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<概要>
 熱化学水素製造プロセスとは、複数の化学反応を組み合わせることによって、直接熱分解に必要な温度よりも低温の熱のみで水を水素と酸素に分解する化学プロセスであり、J.E.Funkらによって理論的可能性が1960年代に示された。
 このプロセスを構成する化学反応は、加水分解反応、水素発生反応、酸素発生反応などから成っている。この方法が注目を浴びるようになったのは、Euratom/Ispra研究所のMarchettiらによって高温ガス炉からの核熱エネルギーの利用方法として一連の反応式が提案されてからである。これがきっかけとなり米国、欧州、日本などで研究が進められた。
 これまでに、実験室規模で連続的な閉サイクル水分解が実証されている。実用化に向けての課題は、閉サイクル運転技術、耐食性装置材料、分離技術などの開発である。
<更新年月>
2004年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.はじめに
 われわれが利用するエネルギーは、自然天然物として得られる一次エネルギーと一次エネルギーを加工して作り出される二次エネルギーに大別できる。石油、原子力、太陽エネルギーなどは前者に分類され、電力は後者の代表である。水素は、現在のエネルギーシステムには組み込まれていない。しかし、燃焼生成物が水のみであるクリーンな燃料として利用できること、電力と異なり貯蔵できること、長距離輸送時の損失が小さいこと、燃料電池により電力へ変換できることなど、二次エネルギーとして優れた性質を有しているため、将来のエネルギーシステムにおいて重要な役割を果たすものとして期待されている。
 水素は種々の方法により製造できるが、環境への影響を低減する観点から水を原料とすることが最も望ましい。水を分解して水素を製造する方法として、電力を用いる水の電気分解がすでに工業化されているが、熱や光などを利用する新しい方法の研究開発も活発に進められている。
2.熱化学水素製造法
 新しい水素製造方法の一つであり、熱エネルギーを用いて水を分解し水素と酸素を製造する。水を直接に熱分解するには数千度の高温を必要とするが、熱化学水素製造法では複数の化学反応を組み合わせた化学プロセスによって、これより低温の熱を用いて水分解を行う。プロセスを構成する化学反応(以下、要素反応とよぶ)には、加水分解反応、水素発生反応、酸素発生反応などが用いられ、プロセス全体として、水の分解反応のみが正味の化学変化となるように構成される。ここで、吸熱的な要素反応は高温条件で、また発熱的な要素反応は低温条件で操作される。したがって、このプロセス全体の働きをつぎのように表現できる;「外部熱源から高温の熱を吸収し、化学反応を組み合わせたサイクルによって水を分解する仕事を行い、低温の廃熱を排出する」。これは、熱機関の働きと極めて類似しており、熱化学水素製造法は、熱エネルギーを水素のもつ化学エネルギー(例えば、燃焼熱)に変換する化学的な熱機関と考えることができる。なお、このように化学反応のサイクルにより進みにくい化学変化を起こさせるプロセスとして、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)製造を目的とするアンモニアソーダ法が既に広く工業化されている。
3.熱化学水素製造法の研究開発の経緯
 1960年代(昭和35年〜昭和44年)中期に、米国General Motors社のFunkらによって初めてこの概念が提起され検討された。次いで、高温ガス炉からの核熱エネルギーの利用法として、Euratom(欧州原子力共同体)/Ispra研究所が開発の中心となり、約20種類のサイクルが提案された。これがきっかけとなり、米国、欧州、日本などで活発な研究開発が始まった。米国では、電子計算機を用いた反応構成の探索研究等を経て、1976年(昭和51年)には米国エネルギー省によって熱化学水素製造法の国家計画が開始された。この計画では、熱エネルギーから水素の化学エネルギーへの変換効率(以下、熱効率とよぶ)が40%以上であること、水素製造コストが$10/GJ(ギガ・ジュール)以下であること、また、要素反応の最高温度を880℃以下とすることなどが目標とされた。欧州や米国では、1980年代(昭和55年〜平成元年)中期に至って高温ガス炉計画のスローダウンに伴い研究が中断されたが、最近、水素エネルギーシステムの将来性に鑑み、見直しの気運もある。日本では、1970年代から1980年代(昭和45年〜平成元年)にわたって、国立研究機関等を中心にサンシャイン計画の一環として研究開発が行われた。現在、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)(以下、原研という)においてIS(Iodine-Sulfur)プロセス、また、東京農工大学等においてUT-3(University of Tokyo-3)プロセスの研究開発が進められている。
4.IS(Iodine-Sulfur)プロセス
 このプロセスは、次の3つの反応で構成されている(図1参照)。
(1)100℃付近にて、水とヨウ素の混合物によって二酸化硫黄ガスを吸収して、ヨウ化水素と硫酸を得る反応(ブンゼン反応)
(2)400〜500℃にて、ヨウ化水素の熱分解により水素を製造する反応
(3)850℃程度の熱を用いて、硫酸を分解し酸素を製造する反応
