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<概要>
 世界の人口は2000年の61億人から2050年には92億人に増加すると予測されている。また、食料需給は2000年の45億トンから2050年には69億トンに増加するが、食料生産は穏やかに増加し食料需給は逼迫すると予想されている。一方、食品の25%は病虫害と微生物による腐敗により廃棄されている。これらの事情から、食料増産技術の開発に合わせ、カビや病虫害に対応できる食品保存技術の必要性が増大している。食品保存のため、カビや病虫害を防ぐ殺虫剤や防カビ剤の添加は広く普及している。しかし、これら薬剤は本来有毒であり、消費者の健康影響はたびたび社会問題となっている。食品照射はこの問題を解決できる技術と期待され、1910年代から検討が開始された。1960年代からは世界の研究機関・専門家、JECFI(FAO/IAEA/WHO小麦、馬鈴薯、玉ねぎに関する照射食品の健全性に関する合同専門家委員会)、コーデックス(国際食品規格委員会)等により、照射食品の健康影響が詳細に検討された。その結果、10kGyを超える照射量でも食品には誘導放射能、栄養学的影響、衛生学的影響及び毒性等の影響がないと判断された。併せて、照射施設や照射条件が規格化され、照射食品の分析方法も開発され、食品照射は1988年頃から世界的に実用段階に入った。今日では世界の50カ国以上で60品目以上の照射食品が利用され、その総量は2005年に40.5万トン、2012年には100万トンに達したと推定される。
<更新年月>
2015年09月   

<本文>
1. 世界の食料問題
1.1 世界の食料状況
(1)世界の食料問題
 世界の食料生産量は、人口とGDPの増加により2000年の44.7億トンから2050年には69.3億トンに増加が予想されている(図1)。また、穀物栽培面積は横ばいで推移し、農業技術の向上を考慮しても緩やかな生産量の増加に止まると予想されている。一方、世界の人口は2000年の61億人から2050年には92億人に増加し、開発途上国の経済発展と相俟って中長期的に食料需給の逼迫が懸念されている。
 この状況から、食料生産と食品保存は世界の重要な課題となっている。国際植物防疫条約(IPPC)事務局によると、食料植物の病害虫は、世界全体の収穫量に年間20〜40パーセントの減産をもたらしている。また、国連食料農業機関(FAO)によると、穀類は収穫量の10〜20%は流通過程で失われている。さらに、食品の25%は病虫害と微生物による腐敗により廃棄されていると推定されている。食料増産のための食料用植物の殺虫・殺菌剤の開発と、カビや病虫害に対応できる食品保存技術の必要性が増大している。
(2)食品保存の従来技術とその問題点
 食品保存技術には、人類の極めて長期に亘る伝統がある。表1は、現在も用いられている主な食品保存技術の効果と問題点を示す。表1[1]薬品添加及び[2]燻蒸は、食品保存技術のうち化学的方法である。燻蒸による殺虫には、シアン化水素、臭化メチル、リン化アルミニウム等の燻蒸剤が使用される。表2に日本で用いられている主な燻蒸剤を示す。燻蒸では、燻蒸作業者には健康管理、消費者には残留薬剤等が問題になる。表3に日本の主な殺菌剤と防カビ剤の例を示す。それぞれの許可された最大残存量は食品ごとに異なっており、また燻蒸剤と同様に作業者や消費者の健康への影響が問題となることがある。
 物理的方法による品質保持技術について、表1[3]加熱処理は、食品中の微生物の生存可能温度より高温で食品を加熱する方法である。細菌は一般に55〜75℃で10〜30分間の加熱で死滅する。しかし、細菌の芽胞は熱に強く100℃では死滅しないものが多く、そのためには110〜120℃が必要となるが、この温度では風味が損なわれやすい。表1[4]低温貯蔵及び[5]冷凍で、食品中のほとんどの微生物の生育を抑制できるだけでなく、害虫の生育を防ぎ、品質劣化も抑制できる。しかし、低温・冷凍処理では完全には微生物を除けない。[6]紫外線殺菌は、食品の表面しか殺菌することができず利用は限られる。[7]嫌気包装及び[8]無菌包装の包装技術の進歩は食品の品質保持に貢献しており、殺虫、殺菌及び防カビ技術(表2、3)と合わせ利用されている。
 近年、高圧二酸化炭素を利用する殺菌技術が実用化され、さらに超臨界二酸化炭素を利用する技術の開発も進んでいるが、これらの方法は、大量の処理には不向きである。
 従来の食品保存技術には上述のような課題があり、それを克服できる放射線による食品照射が検討されるようになった。
2.放射線による細菌・病害虫対策
2.1世界の取り組み
(1)照射食品の安全性の評価
