<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 表1に、主な地球環境問題国際会議の年表を示す。
 1989年3月10、11日、フランス、オランダ、ノルウェー三か国首相が主宰しハーグで開催された「地球大気に関する首脳会議」と1989年11月、ノールトヴェイクで開催され、地球温暖化防止を討議した「大気汚染と気候変動に関する閣僚会議」は、温室効果ガスの排出量凍結を議論し、政治宣言をだした。この白熱した会議は地球温暖化防止対策に第一歩を踏み出す画期的な会議となった。
<更新年月>
1997年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
<ハーグ宣言>
 表1に、主な地球環境問題国際会議の年表を示す。
 1989年3月10、11日、フランス、オランダ、ノルウェー三か国首相が主宰しオランダのハーグで開催された「地球大気に関する首脳会議」で採択された政治宣言で、会議には、24カ国の首脳が集まった。日本からは当時の環境庁長官が代理出席した。主として地球温暖化問題に対する国際的な対策の在り方が議論された。
 宣言では、a.地球温暖化対策に実行力のある決定のできる国際的なオーソリティを作ること、b.オーソリティが基準の設定、各国の適合状況を判定する業務を実施すること、c.途上国に生じる特別の負担を援助する仕組み整備、の必要性を指摘し、基本的な条約制定に向け努力することを申し合わせた。
 この会議にはイギリス、アメリカが出席しなかったことと議論の一致を得られない点がいくつかあったが、条約の必要性と地球温暖化対策ではこれまでの延長線上の対策では不十分なことを指摘したものである。
<ノールトヴェイク宣言>
 1989年11月オランダのノールトヴェイクで開催された「大気汚染と気候変動に関する環境大臣会議」で採択された政治宣言である。同宣言は、先進工業国の炭酸ガス排出量(世界の75%を占める)を2000年までに一定水準に凍結するなど、地球温暖化をもたらす温室効果ガスの排出規制に基本的合意を見たものである。
 また、大気中のCO2の吸収源であり、土壌の悪化・砂漠化の防止にも役立つ森林の保護を重視しており、21世紀初頭には、世界的に年間1200万ヘクタールの森林の純増加を暫定目標とする考えを打ち出した。
 さらに、1990年秋には交渉を開始することになっている温暖化防止のための枠組み条約について、可能なら91年、遅くとも92年の国連環境開発会議までに採択できるよう最善を尽くすことをうたうなど地球環境保全のために意義の大きいものとなった。
 しかし、後で述べるようにこの規制は経済に多大な影響を与えるものだけに、温暖化による被害への危機感の違いから、規制をめぐり積極派(オランダなど北欧諸国)と消極派(日米など)で意見の食い違いがみられた。このため具体化への課程で解決すべき問題も残された。
「宣言の要旨」
<炭酸ガス>
 世界経済の安定的な発展を進めながら、炭酸ガスをモントリオール議定書に規定されていない他の温室効果ガスの排出安定化(凍結)が望ましいことを認める。
 先進工業国はこのような安定化ができるだけすみやかに「気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)」と第2回世界気候会議が定めた年の水準に基づいて達成すべきことを合意する。
 多くの先進工業国はこのような安定化が遅くとも2000年までに達成されるべきであることを合意する。
<フロン>
 モントリオール議定書を修正して2000年までに特定フロンを全廃するという先進工業国の確約を歓迎する。本会議ではさらに先進工業国に対して発展途上国がこれらの物質を可能な限り早く全廃できるように財政的およびその他の手段で協力することを求める。<その他の温室効果ガス>
 メタンなどの、炭酸ガスとフロン以外の温室効果ガスの濃度増大を制限するための手段の開発・改良は発展途上国の事情を考慮しながら、精力的に実行されるべきである。
<森林>
 森林の伐採と森林資源の健全な管理との間で地球規模でバランスが保てるように努力することで合意する。さらに本会議は「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に対して、21世紀初頭に年間1200万ヘクタールずつの森林面積の純増加が可能かどうかの検討を要請する。
<基金>
 多国間開発銀行や二国間の援助プログラム、それに相当する国連の組織など既存の開発と財政援助のための機関は気候変動問題に関して、環境保護計画への資金を拡充する形で、より多くの注意を払うべきであることを勧告する。また新しい国際基金の創設など資金援助のための新しい仕組みの必要性についてもさらに考慮されるべきである。
「会議の背景」
 1989年3月のハーグ会議では、17か国の首脳が招待されたが、この中にアメリカ、ソ連、中国は含まれておらず、イギリスもボイコットした。
 半年後の会議でも、炭酸ガス排出規制の目標設定をめぐって各国の対応が二つに分かれた。目標設定で終始牽引役となったのはオランダだが、目標設定に抵抗したのは米国、日本、ソ連、英国である。
 先進工業国のCO2排出規制をめぐっては、「2000年以前に、第2回世界気候会議で合意される年のレベルとする」との当初の妥協案の幅をさらに広げ、
 (1)凍結レベルについて「IPCCでの検討重視」を求めた日本、米国、ソ連、英国の主張を入れて、IPCC中間報告を待って決定する。
 (2)凍結の達成時期を「遅くとも2000年まで」とすることについて、「多くの先進工業国の見解による」として、合意しない国の立場を容認する。
の2つの妥協が、宣言文の取りまとめを可能にした。
その後、地球サミットにおけるリオ宣言となってこの宣言の精神は継承され、国際的な行動計画として実施されつつある。
<図/表>
表1 主な地球環境問題国際会議
表1  主な地球環境問題国際会議

<参考文献>
(1) 環境庁地球環境部編:改訂地球環境キーワード事典、中央法規出版(株)(平成8年2月)
(2) 資源エネルギー庁監修:97・98資源エネルギー年鑑、通算資料調査会(平成9年2月)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