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<概要>
 高速増殖炉蒸気発生器(SG)においては、万一の水リークによって腐食性反応生成物の生成、および熱と圧力の発生を伴うナトリウム−水反応に対応した設計を必要とするために、検出器、材料等についての広汎な研究開発を実施してきた。その結果、ナトリウム−水反応事象は、想定し得る最大規模の事故の際にも、原子炉施設の安全性に影響を及ぼさないことが実証された。また、将来のSG用伝熱管材料としては、高クロム系鋼が有望であることがわかった。
<更新年月>
2007年01月   

<本文>
1.蒸気発生器におけるナトリウム−水反応
 高速増殖炉(FBR)の蒸気発生器(SG)は、高温のナトリウムによって水を加熱して高温高圧の蒸気を発生させる熱交換器であり、伝熱管の内側を高圧の水・蒸気が、外側を常圧のナトリウムが流れる。ナトリウムは極めて活性が強く、特に水とは激しく化学反応を起こすため、万一、伝熱管に欠陥があって水とナトリウムが接触すると反応して水素ガスなどの反応生成物とともに熱と圧力を発生する。この現象を「ナトリウム−水反応」と呼んでいる。
 FBRでは、SGの伝熱管からの水リークが腐食性反応生成物および熱と圧力の発生を伴うナトリウム−水反応となるので、それに対応した設計が必要となる。これまでの研究開発から、ナトリウム−水反応事象は、想定し得る最大規模の事故の際も原子炉施設の安全に影響を与えるものではないことが明らかにされている。このため近年では、プラントの経済性向上の観点から、より合理的な設計を行うための研究開発に転換が図られつつある。
2.ナトリウム−水反応事象の推移
 伝熱管に貫通亀裂が発生すると、ナトリウム−水反応による反応熱と腐食性反応生成物は、1)セルフ・ウェステージ(自己損耗)と呼ぶ亀裂内壁の損耗とそれによる孔の拡大を起こす。亀裂が小さい場合には、自らリーク孔が閉塞する場合もある。自己損耗による孔の拡大が起こると、孔の出口には水リークによって反応ジェット(噴流)が形成され、これが隣接伝熱管に達すると、図1に示すような2)ターゲット・ウェステージ(標的損耗と仮称)を発生させる。プラントでは、ここまでの段階で異常検知系によって水リークが検出されて、SGの運転が停止される。仮に異常検知系の不作動を想定すると、水リーク規模がより大きくなり、反応ジェットが周囲の数本の伝熱管を囲むようになると、3)マルチ・ウェステージ(多数標的損耗と仮称)や4)高温ラプチャと呼ぶ反応ジェットの火炎による複数の伝熱管の損耗や破裂が発生して、水リークの規模が拡大し大リークに至る。大リークでは、反応熱による機器内部の温度上昇、および発生する水素による圧力上昇が起こり、SGに設置した圧力開放系が作動し圧力が開放されるとともに、水・蒸気系の隔離が行われて事象が収束する。
 このようにナトリウム−水反応の事象推移とその影響は水リーク規模によって異なる。そこで、一般的に表1のように分類し、安全設計および安全評価ではこれら個々の事象に対応したデータベースと解析評価手法が必要となる。
 (注)ナトリウム−水反応における伝熱管の損耗(ウエステージ)事象を現象理論的に分類すれば、1)はコロージョン現象、2)は(コロージョン+ エロージョン) 現象、3)は多数本伝熱管に対する (コロージョン+ エロージョン) 現象、4)は3)に機械的破損が加わった現象である。
3.異常検知系の開発研究
 水リークが発生すると、リークおよび反応による音の発生、水素ガスによるSG内部のナトリウム液面変動、反応水素による二次系ナトリウムおよびSGカバーガスの水素濃度上昇などが起こる。異常検知系ではこれらを検出してSGの異常を検知するが、海外の事例および原理を検討すると、二次系ナトリウムおよびSGカバーガスの水素濃度上昇を検出する方法が最も信頼性が高いことが判った。そこで、研究開発では水素検出計の開発を中心に行った。
