<本文>
反応性オリゴマーと
モノマーから成る液状の樹脂膜を塗布し、低エネルギー電子線照射によって
重合させる表面加工技術(電子線キュアリング;電子線硬化)は、塗料、接着剤の加工をはじめ数多くの用途に実用化されている(
表1)。なお、オリゴマーとは重合体のなかで重合度の低いものをいう。液状樹脂膜の重合法には触媒を用いた熱重合法、紫外線硬化性樹脂による紫外線照射法および電子線硬化性樹脂による電子線硬化法がある(
表2)。
従来法である熱重合法では一般に溶剤を使用するため、重合処理したのちに硬化が完了するまでの数日間、エージング処理で溶剤を除去する必要がある。紫外線照射あるいは放射線照射では、溶剤を全く必要としないため、硬化プロセスの所要時間を大幅に短縮できる。また、最近では環境に対する有害物質の放出を極力低減することが求められているため、溶剤の使用は好まれない。紫外線照射と電子線照射を比較すれば多くの共通点があるが、電子線は紫外線に比べてより高エネルギーであるが、電子を照射するという性格上物質表面で阻止される
線量率を局所的に高められるという特徴がある。そこで、紙の表面加工では印刷物等のオーバーコート、剥離紙等の製造プロセスに電子線が利用されている。放射線による照射では滅菌効果も伴うため、食品包装紙の加工には非常に都合が良い。
2.低エネルギー電子線照射法の特徴
電子線硬化法の一般的特徴である長所を次に示す。
イ.厚いコート、多重層への利用が可能で、塗膜色の影響がない。
ロ.常温処理のため、耐熱性の低い素材でも使用できる。
ハ.反応開始剤が不要である。
ニ.加工ラインスピードが速く、大量生産が可能である。
ホ.省スペースでインライン化が可能である。
その反面、短所としては、
イ.照射装置の費用が高価である。
ロ.窒素ガス雰囲気のような不活性ガス雰囲気が必要である。
ハ.電子線照射に適合した樹脂の価格は若干高い。
などの課題がある。
低エネルギー電子線は材料表面で阻止されやすい。その透過性を
図1に示す。300keV電子線でも透過厚さは約0.7mmである。
紙加工において電子線硬化法が利用されている主な分野に、オーバーコートと剥離紙の加工がある。電子線硬化では、オーバーコート用樹脂に顔料を加えないため、表面の光沢度の良好なものが得られる。また、電子線による「橋かけ」によって表面樹脂の耐熱性や耐薬品性の向上も期待される。ドラムキャスト法によるコーティングの例では、
図2のように、基材の裏面から電子線を照射する。
3.電子線硬化に用いられる樹脂
電子線硬化に用いられる樹脂にはアクリル系、ビニルエーテル系などがあるが、紙の表面加工ではアクリル系樹脂の使用量が多い。
剥離紙(離形紙、セパレート紙、リリースペーパーともいう)の表面加工は荷造り用クラフトテープの背面などに広く実用されている。また、粘着ラベルの場合は、
図3のように、基材(ラベル支持紙)とその上の剥離剤およびラベル自体の表面紙と粘着剤とからなる。剥離剤の基本的骨格として、シリコーン系、フッ素系、長鎖アルキル系ポリマーなどがあり、それらのなかでもっともよく利用されているのがシリコーン系である。シリコーン系骨格ポリマーの構造式を
表3に併記するが、官能基(R)の種類によって「橋かけ」に必要な
線量が変化する。最も低線量で硬化するのがシロキサン鎖にアクリル基を持つアクリル系シリコーンである。アクリル系シリコーンのアクリル基の含有量を変化させると剥離力をコントロールできる。
4.紙の表面加工における電子線硬化用生産ラインの応用例
樹脂加工分野における世界的な低エネルギー電子線の利用は1970年代初期に始まり、わが国にも1980年代にこれが導入された。しかし、わが国での利用は欧米におけるような生産機の普及とは異なり、実験機による試験・研究が主なものであり、1990年代に入ってもいまだ本格的実用化には至っていなかった。この理由はいくつか考えられるが、電子線硬化装置のコスト高と一貫性を持った加工ラインが普及していなかったことが主なものと考えられている。しかし、1993年に設置された生産ライン(
図4)は電子線照射装置とコーターラミネーターを組み込んだ本格的生産ラインであり、グラビア紙の加工にも利用され、わが国における電子線硬化技術実用化の幕開けとなった。
電子線(EB)ドラムキャスト法(
図2)では表面性の優れた塗工層が得られることから、種々の紙加工分野への応用が考えられる。写真印画紙の支持体の分野では従来ポリエチレン・ラミネート紙が使用されているが、EB樹脂塗工により耐薬品性の優れた塗工層にポリエチレン・ラミネートよりも多くの顔料(TiO
2)を配合することができ、写真の解像度の向上が見込まれる。また、EBドラムキャスト法により表面性の優れた印画紙を製造できることが特許などで紹介されている。
<図/表>
表1 低エネルギー電子線による表面加工の利用分野
表2 各種樹脂硬化法の比較
表3 各種シリコーンの電子線硬化性
図1 低エネルギー電子線の透過性
図2 低エネルギー電子線ドラムキャスト法によるコーティング
図3 粘着ラベルの構造
図4 電子線硬化加工ラインの構成
<関連タイトル>
電子線硬化(電子線キュアリング)法による表面加工製品 (08-04-02-02)
<参考文献>
(1)水澤健一:放射線硬化用低エネルギーEB装置の動向、放射線と産業、放射線照射振興協会、No.69、p23-28(1996)
(2)神谷昌博:電子線硬化技術の紙加工製品への応用、放射線と産業、放射線照射振興協会、No.69、p19-22(1996)
(3)向吉俊一郎ほか:感熱記録体へのEBキュアリングの応用、放射線と産業、放射線照射振興協会、No 61、p8-11(1994)
(4)大庭敏夫:剥離紙用シリコーンのEBキュアリング、放射線と産業、放射線照射振興協会、No.61、p12-15(1994)
(5)Dr. P. Lersch:Strahlenhartbare Siliconacrylate fur Trennbeschich-tungen, Coating, 2/93, p44-47(1993)および信越化学工業(株):Poly-file(ポリファイル)、p36-37(1994)
(6)榎本一郎ほか:4 研究および調査概要、1.低エネルギー電子線による剥離紙加工、東京都立アイソトープ研究所報告、Vol.1988、p4-6(1989)
(7)吉田安雄:大型生産用EB加工ライン、コンバーテック、p28-31(1993)
(8)佐々木隆:電子線キュアリング−海外の動向と展望−、放射線と産業、No.61、p4-7(1994)
(9) 小林恒雄、イム ラングワラ:電子線硬化とフレキソ印刷、革新的なWet Flex、放射線と産業、No.113(2007)p13-17