2.原子力分野での利用
一般環境中への原子力施設からの放射能放出に着目して大気拡散の問題が初めて論ぜられたのは、1955年の第1回国際原子力平和利用会議に米国気象局が公表した’Meteorology and Atomic Energy ’によってである。この報告は、前半は、当時の拡散研究についての現状、後半に被曝評価、安全解析について述べており、放射能の大気拡散研究に関する有力な手引書となった。拡散モデル開発の歴史のなかではこの時期は解析解型のモデルの研究が行われていた時期であり、この報告でもガウスプルームモデルが提案されている。ここでの被曝評価は、原子力施設立地時のアセスメントにあたるものである。
日本の原子炉の安全審査(立地審査)の中で、平常時及び事故時における放出放射能の大気拡散の評価方法は、原子力安全委員会の「発電用原子炉の安全解析に関する気象指針」に記述されている。これによれば、大気拡散評価にはガウスプルームモデルを適用している。世界各国の立地審査の方法を比較してみると、基本的にはガウスプルームモデルを使用しているが、日本の審査方式の最大の特徴は、日本のような複雑地形にも適用できるように、サイト周辺の地形模型を入れた風洞実験により実効放出高と呼ばれる地形を考慮したモデル用の放出高度を求め、これをガウスプルーム式に入力して濃度計算を行っている点にある。(注:原子力安全委員会は原子力安全・保安院とともに2012年9月18日に廃止され、原子力安全規制に係る行政を一元的に担う新たな組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。)
安全解析で行われている事故を想定した拡散評価は、放出および気象条件を厳しく設定し最悪の被曝線量値に着目する安全側評価を目的としており、拡散の扱いは定常状態を仮定している。しかしながら現実の事故に対する防災対策上からは、サイト特有の非定常状態、すなわち複雑地形上での大気拡散の特徴の把握が重要であり、地形の効果や時間的空間的気象変化を大気拡散に考慮できる数値モデルを用いた評価が必要である。このような観点に立ち、米国のARAC(Atmospheric Release Advisory Capability)システムや、日本のSPEEDI(System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information)等では、3次元風速場計算のための質量保存則モデルと空間濃度及び沈着量計算のための粒子拡散モデルを、事故時の放射能拡散予測に用いている。数千kmスケールの大規模事故に対する拡散予測については、チェルノブイリ事故以降各国で研究が進められ、現在精力的に国際的な広域モデル比較研究が行われている(図3参照)。<図/表>