 表4に世界の照射食品の検討の歴史を示す。国際的には、1961年にFAO(国連食料農業機関)、IAEA(国際原子力機関)及びWHO(国連世界保健機関)が照射食品の安全性等の検討を開始し、1980年には10kGy以下の照射食品の安全性を勧告した。1983年にはコーデックス(Codex:国際食品規格委員会)も同様に照射食品の安全性を確認した。1997年、FAO・IAEA・WHOの「高線量照射に関する合同研究部会」は10kGyの上限撤廃を勧告し、2003年にはコーデックスは、「食品照射に関する一般規格」を改訂し、原則10kGy以下の照射とするが、技術的必要性が認められれば10Gyを超える照射も可とするとなった。表5に様々な検討から得られた昆虫、微生物、細菌等の駆除に必要な吸収線量を示す。哺乳動物は、最も放射線照射に対する抵抗力が低い。一方、細胞を持たないウイルスの致死線量は高い。
 日本では、1965年原子力委員会に食品照射専門部会が設置され、1967〜1988年の間に、原子力特定総合研究「食品照射研究基本計画」の中で7品目の4課題(馬鈴薯と玉ねぎの発芽防止、コメと小麦の殺虫、ウインナソーセージと水産練り製品の殺菌、温州みかんの防カビ)について、誘導放射能、栄養学的影響、衛生学的影響及び毒性を検討した。1971年には馬鈴薯の検討が終了し安全上の問題がないことが報告された。1980年にタマネギの検討が、1983〜85年にコメ・小麦、ウインナソーセージ及び水産練り製品の検討が、そして1988年にはミカンの検討が終了し、それぞれに安全上の問題はないと報告された。
(2)照射食品の管理方法(分析方法)
 表6に、欧州標準分析法(EN)とコーデックスの照射食品の標準分析法を示す。欧州委員会(EC:European Commission)は1980年代に域内の照射食品の統一的規制を検討した。欧州標準化委員会(CEN:Comite Europeen de Normalisation)は1993年にワーキンググループを置き、1996年にまず5方法を欧州標準分析法(EN:European Standard)に選定し、2004年までには10方法に増えた。
 コーデックスは、食品照射の施設、吸収線量及び放射線源の規格(表7)と分析法(表6右欄)を定めている。また、IAEAは、FAOとの共同プロジェクトで食品照射に関する実施国、施設、食品、条件等のデータベースを整理している。
 日本では、照射食品の検知(分析)のため以下の三方法を推薦している:[1]アリキルシクロブタノン法(脂肪分の多い食品に適用)、[2]熱ルミネッセンス試験法(珪酸塩を含む野菜、果実、茶等の農産物、あさり、エビ等の海産物に適用)、及び[3]電子スピン共鳴法(貝殻付き食品や結晶性糖類を含む乾燥果物などの照射食品に適用)。
3.世界の照射食品
3.1概況
 食品照射は、1950〜60年代に8カ国で実用され、1980年には20カ国、2015年には50カ国以上で60品目以上に達している。表8に2005〜2010年の世界の照射食品を示す。年間1,000トン以上の照射食品を生産する国は16カ国に達し、総量は2005年では40.5万トン、2010年には47.4万トン以上に増えており、2012年には100万トンを超えたと推定されている。
3.2地域・国別の照射食品
 図2に、明確な統計が示された2005年の照射食品について、[1]品目別、[2]地域別及び[3]国別の照射食品量を示す。2005年の総照射食品は、約40.5万トンである。品目別ではスパイス・乾燥野菜類は46%を占めている。にんにく・馬鈴薯は約22%、肉類・魚介類は約8%である。
 地域別にみると、食料生産量が高く輸出量の大きいアジア・オセアニア地域が最多で45%、アメリカ大陸は29%である。国別では、大きな国土、大きな人口、大きな食料生産高の中国、米国等の割合は高い。
 米国では、1985年から2014年5月までに豚肉、香辛料・乾燥野菜、生鮮果実・野菜、穀類、冷凍・冷蔵食鳥肉、家畜・ペット飼料、殻付き生卵、生鮮・冷凍貝類、生鮮レタス・ホウレン草、畜肉製品及び甲殻類に対して厚生省食品医薬品局(FDA)から照射許可が出ている。中国では2011年までに、生鮮野菜・果物、穀類、豆類、乾燥ナッツ・果実、冷凍牛肉・家禽肉、豚肉、香辛料、家畜・家禽調理食品、甘藷等の照射が許可されている。
3.3照射食品の表示
 表9に照射食品の表示方法の例を示す。多くの国では、照射食品は国際的なロゴマークとともに放射線処理済であることを示す文言を記載している。日本では、食品衛生法施行規則21条昭和23年7月厚生省令第23号により、[1]食品名称、[2]消費期限・賞味期限、[3]製造所・加工所の氏名・所在地、[4]添加物、[5]アレルギー物質に関する記載の義務がある。加えて、照射食品は「放射線を照射した旨」を記載する義務がある。
(前回更新:2003年12月)
<図/表>
表1 主な食品保存技術の効果と問題点
