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<概要>
 1989年3月に公表された「常温でDD核融合反応が起こりうる」とする2件の実験結果は各分野に大きな反響を呼び起こし、以後世界中で反応を検証するための実験が展開された。反応を肯定する結果が幾つか公開されるとともに、新しい反応系での検証が試みられた。しかし反応を否定する実験結果も多く、又デ−タの再現性の低さ、反応検知の難しさ等ともあいまって、いまだ反応を確認する至っていないのが現状である。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 1989年3月下旬のFleischmannとPons(Ref.1)ら及びJonesら(Ref.2)による2件の衝撃的な“電解法による常温核融合反応発見”の報道以来、世界中で反応確認実験が行われた。内容は彼らが提案した反応の追試実験及び新しい反応系の探索、関連基礎研究など多岐にわたる。反応を肯定する結果を得たとする報告をもとに、国外、国内における研究の経過を概説する。

1.国外での経過
 ユタ大学ではいち早く低温核融合研究所を設立し、ここでは電解に伴う過剰発熱現象の再現、その機構、及び核反応生成物の確認に重点を置いた研究が進められた。最初の報道から1カ月も経たないうちにフラスカッチ国立研究所(伊)の研究グル−プは、電解法とは異なった重水素ガス加圧法によってチタン粒中に重水素を導入しこれを繰り返し冷却−昇温するとサイクル中に1秒当たり5000個にも達する中性子の瞬間的な放出(中性子バ−スト現象)が起こるということを発表した(Ref.3)。こうして電解法と乾式法の2つの基本的な反応系が出そろい、以後の反応確認実験がより広範に進められることとなった。
 1989年5月中旬には米国サンタフェにおいて米国エネルギ−省主催のワ−クショップが開催され、ここでは電解法、乾式法についての追試結果、理論的考察の結果などの多くの発表がなされ(Ref.4)、新たにテキサス農鉱大、スタンフォ−ド大などの電解法による過剰発熱検出、及びテキサス農鉱大、ロスアラモス国立研究所の中性子発生確認等の肯定的実験結果が公表された。
 1989年9月には京都で国際電気化学会が開催され、Fleischmann、Ponsらの熱バ−ストに関する最新デ−タ、テキサス農鉱大の研究者らによる電解法における大量のトリチウム発生の結果等が示された。この間に新しい系での反応検証実験も幅広く行われた。それらのうち特に注目されたのは重水分子のクラスタ−を加速して重水素化したチタンタ−ゲットに照射するという新しい方式であった(Ref.5)。
 このようにして反応を肯定する結果の発表が続くなかで、その件数とは比較にならないほど多くの実験において反応に否定的なデ−タが得られた。さらに理論的にも常温核融合反応は決して起こり得ないとする論文も相次いだ。とくにFleischmann-Ponsの説に対する反論は数多く、彼らの熱測定法、及びγ線測定法、解析法の誤りが鋭く指摘された(Ref.6)。米国エネルギ−省は常温核融合反応に関する調査委員会を設立し、調査と評価を進めてきたが、1989年秋に公表された調査・評価報告書で「反応を支持する根拠は得られなかった」と結論した(“A Report of the Energy ResearchAdvisory Boad to the USDOE”, Washington,DC 20585,DOE/S-0073(1989).)。
 1989年10月にはロスアラモス国立研究所のグル−プが全く新しい乾式電解法によって大量のトリチウム生成に成功したことを発表した(Ref.8)。
 同年12月にはインドのバ−バ−原子力研究センタ−で大規模に行われてきた実験結果が公開されたが(Ref.9)、その内容は多岐にわたり、電解法、乾式法の追試の他に新しい各種の試みがなされている。彼らによると電解法による多くの実験において明らかにトリチウム生成が確認され、同時に計測した中性子の発生量はトリチウム生成量と比較して最大9桁程度低いものであったことが述べられている。
 発端以来1年を経過した1990年3月、米国ユタ州ソルトレ−ク市において低温核融合研究所主催の第1回常温核融合反応国際会議が開催された。そこでは1年間の関連研究結果を総括する趣旨で、それまでに反応に肯定的な結果を公表した研究者による成果の発表が行われた(Ref.10)。ユタ大学の低温核融合研究所から過剰発熱確認、インドのバ−バ−原子力研究センタ−から電解法、乾式法によるトリチウム検出、ロスアラモス国立研究所から乾式法での中性子バ−スト検出、イタリアのフラスカッチ研究所から乾式法による中性子及びトリチウム検出、オ−クリッジ国立研究所から過剰発熱検出などに関する結果が報告された。後にオ−クリッジ国立研究所の研究グル−プは電解法における中性子、過剰発熱、及びγ線の同時発生を示唆するような実験結果を公表した(Ref.11)。1990年10月には、ブリガムヤング大学でシンポジウムが開催されたが、会議では中性子、荷電粒子、及びトリチウムの生成に関する多数の報告がなされた(“Anomalous Nuclear Effects in Deuterium/Solid System”,Cot.22-24,Provo,Uta,1990.)。

