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<概要>
 水のみを原料とする有力な水素製造技術の1つである硫黄系熱化学−電気化学併用法(sulfuric acid hybrid process)における三酸化硫黄(SO3)熱分解過程を、酸素イオン透過性固体電解質による電解過程に置換することで、通常800℃以上の高温が必要な同技術を高速増殖炉(FBR)温度域(500〜550℃)で適用可能とした。水素製造に係るプロセス全体でFBRから提供される熱と電気を併用することから、ハイブリッド熱化学法と呼称する提案技術について、これまでにFBR温度域での固体電解質(YSZ)によるSO3電解反応の実証、約60時間の連続水素製造実験などを行い、提案原理が実際に成立することを確認するとともに、400MWt級FBRに付設したプラント概念設計を行い、実験や設計評価結果を踏まえ実用化に向けた課題を整理した。亜硫酸(H2SO3)電解部、三酸化硫黄(SO3)電解部の高効率化、高耐硫酸性鉄鋼材料開発および実際の水素製造プラント・パフォーマンスが評価可能な工学規模試験の実施等今後の主要な課題を明らかにするとともに、これらの課題解決に向け実施中の研究開発項目を紹介した。
<更新年月>
2005年09月   

<本文>
1.はじめに
 「ハイブリッド熱化学法」は、核燃料サイクル開発機構(現:(独)日本原子力研究開発機構)が研究開発を進める実用化高速増殖炉(FBR)が供給可能な500〜550℃の熱エネルギーと変換後の電気エネルギーを併用して水のみを原料に水素製造を行う技術である。
 近い将来、水素は電気とともに中心的な二次エネルギー(エネルギー・キャリア)としての利用が期待されている。エネルギー供給には、二酸化炭素排出削減による地球温暖化抑制など環境への配慮や、資源が乏しいわが国にあっては化石燃料・鉱物資源への依存度が小さく長期間安定供給が可能な技術開発が求められている。プルトニウム(Pu)サイクルにより長期安定な準国産エネルギー供給が可能なFBR(一次エネルギー供給システム)と水のみを原料とする水素製造技術であるハイブリッド熱化学法の組み合わせは「長期間安定なエネルギーの供給」、「地球環境適合性」および「エネルギー自給率の向上」の要件を満たす有望技術である。
2.ハイブリッド熱化学法の原理
 ハイブリッド熱化学法は、基本的に硫黄系熱化学−電気化学併用法(sulfuric acid hybrid process)に区分される技術である。従来の技術は、米国のWestinghouse社により1970年代に提案されたものであり(文献1)、亜硫酸水溶液電気分解と硫酸熱分解を組み合わせた以下のプロセスにより水素および酸素を分離、生成させる。
  2H2O + SO2 → H2SO4 + H2  亜硫酸溶液電気分解      (1)
  H2SO4 → H2O + SO3       硫酸水溶液沸騰        (2)
  SO3 → SO2 + 1/2O2      硫酸ガス(三酸化硫黄)熱分解 (3)
式(1)の理論電解電圧は文献によって異なるが0.17V〜0.29Vである。このプロセス中で最も高温を必要とするのは約800℃で行われる(3)式の三酸化硫黄(SO3)熱分解反応である。ハイブリッド熱化学法では、この熱分解過程を酸素イオン伝導性に優れる固体電解質を利用した電気分解に置換することで、水素製造プロセス全体をFBRの冷却材温度の550℃以下で可能とした。図1に水とSO3の理論電解電圧の計算結果を併せて示すが、500℃におけるSO3の理論電解電圧は0.13Vとなる。すなわち、ハイブリッド熱化学法全体で必要な理論電解電圧は(1)式と(3)式の合計の約0.3〜0.4Vとなり、水の理論電解電圧である約1V(1.23V at 25℃)の1/2以下で水素を得るができる。図2にハイブリッド熱化学法のプロセスを模式的に示した。図から明らかな通り、硫黄成分は閉じた系内を形態を変えて循環するのみで増減は無く、原料である水のみが供給されて水素と酸素を製造する。
3.ハイブリッド熱化学法の特長
この手法の主な特長は以下である(文献2)。
(1)高い熱利用効率の実現:表1にFBRの発電効率を考慮した化学反応ベースの理論的な熱利用効率の計算結果を示す。表から発電効率が40%の場合に、理論的な熱利用効率の最大値としては高発熱量基準(η=HHHV/FBR供給熱量、HHHVは水素燃焼時の高発熱量(=285.8kJ/mol))で約55%が得られることがわかる。
