<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 高分子はプラスチックやゴムなどに利用されており、有機材料に分類される。高分子にガンマ線や電子線を照射すると、分子鎖の間で結合する反応(架橋)や分子鎖が切れて小さな分子になる反応(切断)が起こる。架橋を利用すると、力学的特性や耐熱性が向上したり、発泡材料への加工や熱収縮性の機能特性を付与することができる。また、切断を利用すると、粉砕処理を容易にできる。これらの特徴を利用して、電子線加速器を用いた工業利用が広く図られている。
<更新年月>
2009年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射線による高分子の架橋と切断
 ポリエチレンやアクリルガラスなどのプラスチックや天然ゴムあるいは各種合成ゴムは高分子である。これにガンマ線(γ線)や電子線(ベータ線)などの放射線を照射すると、高分子の鎖の間で化学結合(架橋)が起こったり、鎖が切れて短い分子になる(切断)反応が起こる。架橋が起こるか、切断が起こるかは、高分子の化学構造で決まる。ポリエチレンや天然ゴムは架橋型であり、アクリルガラス、テフロンおよびブチルゴムは、切断型である。ところが、架橋・切断は放射線を照射する条件、例えば、空気中か不活性ガス中等の雰囲気、高分子がシートか薄いフィルム状等の形状、放射線を照射する速度、照射されるときの高分子の温度、にも大きく依存する。架橋タイプのポリエチレンであっても、空気中で十分酸化を伴う条件では、架橋が抑制され切断のみが進行する。また、テフロンは典型的な切断型高分子であるが、これを不活性ガス中、高温で照射すると架橋が優先するということが起こる。
2.放射線架橋の高分子への応用
 放射線による架橋の特徴を利用した応用が数多く実用化されており、その主要なものは、電線絶縁材料の耐熱性向上、発泡ポリオレフィンの製造、熱収縮チューブの製造である。また、ハイドロゲルの特性を向上させて、創傷被覆材の製造やケイ素系高分子繊維から炭化ケイ素繊維等の製造の実用化が図られている。
 放射線切断を利用した応用では、テフロン(ポリテトラフロロエチレン)をワックス化した潤滑材の製造が実用化している。
 以上の放射線利用は、電子線照射で行われており、国内では500台を超える電子加速器(リニアック)が稼働している。
2.1 耐熱性電線
「目的」
 電線は導体の外側をポリエチレンやポリ塩化ビニルで被覆して絶縁しているが、温度が100℃前後まで上昇すると、これらの被覆材が流動化して絶縁が保持できなくなる。そこで、電線に被覆した後、放射線照射で被覆材を架橋すると、高温に加熱しても流動性が無くなり、電線を被覆するときの製造温度をはるかに超える温度まで、電気絶縁性が保持できるようになる。これによって、電線の使用可能な温度の上限が上がり、安全性が確保できることになる。
「用途」
 パソコンなどの事務用電子通信機器の電線、テレビ、オーディオ、エアコン等の家庭用電気機器の電線、自動車の各種信号用電線に使用されている。電流や電圧の比較的小さい、細物電線は被覆材も薄く、放射線架橋に適しており、これらの電気電子機器に利用される電線は全て、放射線で架橋されている。
「製造法」
 ポリエチレン、エチレンプロピレンゴム等のポリオレフィン系高分子、ポリ塩化ビニルや塩素化ポリエチレン系の難燃高分子を溶融状態で銅線などの導体に被覆して製造した電線に、電子線を照射して架橋する。電線は電子加速器から放出される電子線ビームの中を連続的に複数回通過させることによって、均一な架橋が達成される。放射線の線量は数kGyから数十kGyである。
2.2 発泡ポリオレフィン
「目的」
 ポリウレタンのスポンジ材料やポリスチレン発泡体は通常の技術で製造できることからよく利用されている高分子発泡体である。ポリエチレンでは発泡体の製造が困難であった。しかし、放射線架橋することにより初めて発泡体の製造の技術が開発され、ポリプロピレンやエチレン酢酸ビニル共重合体などのようなポリオレフィン高分子についても発泡させることが可能となった。
「用途」
 家庭の風呂や台所用マット、医薬品容器の蓋のパッキング材などの緩衝材料、スポーツ用のサーフボードやビート板、自動車内装材などの軽量・浮力材料、冷暖房機器配管や建築用の断熱材料など生活から産業資材として多岐にわたっている。これらは力学的特性や熱的特性のほか、吸水性や透湿性が小さいこと、適度な弾力性を有することなどの特徴がある。それらの特性を表1に示す。
「製造法」
 ポリオレフィンに、予め高温で炭酸ガスや窒素ガスを放出する発泡物質(アゾジカルボンアミド等)を添加して、フィルムに形成する。これを室温程度で放射線を照射してポリオレフィンを架橋させる。その後、加熱すると発泡物質からガスが出て、発泡体が形成される。発泡物質の添加、放射線架橋、発泡処理を別々に出来るので、種々の性能の発泡体が製造できる。表1に発泡ポリオレフィンの特性を示す。図1に発泡ポリオレフィンの製造プロセスを示す。
