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<概要>
 放射性物質を環境に放出した場合の環境への負荷や、ヒトを含めた生態系の環境生物への影響について、化学物質等の有害物質を環境に放出した場合と対比させて、環境リスクの観点から相互に比較し、合理的なバランスのとれた放射性物質の環境管理原則を見いだすことが求められている。そこで、体外培養した様々な生物細胞を用いて放射線と様々な化学物質の細胞毒性を比較する毒性学的アプローチ、環境中の放射性物質、化学物質の挙動や特定生物種の特定臓器等への濃縮等に関する放射生態学的アプローチ、実験微生物生態系(マイクロコズム)を用いた生態影響評価のアプローチ、これらの調査実験データの数理解析によるリスク評価のアプローチを行う4つの研究領域からの取り組みが進められている。
<更新年月>
2004年09月   

<本文>
 ヒトが、先ず、人間への利益や幸福を優先する考え方を、人間中心主義という。これに対して、自然環境や自然に生息するヒト以外の生物種に大きな関心を払い、人間活動によるこれらの生物への影響を抑制すべきとする考え方を生物・生態系中心主義という。人間中心主義には、「自然人以外の生物はすべて人間の所有物であり、これらを人間の都合に合うようにどのように改変してもかまわない」という極端なものから、「環境は、ヒトが健康な生活を営むための基礎的な条件であり、環境を保全して、次世代に継承することが必要である」というものまで幅が広い考え方である。一方、生物・生態系中心主義にも、「希少種や絶滅危惧種等の保護のために、ヒトによる介入措置を認める」ものから、「あらゆる人間活動」を否定し、自然への人為的な介入を一切認めないという極端なものまである。一般的には、ヒトの健康への影響への関心をヒト以外の生物種への影響にも拡張して、必要な配慮、対策を施すこと、といった考え方が採られている。
 近年、わが国では、化学物質のリスク管理に関し、経済協力開発機構(OECD)の指針に基づいて化学物質審査規制法が見直され、化学物質の審査・規制に、従来のヒトの健康の保護に加えて、生態系保全の観点を導入することになってきた(文献1)。放射性物質を環境に放出する場合の管理原則は、従来ヒトの健康への影響を対象として、防護対策が採られてきたが、1992年のリオデジャネイロ国連環境会議では、化学物質、放射性物質などのあらゆる有害物質の環境放出を管理・規制して、生態系の持続可能性を維持し、生物多様性を保全することが要請された。化学物質の管理における考え方と整合性のとれたバランスのよい放射線・放射性物質の管理の考え方を確立することが求められている。これを受けて、国際放射線防護委員会(ICRP)、国際原子力機関(IAEA)等の国際機関が連携協力して、電離放射線の環境への影響の評価と防護について、枠組みを検討するための国際原子力機関(IAEA)主催の国際会議がストックホルムで開催された。
 これは、ICRP1977年勧告(文献2)、1990年勧告(文献3)の生物のなかでもヒトの放射線感受性が高いことを根拠にした、「ヒトを防護するのに必要な環境管理基準が満たされている限り、ヒト以外の生物種の個体に障害が生じるかもしれないが、その種の存続をおびやかしたり、種間に不均衡をもたらしたりすることはないと信ずる」としてきた考え方を改めて確認し見直すことである。ICRPの2003年第91報告書「ヒト以外の生物種への放射線の影響評価の枠組み」(文献4)では、「ヒトが適切に防護されていれば、ヒト以外の生物種も十分に防護される」という従来の考え方を変更しなければならないような証拠は存在しないとしつつ、「環境が十分に防護されていることを、十分な証拠に基づいて、透明性の高い実証的なプロセスによって明らかに示すことが不可欠」として、環境放射線防護の枠組みについて論じられている。このようなヒトの健康と環境の保全を含めた新しい放射線防護体系の構築は、2005年に予定されている新しいICRP基本勧告においても、取り入れが検討されている。
 独立行政法人放射線医学総合研究所では、1997年度より比較環境影響研究として化学物質の管理基準と放射性物質の管理基準を比較対比させることによって、化学物質と放射性物質を共通の尺度で比較することを目指して、放射生態学から比較細胞毒性学、数理生態学、放射線防護学、微生物生態毒性学、等の広範な境界領域にまたがる連携研究が実施されてきた。これらの研究は、2002年度より、放射性物質を環境に放出した場合の環境への負荷や、ヒトを含めた生態系の環境生物への影響について、化学物質等の有害物質を環境に放出した場合と対比させて、環境リスクを推定評価し、共通リスク評価尺度を用いて放射性物質と化学物質の環境への影響を相互に比較することが実施されている。また、これらを放射性物質を含む多くの有害物質について評価した上で相対化することにより、他の有害物質と比較して、合理的でバランスのとれた環境管理原則を見いだすことが行われている。
 具体的には、(1)体外培養した様々な生物細胞を用いて放射線と様々な化学物質の細胞毒性を比較する毒性学的アプローチ、(2)環境中の放射性物質、化学物質の挙動や特定生物種の特定臓器等への濃縮等に関する放射生態学的アプローチ、(3)実験微生物生態系(マイクロコズム)を用いた生態影響評価のアプローチ、(4)これらの調査実験データの数理解析によるリスク評価のアプローチを行う4つの研究領域から取り組みが進められている。研究の内容、成果の詳細は、インターネットに公開されている。
 放射性物質や化学物質は天然にも多く存在し、地球環境の形成や生物進化においても大きな役割を果たしてきた。これらを地球科学的、地質学的な時間スケールで見たときと、継世代影響の有無を問題にする生物学的な時間スケール、全地球的、または地域的な距離のスケールで見たときでは、有害物質の環境放出の影響の評価と規制の枠組み、考え方が異なる。様々な環境変動を含んだ環境ストレスとの関係、放射性物質と化学物質等の複合的な影響などに関しては議論が多い。そのような論点について、シンポジウム「地球環境と放射線:生態系への影響を考える」(主催:放射線医学総合研究所、共催:日本放射線影響学会、日本保健物理学会)が2001年に開催された。議論の内容については、詳細な文献(文献5)がある。なお、以上は独立行政法人放射線医学総合研究所放射線安全研究センターにおいて、2002年度より実施されている研究課題である。
<関連タイトル>
環境の放射線防護研究 (06-03-05-05)
国際放射線防護委員会(ICRP) (13-01-03-12)

<参考文献>
(1)生態系保全のための化学物質の審査・規制の導入について、生態系保全に係る化学物質審査規制検討会、環境省(2002)
(2)International Commission on Radiological Protection, ICRP 1977 recommendation (Publication 27), paragraph 14(1977)
(3)International Commission on Radiological Protection, ICRP 1990 recommendation (Publication 60), paragraph 16(1990).
(4)International Commission on Radiological Protection, A Framework for Assessing the Impact of Ionising Radiation on Non−human Species(Publication 91)(2003)
(5)村松康行、土居雅広、吉田 聡(編):放射線と地球環境−生態系への影響を考える−、研成社(2003)
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