2.国内での経過
 我が国での反応確認実験において、反応を肯定する結果を得たと報告した例として次のようなものがある。
 ・北海道大学、水野ら:1989年6月、電解法において、2.45 MeVの中性子を検出(Ref.13)。
 ・名古屋大学、和田ら:1989年11月、重水素ガス中パラジウム電極間放電法によって大量の中性子を検出(Ref.14)。
 ・大阪大学、荒田ら:1989年12月、大容積パラジウム陰極を用いた重水電解法によって大量の中性子を検出(Ref.15)。
 ・東京農工大学、小山ら:1990年、電解法における過剰発熱の検出及び“熱バ−スト”現象の観測(Ref.16)。
 ・大阪大学、高橋ら:パルス状の定電流を印加する電解法における中性子検出(Ref.17)。
 ・日立エネルギ−研究所、泉田ら;乾式法における中性子検出(Ref.18)。
 ・NTT基礎研究所、山口ら:重水素外方拡散制御型の試料を用いる乾式法における大量の中性子検出(Ref.19)。
 ・青山学院大学、松本ら:電解法による微量中性子及びトリチウム検出(O.Matsumoto, et. al., 電気化学, 58(1990)147.)。
 この間、原子力学会、物理学会、電気化学会等での特別セッッション、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)主催の討論会、科研費総合研究成果報告会、等の各種会合において、常温核融合反応に関するテ−マが積極的に取上げられ、討論がなされてきた。その後も実験、および理論説明の努力が続けられている。

 上述の反応の存在を肯定する報告をみる限りでは、“常温核融合反応”はより広範な系で確認されてきており、その信頼性も増してきているようにもみえる。しかし依然としてデ−タの再現性は極めて低く、常温核融合反応に否定的な見解を示す報告も数多い(日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)化学部等共同実験チ−ム、JAERI-M 89-142(1989),及び JAERI-M 90-134(1990).)。このような状況にあって、反応条件等に関する詳細な検討は進んでいないのが現状である。
<関連タイトル>
核融合反応の分類 (07-05-06-01)
常温核融合研究騒動 (07-05-06-02)

<参考文献>
1) M. Fleischmann, et. al., J. Electroanal. Chem., 261(1989)301.
2) S.E.Jones, et. al., Nature, 338(1989)737.
3) A. De Ninno, et. al., Europhys. Lett., 9(1989)221.
4) Proc. Workshop on Cold Fusion Phenomena (Santa Fe, May, 1989).
5) R.J.Beuhler, et. al., Phys. Rev. Lett., 63(1989)1292.
6) M. Gai, et. al., Nature, 340(1989)29.
7) T.N.Claytor, et. al., LA-UR-89-39-46.
8) P. K. Iyengar, et. al., BARC-1500(1989).
9) The 1st Annual Conference on Cold Fusion, Salt Lake City, March 28-31, 1990.
10) C. D. Scott, et. al., Fusion Technol., 18(1990)103.
11) T. Mizuno, et. al., 電気化学, 57(1989)742.
12) N. Wada, et. al., Jpn. J. Appl. Phys., 28(1989)2017.
13) Y. Arata, et. al., 核融合研究, 62(1989)398.
14) N. Oyama, et. al., Bull.Chem. Soc. Jpn., 63(1990)2659.
15) A. Takahashi, J. Nucl. Sci. Tech., 26(1989)558.
16) T. Izumida, et. al., Fusion Technol., 18(1990)641.
17) E.Yamaguchi, et. al., Jpn. J. Appl. Phys.
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