<本文>
1.はじめに
1994〜1995年にかけて、米国教育省(Department of Education)は事例研究として日本の教育システムに関する調査を行った。調査項目は教育基準、能力差の扱い、青春期と学校、教師の訓練と勤務条件等で、南部、北部、中部の3都市を選び、学生、教師、父兄や教育関係者をインタビューすることにより実施した。以下はその概要である。
小学校では、個人的学習スタイルに重点を置いた全人教育が行われているが、中学以上では、統一したカリキュラムに従ってどこでも類似した教育を受けるようになる。学生と両親の関心は、来るべき入学試験と塾に向けられている。文部科学省は教育システムの全体を強力に支配しており、学生や教師はカリキュラムによって、入学試験では、どんな質問や問題が適切かを知ることができる。次のレベルへ進むための入学試験が厳しい競争を誘発している。教師の努力は、専ら平均以下の学生のための教材開発に向けられている。数学と理科の能力の優れた学生は、国語、社会科や英語に優れた学生と別のコースに入る傾向があり、この様に学校が分かれてしまい、友人関係も異なったものとなる。ある教師は、学生の50%が数学と理科を嫌うと見積もっている。数学と理科に対する幼時の経験がその後の好き嫌いを決定する。画一的な練習問題をやらせると、ある子供は1分でやってしまうが別の子供は10分も掛ってしまう。どうしても、能力差が出てしまう。この経験が蓄積して、下級生の時からある学生にはわからない部分が増えて行く。また、教師は、入学試験の圧力で、数学、理科、英語、国語及び社会科の5科目を大急ぎで指導をするようにしてしまう。このために、「探求」の時間を少なくしてしまう。
教育に及ぼす入学試験の圧力に、両親も教師も批判的な傾向にあるが、文部科学省の全体的な指導に対しては従順である。
2.米国エネルギー省の科学教育プログラム
欧米諸国においては、次世代の生産性を確保するためには、科学の教育が重要であるとして、早くから、科学教育に力を入れてきている。たとえば、米国エネルギー省は、米国の次世代科学技術者養成という国家の大方針に協力すべく、傘下の研究所(27研究所のうAmarilloを除く)に、科学教育プログラムを実施させ、最近では教育用ウェブサイトを開設させている。
図1 に米国エネルギー省の教育用ウェブサイトと施設の所在を示し、
表1 にそのリストを示す。この内容は、多岐にわたり、数学、物理、化学、生物を包含し、実験、野外観察等も含んでいる。また、サイエンス教育の基本は、数学の教育であるとして、ウェブサイトには、数学教育に関するものが多数含まれている。この
図1 の下に示される「Back to Fermilab Educators page」から判断すると、このプログラムの起源は1983年の科学と数学教師のための夏の学校にあるように思われる。
図1 のウェブサイトには、オンライン12等級教育用資源(online resources for K−12 educatores)のリストが付属しており、教師の利用に供せられている。実際、FermilabのEducation Office Siteをあけると
図2 のように「Teacher Resource Center: TRC」へのリンクがあり、これを開けると、
図3 のような画面が開く。ここには、多くのリンクがあり、この中には、全国からの種々の情報が集められている。内容は常時更新されている。例えばワークショップを開けると、予定されているワークショップとその申し込み手続きができるようになっている。また、この中のカタログには、カリキュラム、教育用ソフトウェア、雑誌、ニュースレター等の科学、数学及び技術資料が10000件以上集められていて、容易に検索可能である。前述のオンライン12等級教育用資源には、教材が集められている。これは探求ベースの学習の進め方の教材である。これによって歴史、健康、数学、社会科学、科学を統合して学習できる。例えば、各国の朝食についてサーベイし、地図上にプロットし、習慣等について探求し、インターネットに表示させる等がある。
このような教材の開発はもちろん、データ等も含む教材を更新するには、相当の人員を当てなくてはならないと思われる。
主な研究所の教育プログラムにもそれぞれ特徴がある。
・アルゴンヌ国立研究所(Argonne National Laboratory)
大学院以上の学生対象と思われがちであるが、中学生とその教師・親を対象にした土曜学校、高校上級生を対象にした多くのプログラムがある。
・ブルックヘブン国立研究所(Brookhaven National Laboratory:BNL)
