<本文>
1. クルスコ原子力発電所の概要
スロベニアには、米国ウェスチングハウス(WH)社製のPWRであるクルスコ原子力発電所(KRSKO)が1基稼動している(
図1参照)。発電所はスロベニアの首都リュブリャナの東方90km、隣国クロアチアの国境近いサバ川沿いで、クロアチアの首都ザグレブの西北西36kmにある(
図2参照)。クルスコ原子力発電所は、建設から運転にわたり、中東欧諸国で初めて一貫した欧米型の方針で運営されてきた原子力発電所である。
なお、建設は旧ユーゴスラビア連邦時代の1974年8月で、1981年9月に臨界を達成、1983年1月から商業運転を始めている。ユーゴスラビア連邦はマケドニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、スロベニア、モンテネグロから構成される連邦国家で、当時ユーゴスラビアのチトー大統領はクロアチアとスロベニアの電力需要を鑑み、国内で賄われるウラニウムを利用して原子力発電開発を試みたものであった。しかし、ユーゴスラビアは民族紛争のため、1990年1月に多くの共和国に分裂。スロベニアは1991年6月に独立を宣言し、1992年にはEU各国等から承認され、独立国家となった。クルスコ原子力発電所の建設に際しては、スロベニア電力とクロアチア電力両者が発注者としてWHと建設契約を結んだことから、両国間で発電所の帰属が争われた。
現在、クルスコ原子力発電所は2001年12月の合意に従い、スロベニア電力(2006年にEles−GenからGen Energijaに社名変更)とクロアチア電力(HEP)両者が50%ずつ株式を保有する共同所有体制にあり、発電した電力は両国に半分ずつ供給されている。クルスコ原子力発電所に続く発電所に関しては、旧ユーゴスラビア連邦時代にクロアチアのプレブラカ(ザグレブの東南東約30km)での建設が計画されたが、1989年に中断されている。
ちなみに、スロベニアは古くから先進工業地域であり、独立後、経済の市場化と西欧諸国との経済関係強化に力を注ぎ、2004年5月にEUへ加盟した。2007年1月にはユーロを導入、2010年7月にOECDに加盟している。面積は四国とほぼ同程度の2万273km
2で、人口は約206.3万人である。2014年時点のGDPは371.1億ユーロ、経済成長率は2.6%、失業率は9.7%で、中・東欧諸国の中では高水準にある。
一方、クロアチアは面積5万6594km
2(九州とほぼ同じ)、人口約428.5万人を擁する。エネルギー・鉱物資源の自給率は天然ガスが60−70%、原油が20−25%である。2014年時点のGDPは572億ドル、経済成長率は−0.4%、失業率は17.3%で、2013年からEUへ加盟している。
2. クルスコ原子力発電所の帰属を巡るスロベニアとクロアチアとの関係
1983年に営業運転を開始したクルスコ発電所はスロベニアとクロアチアとの国境付近に立地していることから、1991年6月のユーゴスラビア連邦崩壊後、発電所の帰属を巡り両国間で争いが続いた。1998年7月にはEU加盟を目指したスロベニア側が電力の自由化(公共事業への転換)とクロアチアへの送電停止を決定したことから、クロアチアの投資資金の回収訴訟に発展するなど、関係は一時非常に悪化した。その後両政府は、クルスコ発電所を共同所有することで合意し、2001年12月に正式に文書が交わされた。この文書により、(1)同発電所の所有権は両国にある、(2)同発電所で発電された電力の半分はクロアチアに供給される、(3)同発電所の運転会社はクロアチア国民も雇用する義務がある、(4)デコミッショニング基金は両国で手当てする、(5)放射性廃棄物の処分方法は同発電所を閉鎖してから決定する、(6)運転会社の民営化を行う、等が正式に確認された。
3. クルスコ原子力発電所の出力増強、寿命延長および安全性の強化対策
クルスコ発電所の2014年の発電電力量は60億kWh、スロベニアの総電力に占める原子力の割合は37.2%で、順調に稼動している。なお、2012年のスロベニア総発電電力量は157億kWh(そのうち原子力は55億kWh)、9億から21億kWhの電力がクロアチアとイタリアに送電された。これはクロアチア総発電電力量の15%に相当した。スロベニアのその他の主な発電構成は、石炭が51億kWhと水力が41億kWhであった(2012年、
