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<概要>
 材料の表面から内部までの非破壊応力測定手法の1つとして放射光X線を用いた応力測定法がある。本手法の特徴は、放射光の高輝度・高強度特性を活かすことにより通常のX線管球を用いるX線応力測定等では不可能な材料内部の測定が行えること、微小部およびその場観察測定が行えること、放射光の特性であるエネルギー可変を活かすことにより最適な測定条件を選択できること、にある。測定方法には、一般的にX線回折法で用いられている2θ−(sinψ)2法、この手法を高エネルギー放射光へ適用するために改良を加えた侵入深さ一定法、および中性子応力測定法を改良したひずみスキャニング法の3つがある。これらを相補的に用いることで、表面から数十μm,数百μm,数mmの深さまでの応力分布をそれぞれ数μm以下、数十μm以下、数百μm以下の分解能で測定できる。また材料によっては、中性子応力測定法のようにさらに深部の残留応力を測定可能である。
<更新年月>
2006年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.はじめに
 結晶質材料の残留応力の非破壊測定法として、実験室におけるX線管球を用いる応力測定法(以下、管球法と称す)、中性子を用いる応力測定法(以下、中性子応力測定法)、および放射光を用いる応力測定法(以下、放射光応力測定法)がある。管球法は鉄鋼材料の熱処理や表面処理によって導入される残留応力の管理のための現場技術として定着しており、材料表面から数十μmの深さまでの測定に広く用いられている。一方、中性子応力測定法は表面より数百μmの深さから材料深部までの残留応力測定に適している。図1に管球法で使用する管球X線、中性子、および放射光における照射領域と侵入深さの関係を示す。侵入深さについて、中性子と管球X線の間が開いている。また、照射領域については、両方法では100μm以下を含んでいない。これに対して、放射光、特に第3世代と呼ばれる放射光施設(European Synchrotron Radiation Facility:ESRF,Advanced Photon Source:APS,大型放射光施設:SPring-8)では、高輝度、高強度、高指向性のX線が得られ、また分光器の使用により任意の波長のX線が取り出せるので、管球法と中性子応力測定法では測定が困難な深さ範囲を含め表面から数mm程度の内部までの残留応力測定が可能となる。ただし、X線の侵入深さは選択するエネルギーと材料に依存し、表1に示すように高エネルギーを用いることにより、材料内部の残留応力測定が可能となる(参考文献(1)、(2))。また放射光は高輝度、高強度、高指向性であるため、照射領域を小さくしても十分な回折強度を得ることができ、マイクロビームとすることにより照射領域が数μm程度の微小部の応力測定も可能である。
2.測定方法
 表2に以下で使用する式をまとめた。
 放射光応力測定法の原理は、管球法と同様に回折法を用いて結晶格子面間隔を測定し、それをもとに格子面間に生じるひずみを算出するもので、主に使用されている手法は、2θ−(sinψ)2法(参考文献(3))、侵入深さ一定法(参考文献(4))およびひずみスキャニング法(参考文献(5))である。以下では、それぞれの手法について説明する。
2.1 2θ−(sinψ)2
 本手法を並傾法の場合を例にして説明する。図2(a)に示すように、測定点をOとし材料表面にx軸を、また材料面法線方向にz軸をとる。また、測定するx軸方向の応力をσとする。次に、x軸とz軸を含む面内で、z軸から角度ψだけ傾いたOP方向のひずみをε<ψ>とし、さらにε<ψ>に対応する回折角を2θ<ψ>とする(θ<ψ>はブラッグ角を表す)。いま、応力状態が平面応力であると仮定すると、応力σは次式により表される。
 σ=E/1+ν・∂(ε<ψ>)/∂((sinψ)2)=−E/2(1+ν)・cotθ<0>・∂(2θ<ψ>)/∂((sinψ)2)・π/180 ……(1)
ここでEはヤング率(MPa)、νはポアソン比である。
(1)式より、数点の互いに異なるψについて2θψを測定し、図2(c)のようにsin2ψに対してプロットすれば、2θ<ψ>と(sinψ)2の関係は直線になることがわかる。したがって、両者の関係を一次式で最小二乗近似し、その勾配Mを求めれば式(1)から導かれる次式によってσを得ることができる。