 反応(3)は吸熱的に進行し、反応(1)は発熱的に進行する。また、水以外の硫黄およびヨウ素の化合物はプロセス内で繰り返し使用される(以下、プロセス循環物質とよぶ)。本プロセスは、米国General Atomics社によって提案され、ISプロセスの名称はプロセス循環物質の構成元素の頭文字から名付けられた。本プロセスは、すべての反応物質が気体または液体状態で取り扱われる全流体プロセスであり、大規模化に適している。また、高温ガス炉などの約1000℃の高温熱源と良く整合する温度域において、吸熱的な硫酸分解反応(3)が定量的にかつ大きな反応率で進行する点、高温ガス炉との接続に適した特性を有している。このため、日本原子力研究所では、高温ガス炉の熱エネルギーを有効利用する候補プロセスの一つとして本プロセスを取り上げ、研究開発を進めている。これまでに、要素反応および反応生成物の分離方法に関する基礎的検討を行い、その成果に基づいて実験室規模の連続水素製造試験を行い、プロセス循環物質をほとんど損なうことなく、連続的に水を分解できることを実証している(図2参照)。さらに、プロセス制御手法の開発を目指して、スケールアップし計測系を充実させたベンチ規模の試験装置を用いた水素製造試験を進めている。ISプロセスを実用化するためには、このような循環物質の損耗を極力抑えた閉サイクル水素製造を高い熱効率で実現することが必要である。また、硫酸やヨウ素などは腐食性が強いため、大型プラントの装置材料には優れた耐食性が要求される。このような観点から、閉サイクル運転技術、膜分離技術、耐食材料などの研究開発が実施されている。
5.UT-3(University of Tokyo-3)プロセス
 このプロセスでは、プロセス循環物質としてカルシウム、鉄、臭素などの化合物を用いる。図3に4つの要素反応を示す。まず、730℃付近の温度で臭化カルシウムと水蒸気を反応させて臭化水素ガスと酸化カルシウムを生成する。酸化カルシウムは500℃付近にて臭素と反応させて臭化カルシウムの再生と酸素の製造を行う。一方、600℃付近にて臭化鉄を水蒸気と反応させて臭化水素ガスと酸化鉄を得るとともに水素を製造する。酸化鉄は350℃付近にて臭化水素ガスと反応させて臭素と臭化鉄の再生を行う。ここで、すべての反応は固体と気体との反応であり、臭化物と水蒸気を反応させる2つの反応(加水分解反応)は吸熱的に進行し、他の反応は発熱的に進行する。
 UT-3プロセスの名称は、本プロセスが東京大学吉田研究室から提案されたことに因んで名付けられた。循環物質として固体を用いる場合、定量的な輸送、反応性の維持、温度制御などが課題となる。このため、東京大学を中心とする研究グループは、固体を輸送せずにガスのみを循環させる運転方式を考案するとともに、固体反応物の反応性の長期安定性確保を目的とした反応物調製法の研究を進め、優れた成果を挙げてきた。また、高い熱効率を実現するには、反応系の気体混合物から水素あるいは酸素を効率的に分離することが必要であり、高温環境下で使用できるセラミックスなどの無機材料を素材とする気体分離膜の研究が行われてきた。装置材料に関しては、本プロセスも臭素などの腐食性の強い物質を扱うため、耐食材料の研究が進められている。本プロセスは、吸熱反応が730℃と比較的低い温度で進行するので、高温ガス炉のほかに、太陽あるいは製鉄高炉から得られる熱の利用など種々の熱源との接続が検討されている。
<図/表>
図1 ISプロセスの基本構成
図1  ISプロセスの基本構成
図2 ISプロセスによる実験室規模連続水素製造試験の結果
図2  ISプロセスによる実験室規模連続水素製造試験の結果
図3 UT-3プロセスの基本構成
図3  UT-3プロセスの基本構成

<関連タイトル>
電解式水素製造 (01-05-02-04)
水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術 (01-05-02-05)
高温ガス炉による水素生産 (01-05-02-19)

<参考文献>
(1)太田 時男(編):水素エネルギー最先端技術、エヌ・ティー・エス(1995)
(2)資源エネルギー庁(監修):資源エネルギー年鑑 1995/96年版、通産資料調査会(1995年2月)
(3)Y. Miyamoto et al.:PRESENT STATUS OF NUCLEAR HEAT UTILIZATION SYSTEMS DEVELOPMENT FOR A HIGH-TEMPERATURE GAS−COOLED REACTOR IN JAERI. Proc. International Conference on Future Nuclear Systems,Yokohama,October 1997,p.538-543.
(4)吉田 邦夫(編):文部省科学研究費補助金 重点領域研究「エクセルギー再生産の学理」1997年度報告書(1998)
(5)Hayato Nakajima et al.: A Study on a Closed-Cycle Hydrogen Production by Thermochemical Water-Splitting IS Process,7th Inter. Conf. on Nuclear Engineering,Tokyo,Japan,April 19-23,1999,ICONE-7104
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