表1  主な食品保存技術の効果と問題点
表2 主な燻蒸剤とその課題
表2  主な燻蒸剤とその課題
表3 主な殺菌剤と防カビ剤とその課題
表3  主な殺菌剤と防カビ剤とその課題
表4 世界的な照射食品の安全性評価
表4  世界的な照射食品の安全性評価
表5 生物、ウイルス等の致死線量
表5  生物、ウイルス等の致死線量
表6 欧州標準分析法(EN規格)とコーデックス照射食品標準分析法
表6  欧州標準分析法(EN規格)とコーデックス照射食品標準分析法
表7 食品照射のコーデックス規格
表7  食品照射のコーデックス規格
表8 世界の照射食品
表8  世界の照射食品
表9 照射食品の表示
表9  照射食品の表示
図1 世界の食料生産量の変化
図1  世界の食料生産量の変化
図2 2005年の品目別、地域別及び国別の照射食品
図2  2005年の品目別、地域別及び国別の照射食品

<関連タイトル>
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
食品に対する放射線照射(食品照射) (08-03-02-01)
米国における食品照射の動向 (08-03-02-06)
照射食品の安全性と利用の動向 (08-03-02-07)
電子スピン共鳴法による照射食品の評価 (08-03-02-08)
わが国における食品照射技術の開発(その1)初期の研究とナショナルプロジェクト (08-03-02-09)
わが国における食品照射技術の開発(その2)1980年以降の研究開発 (08-03-02-10)
食品中の放射能 (09-01-04-03)
フォールアウトからの人体内セシウム(40年の歴史) (09-01-04-11)

<参考文献>
(1)日本食品照射研究協議会:「第50回記念大会特集、食品照射研究の歴史と現状」、食品照射、49(1)、47−119(2014)
(2)厚生労働省:医薬食品局、食品安全部、「放射線照射された食品の検知法について」、平成24年9月10日 食安発0910第2号、http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/other/2012/dl/120910-02.pdf
(3)内閣府、食品安全委員会:ファクトシート、放射線照射食品(概要)、平成24年6月14日、https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/f06_food_irradiation.pdf
(4)IAEA:‘Contributing to Strengthening Food Safety:IAEA Commemorates World Health Day’, Food Irradiation、https://www.iaea.org/newscenter/news/contributing-strengthening-food-safety-iaea-commemorates-world-health-day
(5)IAEA:Joint FAO/IAEA Programme, NAFA, Nuclear Technology in Food and Agriculture、http://www-naweb.iaea.org/nafa/resources-nafa/databases.html
(6)農水省:2050年における世界の食糧需給の見通し、平成24年6月、http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_zyukyu_mitosi/pdf/base_line_bunseki.pdf
(7)日本原子力研究開発機構:食品照射データベース
(8)全国植物検疫協会:「植物検疫を巡る最近の状況」(平25)、http://www.nikkunkyo.or.jp/news/news_20130402_1.pdf
(9)日本食品化学研究振興財団:厚生労働省行政情報、添加物一般の使用基準
(10)内閣府食品安全委員会:放射線照射食品(平成24年)、https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/f06_food_irradiation.pdf
(11)厚労省:食品衛生法における食品照射の取り扱いについて(平18年5月)、食品衛生法施行規則21条(昭23.7厚生省令第23号)、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/syokuhin/siryo/syokuhin06/siryo2.pdf
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