表1参照)。
1996年1月、クルスコ原子力発電は短期的な電力需要の伸びに対応するため、蒸気発生器の交換による出力増強と運転寿命延長プログラムが計画された。発電所の所有者であるNEK(Nuklerana elektrarna Krsko)はドイツ・シーメンス社とフランス・フラマトム社によるコンソーシアムに蒸気発生器を発注し、工事は2001年に終了した。これにより、クルスコ原子力発電所の電気出力は6%増加して、66.4万kWから70.7万kWに、その後3%アップして72.7万kWに増加、運転寿命も40年の設計寿命である2023年までの運転が可能になった。
図3にクルスコ発電所の発電電力量の推移を示す。さらに、2009年にはGEN Energija社とHEP社との間で運転延長の合意がなされ、2015年に政府は20年運転を延長する計画を発表している。また、廃止措置計画も1995年から基金を設立するなどスロベニア原子力安全委員会(SNSA:Slovenian Nuclear Safety Administration)の法規制のもとで進められている。
ただし、クルスコ発電所が地震多発地帯にあり、かつ近くのサバ川の氾濫による冷却水取水口のトラブルがあること、発電所の経年劣化などが確認されることから、隣国オーストラリアは安全性に疑問をなげかけている。発電所側もシビアアクシデント対策として、ドライフィルター方式の通気システムや水素制御システムを採用し、2012年11月にはWH社の受動的安全性機能の導入が図られている。
4. 新規原子力建設計画
2007年5月、スロベニア政府は2025年までのエネルギー計画を発表し、クルスコ原子力発電所2号機の建設を示唆した。総出力は110〜160万kW、スロベニア独自の所有となる見込みで、GEN Energija社は2010年1月に経済省にJEK2計画案を提出、2011年にスロベニア議会で承認を得た。一方クロアチア側も国内供給電力の約20%をクルスコ原子力発電所に頼っていることから、自国での原子力発電所建設計画も浮上している。
5. 放射性廃棄物の処理・処分
5.1 クルスコ原子力発電所で発生した放射性廃棄物
クルスコ原子力発電所の運転に伴い発生した使用済燃料と低・中レベル放射性廃棄物については、発電所内で中間貯蔵している(
図4および
図5参照)。低・中レベル放射性廃棄物は圧縮、乾燥、焼却などの減容対策がとられ、固体廃棄物はドラム缶に収容されている。使用済燃料を保管するプールはリラッキング(貯蔵場所の再配置)により収容能力を拡大したが、ドライキャスクに保管する方針である。
5.2 発電所以外で発生した放射性廃棄物
スロベニアは、研究炉や非原子力ユーザーからの低・中レベル固体放射性廃棄物のための中央貯蔵施設、デコミッショニング中のウラン鉱山や製錬所などを有している。これらで発生する低・中レベル放射性廃棄物は、ジョセフ・ステファン原子炉研究センター(Josef Stefan Institute Reactor Centre;IJS Reactor Centre)の敷地内にある
中間貯蔵施設に保管されている。この施設は1984年に建設を開始し、1986年から稼働している。施設は1999年にIJS原子炉研究センターから放射性廃棄物管理局(ARAO)に移管されている。
IJS原子炉研究センターはスロベニアの首都リュブリャナ(Ljubjana)近郊に位置し(
図2参照)、1966年から原子炉研究・放射性同位体の製造・教育・運転訓練等に使用されるTRIGAマークII型研究炉(熱出力250kW)を有している(
図6参照)。また、ジロブスキブ・ラウラン鉱山(Zirovski Vrh)と製錬所(
図2参照)は、1985年から1990年まで操業され、452.5トンのイエローケーキを生産した。鉱山は1992年に経済的な理由から閉鎖され、政府決定をうけ、デコミッショニング工事とサイト修復工事が進められている。
5.3 低・中レベル放射性廃棄物の最終処分サイト
スロベニアの放射性廃棄物に関しては放射性廃棄物管理局(ARAO)が全ての責任を負っている。
図7にARAOの組織構成図を示す。低・中レベル放射性廃棄物(LILW)の貯蔵量は、貯蔵容量の90%まで達しており、2017年には満杯となる見込みであることから、ARAOはクロアチアのパートナー機関と協力して新たに処分サイトの選定を進め、2014年7月にLILW埋設処分場の建設計画に対する投資プログラムを承認した。LILW処分サイトはクルスコ原子力発電所に隣接したエリアで、処分能力9400m
