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<概要>
 物質や材料からの蛍光X線を観察すると、そこに含まれている元素の情報を得ることができる。定性・定量分析はもとより、蛍光X線スペクトルの詳細な観察や蛍光XAFS法などの利用によって、元素の状態分析や局所的な原子配列の解析を行うこともできる。蛍光X線分析による材料評価は、化学組成からの材質の決定、添加物や不純物の検出などのほか、材料の性質や機能に対して元素が果たしている役割の解明などに用いることができ、新しい材料の開発のために有用な情報を与えることができる。
<更新年月>
2005年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.蛍光X線による組成分析と微量分析
 物質にX線を照射したときに物質中に含まれる元素から発生する蛍光X線(特性X線)を観測すると、そのエネルギー(波長)から元素の種類を知ることができ、また強度から含まれる量を求めて化学組成を知ることができる。化学組成からは未知物質の種類や材質の同定をある程度行うことができ、また材料中の元素の偏析、不純物元素による汚染などを調べて材料の評価を行うこともできる。このとき材料は変質や分解を起こさず、すなわち非破壊で分析できることもX線を用いる分析法の利点である。図1はステンレス鋼からの蛍光X線を、分光結晶とシンチレーション計数管を用いた波長分散型装置によって測定したものである。コバルト、ニッケル、銅などを多く含んでいることがわかる。
 材料によっては、極低濃度に含まれる元素によって性質や機能が左右されることがあるため、そのような元素について調べることも重要である。工業上重要な例として、半導体産業のLSI(Large Scale Integrated circuit、大規模集積回路)製造プロセスにおけるシリコンウェハ表面の汚染管理があげられる。最新(2005年)のウェハプロセスが許容する金属汚染レベルは5×10の9乗 原子/平方センチメートル(つまり1平方センチメートルあたり0.5ピコグラムの鉄や銅。ピコは1/1,000,000,000,000、一兆分の1と言われているが、高感度な表面分析法である全反射蛍光X線分析法を用いると、典型的な汚染元素である鉄や銅について、濃度が2×10の9乗 原子/平方センチメートル程度であっても検出が可能である(検出限界)。特に放射光の強い光源を用いて全反射蛍光X線分析を行うと検出限界がさらに改善され、図2に示すように半導体検出器によるスペクトル測定によって超清浄ウェハの表面に存在する極微量元素の検出も可能となる。
2.蛍光X線スペクトルによる状態分析
 各元素からの蛍光X線のスペクトルを詳しく調べると、その元素がどのような化学状態にあるのかという分析(状態分析)を行うことも可能である。この目的には分光結晶を有する波長分散型装置を用いて、高分解能のスペクトルを測定する。発光材料の開発に利用された例として、発光中心として微量にドープされたCeの酸化数評価がある。CeのLαスペクトルの形やピークトップのエネルギーは、図3のように酸化数が+3のときと+4のときとで少し異なるため、スペクトルを精密に測定することで平均的酸化数がわかる。純粋な青色に近い発光を示すSrSO4:Ce中には酸化数+4のCeが多いことが明らかとなった。
 蛍光X線スペクトルからは、元素の酸化数だけでなく、その元素がいくつの原子によって囲まれているのかという配位数の情報を得ることも可能である。スピネル型酸化物には産業上重要なものが多いが、例えば磁性材料のMnZnフェライトは配位数の異なる複数の原子位置(サイト)に対し各元素が複雑に分布し、これによって物性(磁性)が大きく左右される。したがって、目的の性能をもつ材料を開発する上でサイト情報を得ることは重要である。図4はスピネル型酸化物中のMnからのKβ蛍光X線スペクトルであり、各蛍光X線ライン(Kβ1,3、Kβ’、Kβ5)が観察できる。これらのラインの強度関係を調べることで、Mnのサイトが調べられている。
 なお、特に電子の軌道間遷移について理論的に取り扱いながら、物質の電子状態等を論じる目的で蛍光X線スペクトルの構造を詳細に観察する場合には、X線発光分光という呼び方もされている。
3.蛍光XAFS法による状態分析と局所原子配列の解析
 蛍光X線の発生は、元素にX線が吸収されて起こる過程であるため、その元素の吸収端よりも高エネルギーのX線を照射したときのみ観測され、また蛍光X線の強度はX線の吸収量に比例する。したがって材料に照射するX線のエネルギーと蛍光X線強度との関係を調べれば、X線の吸収スペクトルに相当するものが得られる。吸収スペクトルには吸収端付近とその高エネルギー側の〜1,000eV程度の領域において微細な構造が観察できる。これはX線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure, XAFS)と呼ばれて、元素の電子状態や、元素のまわりの局所的な原子配列についての情報を結晶質・非晶質を問わず得ることができ、材料分析手法として既に汎用の技術になっている。吸収スペクトルは試料を透過する前後のX線の強度から吸光度μを求めることで得ることができるが、蛍光X線を用いれば、少量の試料や微量に含まれる元素について感度よく測定できるというメリットがある。材料開発に活用した多くの研究例が報告されているが、図5は近年注目されるナノスケール物質の一種、ナノシートに応用した例である。ナノシートを集合・組織化させることによって、新しい材料の創製が期待されている。単層のチタニアナノシート(厚さ1ナノメートル=1×10のマイナス9乗メートル程度の分子レベル超薄膜)からのXAFSが全反射蛍光X線法により測定された。ナノシート面に対するX線偏光方向と、スペクトルとの間の関係も調べられ、これを解析することによってナノシート内の原子間距離などが詳細に調べられた。
