<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 環境中の放射能
<小項目> 環境中での移行と挙動
<タイトル>
トリチウムの環境中での挙動 (09-01-03-08)

<概要>
 宇宙線の作用や核実験によって生成された大気中のトリチウムは、降雨などによって地上付近に移行し、空気、水および生体中等に広く分布している。現在わが国(日本)の降水中トリチウム濃度は、ほぼ大気圏内核実験が施行される以前のレベルに戻っているが、大陸性気団に覆われたときにトリチウム濃度の高い雨が降ることがある。一方、大気中トリチウム濃度も減少しているが、降水中トリチウム濃度ほど減少していない。核施設から大気圏または水圏に放出されたトリチウムは、他の放射性核種と同様に大気や水の流れに従って移流と拡散をする。大気中へ放出されたトリチウムは、大気から土壌への沈着、土壌から大気への再放出、土壌中移行、植物への取り込み等の挙動をするが、その特徴は移行速度が比較的速いことである。植物などの生体中では、組織と結合した有機結合型トリチウムが生成される。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 トリチウムの環境中挙動は、(1)地球規模での挙動と(2)局所的に放出された場合の挙動の二つに分けて考える必要がある。(1)は、天然起源あるいは核実験起源のトリチウムの挙動調査や地球規模での長期間の被ばく線量評価の際に、(2)は、施設の影響評価等の際に重要となる。
 トリチウムは低エネルギーβ線放出核種(最大エネルギー18.6keV、半減期12.33年)であるため、人への影響を考える場合は体内摂取、すなわち内部被ばくのみを考慮すればよい。国際放射線防護委員会ICRP)が提示しているトリチウムの化学形別および年齢別の線量係数(Sv/Bq)、すなわち単位摂取放射能当たりの実効線量表1に示す。これによると、吸入および経口摂取のいずれの場合もトリチウム水(HTO)の線量係数は、トリチウムガス(HT)の10000倍となっている。また、植物等の組織と結合した有機結合型トリチウム(OBT)の線量係数はトリチウム水(HTO)の約2.3倍である。したがって、トリチウムによる被ばく線量を評価する場合にはその化学形も十分考慮する必要がある。
1.地球規模でのトリチウム挙動
 トリチウムは自然界において常に生成されている。その主な生成場所は大気である。トリチウムは、大気上層において宇宙線の陽子中性子と大気を構成している窒素や酸素との核反応により生成される。この天然起源のトリチウムは、地球全体では生成と壊変が平衡した状態にあり、その存在量は約1.0〜1.3EBq(エクサベクレル)(1EBq=1018Bq)と原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が推定している。地球環境中トリチウムの最大の発生源は、大気圏内核実験、特に1954年以降の水爆実験である。1963年の大気圏内核実験停止条約締結までに天然起源の200倍程度のトリチウムが放出されたと推定され、その結果として環境中トリチウムレベルは大きく増加した。1963年以降は核実験起源の大気中トリチウムは物理的崩壊および海水中への移行により、減少傾向を示している。しかし、海洋との接触が少ない大陸では核実験起源のトリチウムがまだ残っている。
 これらのトリチウムは大気の循環や降雨によって地上付近に移動し、空気、環境水(河川水、地下水、海水等)、植物や動物の生体中等に広く分布している。わが国において核実験開始前に測定された降水中トリチウム濃度は0.77Bq/lであったが、1960年代の初めには12〜180Bq/lまで増加した。その後、減少し始め、現在はほぼ核実験前のレベルに戻りつつある。降水中トリチウムレベルが高かった頃には、わが国をはじめ、北半球の各地では降水中トリチウム濃度が春から夏にかけて高くなる現象が見られた。しかし、現在は降水中トリチウム濃度が低いため、季節によるはっきりとしたピークは見られない。むしろ大陸性気団に覆われたときにトリチウム濃度の高い雨が降ることなどが観測されている。
 環境中トリチウム濃度を地域的に見ると、両極から赤道に向かって指数関数的に減少する緯度依存性があることが知られている。これは大気上層でのトリチウム生成率が極地方で大きいことと、成層圏から対流圏へのトリチウムの移行は極地ほど大きく、そして赤道付近では蒸発による希釈が働くためと考えられている。
