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<概要>
 基礎科学の研究評価に当たっては、「ピア・レヴュー」の手法が世界的に確立されている。一方、応用研究や開発研究においては、費用対投資効果の分析など、経済的側面からの評価が行われている。最近では、基礎科学の研究評価に当たっても、「ピア・レヴュー」にとどまらず、社会経済的な観点からの評価も実施し、説明責任を果たすべきとの声が高まっている。しかし、貨幣価値で評価する投資判断的評価は困難なものがあるというのが、大方の見方である。このため、基礎科学研究の社会経済的貢献を、(1)有用な知識のストックを増加させること、(2)技能を持った学卒者を育成すること、(3)新しい科学施設を建設すること及び新しい実験、実証等に結びつく機器、方式を作り出すこと、(4)ネットワークを形成し、社会的な相互交流を刺激、促進すること、(5)科学技術上の問題の解決能力を高めること、(6)新しい企業を設立すること、として捉え、これらを定量的に把握するものとして計量文献学の手法等が試みられている。
<更新年月>
2004年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.基礎科学研究に関する社会経済的評価の背景
 研究開発の評価に関する最近の主な動きとしては、まず、2001年11月政府決定された、「国の研究開発評価に関する大綱的指針」があげられる。これは、第2期科学技術基本計画に基づき総合科学技術会議により内閣総理大臣に答申されたもので、研究開発に関する評価について、評価実施上の共通原則を規定している。また、2002年4月には「行政機関が行う政策の評価に関する法律」が施行され、行政機関の行う研究開発については客観的かつ厳格な評価の実施が義務付けられ、研究評価は基礎、応用を問わず、研究者、研究機関等にとって重要かつ不可欠なプロセスとなった。最近ではさらに、研究開発の目標達成はもとより、成果の社会還元といったことが広く求められるようになってきており、かつ評価の内容においても、定性的評価はもとより、相互比較の可能な定量的評価が望まれている。
 研究開発の評価という場合、その対象は、応用研究、基礎研究すべてが含まれる。これまでの評価の状況を見ると、基礎科学の研究評価に当たっては、研究内容を当該分野の専門家によって純粋科学的側面から行う「ピア・レヴュー」(注)の手法が世界的に確立されている。一方、応用研究や製品の開発に連関する開発研究においては、これに加えて、費用対投資効果の分析など、経済的側面からの評価が行われている。基礎科学研究では、こうした経済的評価がなじまないのではないかとの意見が従来から強いが、最近では、基礎科学の研究評価に当たっても、多額の設備費用を伴うビッグ・プロジェクトが次々と計画されていることや、科学教育との関わり等の面にも関心が強まっていることから、「ピア・レヴュー」にとどまらず、社会、経済とのかかわりに関する何らかの評価、すなわち社会経済的な観点からの評価も実施し、説明責任を果たすべきとの声が高まっている。基礎科学研究に関する社会経済的評価を求める動きは、わが国だけではなく、アメリカ、EUなど各国において拡がりつつあり、このため、その考え方、手法等について、様々な研究が試みられているところである。
(注)peer review,同僚評価と訳す。科学研究において行われる同じ専門家仲間による業績評価。専門化の著しい現代の科学にあっては、業績の評価は、実質上専門を同じくする人々以外には不可能である、という考え方がこの評価の出発点である。

2.基礎科学研究に関する社会経済的評価の性格
 議論を理解しやすくするために、アメリカの例を紹介する。アメリカでは、1993年、業績結果法(Government Performance and Results Act、GPRAと略称される)が制定された。これは、政府の資金をより効率的に使用し、納税者たる国民にその使途をより明快に説明できる形で、政府の予算に関する議会の決定を行い得るよう、連邦政府の実施している各政策を特に経済的観点から評価することを目的とした法律である。評価の対象は広範に及び、基礎科学研究を担当しているエネルギー省(DOE)や、国立科学財団(NSF)も含まれている。GPRAは従来の「ピア・レヴュー」の手法にとどまらず、国民がもっと理解しやすい、しかも資金の効果的、効率的使用の決定判断に役立つような評価方法を、基礎科学研究にも求めているところに特徴があると言える。
 2001年ブッシュ政権が発足した後においては、行政の費用と効果が重要視され、特にGPRAと毎年の予算額を連動させようという政策意図が明らかにされた。GPRAは戦略計画(DOEの場合5年間)で示された中期の到達目標や具体的成果目標が、年次計画ではどのように関わってくるのか、それらが予算額とどのような関係になっているのかの記述を求めている。また、年次報告書では、その成果の到達程度がわかりやすく示され、予算の査定にも反映されるようになってきている(DOEの戦略計画と年次計画、予算等の関係については、図1参照)。
 以上のような状況を背景に、R&D投資に対しても、応用研究のみならず基礎科学を含めて効率化の要請が一段と高まり、R&D投資に対する投資基準を策定する検討作業が大統領府から関係機関に対して命じられた。この問題については、予算局、関係省庁、「科学、工学、公共政策に関する全米アカデミー委員会」(COSEPUPと略称)により検討が行われた。予算局の用意した討議用ドラフトでは、「COSEPUPは、基礎研究プログラムに関する適切な測定基準として、研究の質、他研究との関連、先進性を勧告した。陸軍研究所は、基礎及び応用研究プログラムの相対的測定基準として、研究の質、他研究との関連、生産性を選択した。そこで予算局は、研究の質、他研究との関連、業績成果(投入する資金、人的資源の相互比較、得られる知見、実験施設の稼働状況など)を提案する」となっていた。検討では、総論ではドラフトを支持するものの、長期的かつリスクの高い基礎研究への効果を簡単な基準で評価できるのか、あるいは萌芽的な研究をつぶすのではないかとの懸念が示され、結論は得られなかった。その後は、関係各省でそれぞれの測定基準による評価の試みがなされているようである。
 基礎科学研究に関する経済的評価については、これまでもいくつかの試みがなされている。この分野でのこれまでの研究例を見ると、マクロ経済学のアプローチは、基礎研究投資と経済成長との間には総体としてみた場合大きな正の相関関係があることを明らかにしている。しかし、基礎科学研究を個別に観察して、どの研究がどれだけの経済効果を有していたかといったことについては明確な分析ができていない。応用研究について試みられているような投資費用対便益効果の分析アプローチは、理論的、方法論的に秀れたものであるが、この方法は、投資とその成果が直接あるいは密接な関係を有する研究であれば非常に有効であるものの、基礎研究にあってはそれが間接的な結びつきにとどまっており、その把握は困難であるというのが現在の状況である。アメリカ政府での議論が示すように、基礎科学研究の評価、なかんずく貨幣価値で評価する投資判断的評価は困難なものがあるというのが、現在のところ、大方の見方であろう。
 以上のようなことから、むしろ特にこの10年ほどは、基礎科学研究の社会経済的効果については、貨幣換算価値で評価する方法とは観点を変えた、以下に示すような計量的把握、事例研究が盛んに試みられている。

