<本文>
1.天然原子炉の発見の経緯
フランス原子力庁は、1972年9月に、「10数億年前の先史時代に、中央アフリカのガボン共和国の南東、フランスビル(
図1 参照)の近くにある露天掘りのオクロ・ウラン鉱床中に天然原子炉が作動していた証拠が発見された」と公表した。この発表によれば、この天然原子炉は、ウラン鉱床の中に自然に形成されたもので、
235 Uが約3%の同位体存在比を持つウランが存在していた頃の約20億年前に、同鉱床のウランが自然発生的に
連鎖反応 を起こした後、
235 Uの濃度が
臨界 の達成に必要な水準以下となったため自然に停止し、化石となったのではないかと推定されている。1972年以来、オクロ鉱床およびその近くで次々と「天然原子炉」が発見されたが、その他の地域のウラン鉱床からは発見されていないことから、天然原子炉は、「オクロ原子炉」とも呼ばれている。
天然原子炉発見の発端になったのは、フランスのピェールラットのウラン濃縮工場において、天然の組成に近いウラン同位体分析用の標準を作成中に
235 Uの同位体存在比の異常値が観測されたことである。1972年6月、ピェールラットのウラン濃縮工場の実験室で
235 Uの同位体存在比として0.7171a/oという値が観測された。この時まで観測されていた天然ウラン中の3つの
核種 234 U、
235 Uおよび
238 Uの同位体存在比は、それぞれ0.0054、0.720および99.25a/oであり、
235 Uの実測値の誤差は1/1,000以下であると考えられていた。新しく観測された
235 Uの同位体存在比は、従来の天然ウラン中の
235 Uの値の誤差範囲を超えるもので、この時は、この分析結果は汚染による事故として処理された。しかし、1週間後に同種の試料の分析した結果、前回よりも低い0.7088a/oという値が観測された。さらに調査を進めるに従って、天然ウランよりも
235 Uの濃度の低いウランがUF
6 とUF
4 の化学型で大量に存在することが判明した。このため、
235 Uの同位体存在比が少ないウランの存在原因についての調査が行われた。
原因として、(a)天然ウランと
劣化ウラン の混合、(b)天然ウランと
減損ウラン の混合の2つの可能性が検討された。(a)の可能性は、ピェールラットのウラン濃縮工場から出る劣化ウランの混入による汚染が考えられる。また、(b)の可能性は、粗製硝酸ウラニルからUF
4 を製造しているマルベジ工場において、
使用済燃料 を
再処理 して回収した減損ウランが、天然ウランから作られた硝酸ウラニル、あるいは、天然ウランから作られたUF
4 に混合し、汚染されたことが考えられる。これら2つの原因に対して徹底的に調査が行った結果、いずれの可能性も否定されたため、採掘されたウランそのものに原因が存在する可能性が検討された。
先のマルベジ工場における在庫と製品の流れを調査した結果、1972年5月9日の出荷分から
235 Uの同位体劣化が認められることが判明した。これに対応する原料のウランは、ガボン共和国からの粗製U
3 O
8 であることが判った。ピェールラット工場で、上記の事実をもとに、ガボン産出のウラン鉱物試料の同位体分析を実施したところ、
235 Uの同位体存在比が0.440a/oという低い値の試料が見出された。この鉱物試料は、オクロ鉱床で採掘された鉱物であった。この結果、汚染によると考えられてきた
235 Uの同位体存在比の劣化の原因は、天然起源のウランにあることが明らかになった。この異常現象を説明するため、天然に発生した原子炉を想定し、その可能性の検討が進められた。
2.天然原子炉の存在の証明(文献(5))
フランスのカダラッシュ研究センターでは、オクロから採取された2つの試料、OKLO/M(ウラン濃度:38.5%、
235 U同位体存在比:0.4400a/o)およびOKLO/310(ウラン濃度:14.9%、
235 U同位体存在比:0.592a/o)から希土類元素を化学的に分離し、さらに、これからNdを分離した。測定した
235 Uの同位体存在比とNdの同位体組成の結果を
表1 に示す。比較のため、天然ウラン中の
235 Uの同位体存在比と天然起源のNdの同位体組成の値および
235 Uの
核分裂 によるNdの同位体組成の値を
表1 に示した。この表から、オクロの2つの試料のNdの同位体組成は、天然および核分裂起源のNdの組成のいずれにも一致していないが、核分裂起源のNdの同位体組成に近い。
天然起源および核分裂起源のNdの同位体組成の最も顕著な相違は、天然に存在する
142 Ndが核分裂起源には存在しないことである。そこで、2つのOKLO試料から分離されたNdは、起源が異なる2つのNdの混合物と考えることができる。そこで、2つの試料のNdの同位体組成に対して、定量的に計算できる天然起源のNdの寄与分を差し引く補正を行った結果を比較すると、
表1 に示すように、
143 Ndと
144 Ndを除いて核分裂起源のNdの組成と良い一致を示している。しかし、不一致の2つの核種の和をとれば、OKLO/M、OKLO/310および核分裂起源のNdの同位体組成は、全く良い一致を示している。このことは、
143 Ndの