 σ=K・M [MPa]……(2)
ここで、Kは応力定数と呼ばれ次式で表される。
 K =−E/2(1+ν)・cotθ<0>・π/180 [MPa/deg.]……(3)
θ<0>は材料が無ひずみ状態のときのブラッグ角である。一方、(2)式のMは図2(c)の直線の勾配であり、
 M =∂(2θ<ψ>)/∂((sinψ)2) [deg.]……(4)
と表され、図2(c)を2θ−(sinψ)2線図と呼ぶ。
2.2  侵入深さ一定法
 本手法は、2θ−(sinψ)2法を応用した手法であり、並傾法(図2(a))と側傾法(図2(b))を組み合わせる、つまり材料の向きを操作し、材料内部におけるX線の光路長を一定にすることによりX線侵入深さを一定に保つように設定する方法である。並傾法におけるX線光路についての模式図を図3に示す。図中のωは、X線の入射角度である。ここで、側傾法に対するχ軸回転を重畳すると、X線の侵入深さは次式で表される。
 T =(cosχsinω/μ)・sin(2θ<0>−ω)/{sinω+sin(2θ<0>−ω)}……(5)
ここで、μは線吸収係数である。試料面法線と回折面法線のなす角度ψはχとωを用いて次式のようになる。
 cosψ=cosχcos(θ<0>−ω)……(6)
すなわち、式(5)を用いて、任意のχ角を与えることによって、侵入深さTが一定になるようなωを求めることができる。そのときのψを式(6)より求め、そのときの回折角2θψを測定、図2(c)の2θ−(sinψ)2線図を作成し、直線の勾配Mを求める。最後に、式(2)よりσを得ることができる。
 以上から、高エネルギー放射光X線を用いることで、表面からある深さまでの平均の面内残留応力を求めることができる。
2.3 ひずみスキャニング法
 ひずみスキャニング法は、図4に示すように入射X線束と受光側のスリットで作られるゲージ体積(gauge volume)の平均ひずみを測定し、試料を移動してゲージ体積を法線方向に移動させることで、表面下のひずみ分布を迅速に測定できる方法である。
 座標軸と各軸に沿った応力σとひずみεの関係を図5のように取ると、3軸応力の関係は次式で与えることができる。
 ε<1>=(1/E)[σ<1>−ν(σ<2>+σ<3>)]
 ε<2>=(1/E)[σ<2>−ν(σ<3>+σ<1>)]……(7)
 ε<3>=(1/E)[σ<3>−ν(σ<1>+σ<2>)]
ここで、格子面間隔dと格子面法線方向のひずみεの関係は、
 ε=(d−d<0>)/d<0> ……(8)
であり、d<0>は無ひずみの格子面間隔である。格子面間隔dと回折角θは、以下のブラッグの条件で与えられる。
 d=λ/2sinθ ……(9)
以上の関係からひずみスキャニング法においては、複数方向のひずみを測定し(7)式を用いることで3軸方向の応力を求めることが可能となる。なお、等2軸応力状態(σ<1>=σ<2>)を仮定することにより、限られた方向のひずみ測定から応力を求めることも可能となる。
 一方、本手法は表面近傍の測定にも適応できるが、ごく表面近傍においては表面効果現象が発生する。これは、ゲージ体積の一部が表面からはみ出しているときに起こる現象であり、その結果、回折角がシフトする。本現象の補正方法もいくつか提案されている(参考文献(6)、(7))ため、それらの補正方法を用いることで表面近傍の測定についても数十μm,材料によってはそれ以下の深さ方向の分解能で測定することが可能である。
3.測定例
3.1 ショットピーニングを施した材料表面から内部の残留応力分布
 材料の表面から内部の残留応力を測定した例として、表面にショットピーニングを施した中炭素鋼(JIS S45C)の残留応力分布を図6に示す。測定はひずみスキャニング法で行っている。測定された残留応力(赤丸)から、表面部より若干深いところに350MPaの最も大きい圧縮応力が発生し、それより深いところでは徐々に応力は緩和し、0.3mmの深さで応力がほぼ0になっていることがわかる。青丸は表面を少しずつ研磨しながら管球X線で測定した残留応力であり、放射光を用いて測定した結果はほぼ一致している。このような表面からある深さまでの応力測定に関しては、さまざまな表面加工を施した材料の残留応力や、遮熱コーティング材料のように異なる2層以上の材料間の熱収縮の違いによるはく離応力などを調べる場合にも利用されている。
3.2 鉄道レールの残留応力分布(参考文献(8))