学生、先生、親を対象とした種々のイベントやワークショップがある。また、いろいろな面白いサイエンスのプログラムが提供されている。BNL Educational Programsには、30を超えるプログラムがあり、ボーイスカウトの日の催し、婦人層専門のサイト、コンテスト等もある。
・プリンストン大学プラズマ物理研究所(Princeton Plasma Physics Laboratory)
10数種のサイトへのリンクが貼られているが、特に、核融合関係のサイトに特徴がある。この中の「Fusion Energy Educational Site」を開くと、
図4 のようなページがあく、ここには5種のサイトへのリンクがあり、「Dr. Matrix」を開くと
図5 のページが開く、この中には、いろいろと参考になるデータがある。たとえば数学を開くと、フリーソフトにアクセスできる。
・ローレンスリバーモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)
大学生用のプログラムに混じって、科学技術の教育プログラムがある。また、特定のコミュニティ専用のページもある。地質学的タイムトリップなど子供の興味を引きそうなサイトもある。
・ローレンスバークレイ国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory)
核物理・素粒子を中心としたサイトである。Dr. Koshibaのノーベル賞受賞を報じたサイトもある。
放射線 の解説もある。
これらの教育プログラムは、インターネットを最大限に活用しており、ウインドウズの機能を利用したデータべースが多く作られており、サイト間相互の連携も密である。
また、後述する科学、数学教育の基準に準拠して作られており、多くの分野の、多くの階層の人の協力を得てプログラムが維持されている。
3.米国の科学教育の基準
1995年迄に原案が作成され、1996年に公布された。この「科学教育の基準」(以下、基準という。)の根底にある思想は、以下のように国民の行動の要請に要約されている。
「米国はすべての学生が科学の読解(読み書き)力を身につけることを目標と定めている。科学教育基準は国民がこの目標を達成できるよう作られたものである。21世紀の世界の実像に関する科学的読解力を付与するための科学教育の未来像を明確に述べるもので、どうしたら、その目標に至るかの
ロードマップ のようなものである。
米国の個人も社会も、科学の読解力に支えられている。科学の理解によって、すべての人がそれぞれ自然界の豊かさと面白さを分かち合うことができる。科学の理解力によって、科学の原理やプロセスを個人的な意思決定に使ったり、社会に影響する科学的問題の討論に参加することができる。日々使う多くの技能、問題を創造的に解決するとか、批判的に考えるとか、チームの中で協同的に働くとか、技術を効果的に使うとか、生涯学習を尊重するとかのような活動は健全な科学的基盤によって強化される。米国の経済的な生産性は米国の総労働の科学的・技術的技能と緊密に結びついている。科学教育の改善には、以下のような多くの立場の人々が重要な役割を演じるであろう。
教師、科学行政官、カリキュラム作成者、出版者、博物館・動物園・科学センターの職員、科学教育者、国中の科学者・エンジニア、学校管理者、教育事業者、父兄、商工業業者、議会関係者及び公務員。
これらすべてのグループから人々が、科学教育基準の開発に関係した。今後は、科学教育改革の大事業に共に行動しなければならない。
科学の理解力を身につけるには、基準が学校システム全体の変革を要求しているがゆえに、時間が掛かる。科学に関する知識と理解を身につける方法として、基準は、探求を強調している。また、学生が教えられるべきもの、彼らの能力評価の方法、教師の教育方法、学校とコミュニティの他の部分(国の科学者とエンジニアを含めて)との関係等の変化を求めている。基準は、ちょうど科学が現代社会の中心になったように、教育の中心が科学的知識、理解及び能力を獲得することとしている。
基準は、「授業」、「科学の教師専門能力開発」、「科学教育での評価」、「科学の教科」、「教育計画」、「教育システム」の各基準から構成されている。
「授業」の基準は、探求ベースの科学プログラムの計画、学生の学習を導き助長する行動、教えることと学生の学習に関する評価、学生が科学を学習できる環境の開発、科学学習者のコミュニティの創造、学校科学プログラムの計画と開発を重要としている。