中性子 捕獲断面積が240barnという大きな値であり、連鎖反応の進行中に
143 Ndの中性子捕獲反応が進み、
143 Ndの原子数が減少し、同数の
144 Ndが生成したと考えれば理解できる。
この結果、オクロ鉱床から採取された2つの試料は、以前に核分裂連鎖反応を経験していたことが明らかとなった。このように、全く自然発生的に臨界に達し核分裂連鎖反応が持続する現象を
オクロ現象 といい、オクロ鉱床に天然原子炉が存在していたことを示している。
3.天然原子炉に関する研究(文献(1)、(2)、(4))
天然原子炉に関する研究は、フランスをはじめ多くの国の科学者により進められ、天然原子炉の発見、放出エネルギー、機能していた期間、原子炉の誕生した時期などに関して数多くの報告がされている。
天然原子炉は、1972年の最初の発見以来、1985年までにオクロ鉱床で12個が発見されている(
図2 参照)。これらは、No.1〜No.12ゾーンと呼ばれている。
オクロ天然原子炉のうちNo.1〜No.6までの原子炉ゾーン(
図3 参照)で放出された合計のエネルギーの計算値は、約6,000,000MWdあるいは16,500MW・yrである。この値は、現在の100万kW級の
原子力発電所 の原子炉5基を全出力で1年間運転したときに発生する熱エネルギーにほぼ等しい。
天然原子炉が機能していた期間は、約60万年間である(
表2 参照)。この計算では、一定の中性子束のもとで連鎖反応が持続していたとしているが、実際には反応は間欠的であった可能性がある。いずれにしても、この原子炉の放出エネルギーの総和から考えると、これらの原子炉は、非常に低い出力を維持していたと想像される。
天然原子炉の誕生した時期は、
235 Uの核分裂数から算出する方法と中性子を吸収した
235 Uのα崩壊により生成される
232 Thを利用して算出する方法を用いて計算された。いずれの方法によっても、天然原子炉は、今からおよそ20億年前に誕生したものと思われる。
オクロ鉱床以外の地にあるウラン鉱床で天然原子炉を探すため、オーストラリア、カナダ、ブラジル、ザイール、テキサスおよび南アフリカなどの鉱床について研究されたが、いずれの国のウラン鉱床も天然原子炉の存在が確認されていない。
天然原子炉がその機能を停止してから約20億年という長い時間が経過しており(
表3 参照)、その間に、自然環境の中で多くの地質学的あるいは地球化学的変化を受けてきた。この天然原子炉の中で生成された核分裂生成物や超ウラン元素が、どのような’ふるまい’をして、どんな状況になっているかを調べることは、高レベル放射性廃棄物の処理・処分の問題に対して貴重なデータとなることから、これらの研究も行われている。
天然原子炉の中で生成した
239 Puは、約93%が半減期24,100年をもつてα崩壊して
235 Uになり、5%が核分裂、残りの2%が中性子を吸収して
240 Puに変換されたものと考えられる。この
239 Puは、(a)オクロ鉱床から採掘されたウラン試料のイオン・マイクロアナライザによる観察結果、(b)天然ウラン中の
235 Uの同位体存在比よりも高い試料がオクロ鉱床から採掘されていないこと、(c)天然原子炉の炉心部分を横切る直線上の点の
235 Uの劣化とNd同位体の中性子捕獲から計算される中性子フルエンスとの間に非常によい相関が見られることの3つの事実から、オクロの条件下では移動しなかったと考えられる。また、核分裂生成物に関する研究結果を
表2 に示したが、Kr、Xeなどの希ガス元素、Rb、Csなどのアルカリ金属、Sr、Baなどのアルカリ土類金属は殆ど失われていないし、重金属のTh、Bi、U、Puなども散逸していない(
表4 参照)。
これらの研究の結果により、天然原子炉の化石は、約20億年前の非常に古い時期に持続した
核反応 によるものであるが、その状況をほぼ維持していると思われる。したがって、天然原子炉は、その保存状態が良好で、原子炉として機能していた当時のままの状態が保持されていたことが明らかになった。
<図/表>
表1 オクロ試料の同位体分析結果
表2 天然原子炉の機能していた期間
表3 原子炉の年齢の測定結果
表4 オクロ鉱床における超ウラン元素と核分裂生成物の移動
図1 ガボン共和国とオクロ
図2 オクロとオケロボンドのU鉱床における原子炉ゾーンの分布(1984年現在)
図3 オクロ原子炉跡
<参考文献>
(1) 藤井 勲:オクロ天然原子炉とその現状、日本原子力学会誌、27(4),304(1985)
(2) 藤井 勲:天然原子炉、東京大学出版部(1985年7月)
(3) 黒田和夫:17億年前の原子炉−核宇宙化学の最前線、講談社ブルーバックス(1988年)
(4) 山川稔:オクロ天然原子炉、原子力誌、35(11),978-984(1993)
(5) M.Neuilley et al.:Sur I’existence dans un passe recule d’une reaction en chaine naturelle de fissions,dans le resiment d'uranium d'OKLO(Gabon),Conpt.Rend.,Acad.Sci.Paris,t275,Serie D-1847(Oct.23.1972)