 大気中でのトリチウムの化学形は、水素ガス状(トリチウムガスHT)、水蒸気状(トリチウム水HTO)、炭化水素状(主にトリチウム化メタンCH3T)等である。地上付近で測定された大気1m3当たりの各トリチウム濃度の経年変化を図1に示す。1970年頃にわが国で測定されたトリチウム水濃度は約70mBq/m3であったが、1990年に入ると年平均値は20mBq/m3程度であり、大気中トリチウム水濃度は、降水中トリチウム濃度ほど大きな濃度減少を示していない。これは、雨は大気上層のトリチウムの影響(核実験により成層圏に注入されたトリチウムの対流圏への降下)を大きく受けたのに対し、地表面付近の水蒸気は土壌や植物による地下水の蒸散や表面海水との交換の影響を受けるためと考えられる。最近の大気中のトリチウム濃度は20mBq/m3程度で変わらないが、環境中の放射能として測定されており、2002年までの全国の環境中トリチウム濃度が文部科学省の環境放射能データベースに記載されている(文献12)。降水および河川水中のトリチウム濃度の経年変化を図2に示す。
 トリチウム水濃度は、水蒸気量とその比放射能(Bq/l)で決まるため、季節変化を示し、わが国では夏の多湿期は冬の乾燥期より4倍程度高くなる。
2.局所的に放出されたトリチウム挙動
 原子力施設から大気圏または水圏に放出されたトリチウムは、他の放射性核種と同様に大気や水の流れに従って移行および拡散をする。大気中へ放出されたトリチウムに特徴的な環境中移行は、大気から土壌への沈着、土壌から大気への再放出、土壌中移行、植物への取り込み等である。これらの移行は比較的速いため、事故時のように短時間に放出された場合の解析にはこれらの移行を動的に扱う必要がある。一方、平常運転時のように一定のレベルで放出される場合は平衡状態を仮定することも可能である。環境中でのトリチウムの移行挙動を解析するための計算コード”TRIDOSEE”では、施設から大気中へ放出されたトリチウムについて、推量される放出点から人体への移行経路は図3のように考慮されている。海洋等の水圏へ放出されるトリチウムは、ほとんどトリチウム水であるため水とまったく同じ挙動をする。
 原子力施設から大気へ放出されるトリチウムの化学形は、主にトリチウムガス(HT)とトリチウム水蒸気(HTO)である。大気中での拡散の仕方はトリチウムの化学形には依存せず同じである。しかし、土壌への沈着、植物への取り込み等は化学形によって異なる。また、環境中では種々の要因によりトリチウムの化学形が変化することが知られている。
2.1 沈着
 大気拡散中に土壌に接触したトリチウムの一部は沈着するが、その機構はトリチウム水とトリチウムガスでは異なる。トリチウム水の沈着機構には、降雨による降水沈着と降雨のない場合の乾燥沈着が考えられる。降水沈着の程度は降水強度に依存する。降水量が多い場合は沈着したトリチウムは土壌への浸透や表面流出によりさらに移動する。トリチウム水の乾燥沈着は、主に地表面における大気中トリチウム水と土壌水との交換反応および凝結によって起こる。凝結は大気中水分量が多く、適当な微風が吹く夜間に起こりやすい。交換反応による乾燥沈着は大気と土壌空隙中のトリチウム水濃度差が駆動力であるため、大気中濃度が土壌中濃度よりも高ければいつでも起こり得る。
 一方、トリチウムガスの土壌沈着は、土壌に接触したトリチウムガスが水素酸化能を有する土壌中微生物によりトリチウム水へ酸化されることによって起こる。沈着したトリチウム水は土壌水と同様な振る舞いをする。これらのトリチウムガスの環境中挙動は室内実験およびフランスやカナダで行われたトリチウムガス野外放出実験によって詳細に調べられている。トリチウム水の線量係数はトリチウムガスに比べて10000倍大きいため、トリチウムガスの大気放出時の被ばく線量は実質上土壌への沈着挙動によって支配される。なお、トリチウムガスの降水沈着は無視できる程度である。
2.2 再放出
 土壌表面層に沈着したトリチウム水は、再び大気中へ放出される。この放出挙動は大気中水分と土壌中トリチウム水との交換反応、蒸発および植物を経由した蒸散によって引き起こされる。このような移行挙動は再放出と呼ばれる。再放出の程度は気象条件、土壌条件、植生に依存する。なお、トリチウムガス放出の場合でも前述のようにトリチウム水へ酸化されるので、沈着後大気へ移行するのはトリチウム水である。大気中水分と土壌中トリチウム水の交換反応および蒸発は、それぞれ、乾燥沈着で述べた交換反応および凝結と逆向きの作用である。
2.3 蒸散
