<大項目> 海外情勢
<中項目> アフリカ各国
<小項目> リビア
<タイトル>
リビアの国情およびエネルギー事情 (14-09-02-01)

<概要>
 リビア、正式名称大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国(the Great Socialist People’s Libyan Arab Jamahiriya)は1951年12月リビア連邦王国(イドリス王国)としてイタリアから独立、1969年9月1日革命を機にリビア・アラブ共和国に改称、その後1977年3月人民主権確立宣言(ジャマーヒリーヤ宣言((大衆による共同体制の意)))発表し、社会主義人民リビア・アラブ国に改称した。
<更新年月>
2005年09月   

<本文>
1.国情
1.1 面積と人口(図1参照)
 リビアは、アフリカ大陸のほぼ中央に位置し、その国土は地中海のシドラ湾周辺からサハラ砂漠にかけて広がっている。面積は、176万km2(日本の約4.6倍)で、国土の90%以上が平坦な砂漠であるため、気温は高温で乾燥しており、地中海沿岸部を除き年間降雨量は200mm以下である。人口は560万人(2003年推計)で、首都トリポリとベンガジに人口が集中している。人口の92%がアラブ人、ほとんどがイスラム教徒で、その中でも97%がスンニ派である。リビアはイスラム教を基調においた社会主義的、民族主義的国家の建設を目的とし、人民主権、直接民主主義に基づいた体制(ジャマーヒリーヤ体制)の確立を目指しているアラブ民族国家である。
1.2 政治と歴史的背景
 1912年10月トルコとの条約でリビアはイタリアの支配下となり、第二次世界大戦中列強の争う戦場となった。1943年には連合軍がドイツ・イタリア軍を破り、英・仏軍が代わってリビアを占領したが、1949年11月に国連はリビアの独立を決議し、1951年12月にはサヌーシ教団のイドリス1世を元首とする王国として独立した。リビアは1955年から石油の探査を始めており、1959年6月エッソがキレナイカに大油田を発見、1961年から石油の海外輸出が始まった。以来、相次いで有望な油田が発見されている。
 1969年9月1日、支配階級のみが利益を独占した王政形態と根強い部族主義に反発して、無血クーデターが勃発。カダフィー大佐を議長(元首)とする構成員12名がRCC(Revolutionary Command Council:革命指導評議会)を設立し、これを国権の最高機関とするリビア・アラブ共和国が樹立した。革命政府は外国軍基地の撤去、国際石油資本の資産国有化等アラブ・ナショナリズムを推進し、アフリカ諸国との連帯、イスラム社会の連帯とアラブの団結を基本政策とした。
 1971年6月にはアラブ社会主義者連合を結成し、一党支配体制を整えた(「緑の革命」)。1977年3月、いわゆる人民主義確立宣言、即ち「ジャマヒリア宣言」を採択して直接民主政治制度に移行、国名も「リビア・アラブ社会主義人民ジャマヒリア」に変更した。カダフィー政権はイスラエルを支援する西側諸国への原油価格の引上げ、パレスチナ解放戦線の支援、チャドや、モロッコの暴動を援助、国際テロ活動への資金援助などを行った。
 1988年12月英国スコットランド上空でパンナム機爆破事件が発生し、米英両国は2名のリビア情報機関員の引渡しを要求したが、リビア側は拒否した。また1989年9月UTA航空機爆破事件が発生、1991年10月フランスは容疑者としてリビア人4名を国際手配した。米国は対リビア経済制裁措置(ILSA法(イラン・リビア投資規正法))発表、国連安保理は決議748(国際線航空機のリビア発着と領空通過の禁止、武器の全面禁輸および外交関係の縮小を骨子とした石油輸出禁止を除く国連制裁措置(1992年3月))および883(リビア政府、企業、国民に帰属する海外資金や金融資産の部分的凍結、特定の石油関連機器・機材の禁輸、リビアに対する航空機の部品、エンジニア、保守サービス、航空機保険などの供給の禁止を柱とする制裁の追加(1993年11月))が採択され、リビアの国際的な孤立感が高まった。その後、リビアがオランダにおいて、スコットランド法によるロッカビー裁判を行うことをリビアが是認したことから、1999年4月には国連安保理制裁が停止(2003年9月には制裁解除)、遺族との補償交渉結着、大量破壊兵器(WMD)計画の廃棄(2003年12月)、2004年1月CTBT批准、CWC加入など国際社会への復帰が急速に進んでいる。また、米国は2004年10月対リビア制裁を解除し、テロ支援国家リストへの掲載などの一部を除き、外交上最大の課題である米国との関係正常化も急速に進展している。
1.3 経済
 石油業を主要産業とし、GDP210億ドル(2003年推定)(IMF)、一人当たりGDP4,121ドル(2003年)(IMF)、経済成長率9.1%(2003年推定)(IMF)である。貿易総額は輸出146.6億ドル(2003年推定)(IMF)、輸入72.0億ドル(2003年推定)(IMF)で、主要輸出品目である石油および石油製品はイタリア、スペイン、ドイツ、フランス等EUヨーロッパ諸国に輸出されている。
 リビア経済は1992年以降、米国および国連による経済制裁の影響により、原油収入の減少、投資の縮小、外貨事情の悪化がおこり経済成長は停滞した。しかし、1999年4月の国連制裁の停止を契機に経済の開放を進み、最近の石油価格の上昇と相俟って情勢は好転している。米国EIAのデータによると、リビア経済は2003年に9.8%の高成長を記録。2005年は7.7%。2006年は6.8%と予測され、貿易収支の黒字額は既に80億ドルに達している。
2.エネルギー
