<本文>
1.はじめに
加速器等を用いた放射線による治療が広く行われている。治療の対象は、日本人の死因の第1位を占める、がんの治療が主要なものである。がんの治療法としては、放射線治療は、手術、化学治療(抗がん剤)と並んで3大治療法の一つとなっている。放射線利用統計によれば、2004年3月末の時点で、我が国の医療機関には、法的規制を受ける
放射線発生装置が867台ある(
表1)。これは、全放射線発生装置数1214台の71.4%にあたる。また、放射線発生装置の種類別には、直線加速装置(
リニアック)が、医療機関にある放射線発生装置867台のうちの777台(89.6%にあたる)を占める。しかし、2001年以降、医師が指示した線量とは異なる線量が患者に照射される、過剰照射(若しくは過照射)又は過小照射(若しくは過少照射)などの誤照射の事例が多く報道されている。
2.公表された誤照射事故
医療機関における一連の誤照射事故を公表年月日順に示す。
1)2001年4月28日:東京・虎の門病院:1998年7月から2000年12月の2年5ヶ月にわたり、線量補正フィルターの係数入力ミスのため、23人が1.35倍の過剰放射線が照射された。関連学会の専門家による原因及び再発防止策に関する調査報告書がとりまとめられている(文献2)。
2)2002年7月11日:石川・金沢大学医学部付属病院:2000年6月から2002年7月の2年1ヶ月にわたり、線量補正フィルターの係数入力ミスのため、12人が1.2−1.4倍の過剰放射線が照射された。
3)2003年10月4日:青森・国立弘前病院(現国立病院機構弘前病院):1995年4月から1999年10月の4年6ヶ月にわたり、医師と技師の線量計算方法の違いのため、276人に1.11−1.28倍の過剰放射線が照射された。この事故については、テレビ番組(2003年11月20日放送、NHK、クローズアップ現代)でもとりあげられ(文献3)、また、後述する事故調査委員会報告書等(文献4、5)がとりまとめられている。
4)2004年2月19日:山形・山形大学医学部付属病院:1999年4月から2003年11月の4年7ヶ月にわたり、照射範囲の係数初期設定ミスのため、63人に、本来の値から最も離れた場合で0.74倍の過小放射線が照射された。
5)2004年3月23日:山形・山形市立病院済生館:2003年2月から2004年3月の1年1ヶ月にわたり、フィルターの有無の設定ミスのため、25人に4.3−13.5%の過剰放射線が照射された。
6)2004年4月22日:福島・竹田綜合病院:1999年3月から2004年4月の5年1ヶ月にわたり、線量実測時の係数入力ミスのため、256人に本来の2−30%少ない過小放射線が照射された。
7)2004年5月18日:和歌山・和歌山県立医大病院:2003年9月に、分割回数の入力ミスのため、1人が1.13倍の過剰放射線を照射された。
8)2004年5月23日:岩手・岩手医大付属病院:1998年9月から2004年2月の5年5ヶ月にわたり、線量補正フィルターの係数設定ミスのため、111人に最大で1.24倍の過剰放射線が照射された。
以上の誤照射事故を、
表2にまとめた(文献6)。2003年以降、誤照射事故の報道が多くなっていること、また、それらの原因の多くが、入力ミスや設定ミスにあることがわかる。さらに、上記の事例が起きた病院は多くが、地域の基幹病院や、いわゆる大病院である。ここ2−3年に集中する誤照射事故をうけて、厚生労働省では、「診療用放射線の過剰照射の防止等の徹底について」との文書を出している(文献7)。
3.放射線過照射事故に関する報告書について
上記の事例のうち、詳しい報告のある 1)、3)について述べる。
3−1)虎の門病院の例:保有するリニアック2台のうち1台を1998年に更新した際、新旧リニアックで線量補正ウェッジフィルターの構造・材質の違い(旧型は鉛製で鉛板の裏打ち有、新型は鉄製)により
X線の減弱が異なるにもかかわらず、同一のウエッジファクターを用いたために過照射となった。2000年12月に、現場の診療放射線技師が、線量に疑問を持ったことから過照射が判明した。契約変更や仕様変更の際の製造者側と使用者側の間における内容確認の不徹底、データ検証システムの不在、放射線治療計画装置の導入時受入れ試験(acception test)実施体制の不備などが誘因として挙げられている(文献2)。
3−2)国立弘前病院の例:2003年8月に人工肛門造設術施行となった患者に、放射線照射の影響により放射線直腸炎が生じたと考えられたため、原因究明を行ったところ、過照射が行われていたことが判明した。過照射されたとされる患者が276名と他の事例に比較して多く、全症例の放射線影響度が
表3のように分類されている。事故の原因には、線量分布の基準点に関する認識で医師と診療放射線技師とのコミュニケーションが不足していたこと(表示方法の不統一・勘違いに加え、医師と技師との間の遠慮等)、治療計画段階における不適切な手順が是正されなかったこと、治療結果からのフィードバック機能が働かなかった(例えば、医師は線量に対して皮膚反応が強いことや急性反応に気づき誤照射を発見できた可能性がある)ことなど、
安全文化が欠如している点が明らかになった(文献4、5)。
4.誤照射事故の背景
誤照射事故の直接の原因は、入力ミスや設定ミスであるが、その背景としては、(i)治療現場での人手不足、(ii)医師、技師の人員不足、(iii)医師と技師のコミュニケーション不足、(iv)治療に関する品質保証専門家の欠如、の4点が指摘されている(文献8)。