 トリチウム水の植物への移行は、大気中トリチウム水が葉の気孔を介して取り込まれる場合と土壌中トリチウム水が経根吸収により取り込まれる場合がある。これらの取り込み速度は植物の種類や取り込まれる部位、気象条件等によって異なる。取り込まれたトリチウム水は蒸散により再び大気中へ放出される。葉の場合、大気中トリチウム水濃度は数時間後までにはほぼ平衡状態になる。なお、植物へのトリチウムガスの取り込みは無視できる程度である。植物中に取り込まれたトリチウム水は、光合成により有機化されると、葉、実および根などの組織中に蓄積される。このように組織と結合したトリチウムは有機結合型トリチウム(OBT:Organically Bound Tritium)と呼ばれる。光合成による有機結合型トリチウムの生成は、植物の種類や成長の段階によって異なる。有機結合型トリチウムには、組織内に存在する自由水(組織自由水)と容易に交換可能な交換型トリチウムと有機物の炭素と強く結合している非交換型トリチウムの2種類がある。
2.4 生物濃縮
 トリチウムの動植物による生物濃縮の可能性、すなわち有機結合型トリチウムの比放射能が同じ生体中の組織自由水中トリチウムの比放射能より高くなる可能性に関しては、トリチウム濃度を注意深く制御した室内実験では観測されておらず、トリチウムの生物濃縮はないことが確認されている。しかし、実験によっては見かけ上、生物濃縮が見られる場合があった。この原因として、環境中トリチウムの変動により過去の高濃度時に生成された有機結合型トリチウム濃度と、測定時の組織自由水中トリチウム濃度との間に差が生じたことなどが考えられている。
 なお、一般環境での降水中のトリチウム濃度は、原子力安全研究関係者ばかりでなく、フォールアウトトリチウムを利用した地下水や河川水の水理情報解析のために、土木工学関係者からの問い合わせが多く、そのため需要に応えられるような形式で、整備していく必要がある。
<図/表>
表1 トリチウムの化学形別及び年齢別の線量係数
図1 大気中のトリチウム濃度の経年変化
図2 降水および河川水中のトリチウム濃度の経年変化(関東平野)
図3 トリチウムの人体への移行経路

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<関連タイトル>
天然の放射性核種 (09-01-01-02)
人工放射線(能) (09-01-01-03)
トリチウムの生物影響 (09-02-02-20)
自然放射線(能) (09-01-01-01)

<参考文献>
(1)佐伯 誠道(編):環境放射能−挙動・生物濃縮・人体被曝線量評価−、ソフトサイエンス社(1984)
(2)一政 祐輔ほか:トリチウムの影響と安全管理、日本原子力学会誌、39(11), 914-942(1997)
(3)「昭和62年度文部省科学研究費補助金研究成果報告書トリチウム資料集・1988」:核融合特別研究総合総括班事業(1988)
(4)新 麻里子ほか:自然環境中トリチウム挙動、プラズマ・核融合学会誌、73(12), 1347-1356(1997)
(5)本間 俊充、野口 宏:環境放出放射性物質による被曝評価、プラズマ・核融合学会誌、74(7), 707-715(1998)
(6)ICRP:ICRP Publication 72,Pergamon Press,Oxford,(1995)
(7)C.D. Burnham,R.M. Brown,G.L. Ogram,F.S. Spencer:An Overview of Experiments at Chalk River on HT Dispersion in the Environment,Fusion Technology,14,1159-1164(1988)
(8)S. Okada and N. Momoshima:Overview of Tritium:Characteristics,Sources,and Problems,Health Physics,65(6),595-609(1993)
(9)日本原子力研究所 東海研究所 保健物理部ほか:保健物理−管理と研究− No.37(1994年度)JAERI−Review 95−020
(10)放射線影響協会:トリチウムの挙動に関する参考資料集、報告書 資料・データ/専門用語集(1998年3月)
(11)放射線影響協会:核融合施設周辺のトリチウム挙動に関する報告書(2000年3月)
(12)文部科学省 環境放射線データベース:http://search.kankyo-hoshano.go.jp/servlet/search.top
(13)放射線医学総合研究所:放射能調査研究報告書(2000年12月)
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