効果的な授業が科学教育の中心で、よい教師は教師と学生が活発な学習者として共に働く環境を作る。教師は自身の科学、科学教育、科学学習に関する理論的、実践的知識をいつも拡大させている。彼らは教育の計画と実施のために、学生及び自身の教育の評価をする。学生の類似と違いに関する知識を基にした学生との強い持続的な関係を作り、かつ、彼らは科学学習コミュニティのメンバーとして活動的である。
学習に関する評価については良いデータ、統計の利用、公平と信頼、学生への健全な干渉を取り上げている。
「科学の教科」の基準では、科学の概念と過程の統一、探求としての科学、物理的科学、生命科学、地球と宇宙、科学と技術、個人と社会の繁栄の科学、科学の歴史と性質を挙げている。
表2 、
表3 および
表4 に教科の基準を示す。
4.数学教育の基準
学校数学の内容と性格は学生と社会にとって重要な影響をもたらす。その決定に必要なガイダンスが、「学校数学の原則と基準」である。原則は数学教育の在り方を、基準は学生が学ぶべき数学的な内容と過程を示すものである。原則と基準は一緒になって、教育者が教室、学校及び教育システムにおいて数学教育を継続的に改良しようとする際、ガイダンスとなる。学校数学の入口となる原則は、以下の6項目である。
公正:数学教育では、全ての学生に高い期待を持ち、サポートするという公正さを必要とする。
教科課程:単なる活動の集合でなく、首尾一貫し、重要な数学に集約し、かつ学年毎に明瞭に表現されたものでなくてはならない。
効果的な数学教育:知りかつ学ぶべきものを学生に理解させ、良く学ぶよう支援すること。
学習:学生が理解して数学を学び、新しい知識を経験と以前の知識から作り上げること。
評価:重要な数学の学習に役立ち、その役に立つ情報を教師と学生に与えるもの。
技術:数学を教え、学ぶに不可欠の方法。
これらの原則は、教科課程の枠組みの開発、教材の選定、授業単位またはレッスンの計画、評価の設計、教師と学生の教室への割り当て、教室での授業、教師向けの専門家開発プログラムに影響を及ぼす。
学校数学の基準は、授業によって学生に知らせ、実行させたいものの記述である。それは、幼稚園(K:kindergarten)から12学年までを通して、学生が獲得すべき理解、知識と熟練を規定するもので、教科基準は学生が学ばなければならない内容すなわち、数、演算、代数、幾何、計量、データ解析と確率である。プロセスの基準は、教科知識を獲得して、使用する有様を示すもので、問題を解答、推論、証明、通信、表現することである。
これらの10の基準は、全ての学年にあてはまるが学年によって重点が異なる。重点は学年の中でも変動する。
具体的な教科基準
数、数の表現法、数間の関係と数系(2進法、10進法等)の理解
演算の意味とその関連の理解
計算手段の利用と概算の能力
この中には、位取り、10進法、序数、 自然数とそれらの関係、小数、パーセンテージ等、また、比率と比例関係、大きい数や小さい数の表記法、因数、倍数、素因数分解及び約数等、複素数、ベクトルとマトリックス及び離散的数学等が含まれている。
5.結び
米国では、科学教育の根幹を逸脱することがなければ、細かいところは、実施する人たちの裁量に任して、国は干渉しないようである。
<図/表>
表1 教育プログラムのある研究所/施設のURL
表2 K〜4学年の教科基準
表3 5〜8学年の教科基準
表4 9〜12学年の教科基準
図1 米国エネルギー省の教育用ウェブサイト所在地
図2 Fermilabのホームページテキスト版
図3 Teacher Resource Centerのホームページ
図4 核融合教育用サイト
図5 Dr.Matrixのホームページ
<関連タイトル>
中学・高校の原子力・放射線の教育 (10-08-02-01)
エネルギー・環境に関する教育 (10-08-02-02)
米国におけるエネルギー教育 (10-08-03-02)
<参考文献>
(1)Educational System in Japan: Case Study Findings,
(2)Education WebSites at DOE Labs and Facilities:
(3)National Committee on Science Education Standards and Assessment, National Research Council:National Science Standards, The National Academies Press(1996);
http://www.nap.edu/catalog/4962.html
(4)National Council of Teachers of Mathematics: Principles and Standards for School Mathematics (2000);