものとなっている。
 大気中核実験の影響による顕著な例は、95Zr(ジルコニウム95:半減期65.5日)のピークが検出されることである。半減期の比較的長い90Sr(ストロンチウム90:半減期28.8年)、137Cs(セシウム137:半減期30.17年)、239Pu(プルトニウム239:半減期24100年)は長い期間継続して検出される。図5に茨城県東海村における大気中放射性核種濃度の変化を示す。図中の95Zrのピークは1963年までは主に米ソ両国の核実験、1964年からの核実験によるものである。ちなみに、1986年のピークは旧ソ連のチェルノブイル原発事故によるものである。
5.1998年5月11日と13日にインドは24年ぶりに地下核実験を2回(合計5発)実施した。これに対抗するかのようにパキスタンも2回(合計6(?)発)実施した。
 また、ロシアでも2000年10月20日と27日の2度にわたり、北極圏ノバヤゼムリヤ島の核実験場で、未臨界核実験を実施したとロシア原子力省より報じられている。
6.米国は、1996年に包括的核実験禁止条約(CTBT)調印後、地下核爆発実験に代わる未臨界(臨界前)核実験を1997年7月2日にネバダ核実験場で実施した。これまでの実験回数は8回である(表2)。本実験の目的は、核爆発を起こさずにプルトニウムを使用する核兵器の信頼性を高めること、および核兵器開発のためのシミュレーションデータを得ることといわれている。
 プルトニウム核爆弾は、高性能火薬を爆発させ、生じた衝撃波によってプルトニウムを圧縮(爆縮と呼ぶ)して連鎖反応を発生させ、爆発させる。これに対し未臨界核実験は、連鎖反応を起こす寸前まで圧縮(爆縮)し、時間の経過したプルトニウムの劣化の程度を調査する実験である。
7.旧核実験場の復旧プロジェクト
 南オーストラリア州のマラリンガ地域とエミュー地域および西オーストラリア州のモンテベロ島では1952−1963年までの11年間、英国による核実験が行われ、放射能による環境汚染が顕著である。英国は1967年マラリンガ地域の除染作業を行ったが、地表にプルトニウムが残留しているため、実験場跡地はその後閉鎖され、立ち入りが制限された。
 しかし、オーストラリア政府は同サイトを所有者に開放するため、1984年包括的な調査を行い、1993年英国政府と協議の結果、汚染浄化工事を実施した。予算約1億豪ドル(1豪ドル=87.45円、1998年3月)のうち、40%を英国が負担し、工事は2000年に完了している。
 1950年代にアメリカが43回も核実験を行ったマーシャル諸島のエニウェトックでは、環礁の北半分は今でも放射線レベルが高く近づくことはできないが、アメリカが約1億ドルで環礁の南半分の汚染浄化工事を実施した。さらにビキニ、ロンゲラップ、ユートリック環礁でも同様の工事が進みつつある。
(前回更新:2001年2月)
<図/表>
表1−1 核実験回数1945−1969年(1/2)
表1−1  核実験回数1945−1969年(1/2)
表1−2 核実験回数1970−1996年(2/2)
表1−2  核実験回数1970−1996年(2/2)
表2 米国の未臨界核実験実施回数
表2  米国の未臨界核実験実施回数
図1 世界の核実験のサイトマップ
図1  世界の核実験のサイトマップ
図2 トリニティ核実験サイト
図2  トリニティ核実験サイト
図3 トリニティサイトの核実験によるクラウドの発生状況
図3  トリニティサイトの核実験によるクラウドの発生状況
図4 ネバダ核実験サイト
図4  ネバダ核実験サイト
図5 茨城県東海村における大気中放射性核種濃度の変化
図5  茨城県東海村における大気中放射性核種濃度の変化

<関連タイトル>
フォールアウト (09-01-01-05)
大気圏内核実験当時の体内放射能とチェルノブイリ事故後の体内放射能 (09-01-04-09)
原爆実験地周辺の動植物中の放射能 (09-01-05-10)
包括的核実験禁止条約(CTBT) (13-04-01-05)

<参考文献>
(1)Natural Resources Defense Council: The NRDC’s Nucler Data, Table of Known Nuclear Tests Worldwide 1945-1996,
(2)日本原子力産業会議(編):原子力ポケットブック 2000年版(2000年7月)、p.63
(3)(社)茨城原子力協議会:原子力広報「あす」Vol.107(2000年12月)
(4)米国ロスアラモス国立研究所ホームページ:http://lib-www.lanl.gov
(5)米国サンディア国立研究所ホームページ:http://www.sandia.gov
(6)米国エネルギー省ネバダ核実験サイトホームページ:
(7)(社)日本原子力産業会議:原子力年鑑2000-2001年版(2000年10月)、p.318
(8) Woodard,Colin:Payback time,The Bulletin of the Atomic Scientists,March/April 2000,p.11-13
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