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1.気候変動問題
「気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Pannel on Climate Change)」は、1995年に発表した第2次評価報告書において、二酸化炭素を中心とした温室効果ガスの人為的排出が地球の放射平衡を変化させて深刻な気候変動を引き起こす可能性があり、そうした兆候がすでに現れ始めていることを指摘した。
これを受けて、1997年12月に京都で開催された「気候変動に関する国際連合枠組み条約(UNFCCC:United Nations Framework Convention on Climate Change)」第3回締約国会議(COP-3:The 3rd Conference of the Parties)では、2010年を目途とした先進諸国の排出削減目標を規定した議定書(京都議定書)が採択された。京都議定書の採択は温暖化対策の歴史的な第一歩と言えるが、UNFCCCの最終目標である温室効果ガスの大気中濃度を気候に危険な影響を及ぼさない水準に抑制するためには、今後排出量の増加を極力抑制するとともに、21世紀中には現在の水準以下にまで低下させる必要があるとされている。
温室効果ガスの中で気候変動に最も影響するのは、二酸化炭素であり、その人為的排出の大部分は、20世紀における先進諸国の豊かな生活を支える基盤となった化石燃料の消費によるものである。一方、21世紀には発展途上諸国の生活水準を向上させ、南北間の所得格差を縮める必要があるが、これによって世界のエネルギー消費が現在よりも大幅に増加する可能性がある。そこで、地球環境と調和しつつ持続可能な発展を行うために、今後のエネルギー利用のあり方に関する検討が世界レベルおよび一国レベルで行われている。
2.世界のエネルギー選択の検討
国際応用システム解析研究所(IIASA:International lnstitute for Applied Systems Analysis)と世界エネルギー会議(WEC:World Energy Conference)は、共同で世界の超長期エネルギーシナリオに関する検討を行った。IIASA-WECシナリオは3種類の基本シナリオ(A:高成長、B:中庸、C:エコロジー)からなる。Aは急速な技術革新と途上国の経済成長、Bは中庸の発展、Cは環境保全への強力な取り組み(CO2の排出量を2050年に50億トン、2100年に20億トンに低下)を前提としたものである。
前提条件として、世界人口は各シナリオ共通に2050年に101億人、2100年に117億人と想定された(図1)が、GDPは2100年に1990年の15倍(A)、10倍(B)、および11倍(C)、また、GDP当たり一次エネルギー供給量については、年率1%弱(A)、0.8%(B)、1.4%(C)の改善が想定された(表1-1)。
このように設定されたエネルギー需要を満足する供給シナリオが描かれた。この段階で、Aはさらに3種類(A1:クリーン化石燃料利用、A2:低質化石燃料利用、A3:バイオマス−原子力利用)、Cは2種類(C1:非原子力依存、C2:原子力依存)に分けられた。
上記6種類のエネルギー供給シナリオのうち、CO2排出量が安定化〜減少に向かうのはA3とC1、C2であり、A1、A2、およびBは来世紀を通して増加し続ける(図2-1)。その結果、CO2の大気中濃度はC1とC2では2100年以前に450ppmで安定化、A3では2100年に550ppm水準であるが、他のシナリオでは600〜750ppmに達する。しかし、シナリオCでも、2100年には1.5℃(不確実性の範囲1〜2.5℃)の気温上昇、30cm(同20〜50cm)の海面上昇が予想されるとしている。原子力利用の規模は、シナリオにしたがって図2−2に示す。
各シナリオのエネルギー構成(図3)をみると、高成長シナリオ(A1、A2、A3)では化石エネルギーの利用規模が大きく増加する。ただし、A3では、天然ガスへのシフトと原子力、自然エネルギーの拡大でCO2排出量を抑制している。
エコロジーシナリオ(C1、C2)では大幅な省エネルギーによって、エネルギー消費量自体がきわめて低く抑制されている。そして、21世紀後半からは自然エネルギーを本格的に利用し、CO2排出量の低減を実現している。ただし、このシナリオでも2050年までは化石エネルギーが全体の半分以上を占めている。