(i)については、2002年の厚生労働省の調査において、1992年と比較した医師数が全体で約21万人から約25万人へと増加する一方で、放射線科医は1万2千人弱から1万500人強へと10%強の減少を示し、放射線科は医師数の減少した3科の1つである(他は小児科、産婦人科)ことにも事情が現れている。
(ii)については、日本放射線腫瘍学会が認定する専門医は全国で422名であり、放射線発生装置の使用許可を受けている医療機関の数よりも少ないことが注目される。また、がんの放射線治療を行う医療機関のうち専任の放射線科医がいるのは3割であるとの実態調査結果や、厚生労働省が指定する全国87の地域がん診療拠点病院でも常勤の放射線医がいない病院が約1割あるとのアンケート結果がある。さらに、技師については、専門技師は100名以下であるという(文献6、8)。
(iii)については、関係者間の共通認識としての治療マニュアル、ガイドラインの整備が望まれる。日本放射線腫瘍学会は、推奨する照射量計算の基準を定めているが(文献9)、新聞社による実態調査では、推奨されていない基準を用いる施設が6%、医師と技師とが協議していないと回答する施設も12%あったという。上記の照射事故報告書においても、線量の表示方法の不統一、医師と技師の遠慮などコミュニケーションの不足等が指摘されている。線量表示の不統一については、ICRU(International Commission on Radiation Units and Measurements;国際放射線単位・測定委員会)レポート50(文献10)に示されている方法が一般的である。それ以外の方法は特殊な方法であり、ICRU Reference Point(基準点)の線量等の記録をしなければならないと、医学放射線物理連絡協議会は勧告している。なお、日本放射線腫瘍学会が定める方法はICRUreport50の方法をうけたものである。
(iv)については、通常の放射線治療の流れは、
図1のようであるが、その流れの中で、医学と放射線との双方に精通した医学物理士が不足していることが指摘されている(文献8,11−14)。ここで、医学物理士(Medical Physicist)とは、放射線診療が適切に行われるように医療の現場において、放射線物理の専門家として関与する医療職である。日本では、日本医学放射線学会が1987年より認定を開始した資格であり、2004年現在で160名程度の医学物理士がいる(文献15)。これに対し、アメリカでは約4000人の医学物理士がいるという。十分な数の医学物理士を確保すること、そのために治療品質保証部門を設けるとともに待遇を充実すること等が必要であるとされている。さらに、治療品質保証制度の発展として、放射線治療品質管理士が創設された。日本医学放射線学会、日本放射線腫瘍学会などの5学会が認定制度を決め、2004年11月に「放射線治療品質管理機構」(文献16)が設立され、2005年から認定試験が行われている。5年以内に全ての放射線治療施設に放射線治療品質管理士の配置を目指すとしている。
5.おわりに
本報告では、公開された報告書等の資料に基づき、医療機関における最近の誤照射事故について調査した。なお、数値などの情報は2005年3月までに公表されたものである。
放射線障害防止法等に基づく被ばく事故・トラブル例は、文献17に示されている。誤照射事故は、医療行為としての照射における事故であり、放射線障害防止法の範疇外であることに注意する必要がある。
<図/表>
<参考文献>
(1)文部科学省科学技術・学術政策局(監)、放射線利用統計2004、社団法人日本アイソトープ協会
(2)医学放射線物理連絡協議会:東京都内某病院における過線量照射事故の原因及び再発防止策に関する医学放射線物理連絡協議会による調査報告書(2001年11月24日)
(3)NHKオンライン:ニュース/報道、クローズアップ現代、2003年
(4)医学放射線物理連絡協議会:国立弘前病院における過剰照射事故の原因及び再発防止に関する調査報告書(2004年7月1日)
(5)放射線過照射事故による健康影響に関する調査委員会:放射線過照射事故による健康影響に関する調査委員会最終報告書(2005年3月29日)
(6)日本経済新聞(2004年6月6日)
(7)厚生労働省医政局指導課長:第50回原子力安全委員会資料第2−4号「診療放射線の過剰照射の防止等の徹底について」医政指発第0409001号(2004年4月9日)
(8)遠藤真広:日本原子力産業会議放射線利用研究会「放射線治療の誤照射事故とその背景」(2004年9月21日)
(9)日本放射線腫瘍学会研究調査委員会(編):外部放射線治療における線量の統一と評価、1995
(10)ICRU,Prescribing,recording and reporting photon beam therapy,ICRU Report 50,1993
(11)中川恵一:第1回化学放射線治療化学研究会発表要旨集(2003)、p.237-241
(12)遠藤真広:第1回化学放射線治療化学研究会発表要旨集(2003)、p.243-248
(13)中川恵一:第2回化学放射線治療化学研究会発表要旨集(2004)、p.155-161
(14)遠藤真広:第2回化学放射線治療化学研究会発表要旨集(2004)、p.163-172
(15)月刊現代:2004年11月号、p.103
(16)放射線治療品質管理機構:
(17)例えば、原子力安全委員会・放射線障害防止基本専門部会:放射性物質及び放射線の関係する事故・トラブルについて(2002年7月18日)