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<概要>
 原子力知識マネジメント(Nuclear Knowledge Management: NKM)は、経営学における知識マネジメントの考え方と手法を原子力に特化させた学問領域である。データベースの蓄積・管理の流れである情報マネジメントと近縁であるが、決定的な違いがある。知識マネジメントには、対象となる物事をいかに理解し認識したかが重要であるが、情報マネジメントにおいてはそれが問われない。
 原子力知識マネジメントに含まれる主要な項目は、専門知識・技術の保存と伝承、暗黙知(tacit knowledge)の伝承、知財管理、原子力技術者の教育などであるが、その要諦は必ずしも明確になっていない。いわゆる2007年問題との関係で、2004年の国際原子力機関(IAEA)総会で、同機関に原子力知識マネジメント(NKM)担当課が創設され、NKMに関する活動が強化されてきている。また、これとは別にNKMを専門に取り扱う学術誌(International Journal of Nuclear Knowledge Management)も2004年に創刊されている。
<更新年月>
2006年09月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 知識マネジメントの学者スノーデン(D. Snowden)は、「知識マネジメント」を、次のように定義している。
 「知識のマネジメントとは、知的財産(intellectual assets)を見いだし、最適化をはかりつつ、実際に管理していくことである。知識は、時には外部化され保持されている形式知(explicit knowledge)の形態をとり、時には個々人や社会で共有され保存されている暗黙知(tacit knowledge)の形態をとる(D. Snowden,1998)。」
 また、IAEAのエルバラダイ事務局長は「原子力知識マネジメント」に関連して、次のように述べている。
 「世界の発展にはエネルギーが欠かせない。また、同時に温室効果ガスの排出は抑制しなければならない。これら二つの要求を同時に満たすシステムとして、原子力が大きな可能性を持っていることはいうまでもない。 ・・・中略・・・ 当然のことながら、そのような原子力のポテンシャルを現実に役立たせるには、適切な人材を今後も確保していくことが必要である。これから先数十年間に原子力の需要が拡大するか否かに関わらず、既存の設備の安全運転や廃止措置においては、原子力分野の科学技術能力を維持し、明らかに優位である原子力を利用し続けることが欠かせない。原子力知識マネジメントには、以下のことが盛り込まれる。1)原子力従事者の後継者の育成、2)安全確保における過去の成功事例を巧く適用していくこと、そして、3)過去60年間に積み上げてきた原子力知識を活かしていくことである。」(モハメッド・エルバラダイ国際原子力機関(IAEA)事務局長、ノーベル平和賞(2003年 IAEA第47回通常総会での演説の抜粋))
 知識マネジメントはスノーデンの指摘にあるように、そもそも形式知(明示知)や暗黙知のマネジメントに礎をおく。とりわけ、人間の知的な創造・生産活動における暗黙知の重要性は、マイケル・ポラニーによって最初に指摘された(『暗黙知の次元』(1966))。暗黙知とは、それを保持する個人の勘や直観、個人的洞察、経験や認識に基づく知のことで、言語、数式、図表などの表象的手法で表現できない主観的ないしは身体的なものである。
 暗黙知は、野中郁次郎らによってより実践的にとらえられるようになった。それはSECIモデルと呼ばれ、暗黙知と形式知の相互変換や暗黙知の共有の可能性を説き実例を提示したことから広く知られるようになった(『知識創造企業』(1995))。
 その主眼は、主に暗黙知を明示化し形式知に変換することによって、知識の明確化と共有化をはかり、作業の効率化や新発見を容易にしようとすることにある。野中らの指摘する4つのプロセスとは、
1)共同化(socialization)・・・暗黙知から暗黙知へ
2)表出化(externalization) ・・・暗黙知の明示化による形式知の獲得−暗黙知を明確なコンセプトに表す
3)連結化(combination) ・・・形式知の組み合わせによる新たな知の創造
4)内面化(internalization) ・・・形式知を暗黙知へ内面化−行動による学習と密接に関係している
である。
 野中らの主張に対しては、次のような批判がある。すなわち、暗黙知の明示化には多大な困難が伴いながらも、共有化された知識は余り役立たない常識的なものが多く、実際に欲しい熟練者の技能や知識は掘り出せないことが多い。
 原子力研究開発の現場では、技術革新のサイクルが数十年以上と長いこと、また差し迫った課題として2007年に予想される多数の技能熟練者の退職という事態をいかに乗り切るかが重要視されている。
 また、原子力知識マネジメントの今後の展開においては、知識マネジメントの有用性と限界を認識した上で、原子力固有の側面をとりいれる必要がある。それは、エルバラダイの指摘にあるように、安全確保や規制に知識マネジメントの手法をうまく活かせないかということである。ここには、単なる知識マネジメントに加えて組織論や統治論が入ってくるのである。
 原子力に関わる知識と技術の創造と伝承においては、そのサイクルが長いことから必然的に生じる人材枯渇問題などの危機意識がすでに広く共有されている。ここに、どのような考え方と方法論で「原子力知識」を管理・共有していけば良いのであろうかという予防保全的な研究がいま世界で始まりつつある。これが、「原子力知識マネジメント」と呼ばれる研究分野の現状である。わが国でも原子力知識マネジメントに関する議論がようやく始まったばかりである。
<関連タイトル>
技術士制度に新設された原子力・放射線部門 (10-07-05-01)
原子力分野における知的財産権 (10-07-05-02)

<参考文献>
(1)D. Snowden:“A framework for creating a sustainable programme,” IBM Real Business Guide on Knowledge Management (1998).
(2)M. Polany:“Tacit dimension,”(1966). 邦訳「暗黙知の次元−言語から非言語へ−」、筑摩書房、(1980)
(3)I. Nonaka and H. Takeuchi:“The knowledge-creating company,”(1995). 邦訳「知識創造企業」、東洋経済社(1996)
(4)柳澤、米澤、澤田:「原子力知識マネジメントとはなにか?−その現状と課題−」日本原子力学会誌、Vol. 48、No.2、pp.113−118 (2006).
(5)A. Maisseu:原子力知識マネジメント:21世紀の課題、日本原子力学会誌、Vol. 48、 No.5、323-326 (2006)
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