2.3 熱収縮材料
「目的」
 放射線架橋による形状記憶の特性を利用したもので、加熱により架橋させたときの状態に復元するという機能を付加することができる。
「用途」
 チューブ状とフィルム状の製品が製造できる。チューブ状の製品は、電線の接続部分や端末の絶縁保護に、また、ガス管や石油パイプラインの接合部の防食に使用され、フィルム状の製品は、食品等の包装材料に使用される。
「製造法」
 図2に熱収縮性チューブの製造原理を示す。ポリオレフィンやポリ塩化ビニルのチューブあるいはシートを室温前後で放射線架橋する。多くの場合は電子線照射で処理される。架橋の後、室温で応力を懸け、チューブ状のものは、大きな径に引き延ばし、フィルム状のものも同様に引き延ばす。形状は引き延ばされた状態に近い形で保持される。この状態で再び融点以上に加熱してやれば、架橋ポリエチレンはゴム状となり、延伸する前の形状に復帰する。
2.4 耐熱セラミック繊維
「目的」
 炭化ケイ素繊維や窒化ケイ素繊維は、高強度、耐熱性、柔軟性を有するセラミック長繊維として、期待されている先端材料である。これらの繊維は高分子繊維を前駆体として合成される。高分子繊維からセラミック繊維への転換は1000℃以上の高温で焼成するが、この転換の際に高分子繊維の形状を保持させる処理「不融化処理」が必要である。ポリカルボシラン繊維を放射線で架橋して不融化処理させることにより、不純物が低減され耐熱性を向上させることができる。
「用途」
 炭化ケイ素繊維は耐熱性と耐酸化性に優れている高強度繊維であり、これを強化材としたセラミックス複合材料は、宇宙航空機材料やガスタービンの材料に適用できる。これら材料の耐熱性が向上することにより、装置機器の軽量化、エネルギー生産の高効率化が図られ、省エネルギー化に多大な貢献が期待できる。また、窒化ケイ素繊維は電気絶縁性に優れており、電気炉や電熱器等の電気および熱絶縁材料や耐熱電線の絶縁材料として有望である。
「製造法」
 ケイ素系高分子のポリカルボシラン等の繊維(直径10〜20μm)に不活性ガス雰囲気で電子線照射し、架橋させて不融化処理を行う。この後、非酸化雰囲気で焼成すると炭化ケイ素繊維(8〜14μm)に転換し、アンモニアガス雰囲気で焼成すると窒化ケイ素繊維(8〜14μm)が得られる。炭化ケイ素繊維は1500℃の耐熱性と3GPaの強度を有し、窒化ケイ素繊維は1200℃の耐熱性と約2GPaの強度を有する(図3および図4参照)。
 こうして得られた窒化ケイ素繊維の製品見本を図5に示す。
2.5 テフロン潤滑材
「目的」
 高分子鎖を切断することにより、分子量が低下して粉砕処理等が容易になる。ポリテトラフロロエチレン(テフロン)は切断の最も起こり易い高分子であるが、分子量をある程度まで小さくすると、固体の潤滑性の高いワックスが得られることが見出され、これを応用した技術が実用化されている。
「応用」
 金属の成形加工用の離型剤、摺動部の潤滑剤、印刷や記録紙用インクの潤滑剤など、多岐にわたり利用されている。
「製造法」
 テフロンの加工後に生ずる切削廃材を室温、空気の存在下でガンマ線照射した後、機械粉砕する。最近では、重合した粉末を直接照射して粉砕化処理する方法が採用されている。
(前回更新:1998年3月)
<図/表>
表1 発泡ポリオレフィンの特性
表1  発泡ポリオレフィンの特性
図1 発泡ポリオレフィンの製造プロセス
図1  発泡ポリオレフィンの製造プロセス
図2 熱収縮性チューブの製造原理
図2  熱収縮性チューブの製造原理
図3 炭化ケイ素繊維の製造プロセス
図3  炭化ケイ素繊維の製造プロセス
図4 放射線を利用した窒化ケイ素繊維の製造プロセス
図4  放射線を利用した窒化ケイ素繊維の製造プロセス
図5 放射線を利用した窒化ケイ素繊維とその織布
図5  放射線を利用した窒化ケイ素繊維とその織布

<関連タイトル>
環境に優しい有機材料の開発 (08-04-01-17)
放射線による耐熱性窒化ケイ素繊維の作製 (08-04-01-19)
耐放射線材料(有機材料) (08-04-02-04)

<参考文献>
参考文献
(1)上野桂二:「電子線架橋の実用化と高分子の照射効果」、放射線と産業、No.59、p36-41(1993)
(2)上野桂二:「電線・ケーブル」、放射線化学、No.51、p35(1991)
(3)大崎利政:「発泡プラスチック」、放射線化学、No.51、 p40(1991)
(4)小島慶一:「高分子の放射線利用」、放射線応用ハンドブック、朝倉書店(1990)p244
(5)瀬口忠男:「超耐熱性材料製造への放射線の利用」、放射線と産業、No.54、p16-21(1992)
(6)瀬口忠男:「電子線照射による耐熱電気絶縁性窒化ケイ素繊維の開発」、放射線と産業、No.69、p59-61(1996)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