 XAFSに類似したスペクトルをX線吸収とは全く別の新しい原理に基づき測定するEXEFS(Extended X-ray Emission Fine Structure、発光X線微細構造)法と呼ばれる手法が、最近になって開発された。蛍光X線スペクトルを測定する場合と同じ操作でKα線の低エネルギー側に現れる微細構造を測定すると、吸収スペクトルに類似した情報が得られることを利用する。測定対象として、従来X線吸収スペクトルの測定が容易ではない軽元素測定に適している。図6はAl添加鋼がさびた部分に濃化したAlについてのEXEFSスペクトルを、金属AlおよびAl2O3のスペクトルとともに測定したもので、相互に比較することで状態分析を行うことができ、さび部分に含まれる成分はびAl2O3に近いと結論できる。
4.新しい材料開発法=コンビナトリアル法への蛍光X線分析の利用
 材料開発をより積極的かつ効率的に行う工夫として、近年コンビナトリアル材料合成法が利用されている。コンビナトリアル法では、複数の異なる材料を一枚の基板上に同時に作ることで省力化し、その中から優れた材料を選び出す。この基板上の材料についての分析を蛍光X線イメージング法によって行うと、複数の材料についての評価を同時に行うことができる。蛍光X線イメージング法とは図7に示すように広い領域からの蛍光X線信号を画像として得る方法であり、ここでCCDカメラなどの二次元検出器を利用した投影型の技術は極最近開発されたもので、極めて迅速なイメージングを可能とする。一枚の基板上に配列した複数の試料について同時に組成分析ができるほか、入射X線のエネルギーを少しずつ変えながら蛍光X線イメージングを繰り返し行うことで、蛍光XAFSスペクトルも複数試料同時かつ迅速に測定することができる。図8は、リチウム鉄複酸化物のコンビナトリアル試料についての蛍光X線イメージと、一部の試料についての蛍光XAFSを図示したものである。この複酸化物は二酸化炭素を化学的に吸収することができるため、吸収量や吸収速度の優れたものを合成できれば、二酸化炭素吸収材料としての用途が開かれる。図8のスペクトルでは低温・短時間の二酸化炭素曝露により吸収端の高エネルギー側へのシフトが観測され、二酸化炭素の吸収性能に優れた材料が合成されていることが確かめられる。蛍光X線の観測方法を工夫し、これを評価ツールとして材料合成にうまく組み合わせることができる例であり、優れた材料の効果的な開発が期待される。
<図/表>
図1 ステンレス鋼(耐熱鋼)からの蛍光X線スペクトル(分光結晶:Lif(420))
図1  ステンレス鋼(耐熱鋼)からの蛍光X線スペクトル(分光結晶:Lif(420))
図2 超清浄シリコンウェハ表面(鉄濃度:6.4×10
図2  超清浄シリコンウェハ表面(鉄濃度:6.4×10
図3 CeO
図3  CeO
図4 Mnを含むスピネル型複酸化物からのMnKβスペクトル
図4  Mnを含むスピネル型複酸化物からのMnKβスペクトル
図5 チタニアナノシートからのTi-K吸収端における全反射蛍光XAFSスペクトル(破線:p偏光、実線:s偏光)
図5  チタニアナノシートからのTi-K吸収端における全反射蛍光XAFSスペクトル(破線:p偏光、実線:s偏光)
図6 Al添加鋼のさびに含まれるAlのEXEFSスペクトル
図6  Al添加鋼のさびに含まれるAlのEXEFSスペクトル
図7 蛍光X線イメージング観察の概念図
図7  蛍光X線イメージング観察の概念図
図8 リチウム鉄複酸化物コンビナトリアル試料の蛍光X線イメージ(左)と、Fe-K吸収端における蛍光XAFS(右)
図8  リチウム鉄複酸化物コンビナトリアル試料の蛍光X線イメージ(左)と、Fe-K吸収端における蛍光XAFS(右)

<関連タイトル>
SPring-8(放射光)施設による放射線利用 (08-04-01-07)
蛍光X線分析の原理と応用 (08-04-01-26)

<参考文献>
(1)大野勝美、川瀬晃、中村利廣:機器分析実技シリーズ「X線分析法」、共立出版 (1987)
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(11)桜井健次、江場宏美、水沢まり:蛍光X線顕微鏡−位置走査を必要としない元素イメージング技術を中心に−、ぶんせき、No.11、p.644-651 (2003)
(12)H. Eba and K. Sakurai: Enhancement of CO2 Absorbance for Lithium Ferrite − Combinatorial Application of X-Ray Absorption Fine Structure Imaging, Mater. Trans., 46, 665-668 (2005)
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