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1986年の
チェルノブイリ事故に際して、既存の体制が有効に機能しなかったことから見直しの機運が高まり、両条約をリンクさせる「共同議定書」が1988年に、ウィーン条約改正議定書、補完基金条約が1997年に、パリ条約改正議定書が2004年に、それぞれ採択された。なお、現状では、米国、日本、カナダ、韓国等はいずれの条約にも加盟していない。 以下に、各条約の概要を示す。
1.パリ条約(原子力分野の第三者責任に関するパリ条約)(1960年7月29日署名、1968年4月1日発効、1964年、1982年に改正)
(1)締約国(欧州15か国):ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシア、イタリア、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スロベニア、スペイン、スウェーデン、トルコ、英国
(2)寄託先:経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)
(3)主な内容
1)運転者(
原子力施設の運転者)の無過失責任
過失の有無にかかわらず、運転者が責任を負い、被害者が損害賠償を求めるに際し、運転者の過失を証明する必要はない。(ただし、軍事紛争、敵対行為、内乱、暴動、及び、例外的規模の天災を直接の原因とする原子力事故に関しては、運転者は免責される。)
2)運転者への責任の集中
運転者のみが責任を負うこととされている。
3)責任を負うべき原子力損害の種類
運転者は、原子力事故を原因とする、人身及び財産への損害に対し責任を負うこととされている。
4)運転者の責任額の制限
1500万SDRとする。(ただし、締約国は国内法により、この額を超える額、あるいは少ない額を限度額として設定することができる。)
5)運転者の責任期間の制限
原子力事故発生から10年以内に損害賠償請求がなされない場合、請求権は消滅する。
6)損害賠償措置の強制
運転者の責任を担保する為に、保険等の損害賠償措置を義務づけている。
7)裁判管轄権
原子力事故が発生した国の裁判所に一元化する。
8)本条約の無差別適用
国籍、住所等による差別なく適用すべき旨を明文化した。
表1にOECDの原子力損害賠償条約の内容をまとめた。
2.ウィーン条約(原子力損害の民事責任に関するウィーン条約)(1963年5月21日署名、1977年11月12日発効)
(1)締約国(東欧、南米等を中心とした33か国):アルゼンチン、アルメニア、ベラルーシ、ボリビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、ブラジル、ブルガリア、カメルーン、チリ、クロアチア、キューバ、チェコ、エジプト、エストニア、ハンガリー、ラトビア、レバノン、リトアニア、メキシコ、ニジェール、ペルー、フィリピン、ポーランド、モルドバ、ルーマニア、ロシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、セルビア・モンテネグロ、スロバキア、マケドニア、トリニダード・トバゴ、ウクライナ、ウルグアイ
(2)寄託先:国際原子力機関(IAEA)
(3)主な内容
1)運転者の無過失責任
ただし、軍事紛争、敵対行為、内乱、暴動、及び、例外的規模の天災を直接の原因とする原子力事故に関しては、運転者は免責される。
2)運転者に責任を集中する。
3)原子力損害
人身及び財産への損害として定義する。
4)運転者の責任額の制限
運転者の責任額を500万USドル以上の額に制限できる旨を規定する。
5)運転者の責任期間の制限
原子力事故発生から10年以内に損害賠償請求がなされない場合、請求権は消滅する。
6)損害賠償措置の強制
7)裁判管轄権
原子力事故が発生した国の裁判所に一元化する。
8)本条約の無差別適用
国籍、住所等による差別なく適用すべき旨を明文化した。
3.ブリュッセル補足条約(パリ条約を補足するブリュッセル条約)(1963年1月31日署名、1974年12月4日発効、1964年、1982年に改正)
(1)締約国(パリ条約締約国のうち、12か国):ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、スロベニア、スペイン、スウェーデン、英国
(2)内容
原子力損害の賠償にあてる資金措置として以下の3段階を規定し、総額で3億SDRまでの賠償を可能とした。
1)500万SDRを下限として国内法で定める額まで
保険やその他の措置
2)1)で定める額から1.75億SDRまで
賠償責任を有する運転者の原子力施設が立地している国の公的資金
3)1.75億SDRから3億SDRまで
本条約の各締約国が、国民総生産と領域内に有する
原子炉の熱出力に従って定められる一定の比率に応じて分担する公的資金