(2)プロセス構成上のメリット:硫黄系サイクルのみの極めて簡素なプロセス構成が可能であることに加え、プロセス全体の低温化と多くの熱化学法で必要なハロゲン系の高腐食性物質を使用しないことから、構成材料の腐食の大幅な低減が期待できる。
(3)高い安全性:水素生成反応は100℃以下の低温で行われるため、原子力プラント内で行う必要はなく原子力プラントとの系統分離も可能であり、自然発火の危険性も排除できる。また、分解生成した水素と酸素が共存しないため、水素爆発の危険性は潜在的に低い。
4.ハイブリッド熱化学法の実験的検証
(1)三酸化硫黄(SO3)電解部の機能確証(文献3)
 ハイブリッド熱化学法の成立性は、酸素イオン導電固体電解質が、高腐食性の硫酸蒸気(H2O+SO3)中において、作動温度としては低い500〜550℃できちんと動作する、すなわち(3)式が現実に成立するという点にかかっている。市販の数種の固体電解質を対象に実施した400〜600℃の硫酸蒸気中50時間の曝露試験により良好な耐食性を示した8mol%イットリア安定化ジルコニア(YSZ)を用いて、実際にSO3電解実験を実施した。図3に示すように500℃以上では電解質を流れる電流値から換算した酸素量(Vcal)と酸素濃度計により実測された酸素発生量(Vmeasured)はほぼ一致する。この結果は、提案原理の枢要部であるFBR温度域における固体電解質を利用したSO3電解が成立することを示している。
(2)連続水素製造試験(文献4,5)
 ハイブリッド熱化学法のフロー(図2参照)を忠実に構成した簡易な試験ループを製作、同手法に基づき水を分解して水素および酸素が生成できることを実験的に確かめている。図4に実験装置のフロー図を示す。実験装置を構成する主要機器は亜硫酸溶液(H2SO3)電解槽、硫酸加熱器、SO3電解器、SO2吸収器である。SO3電解用の固体電解質は内外面に白金電極を取り付けた8mol%YSZ管を使用し、H2SO3電解器用隔膜にはNafion117を使用した。表2に実験条件を示す。実験は2期に分けて実施され、第I期ではプロセスの成立実証、各構成部動作確認を目的に断続的に4回、最長5時間の試験を実施した(文献4)。第II期では、第I期試験後の分析を踏まえ各部に改良を施したうえで、その実効性と長時間水素製造時における課題整理を目的に実験が継続不能になるまで行なった(文献5)。SO3電解部電極は、I期では白金ペースト焼結を採用したが、試験後の観察で劣化の兆候が認められたことからII期では白金メッキに変更している。この違いにより酸素イオン透過性能が大きく改善されたことから印加電圧も0.75Vからほぼ理論通りの0.13Vへと変更した。第I期実験において測定された電流値の経時変化の例を図5に示す。約5時間の実験中ほぼ10mAの電流値が安定して得られ、SO3電解部の電解性能に低下がないことがわかる。計4回の同条件で実施した実験で得られた電流値に基づく水素発生速度は4.03ml/h〜5.04ml/h、酸素発生速度は2.07ml/h〜2.78ml/hであり、量論的にも矛盾の無いものであった。第II期試験はSO3電解部出口配管の腐食による生成物でSO2吸収部入口ノズルが詰まるまで、56時間継続した。試験後の仔細な分析により、後述する技術課題を整理し、実用化を見通すための改良技術開発を進めている。
5.FBRプラントへの適用検討(文献6)
 ハイブリッド熱化学法をFBRプラントへ適用した概念設計評価例を示す。評価対象としたFBRプラントの諸元を以下に、水素製造プラントの系統概念図を図6に示す。2次ナトリウム冷却系の500℃以上の高温領域(熱出力の45%)に熱エネルギーが必要な硫酸蒸発部(試験装置構成の硫酸加熱器に相当)およびSO3電解部を配置し、SO3電解部およびH2SO3電解部の2か所の電気分解器へは500℃以下の領域(熱出力の55%)で蒸気タービンを用いて発電する電力を供給する構成とした。なお、この検討では、プラント諸元に記載の電気出力は電気分解および所内負荷として全てプラント内で消費する設計としている。
<FBRプラント諸元>
熱出力:395MWt、型式:ナトリウム冷却FBR、1次系温度:550/395℃、2次系温度:540/350℃、電気出力:82MWe