 開発上の課題としては、蒸気発生器の運転時には二次系のナトリウム中水素が数10ppb オーダーのきわめて低濃度にあり、その検出を迅速に行うために検出器のプローブとなるニッケル拡散膜の厚みを薄くする必要があること、長期間の使用で検出器出力に変動を生ずるので、これに対処できること、また、検出器までの水素輸送時間がニッケル膜の厚みとともに検出時間を支配する要因となることから、その解析評価が必要なことなどである。これらに配慮した各種の試験から、ナトリウム中水素検出計およびカバーガス中水素検出計を開発した。
 一方、将来の蒸気発生器の大型化に伴い即応型水リーク検出系の比重が増すことになる。水リークの際に発生する水ジェット音およびナトリウム−水反応に伴う反応音が検出できれば、異常検知計としての検出速度は飛躍的に向上する。そこで、これまで先進諸国では音響検出器の開発が進められており、原子力機構もその線で検討を進めた。
 すなわち、1)ナトリウム加熱蒸気発生器でのバックグラウンド音響測定、2)ナトリウム− 水反応音響測定、3)水中ガス噴出模擬音響によるリーク検出法の開発を並行して行った。
 50MW蒸気発生器を使用したバックグラウンド音響の測定では、運転モードとノイズレベルおよびスペクトルとの関係を明らかにした。さらに、ノイズレベルから、大型炉の蒸気発生器での検出可能な水リーク規模の評価を行った。小リーク・ウェステージ試験時に測定した音響データとガス噴出音との比較からは、ナトリウム−水反応音特有のスペクトル特性は無いことが判った。
 実機の蒸気発生器の縮尺モデルを用いた水中ガス噴出試験では、リーク検出やリーク位置標定手法のハードおよびソフトの開発を行った。
 その後は開発の中心は電力に移り、反応ジェットの発生音を検知するパッシブ法およびセンサーから発信した超音波の反応ジェットによる減衰を検知するアクティブ法の両方式について、原子力機構と共同でナトリウム−水反応実験等による音響データの取得を行った。
4.ウェステージおよびセルフ・ウェステージ試験
 ウェステージ現象は、水/蒸気のリーク率に依存して異なる。微小リーク領域では、伝熱管の貫通亀裂(リーク孔)自身が損耗を受けるセルフ・ウェステージ現象が中心となるのに対し、小リーク領域では隣接する伝熱管の表面が損耗を受けるターゲット・ウェステージ現象が対象となる。本研究では0.1g/s以下の微少リーク領域と0.1 〜10g/s の小リーク領域を対象とした(表1)。
 微小リーク試験は、伝熱管材を用いた試験体に繰り返し疲労による亀裂を発生させ、そのリーク孔から加熱蒸気を噴出させて実施した。セルフ・ウェステージによるリーク孔の拡大時刻は、給水タンクの液面変化率から水リーク率の急激な増大を求めることにより検出した。
 一方、小リーク試験は、過熱蒸気を噴出させるための注水管と、ターゲットとなるそれらの伝熱管材を平行に配置して実施した。ウェステージによって生じるターゲット管の貫通破損は、あらかじめ封入したガス圧力の低下によって検出する。
 微小リーク試験では、初期リーク孔の大きさを試験パラメータとしたが、リーク率の変動があるため、総注水量を注水開始から停止までの時間で割った平均水リーク率で整理した。セルフ・ウェステージ率は、(材料の肉厚)/(注水時間)で定義した。図2は、セルフ・ウェステージ率の水リーク率に対する依存性を示す。図2から、水リーク率の増加とともに単位時間におけるセルフウェステージが大きくなる、すなわちリーク孔拡大に至る時間が短くなる傾向が見られる。高クロム系3鋼種(Mod.9Cr−1Mo鋼、9Cr−2Mo鋼、9Cr−1Mo−Nb−V鋼)間の違いはばらつきの範囲内であり有意な差は認められない。また、従来の伝熱管材料である2・1/4Cr−1Mo 鋼およびSUS321と同様の方法で比較したところ、高クロム系鋼がセルフ・ウェステージに対する耐性に優れていることが明らかとなった。
 小リーク試験では、ターゲット・ウェステージ率を(ターゲットとなる伝熱管の肉厚)/(貫通までの注水時間 )で定義した。小リーク領域においても、高クロム系3鋼種に対して求めた共通の実験式を他の伝熱管材についてのものと比較した結果を図3に示す。この図は、管間距離が16.2mm、ナトリウム温度が480℃のケースでの、ターゲット・ウェステージ率の水リーク率に対する依存性を示すものである。ウェステージ率の最大値で比較すると、高クロム系鋼は2・1/4Cr−1Mo鋼とSUS304の中間の値を示し、2・1/4Cr−1Mo 鋼の約2倍の耐性を有している。