3を擁し、建設許可はARAOが2017年までに取得し、2年間の建設期間を経て、2020年には試験操業にこぎ着ける方針である。なお、処分場周囲半径1.5km以内の住民に対しては毎年500ユーロ(約65,000円/年)を支払うこと、毎年800万ユーロ(約10億円/年)程度を福祉関連事業や社会問題に支出することとなっている。
また、法令規則に関しては、2002年7月に「電離放射線防護と原子力安全にかかわる法令」を制定したことで、EU規則や国際基準と同等の水準を維持できるようになっている。また、この法令によりスロベニア原子力安全機構(SNSA:Slovenian Nuclear Safety Administration)が設置され、原子力安全と放射線防護に関する全ての責務が委ねられることになった。
(前回更新:2005年1月)
<図/表>
<関連タイトル>
世界の原子力発電の動向・東欧州(2005年) (01-07-05-10)
世界の原子力発電の動向・東欧州(2011年) (01-07-05-21)
<参考文献>
(1)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑2015年版、(1998年10月)、スロベニア
(2)(社)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向2015年版、(2015年4月)
(3)藤井 晴雄、森島 淳好(編著):詳細原子力発電プラントデータブック
1994年版、日本原子力情報センター、(1994年8月)p.94、746、772
(4)国際エネルギー機関(IEA):スロベニアおよびクロアチア、
http://www.iea.org/statistics/
(5)米国エネルギー情報局(EIA)
(6)クルスコ原子力発電会社(NEK):
http://www.nek.si/en/
(7)スロベニア環境・空間計画省・スロベニア原子力安全管理局:
http://www.ursjv.gov.si/en/nuclear_and_radiation_facilities/、
http://www.ursjv.gov.si/en/nuclear_and_radiation_facilities/nuclear_power_plant/
(8)スロベニア環境・空間計画省・スロベニア原子力安全管理局報告書:Fifth
Slovenian Report under the Joint Convention on the Safety of Spent Fuel
Management and on the Safety of Radioactive Waste Management、2014年
10月、
http://www.ursjv.gov.si/fileadmin/ujv.gov.si/pageuploads/si/Porocila/NacionalnaPorocila/5_NP_SKRAO.pdf
(9)スロベニア環境・空間計画省・スロベニア原子力安全管理局HP:RESEARCH
REACTOR TRIGA MARK II WITH HOT、CELL、
http://www.ursjv.gov.si/en/nuclear_and_radiation_facilities/research_reactor_triga_mark_ii_with_hot_cell/
(10)放射性廃棄物管理機関(ARAO):Annual Report 2013(pdf)、
http://www.arao.si/uploads/datoteke/ARAO%20celo%20ANNUAL%202014.pdf
(11)放射性廃棄物管理機関(ARAO):LILWデータ、
http://www.arao.si/lilw-data
(12)放射性廃棄物管理機関(ARAO):
http://www.ursjv.gov.si/fileadmin/ujv.gov.si/pageuploads/si/Porocila/LetnaPorocila/2014/Annual_report.pdf
(13)IAEA:PRIS発電炉情報HP