<本文>
1.設立目的と経緯
1.1 設立目的
米国の原子力発電運転協会(INPO:Institute of Nuclear Power Operations)は、1979年3月に発生したTMI事故を教訓として商用原子力発電の高度の安全性と信頼性を推進する目的で、米国の原子力発電事業者により1979年12月に設立された事業者の自主規制機関である。
このためINPOは、原子力事業の最高レベルの指標、基準及びガイドラインを定め、発電炉の運転、事業者の安全文化等を定期的に詳細に評価する。しかし、その評価結果は事業者の自助努力の為の物であり公表されない。
1.2 経緯
1979年のスリーマイル島原発事故(TMI事故)を調査したケメニー委員会(Kemeny Commission)は、原子力利用の安全推進のため米国原子力発電事業者に以下の二点を勧告した。その1は、発電事業者の独立したマネージメントと品質保証及び運転操作ガイドラインを確立する計画の立案・実施、その2は、内外の発電用原子炉の運転経験データの組織的収集、分析、レビューとその成果を発電事業者に遅滞なく知らせる情報ネットワークの設置である。発電事業者は1979年12月に非営利法人の原子力発電運転協会(INPO)を設立し対応することとした。
2.組織と活動プログラム
2.1 組織(図1)
INPOの本部はアメリカ合衆国ジョージア州北西部の州都アトランタ市に有る。2013年の会員は、米国原子力発電事業者25社、メーカー25社及び国外の25機関である。(一社)原子力安全推進協会(JANSI)は、日本の事業者を代表する会員である。
事業の従事者は、電気事業社からの出向者、海軍出身者等を含め約440名の職員で構成されている。「役員会」は、米国発電事業者のうち14名の最高責任者(CEO)で構成される。「CEO会議」は電力事業者の最高責任者(CEO)がメンバーである。予算は2013年では1億1,560万ドル(約116億円)である。
2.2 活動プログラム
原子力発電炉の最高レベルの安全と信頼性の達成のためにINPOは以下の4分野の活動プログラムを進める。
(1)施設評価プログラム(Plant Evaluation)
最も重要なプログラムである。評価チームは、原子力発電所に赴き運転状況を視察し、工程を解析し、人事を調査して多数の疑問点を質す。重要点は、運転員の知識と業務遂行能力、施設・装置の状態、運転プログラムと手順、施設管理の効率等である。
INPOは調査結果を5段階で評価する。評価結果は、情報の共有のため「CEO会議」でINPO代表から直接報告される。評価結果に対する対応対策には当該電力会社の社長(CEO)は対策の責任を負うが、自助努力の為のものであり公表されない。さらに、宣伝に利用しない取り決めがある。
(2)訓練・資格認定プログラム(Training and Accreditation)
INPOが設立した「全米原子力訓練アカデミー(National Academy for Nuclear Training)」は、アトランタの施設とオンラインで米国のみならず世界の原子炉運転の専門家や運転員の訓練にあたっている。さらに、個々の原子力施設の長所・短所を評価し改善を勧告している。
特に優れた運転員や訓練プログラムは、「全米原子力資格認定会議(National Nuclear Accrediting Board)」から「資格認定」を受ける制度がある。
(3)事象解析・情報交換プログラム(Events Analysis and Information Exchange)
INPOは原子力発電所で起きた事故・事象の評価を支援する。また、発電事業者が事故原因と対応策、最高の業務実績等を学び、夫々の発電事業が最高の業務状況となる様に図っている。
(4)支援プログラム(Assistance)
発電事業者の要請により、INPOはその施設の運転・営繕などに関する技術や管理方法を具体的に支援する。
3.INPOと米国原子力界 図2に、INPOと原子力産業、NRC(米国原子力規制委員会)等の関連を示す。
3.1 INPOとNRC(原子力規制委員会)
NRC(米国原子力規制委員会)とINPOの間には直接の情報交換は無いが、覚書(MOA: Memorandum of Agreement)が取り交わされており、相補的に原子力発電所の運転データ、検査及び評価、訓練結果等の情報共有を図っている。また、NRCの事故調査にはINPOの参加がある。
3.2 INPOとNEI(原子力エネルギー協会)及びEPRI(電力研究所)
INPO、NEI及びEPRIの三者は、1997年に協力に関する覚書(Memorandum of Agreement Among EPRI, INPO and NEI)を取り交わしている。独立性を尊重しながら三者の最高責任者は夫々の理事会に出席し、個々の原子力発電所の安全性に関する情報を得ている。
3.3 INPOとWANO(世界原子力発電事業者協会)
WANOは、1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故を契機に設立され、世界の原子力発電所の最高レベルの安全性と信頼性を目指している。INPO本部のあるアトランタ市には、WANOのアトランタセンターがあり、INPOはその運営を支援している。
4.日本とINPO
4.1 INPOと(一社)原子力安全推進協会(JANSI)
2012年の原子力安全推進協会(JANSI)の発足までは、日本原子力技術協会(JANTI)が日本を代表するINPOの会員であった。表1に、JANTIが窓口になって実施された日本の事業者とINPOの技術交流会議の例を示す。会議では、シビアアクシデント(重大事故)、放射線防護等の様々な課題が検討された。JANSIはJANTIに代ってINPO会員の地位を引き継ぎ、INPOの活動を参考に日本の原子力事業の安全性と信頼性の向上に取り組んでいる。
4.2 INPOと福島第一原子力発電所事故
INPOは、WANO(世界原子力発電事業者協会)と共に東京電力の依頼に基づき福島第一原子力発電所事故をレビューし、2012年8月に報告書INPO 11-005「福島第一原子力発電所における原子力事故から得た教訓(Special Report on the Nuclear Accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station)」を発表した。この報告書は、事故の教訓を共有するためINPOの施設情報管理の原則(非公開)を適用しないで公開されている。
(前回更新:2005年2月)<図/表>