2.1 エネルギー資源(表1参照)
(1)石油
 石油は、リビアの輸出収入の9割以上を占め、国家財政の柱でもあり、特に昨今の原油価格の大幅な上昇は外貨の獲得に大きく寄与し、同国経済情勢を好転させたと見られる。確認埋蔵量は391億バレル(世界第8位、3.3%)(2004年末現在)、原油生産量は1607万バレル/日(世界第16位、1.96%)(2004年現在)、可採年数は57.3年(2001年現在)と推定されている。
 2004年の石油輸出量は134万バレル/日で、主要輸出先はイタリアが40.7%、ドイツが20.4%、フランスが7%、スペイン、ギリシャと欧州諸国が続くが、2004年には輸出量の約5%が米国へ輸出された。
 米系企業は1986年に米国政府の強い指示でリビアから一時撤退、油井管理は米国政府による対リビア制裁が解除され米国企業がリビアに復帰できるまで、信託契約によりリビア側が管理した。2004年米国との関係が急速に改善するにつれ、権益を残したまま撤退したOASISグループ(MARATONおよびCONOCO)とOCCIDENTALの3社は、NOC(National Oil Corporation)と操業復帰に向けて進行している。国連安保理制裁期間中もリビア原油は欧州諸国を中心に輸出されてきた。増進回収設備による原油輸出は禁止されたため、油井の老朽化が進んでいる。リビア原油のOPEC産出枠は、日量136万バレルで、原油余剰生産能力が少なかったため、実際の産出量も140万バレル前後であったが、外資導入による新規油田の開発のみならず、既存油田の活性化により、今後10年間で石油産業に300億ドルの投資を行い、2015年までに日量300万バレルまで生産能力を高める計画がある。まずは3年以内に日量200万バレルまで引き上げることを目標としている。現在のリビアの石油確認埋蔵量は391億バレルで、全世界埋蔵量の約3%にとどまるが、未調査の鉱区が多く、実際には1000億バレルあるとも言われている。
(2)天然ガス
 リビアは現在、南西部のワファー・ガス田から採掘した天然ガスをイタリアのシチリア島まで運ぶ1,200キロメートルのパイプライン建設を進めている。第1期目のプロジェクト契約金額は12億ドルで、イタリア・フランス・日本の国際コンソーシアム(企業連合)が受注した。EUのガス需要は増加しており、地理的に優位なリビアへの期待は高まっている。同プロジェクトは2004年から生産開始の予定であり、生産量は年産100億立方メートル、うち80億立方メートルをイタリアへ輸出、20億立方メートルをリビア国内消費に向ける計画である。また同プロジェクトに並行して、隣国チュニジア向けのパイプライン建設工事(年産20億立方メートル)も始まっている。
2.2 電力事情
 リビアは1984年に設立された垂直統合型事業者リビア電力公社(General Electricity Company of Libya:GECOL)が発送配電を一貫して行っている。1990年以前までは、西部(トリポリ地区)、東部(ベンガル地区)、および南部(セブハー地区)の系統がそれぞれ孤立していたが、1990年に西部と南部間が連系、送電系統は220kV、66kVおよび30kVで構成されている。国際連系線としてはエジプト間に220kV送電線(実質送電容量180MW)がある。また、エジプト間は2010年〜2015年の運用を目指して400kV送電線(送電容量1000MW×2)、500kV送電線(送電容量1000MW)の建設も計画されているほか、チュニジアとの同期連系も計画されている。
 2002年現在の発電設備は470万8,000kWである。大部分が石油火力発電所であるが、ガス火力への転換に向けたプロジェクトが進行している。2002年の発電電力量は153億4,500万kWh、消費電力量は122億6,000万kWhであった。図2にリビアの電源別発電電力量の推移を示す。

 今後リビアは石油で得た余剰収入を軍事費、WMD開発費、リビアの影響力を高めるためのアフリカ近隣諸国への援助ではなく、石油産業の開発の他、立ち遅れた国内インフラ整備(電力、通信、道路、上下水道、淡水化工場、下水処理場等)、失業対策、教育、石油ガス以外の国内産業の確立への投資が積極的に行われ、対応策を立てていくかが注目されている。
<図/表>
表1 リビアのエネルギー資源
図1 リビアの主要都市
図2 リビアの電源別発電電力量の推移

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<関連タイトル>
石油危機と世界 (01-06-01-01)

<参考文献>
(1)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業、第2編(2005年3月)、p.689
(2)米国EIA:International、Country Analysis Briefs、Africa、Libya、

(3)外務省:各国・地域情勢、アフリカ、リビア、大リビア・アラブ社会主義人民
ジャマーヒリーヤ国、http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/libya/
(4)日本リビア友好協会:http://www.jlfa.gr.jp/
(5)BP統計:
(6)IEA Energy Statistics:“Electricity in Libya in 2003”、
, “Evolution of Electricity Generation by Fuel from 1971 to 2003”,
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