3.基礎科学研究の社会経済的効果の把握
 基礎科学研究の社会経済的貢献としては、最近の研究成果(文献4)によると、(1)有用な知識のストックを増加させること、(2)技能を持った学卒者を育成すること、(3)新しい科学施設を建設すること及び実験、実証等に結びつく新しい機器、方式を作り出すこと、(4)ネットワークを形成し、社会的な相互交流を刺激、促進すること、(5)科学技術上の問題の解決能力を高めること、(6)新しい企業を設立することと要約されている。したがって、社会経済的評価は、基礎科学研究のこれらに関する貢献度合を定量的に把握することが目的とされている。
 定量的把握の方法として盛んに研究されているのが、計量文献学の手法である。ここで利用されるデータは、論文、特許に関するものである。論文データで言えば、著者(筆頭著者、第二著者をはじめとする共著者、著者の国籍、所属機関名等)、論文内容(キー・ワード等)、掲載誌名、引用文献等である。特に引用データには様々の用途があり、例えば、研究成果を引用された件数(被引用率)で評価するなどはその一例である。利用できるデータ・ベースとしては、いくつかのものがあるが、国際的なもの2つを紹介する。1つは、INISで、国際原子力機関(IAEA)が発行し、収録分野は原子力一般である。言語は英語で1970年から収録が開始されており、収録雑誌数は約4000、収録件数は2002年現在約220万件である。もう1つはINSPECで、イギリスの電気技術者協会(IEE)が発行している。収録分野は物理、電気工学、電子工学、計算機科学等多岐にわたる。言語は英語で1969年から収録されており、収録雑誌数は約4000、収録件数は2002年現在約650万件である。なお、日本語による科学技術一般にわたる文献データ・ベースとしては独立行政法人科学技術振興機構の発行するJICSTがある。
 特許についても引用データを利用することが可能な場合があり、最終製品にいたるアイデアが、どの特許に基づいているか(また、その特許のもととなる特許、あるいは基礎科学研究論文は何であったか)といったことを把握し、基礎科学研究の事後評価に結びつけることも試みられている。アメリカでは、いくつかの優れた事例が公表されている。
 計量文献学手法は、操作しにくいデータを用いた、標準化された定量的把握が可能である、客観性が高いなどの長所を持つが、他方、この手法による数量的評価は必ずしも質的評価と一致しない、特殊的状況を排除しきれないなどの問題を有すると指摘されている。計量文献学手法を用いる場合にあっても、対象研究プログラムの目的、特性などに配慮して実施される必要がある。
 いずれにせよ、基礎科学研究に関する社会経済的評価手法は、何にでも適用できる完成された手法はない。また、使い方を誤ると評価プロセスを誤った方向へ導く可能性があるばかりでなく、研究評価に対する信頼も損ないかねない。いくつかの手法を用いて様々の角度からの評価を試み、その結果についても外部の意見を求め改善を重ねていくといった姿勢が望まれる。
<図/表>
図1 DOEの戦略計画、年次計画、予算との相関関係
図1  DOEの戦略計画、年次計画、予算との相関関係

<関連タイトル>
国際原子力情報システム(INIS) (13-01-01-23)

<参考文献>
A,原子力の基礎科学技術研究に関する社会経済的評価の試み(日本原子力研究所が自ら実施した研究事績評価):
(1)日本原子力研究所事業の達成と研究成果の社会・経済的効果に関する評価報告書,JAERI-Review 2002-019
(2)日本原子力研究所事業の達成と研究成果の社会・経済的効果に関する評価報告書(II),JAERI-Review 2003-036
B,米国業績結果法に関するもの:
(3)高橋祥次:米国業績結果法(GPRA)と基礎科学的研究に関する評価,JAERI-Review 2002-020
C,基礎科学研究の社会・経済的貢献についての研究成果に関するもの:
(4)A.J.Salter,B.R.Matin、”The economic benefits of publicly funded basic research;a critical review“ Research Policy vol.30,2002.
(5)文部科学省科学技術政策研究所:第2研究グループ、米国における公的研究開発の評価手法(2002年5月)
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