<大項目> 原子力の行政・制度・政策
<中項目> 世論・訴訟
<小項目> 訴訟関係情報
<タイトル>
四国電力伊方1号炉訴訟の経緯 (10-05-02-01)

<概要>
 本訴訟は、四国電力(株)伊方発電所1号炉の原子炉設置許可処分(昭和47年11月)の取消しを求めた行政訴訟(昭和48年8月提訴)である。松山地方裁判所における第一審判決(昭和53年4月)は請求棄却、高松高等裁判所における控訴審判決(昭和59年12月)は控訴棄却であり、いずれも国側の勝訴となっている。最高裁判所においても、上告棄却の判決(平成4年10月)により国側勝訴が確定した。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 本訴訟は、伊方発電所1号炉(四国電力(株)PWR 56.6万kW)の設置に際して内閣総理大臣が行った原子炉等規制法23条に基づく原子炉設置許可処分(昭和47年11月29日)に対し、周辺住民35名が許可処分の取消しを求めて内閣総理大臣を被告として昭和48年8月27日に松山地方裁判所に提訴した行政訴訟であり、原子力発電に関する行政訴訟としては、我が国で最初のものである。
 訴訟提起後4年余にわたり松山地方裁判所において審理が行われ(口頭弁論36回、現地検証2回)、昭和53年4月25日に第一審判決がなされ、原告らの請求は棄却された。第一審における争点としては、原告適格等の法律上の争点ならびに圧力バウンダリの健全性、ECCSの有効性、立地条件、平常運転時の被曝低減対策等の技術上の争点があり、第一審判決では、原告適格を認めた他は、国側の主張をほぼ全面的に認容した。
 原告らは第一審判決を不服として、昭和53年4月30日高松高等裁判所に控訴した。その後昭和54年3月28日、米国においてTMI事故が発生し、控訴審ではTMI事故が本件安全審査の合理性を左右するかどうかを中心に、22回にわたる口頭弁論が開かれた。なお、原子炉等規制法改正に伴い、昭和54年1月に被控訴人が内閣総理大臣から通商産業大臣(現経済産業大臣)に変更されている。
 昭和59年12月14日の控訴審判決は、第一審判決を支持し、また、TMI事故についても、その原因は主に運転管理に属するものであり、本件設置許可に際しての安全審査の合理性に影響を及ぼさないとし、原告らの主張を退けた。
 その後、原告らは控訴審判決を不服として、昭和59年12月27日最高裁判所に上告し、平成4年10月29日の判決において上告棄却が言い渡された。
<関連タイトル>
日本の原子力発電所の分布地図(2001年) (02-05-01-05)
発電用原子炉の安全規制の概要(原子力規制委員会発足まで) (11-02-01-01)

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