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高温ガス炉では高温のガスを得るため、耐熱性と耐腐食性に優れた黒鉛材料が炉内に使用されている。したがって、原子炉の通常運転時においても、万一炉心内に水または空気が侵入する事故時においても、水蒸気、酸素等のガスと高温の黒鉛との間に酸化反応が生じる可能性がある。黒鉛の酸化現象が生じれば、炉心(燃料)を保護している黒鉛構造物が腐食されてもろくなり、最悪の場合には、チェルノブイル炉事故時にみられたように、炉心崩壊に至る可能性を秘めている。さらに、この黒鉛の酸化反応で生じた水素及び一酸化炭素がある量を超えて存在する場合には、燃焼あるいは爆発する恐れがある。このようなことを防ぐため、高温ガス炉においては、この酸化損傷対策を十分考慮し、炉心崩壊に至る事なく、かつ爆発が生じないように設計している。
一般に、黒鉛と酸素との反応は500 ℃ 程度から、水蒸気との反応は 700 ℃以上から有意になることが知られている。通常運転時では、一次系ヘリウム純化系が計画的に一次系冷却材中の不純物を除去しているので、一次冷却材中に存在する反応性ガスは微量である。したがって、黒鉛構造物の温度がこれらの温度以上であっても、黒鉛酸化損傷が有意になることはない。
また、事故時においても、黒鉛酸化反応が有意になる温度以下に冷却されれば黒鉛構造物の酸化損傷の問題はなくなるので、事故初期時の高温状態からこれらの温度に冷却されるまでに反応した酸化量が問題となる。黒鉛と水蒸気の反応は吸熱反応であり、一方空気(酸素)との反応は発熱反応であるので、厳しいのは空気侵入事故である。この空気侵入事故では、一次系の圧力バンダリーが技術的には壊れそうもないが万一壊れた場合を想定して原子炉安全性を評価している。なお、大口径配管(ダクト)は、原子炉圧力容器並みの信頼性があるとして、燃料取り出し管などの小口径配管ギロチン破断のみ想定する設計例もある。
さらに、この高温ガス炉では市販されている電池の電極用黒鉛に比べ高純度で耐食性に優れた黒鉛を使用している。この
原子炉級黒鉛は炭とは別の材料であって、燃えにくいものである。なお、炭は以下に示すような理由により黒鉛に比べて燃えやすい。
(1) 炭は黒鉛に比べポーラス(炭のかさ密度は黒鉛の約半分程度)であるので、より多くの酸素が炭素と反応する。
(2) 黒鉛の結晶構造は規則的である。一方、炭の結晶は黒鉛に比べて乱れているため、酸素と反応しやすい。
(3) 炭には多くの不純物が存在するので、酸素と炭素との反応が促進される(不純物は触媒作用するとともに、炭に含まれる有機物等(H2 、CH4 等)がそれ自体で反応する)。
上記(1)〜(3)に示したように、黒鉛との反応に比べ、炭との反応は激しくまた発熱量も多い。また練炭のように下側から空気を吸い込み上側から吐き出すという煙突効果等が加わり十分酸素が供給され続ければ、燃焼範囲に入り燃え続ける。大口径配管ギロチン破断を想定している
高温工学試験研究炉(HTTR)では、酸素の量も格納容器内で制限されており、また侵入してくるガスの流れも緩やかであるなどの理由により、黒鉛が燃え続けることはない。
図1に、HTTRの減圧事故時において発生した一酸化炭素濃度と燃焼範囲との関係を示す。黒鉛の酸化反応で発生したこの可燃性ガスが、仮に黒鉛が格納容器内のすべての酸素と反応して一酸化炭素になったとしても、爆発の可能性のある可燃性ガス濃度にならない。したがって、旧ソ連で起きた大規模チェルノブイル炉(高温ガス炉とその炉の構造が異なっているが、減速材として黒鉛を使用している。)事故のような惨事に至ることはない。
<図/表>
図1 減圧事故後の原子炉格納容器内の一酸化炭素濃と燃焼範囲の関係
<関連タイトル>
高温ガス炉概念の特徴 (03-03-01-02)
高温工学試験研究炉(HTTR) (03-04-02-07)
炉内黒鉛構造物の耐震性 (06-01-04-04)
<参考文献>
(1)日本原子力研究所:大洗研究所原子炉設置許可申請書(高温工学試験研究炉原子炉施設の設置)、平成2年10月