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<概要>
 物理学者ラザフォードと化学者ソデイは1901年10月から1903年4月まで、カナダのマギル大学において、トリウムとそれが壊変して生ずる娘核種放射能の原因を化学分析によって調べ、原子は放射線を放出することによって別の元素の原子に変わっていくことを発見した。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.はじめに
 19世紀末のウラン、トリウムの放射能の発見、引き続く放射性新元素ポロニウム、ラジウムの発見によって、今世紀に入ると放射線の研究が活発化した。今世紀初め、放射線には、
  1)透過能が小さく、磁場によってはほとんど曲がらないアルファ線
  2)磁場によって曲げられ、アルファ線よりも透過能の大きいベータ線
  3)磁場によって曲がらず、透過能の大きいガンマ線
の3種類の異なる性質のものがあることが、実験から見出されていた。
 しかしながら、放射能の原因については不明であり、次のような仮説があった。
  1)放射性物質が周囲の空気分子の熱運動のエネルギーを取り込み、これを放射線として放出する。
  2)放射性物質が周囲の未知のふく射エネルギーを取り込み、これを放射線として放出する。
 いづれも、電子が物質に入射してX線が発生する過程に類似なものとして、放射線の放出過程を考えている。
 また、1899年から1900年にかけて、トリウム、ラジウムからは気体状の放射性物質が発生していて、周辺の物質がこの気体に触れるとその物質も放射能をもつことが発見された。当時、この気体状の放射性物質をエマネーションと呼んでいた。
 ラザフォード(Ernest Rutherford、英、1871〜1937)とソデイ(Frederick Soddy、英、1877〜1956)は、モントリオールのマギル大学における1901から1903年にかけての共同研究でエマネーションの正体をつきとめ、放射能の原因が元素の壌変過程であることを発見した。

2.エマネーションの放射能測定
 図1 はエマネーションの放射能を測定する装置である。左側のガスメータから空気が容器A内の硫酸を泡立たせて送り込まれる。球状のこぶDには、ちりを除くための脱脂綿が詰められている。空気は管C内に置かれた試料から発生するエマネーションとともに、電極E、F、Hが設けられた管を通して右へ流れて行き、管の右下から放出される。空気流を一定の速さで流し続けると、電極E、F、Hを流れる電流は一定となる。管Cの中に入れられた試料からのエマネーションの発生率(単位時間当たりのエマネーション発生量)は、電極に流れる電離電流に比例する量として測定される。また、E、F、Hの電流を比較すれば、エマネーションの空気を電離する能力(放射能に比例する)の時間減衰が測定される。
 この装置を用いて、エマネーションの発生率は管Cの中の物質の重量に比例することと、エマネーションの放射能は約1分で半減することが確かめられた。

3.トリウムからトリウムXの分離
 放射能を持ったトリウムを硝酸トリウムの形にして、これに水酸化アンモニウムを加えると、トリウムは水酸化トリウムとなって濾紙に沈澱する。これを 図2 に示す。沈澱した水酸化トリウムの放射能を調べたところ、この沈澱にはアルファ線放出の放射能の4分の1が残っていただけで、残りの放射能はすべて濾液として下のルツボに移っていた。また、エマネーションの発生能力のすべては濾液に移っていた。
 ラザフォードとソデイは、放射能とエマネーション発生能力を持った未知の物質が、濾液に溶解されて下のルツボへ落下したと考え、この未知の物質をトリウムXと名付けた。

4.エマネーション発生能の減衰と回復
 トリウムとトリウムXが分離されると、エマネーション発生能力の全部はいったんXの方に移るが、日が経つにつれてXのエマネーションの発生率は低下していくことがわかった。一方、エマネーションの発生能力を失ったトリウムの方は、反対に少しづつエマネーション発生率を回復していくことがわかった。 図3 にこれを示す。また、トリウムの放射能はエマネーションの発生率に比例して減衰または回復することもわかった。

