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1.わが国の知的財産権をとりまく状況とその背景
知的財産権制度とは、人間の幅広い創造活動の成果について、その創造者に権利保護を与えることで産業の発展を図ることを目的とした制度である。知的財産権という言葉には特許権、実用新案権、意匠権、回路配置利用権、種苗法に基づく育成者権、商標権、商号権、著作権、及び著作隣接権などが含まれるが、一般に科学技術の研究開発や成果の技術移転において対象になる知的財産権は、特許権や実用新案権といった産業財産権(工業所有権)である。
知的財産権をめぐるわが国の昨今の状況としては、2001年4月の第2期科学技術基本計画においてその重要政策として、「知的財産権の適切な保護を含めた科学技術振興基盤の整備」が不可欠とされた。2002年1月には内閣総理大臣主導のもと「知的財産戦略会議」が設置され、2002年7月に「知的財産戦略大綱」の制定、続いて11月には「知的財産基本法」が制定されている。
「知的財産戦略大綱」においては、「知的財産の創造のより一層の推進と、その適切な保護・活用により、知的財産立国の実現」を目指すことが示されており、国家戦略としての知的財産重視の姿勢を明確にしている。
これらの状況の背景には、(1)長引く厳しい経済環境を打開するためには、わが国産業の国際競争力を高め経済・社会全体を活性化する必要があり、そのためにはわが国を科学技術や文化に対する創造性にあふれ、その成果が産業の発展と国民生活の向上へつながっていく経済・社会システムを有する国家の実現の必要性、(2)現代の情報通信技術の急速かつ高度な発達によって顕在化した、中国製品の知的財産権侵害に代表される模倣や無断複製といった問題を防止するために知的財産権の適正な保護の対応策を講じることの必要性、(3)1980年代の米国の「プロパテント政策」(特許重視政策)の成功に範をとり、1990年半ばから開始された日本の特許重視政策をより総合的なものとして加速させることへの産業界からの要請、という以上3つの状況がある。
また、知的財産戦略会議の設置に先立つ1998年5月に、大学等の研究機関の研究開発成果をTLO(Technology Licensing Organization、技術移転機関)を介して民間事業者へ効率的に技術移転することを目的とした「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」(
TLO法)が制定されている。
2.原子力研究開発における知的財産権
研究開発により創出された成果を事業化するには、その知的財産が特許権等の権利として確保されていることが必須であり、またその権利範囲はなるべく広く、強固なものでなければならない。そのため研究開発には知的財産戦略が必要となる。
知的財産戦略の実現のため、各地の大学や国の研究機関には、知的財産業務の専門機関であるTLOが次々に設置され、知的財産の創出促進、ライセンス等による知的財産の活用等の業務に当たっている。
原子力研究開発は、物理学、原子核工学、電気・電子工学、機械工学、化学工学、システム工学、品質工学、計算科学などの幅広い基礎研究から応用技術開発にわたるものであり、その研究開発から創出される成果は、わが国産業の国際競争力の強化に広く結びついており、適切に知的財産権化し権利保護する必要がある。なかでも、
放射線利用研究や加速器等の先端的科学研究分野については、多様な応用ニーズが見込まれており、原子力以外への一般産業界への技術移転も視野に入れた研究開発や知的財産権化を行うことが重要である。
3.先端原子力分野における知的財産権の活用事例
(1)タンパク質の立体構造を決定することは、難病の治療、創薬、植物の改良等に利用できるものとして期待されている。しかし、タンパク質の構成元素のうち、生体物質の主要構成物質であり構造生物学上極めて重要な元素である水素の位置を決定することが従来技術である
X線を用いた構造解析法(X線回折法)では困難であった。
日本原子力研究所(原研(現日本原子力研究開発機構))は、X線では観察しにくい水素原子が
中性子では良く捉えられることに着目し、タンパク質の水素配列を中性子を利用する方法(中性子回折法)を用いて観測する装置を開発し、特許化した。
さらに、中性子回折法で必要となる大型タンパク質結晶を高精度・低コストで育成できる装置を開発することに成功し、特許出願した。今後は、大型タンパク質結晶の量産に取り組み、X線構造解析や中性子構造解析などの基礎科学への応用以外でも医薬開発や材料開発の分野で事業化していくことを目指している。
この研究過程では、大学や他の研究機関等からライフサイエンス分野の研究者が研究活動に加わっており、原研(現日本原子力研究開発機構)での特許をさらに発展させた新たな知的財産権を創出する芽が着実に生まれている。
(2)放射線を高分子に
照射すると他の分子が結合しやすくなるという性質を持つことを活用して、原研(現日本原子力研究開発機構)は高分子に放射線を照射して別の分子を枝のように重合反応させる放射線グラフト重合法の研究開発を行っている。この方法では既存の形状の素材に、その物理特性を損なうことなく、さまざまな性質を付与することができる。放射線グラフト重合法は、高機能材料の創製技術として優れている。
原研(現日本原子力研究開発機構)は、この研究成果を基に既存の粒子除去フィルター素材に抗菌・脱臭機能を加えた高性能空気浄化材料の開発に成功した。この特許による様々な消臭製品を販売する目的で、原研(現日本原子力研究開発機構)初のベンチャー企業が立ち上がった。
4.今後の展望
原研と核燃料サイクル開発機構(当時)の原子力研究開発二法人の統合に向け、2003年9月に制定された「原子力二法人の統合に関する報告書」(原子力二法人統合準備会議作成)では、「開発段階から産業界等その成果の利用者との連携を密にして研究開発を実施するとともに、実用化の見通しが得られた研究開発成果については、積極的かつ円滑に民間へ技術及び人材を移転」することが必要であるとされている。
今まで述べてきたように、技術移転には研究開発成果の適切な知的財産権化が重要であり、そのためには二法人統合の報告書のいうような、研究開発段階からの研究開発機関と産業界とのこれまで以上の密な連携が必要不可欠である。
また、知的財産権の創出促進という面においても、基礎研究や応用研究といったそれぞれの役割に応じた原子力研究新法人・大学・産業界との産学連携を積極的に行い、限られた人的・資金的研究資源を有効活用することが重要である。
知的財産権の活用と知的財産権の創出という両面で、わが国の原子力界全体を見渡した知的財産戦略と産学連携の強化が期待されている。
<関連タイトル>
環境浄化材料の開発と実用化 (08-03-03-03)
中性子イメージングプレートとその応用 (08-04-01-02)
技術士制度に新設された原子力・放射線部門 (10-07-05-01)
原子力知識マネジメントの現状 (10-07-05-03)
<参考文献>
(1)知的財産戦略会議:知的財産戦略大綱、内閣府(2002年7月)、
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki/kettei/020703taikou.html、p.1
(2)原子力二法人統合準備会議:「原子力二法人の統合に関する報告書」、文部科学省(2003年9月)、
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/001/toushin/03091901.htm、p.17