4.共同議定書(ウィーン条約とパリ条約の適用に関する共同議定書)(1988年9月21日署名、1992年4月27日発効)
(1)締約国(パリ条約及びウィーン条約加盟国のうち、24か国):ブルガリア、カメルーン、チリ、クロアチア、チェコ、デンマーク、エジプト、エストニア、フィンランド、ドイツ、ギリシア、ハンガリー、イタリア、ラトビア、リトアニア、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ルーマニア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、スロバキア、スロベニア、スウェーデン、ウクライナ
(2)内容
パリ条約、ウィーン条約のいずれか及び共同議定書の締約国は、他方の条約及び共同議定書の締約国Bとの関係において、同じ条約の締結国としての取り扱いを受け、Aの原子力施設で発生した原子力事故により、Bの領域で被った損害についても、パリ条約あるいはウィーン条約の下で賠償されるものとした。(どちらの条約が適用されるかはケースにより異なる。)
5.ウィーン条約改正議定書(1997年9月29日署名、2003年10月4日発効)
(1)締約国:アルゼンチン、ベラルーシ、ラトビア、モロッコ、ルーマニアの5か国
(2)主旨
原子力事故の被害者への賠償の拡大を目的として、ウィーン条約の条項を改正
(3)主な内容
1)運転者の責任額の上限を拡大
a.3億SDR以上、あるいは、b.3億SDRまでの差額が公的資金によって賄われることを条件に1.5億SDR以上とした。
2)地理的適用範囲の拡大
非締約国で被った原子力損害も、本条約の下での賠償の対象とした。
3)原子力損害の範囲を拡大
環境損害、損害予防措置に要する費用、逸失利益、経済損失などを原子力損害の定義に加え、損害賠償責任範囲に含まれるものとした。
4)損害賠償可能な期間の延長
人身損害について損害賠償請求可能な期間を原子力事故発生から30年とした。
5)裁判管轄権に関する条項を変更
核物質の海上輸送中の事故を勘案し、排他的経済水域の概念を導入して、沿岸国の裁判管轄権を拡大した。
6.補完基金条約(1997年9月29日署名、未発効)
運転者の賠償責任額を超える被害が生じた場合の資金措置を定めた条約であり、パリ条約加盟国、ウィーン条約加盟国、あるいは両条約に加盟していなくても、国内法が一定の要件を満たしている国は加盟することができる。
原子力損害の賠償にあてる資金措置として、少なくとも3億SDRの賠償(具体額については、各加盟国から寄託先に通知)については、賠償責任を有する運転者の原子力施設が立地する加盟国が保証するものとし、それを超える額については、各加盟国が、原子力施設の設備容量及び国連分担金の率によって定められた一定の比率に応じて資金の拠出を求められる。
7.パリ条約改正議定書(2004年2月12日署名、未発効)
(1)主な内容
1)運転者の責任額の上限を拡大
国内法において7億EURO以上に設定されるべきこととした。
2)地理的適用範囲の拡大
非締約国で被った原子力損害も、本条約の下での賠償の対象とした。
3)原子力損害の範囲を拡大
環境損害、損害予防措置に要する費用、逸失利益、経済損失などを原子力損害の定義に加え、損害賠償責任範囲に含まれるものとした。
4)損害賠償可能な期間の延長
人身損害について損害賠償請求可能な期間を原子力事故発生から30年とした。
5)裁判管轄権に関する条項を変更
核物質の海上輸送中の事故を勘案し、排他的経済水域の概念を導入して、沿岸国の裁判管轄権を拡大した。
8.ブリュッセル補足条約改定議定書(2004年2月12日署名、未発効)
ブリュッセル補足条約で定める3段階の資金措置システムを維持しつつ、各段階の上限額を引き上げることにより、15億EUROまでの損害賠償措置を可能とした。
1)7億EUROを下限として国内法で定める額まで
保険やその他の措置
2)1)で定める額から12億まで
賠償責任を有する運転者の原子力施設が立地している国の公的資金
3)12億EUROから15億EUROまで
本条約の各締約国が、国民総生産と領域内の原子炉の熱出力に従って定められる一定の比率により分担して拠出する公的資金
(注)1SDR=1.44134USドル
<図/表>
<関連タイトル>
日本の原子力損害賠償制度の概要 (10-06-04-01)
核燃料加工に関する賠償制度の概要 (10-06-04-03)
再処理施設に関する賠償制度の概要 (10-06-04-04)
廃棄物処理処分に関する賠償制度の概要 (10-06-04-05)
<参考文献>
(1)(社)日本原子力産業会議(編):原子力年鑑 平成4年版(1992年12月)
(2)日本エネルギー法研究所:諸外国の原子力第三者責任保険制度(1985年4月)
(3)OECD/NEA:
http://www.nea.fr/html/law/legal-documents.html