5.放射性変換説
 ラザフォードとソデイは、エマネーションについての上記の実験結果に基づいて、「トリウムからトリウムXが生じ、トリウムXからは気体であるエマネーションが発生し、エマネーションは更に気体から固体の微粒子となって周囲の物質に付着し、これらに放射能を持たせる。これらの変化は化学変化ではなく、元素の壌変過程であり、放射線はこれらの変換過程に伴って放出される。」と考えた。これが放射性変換説である。
 変換説によって、トリウムXのエマネーション発生能の減衰は次のように説明される。エマネーションはトリウムXの変換(今日では壊変または崩壊といわれる)によって生ずるが、このトリウムXはトリウムの変換から生じているので、トリウムXは図2の化学処理によってトリウムから切り離されると、気体であるエマネーションとなり散逸していく。トリウムXの減少の仕方は図3のようであり、半減期が約4日の指数減衰則に従う。
 また、トリウムのエマネーション発生能の回復は、次のように説明される。トリウムは少しづつトリウムXに変換していくが、最初にトリウムXを化学分離して除去した状態からスタートすると、トリウムXの量はトリウムからの変換によって少しづつ増加し、時間が経つと、トリウムXはエマネーションに変換していくために、生成と消滅が釣合い、飽和する。図3のように、10日ほど(半減期の約3倍)経つとトリウムXの量が飽和して一定となるため、トリウムからは見かけ上一定の発生率をもってエマネーションが生ずるようになる。

6.天然放射性元素の壊変系列
 今日では、ラザフォードとソデイの研究したトリウムから始る放射性核種の壊変系列は、天然放射性元素の4n壊変系列として知られている。この系列はトリウム232(半減期140億年)から始まり、ラジウム224(トリウムX、半減期3.7日)、ラドン220(エマネーション、半減期55.6秒)を経て、鉛208(安定)に終わる。これを 図4 に示す。
 ラザフォードとソデイは化学処理によってトリウムとトリウムXを分離した。分離直後のトリウムはトリウム232とトリウム228である。アルファ線放出の放射能は空気の電離量によって測られるので、測定される放射能は放出されるアルファ線の合計エネルギーに比例する。トリウム232と228から放出されるアルファ線のエネルギーの和は、壊変系列全体で放出されるアルファ線のエネルギー合計の約4分の1にあたる。これが化学分離の際に4分の1の放射能が水酸化トリウムの沈殿に残っていた理由である。
 トリウムXはラジウム228と224から成り、228の方はアルファ線を放出しないで、ラジウム224の放射能がトリウムXの放射能である。この放射能に比例してラドン220(当時エマネーションと呼ばれた。現在ではトロンとも呼ばれる)が発生する。アルファ線放出の放射能も、ラドン220の発生率も共に約3.7日の半減期で減衰する。
 一方、水酸化トリウムの沈殿中のトリウム228は壊変してラジウム224になるので、沈殿中にはラジウム224が除々に生成され、放射能とラドン220の発生率が上昇していく。半減期の2〜3倍の時間(約10日間)を過ぎると沈殿中のラジウム224は生成と壊変が割合い一定値に飽和する。そのため放射能とラジウム224の発生率も一定値に飽和する。
 ラザフォードとソデイは、今日の言葉でいえば、4n壊変系列において、化学処理によってトリウムとラジウムを分離し、そのアルファ放射能とラドン220の発生率を測定し、その挙動から壊変系列が核種の変換過程であることをつきとめたのである。
 今日では4n系列の他に、天然放射性元素の壊変系列として、ウラン238(半減期45億年)に始まり、ラジウム226(半減期1600年)、ラドン222(半減期3.8日)、ポロニウム210(半減期138日)を経て鉛206(安定)に終わる4n+2系列、ウラン235(半減期7億年)に始まり、鉛207(安定)に終わる4n+3系列が知られている。
<図/表>
図1 エマネーションの放射能測定装置
図1  エマネーションの放射能測定装置
図2 トリウムからトリウムXの分離
図2  トリウムからトリウムXの分離
図3 エマネーション発生率の減衰と回復
図3  エマネーション発生率の減衰と回復
図4 トリウムの壊変系列
図4  トリウムの壊変系列

<関連タイトル>
原子力・放射線にかかわるノーベル賞受賞者 (16-03-03-13)

<参考文献>
(1) T.J. トレン著、島原賢三 訳、自壊する原子、三共出版、1982年
(2)物理学古典論文叢書、放射能、東海大学出版会、1970年、103?200頁
(3)エミリオ・セグレ著、久保亮五、矢崎裕二 訳、X線からクオークまで、みすず書房、1982年、61-79頁
(4)小林定喜、完倉孝子編、生活環境におけるラドン濃度とそのリスク、放医研環境セミナーシリーズNo.15、実業公報社、1989年、328頁
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