 材料内部の残留応力を測定した例として、使用された鉄道レールの残留応力分布を図7に示す。使用したエネルギーは60keVである。75 × 45mm2の断面のレール頭を4mm厚さに切断し、横方向(y方向)と上下方向(z方向)のひずみを測定し、厚さ方向の応力はゼロとして、 y方向とz方向の応力を求めた。測定した格子面は、Fe211面(回折角2θ=9.94°)、ゲージ体積は0.5 × 5.8mm2で、1mm〜2mmのピッチで、1点40secで6000点の測定を行った。図7に示すように引張応力の最大値は約300MPaである。横方向の圧縮応力はレール上面(踏面)から10mm位のところまで広がっており、それより内部は引張応力となる。
4.おわりに
 放射光を用いる応力測定の歴史は他の測定法に比べると非常に浅く、さまざまな手法が提案されている。特に、多次元検出器を利用した測定法の開発やX線レントゲンに代表されるイメージング法との融合により、これまでの非破壊検査技術では調べることができなかった材料内部の応力分布を数μm以下の高分解能で測定することが可能になりつつある。対象材料も金属、セラミックスから薄膜、ナノ結晶、生物関係へと広がり、測定対象の状態も静的な試験片から、進展しつつあるき裂の先端周りや高温、高圧環境におかれた材料の動的な挙動のその場測定へと変化している。このように、放射光を用いた応力測定が産業利用において今後ますます注目、利用されると予想される。
<図/表>
表1 熱中性子、放射光X線および実験室系X線における対象材料に対する強度が37%に減衰する深さ(mm)
表1  熱中性子、放射光X線および実験室系X線における対象材料に対する強度が37%に減衰する深さ(mm)
表2 本文で使用する式一覧
表2  本文で使用する式一覧
図1 3つの光源における照射領域と侵入深さの関係
図1  3つの光源における照射領域と侵入深さの関係
図2 X線応力測定の原理図(a)並傾法、(b)側傾法および2θ−(sinψ)**2線図(c)
図2  X線応力測定の原理図(a)並傾法、(b)側傾法および2θ−(sinψ)**2線図(c)
図3 侵入深さ一定法
図3  侵入深さ一定法
図4 ゲージ体積
図4  ゲージ体積
図5 応力とひずみの関係
図5  応力とひずみの関係
図6 ショットピーニングを施したS45Cの残留応力分布
図6  ショットピーニングを施したS45Cの残留応力分布
図7 使用された鉄道レールの残留応力分布
図7  使用された鉄道レールの残留応力分布

<関連タイトル>
CABRI試験からの高速炉安全研究に係る主要な知見 (03-01-03-11)
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<参考文献>
(1)P.J.Withers, M.Preuss, P.J.Webster, D.J.Hughes and A.M.Korsunsky, Materials Science Forum Vols. 404-407(2002), p.1-12
(2)P.J.Webster, D.J.Hughes, P.J.Withers and A.N.Fitch, J. Neutron Research, Vols. 9(2001), p.93-98
(3)日本材料学会編、“X線応力測定法標準”、日本材料学会(2002年)、p.5-6
(4)秋庭義明、田中啓介、鈴木賢治、柳瀬悦也、西尾光司、楠見之博、尾角英毅、新井和夫、材料、52 (2003)、p.764-769
(5)P.J. Webster, G.B.M. Vaughar, G. Mills and W.P. Kang, Mater. Sci. Forum, 278-281 (1998), p.323-332
(6)菖蒲敬久、水木純一郎、鈴木賢治、秋庭義明、田中啓介、材料、53 (2006)、p.101-108
(7)町屋修太郎、秋庭義明、鈴木賢治、田中啓介、栗村隆之、小熊英隆、材料、日本機械学会論文集、A編、71 (2005)、p.1530-1537
(8)P.J.Webster, D.J.Hughes, G.Mills and G.B.M.Vaughan, Materials Science Forum Vols. 404-407 (2002), p.767-772
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