中庸の成長、技術革新を想定したシナリオBでは21世紀半ば以降、化石エネルギーの消費量が横這いに近くなり、原子力と自然エネルギーで需要の増加に対応している。ただし、発展途上国の一人当たりのエネルギー消費量が先進国の水準に近づいていくとして、2100年には世界のエネルギー消費量は現在の3倍以上(途上国では6倍以上)となるとしている。
IIASA-WECは、以上の検討を通じて、21世紀に強力に省エネルギーを進めても世界のエネルギー需要はかなり増加する可能性が強いこと、エネルギー資源よりは環境、資金、技術が発展の制約要因になること、CO2排出削減は全般的な大気汚染の軽減に役立つが、局地的汚染の克服には追加的対策が必要であること、気候変動問題の抜本的対策には技術革新が必要であり、早期から研究開発投資に努める必要があることなどの所見をまとめている。
3.日本のエネルギー選択に関する検討
日本原子力研究所(現、(独)日本原子力研究開発機構)は国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)・エネルギー技術システム分析計画(ETSAP)の下で日本のエネルギー選択に関する検討を行った。この分析では、ETSAPで共同開発されたMARKALモデルが使用され、2000年から2050年までの年平均成長率を約1.7%、また年率約1%の省エネルギー(GDP当たりエネルギー消費量の改善)を想定して、2050年に至るわが国のエネルギー需給シナリオを幾つか作成し、原子力、天然ガスなどによるCO2排出量の削減ポテンシャルと費用を検討した。
エネルギー需給シナリオとしては、表1-2に示すようにCO2対策の有無、原子力利用の有無、天然ガス利用可能規模を指標としてA〜Eの5種類を検討した。これら5種類のシナリオにおける一次エネルギー供給の構成とCO2排出量を図4に示した。
各シナリオのCO2排出量を比較すると、シナリオAでは石炭利用の増大によって、排出量が2050年までにほぼ倍増している。一方、Bでは省エネルギー、太陽・地熱などの自然エネルギーの利用、天然ガスの利用拡大を通じて排出量がAよりも大幅に低減される。しかし、このシナリオでも排出量は長期的に増加を続け、2030年以降は15億トン(CO2換算)を超える規模となる。ここで、LNG(Liquefied Natural Gas:液化天然ガス)の輸入可能量を無制限としたEでは、Bよりもさらに排出量が低減するが、2015年をピークとしてその後やや減少する程度であり、1990年レベルまで低下するには至っていない。
これに対して、原子力発電の拡大を想定したCでは、2025年以降、1990年レベル以下に排出量が低減されている。さらに、原子力の熱利用を考慮したDでは、2045年以降10億トン(CO2換算)以下のレベルに排出量が低減する。部門別にみると、原子力発電の拡大によって単に発電部門の排出量を減らせるだけでなく、発電コストの低下を通じて輸送部門での電気自動車の導入が促され、輸送部門の排出量も削減できると分析されている。
4.今後の課題
21世紀におけるエネルギー選択の検討はまだ緒についたばかりである。エネルギー、経済、環境を巡る問題への対応には無数に近い要素の相互関係の中で適切な戦略を見いだすことが求められており、具体的な政策決定に十分役立つ成果を得るためには、分析の手法とデータをさらに改善する必要がある。一方で、この問題に対する適切な政策の立案と社会的合意の形成はますます重要な課題となりつつあり、今後の研究の発展が望まれている。<図/表>
<参考文献>
(1) Watson,R. T.,Zinyowera,M. C.,Moss,R. H.(Editors): Climate Change 1995 - Impacts,Adaptations and Mitigation of Climate Change:Scientific-Technical Analyses (Contribution of Working Group II to the 2nd Assessment Report of the IPCC,Cambridge University Press (1996).
(2) Nakicenovic,N.,Grubler,A.,McDonald,A.(Editors): Global Energy Perspective, Cambridge University Press (1996).
(3) 佐藤 治、下田 誠、立松 研二、田所 啓弘:「我が国における二酸化炭素削減戦略と原子力の役割」 JAERI-Research 99-015(1999).
(4) IIASAホームページ(http://www.iiasa.ac.at)
(5) 佐藤 治:長期エネルギー需給シナリオの検討事例について(平成16年8月11日)新計画策定会議(第5回)資料第2号