図2からも明らかなように、プロセスは硫酸(H2SO4)を利用した閉じた系であり、硫酸蒸発器で生成したSO3ガスを電気分解して二酸化硫黄(SO2)ガスを生成し、さらにSO2を原料である水に溶解させた(H2SO3)後、電気分解過程を入れることでH2SO4に戻すと同時に水素を製造する。硫酸濃度を95mass%とし、両電解部の効率をそれぞれ、SO3電解部85%、H2SO3電解部90%とした場合、対象としたFBRプラントの水素製造量は約47,000Nm3/h、水素製造効率は高発熱量基準で42%となった。また、設計検討を通し、IS法等他の熱化学法で問題となる高温部の構造材料腐食が比較的低温のプロセスであるため軽減できる可能性を確認している。
6.今後の課題
 水素製造実験やプラント概念設計に基づき整理した主要な課題および解決に向けて実施中の研究開発項目を以下に示す。これらの他、実用化に向けてはさらに水素製造能力が一定以上(例えば5Nm3/hレベル)の試験プラントによる技術確認が必要となる。
(1)亜硫酸(H2SO3)電解器の効率向上
 当該部の電解効率がハイブリッド熱化学法の水素製造効率を左右するため、目標とする製造効率40%以上を達成するためには90%以上の電解効率が必要となる。
イ.電極面へのSO2供給改善:ガス拡散電極開発、最適流動セル開発
ロ.高性能陽イオン交換膜開発:エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体の最適化
(2)SO3電解器の効率向上
 消費電力が少ないことから、当該部の電解効率が水素製造効率に与える影響は小さい。しかし、FBR温度域において実用的な効率で運転可能なセルの開発が必要である。
イ.高性能酸素透過性固体電解質開発:YSZの改良・薄肉化、革新固体電解質開発等
ロ.電解部(電極−電解質)性能向上:混合導電体開発、酸素透過電極材開発等
ハ.SO3電解部の長時間耐久性確保
(2)安価な金属製プラント構成材料の開発
 気相/液相および沸騰硫酸環境で実施した耐食性評価試験結果に基づけば、濃度95%以上の硫酸を媒体とすることで、系統構成の工夫(図6参照)によりハステロイや高Si鋳鉄等の材料で水素製造系を構成可能である見通しを得ているが、さらに実機環境における耐久性評価が必要である。
(3)工学規模実験
 ハイブリッド熱化学法による実用的な水素製造プラント成立性を見通すためには、2つの電解セルの効率評価や系統制御性等を正確に評価し得る工学規模の試験装置製作、および実験、取得データの分析・評価が必要である。
<図/表>
表1 FBR発電効率を考慮した熱利用効率の評価結果
表1  FBR発電効率を考慮した熱利用効率の評価結果
表2 連続水素製造実験条件
表2  連続水素製造実験条件
図1 水とSO3の理論電解電圧計算結果
図1  水とSO3の理論電解電圧計算結果
図2 ハイブリッド熱化学法のプロセス模式図
図2  ハイブリッド熱化学法のプロセス模式図
図3 固体電解質のSO3電解性能確認結果(SO3電解試験時の発生酸素量/電流換算酸素量)
図3  固体電解質のSO3電解性能確認結果(SO3電解試験時の発生酸素量/電流換算酸素量)
図4 水素製造試験装置フロー図
図4  水素製造試験装置フロー図
図5 5時間連続水素製造試験の結果(SO3電解部、亜硫酸溶液電解部の電流経時変化)
図5  5時間連続水素製造試験の結果(SO3電解部、亜硫酸溶液電解部の電流経時変化)
図6 ハイブリッド熱化学法をナトリウム冷却型高速炉に適用したプラント系統概念
図6  ハイブリッド熱化学法をナトリウム冷却型高速炉に適用したプラント系統概念

<関連タイトル>
熱化学水素製造 (01-05-02-03)
高温ガス炉による水素生産 (01-05-02-19)
高速増殖炉 (03-01-01-01)
高速増殖炉の核燃料サイクル (03-01-02-01)

<参考文献>
(1)W.Weirich,K.F.Knoche,et al.:Nucl. Eng. Des.,Vol.78,285−291(1984)
(2)中桐、大滝ほか:原子力学会和文論文誌、Vol.3、No.1、88−94(2004)
(3)T.Nakagiri,T.Hoshiya,et al.:Proc. GENES4/ANP2003,paper No.1020(2003)
(4)T.Nakagiri,T.Kase,et al.:Proc. ICONE−13,ICONE13−50147(2005)
(5)T.Nakagiri,T.Kase,et al.:Proc.GLOBAL2005,135(2005)
(6)Y.Chikazawa,et al.:Proc. of 15th WHEC,paper ID30J−08(2004)
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