 これらの結果から、本研究に用いた高クロム系3鋼種はいずれも在来の2・1/4Cr−1Mo 鋼よりも優れた耐ウェステージ性を有しており、一体貫流型SGの伝熱管として有望と言える。
 近年では、さらに高温強度に優れる12Cr鋼を対象としたウェステージ試験を行い、図4に示すような12Cr鋼の良好な耐ウェステージ性を確認しているが、異なる条件でのウェステージ特性については現在研究を継続している。
5.高温ラプチャ研究
 水リーク規模が2kg/s程度の中リークになると、反応ジェットの火炎が相対的に大きくなるため、それにさらされた伝熱管壁が局所的に過熱され、伝熱管内の冷却が十分でない場合に内圧による機械的な破裂、すなわち高温ラプチャが起こる可能性がある。そこで、各種試験により伝熱管材料の高温強度特性や反応ジェットの熱的特性等を明らかにし、クリープと延性による伝熱管の高温ラプチャ挙動を評価する解析手法を整備した。その検証を、蒸気発生器安全性総合試験装置で取得した水リーク率570〜2200g/sの実験データ(Run10、13、16、19)を用いて実施した。伝熱管の破損時間に関して、実験と解析を比較した結果を図5に示す。破損形態は、実験条件に依存してクリープかクリープを伴う延性破損に分類でき、何れも実験より早く(保守側に)破損を評価すること、また解析値は破線で示す和田らの理論値に漸近することが示された。
<図/表>
表1 FBR蒸気発生器の伝熱管損耗におけるリーク規模分類
表1  FBR蒸気発生器の伝熱管損耗におけるリーク規模分類
図1 蒸気発生器内における小リークとウェステージ現象
図1  蒸気発生器内における小リークとウェステージ現象
図2 伝熱管材9Cr鋼での水リーク率とセルフ・ウェステージ率との関係(微小リーク試験)
図2  伝熱管材9Cr鋼での水リーク率とセルフ・ウェステージ率との関係(微小リーク試験)
図3 各種伝熱管材料の耐ウェステージ性の比較(小リーク試験)
図3  各種伝熱管材料の耐ウェステージ性の比較(小リーク試験)
図4 12Cr鋼伝熱管の耐ウェステージ性(小リーク試験)
図4  12Cr鋼伝熱管の耐ウェステージ性(小リーク試験)
図5 高温ラプチャ破損時間の実験と解析の比較
図5  高温ラプチャ破損時間の実験と解析の比較

<関連タイトル>
ナトリウムの特性 (03-01-02-08)
ナトリウムの安全性(蒸気発生器および2次系ナトリウム) (03-01-03-05)
高速増殖炉の蒸気発生器 (03-01-02-11)
ナトリウム燃焼挙動に関する研究 (06-01-02-06)

<参考文献>
(1)科学技術庁:FBR広報素材資料集(1988年)
(2)田辺裕美ほか:FBR蒸気発生器の安全性研究、原子力工業、34(1)、p.69−76(1988)
(3)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉研究開発の現状(1990年)
(4)動燃事業団大洗工学センター:動力炉の実用化をめざして(1990年3月)
(5)大野修司ほか:ナトリウム漏洩燃焼に関する研究、動燃技報、No.92(1994年12月)
(6)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉研究開発の現状−平成6年、PNC TN1410 95−001(1995)
(7)下山一仁:12Cr鋼伝熱管材の耐ウェステージ特性、日本原子力学会2004年秋の大会予稿集、B25(2004年9月)
(8)浜田広次ほか:Na−水反応ジェットの影響を受けた伝熱管の破裂解析、日本原子力学会2004年秋の大会予稿集、B24(2004年9月)
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