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<概要>
 近年の大脳高次機能解明には2つのアプローチがある。主として動物モデルにおけるニューロン素子や反射機構、分子化学的研究および動物種の比較研究など「客観的過程」から大脳高次機能を解明する”bottom up strategy”と、神経心理学や広義には精神病理学も含めた「主観的過程」から問題を提起して下位の客観的機構に向かう”top down strategy”が考えられる。後者のアプローチを今や可能なものとした最大の’武器’が、近年のpositron emission tomography(PET)やsingle photon emission computed tomography(SPECT)、さらにはfunctional magnetic resonance imaging(fMRI)などによる非侵襲的脳機能画像解析法である。これらの脳機能解析の進歩は“こころ”にも迫っており、特に形態学的手法では異常を検出することが極めて困難な内因性精神疾患において病態解明に必須の検査法となりつつある。これらの脳機能解析法はそれぞれ、長所、短所を有するため、一つの検査法のみではなく、お互いの欠点を補うように組み合わせて解析することが望ましい。ここでは、最近行われた“こころ”の画像化アプローチについて概説する。
<更新年月>
2006年08月   

<本文>
1.画像統計解析法の進歩
 脳機能画像を視覚評価する際に、脳血流や代謝の変化は脳血管障害以外の精神・神経疾患では僅かなことが多いため、読影者の経験による正診率の相異、同一読影者でもその再現性、さらに病変の3次元的な広がりの把握の困難さなどが問題となる。このような欠点を克服し、客観的に全脳領域を検索するために、形態の異なる各個人の脳機能情報を、Talairach and Tournoux の標準脳に合うように変形することによって脳形態の個人差をなくし、画像統計解析を行う方法が研究面のみならず臨床現場でも用いられている。画像統計解析プログラムとして、最も普遍的に使用されているものは、Fristonらが開発したStatistical Parametric Mapping(SPM)である(www.fil.ion.ucl.ac.uk/spm/からダウンロードできるMatlab上で動くフリーソフトウェア)。SPMでは、線形変換にてX、Y、Z方向での大きさの補正を、次に非線形変換にて曲面的に、より詳細な解剖学的補正を行い、個々の症例の脳の画像を標準脳図譜上に一致させる。この非線形変換における解剖学的な補正では数学的な基底関数が用いられている。この数学的な変換法は、参照となるテンプレートの放射能分布に影響を受ける。このため、脳血流・代謝測定用トレーサごとのテンプレートを使用することが望ましい。次に、平滑化操作により、脳機能局在の個人差をより少なくするとともに、信号対雑音比を向上させ、さらに画像の計数率分布を正規分布に近づける。これらの操作により、仮説に基づくことなく、全脳領域の画像のボクセル単位での統計検定が可能となる。脳局所のボクセル毎にt検定を行い、3次元脳上の投影図として表示する。統計解析結果は、X、Y、Zの座標とt値および、t値を標準正規分布に従うように変換したZ値として表示される。ここで、通常与えられる座標は、Montreal Neurological Institute(MNI)において開発された標準脳(www.mrc-cbu.cam.ac.uk/Imaging/mnispace.html)が用いられている。この座標を、さらにTalairachの図譜での座標に変換することによりBrodmann分類による皮質領域を特定することができる。
 Talairachの標準脳は、1個人の剖検脳に基づくものであり、生体脳のMRIによる脳画像と異なることから、多数の正常例の生体脳に基づくMNIの標準脳が考案された。MNIの標準脳はTalairachの標準脳で欠けている小脳や脳幹部を含んでいるが、機能局在を示すBrodmann領野の特定に関してはTalairachの標準脳が優れているため、このような座標変換が行われている。Talairach座標からBrodmann領野を特定するにあたっては、University of Texas Health Science Center,Research Imaging Center(ric.uthscsa.edu/projects/talairachdaemon.html)の開発したTalairach Daemonというフリーウェアが有用である。SPMの問題点として、局所的な脳萎縮が存在する場合に脳形態の標準化が困難になることがある。しかし、SPM2002年度版は形態標準化手法が改善されている。現時点ではSPM2005年度版が発表されており、種々の点で改良がみられる。
2.幻覚の画像化
 幻覚とは、実際には外界からの入力がない感覚を体験してしまう症状をさす。幻聴、幻視、幻嗅、幻味、体感幻覚にわかれる。これに対し、実際に入力のあった感覚情報を誤って体験する症状は錯覚と呼ばれる。幻覚を呈することのある疾患・状態としては、統合失調症、せん妄、認知症、てんかん、急性薬物中毒など広範囲の神経・精神疾患が挙げられる。一方、健常者でも断眠や感覚遮断など特殊な状況下で幻覚がみられることがある。このような主観的な症状を、最近の画像診断の進歩は客観的な画像として表示することを可能にした。
 統合失調症の画像研究においては左側頭葉が言語性幻聴出現に関与するという報告が多い。たとえば、統合失調症患者に対してfMRIを施行し、幻聴出現時には、へシェル回を含む優位半球側頭葉が賦活したとの報告がある。しかし、統合失調症では幻聴以外の精神症状も関与しているなど問題も多い。一方、音楽性幻聴のみの症例において、右側頭葉が関与しているという報告がある(文献参照)(図1)。
 言語性幻聴以外に精神症状・認知機能障害のない2年前より言語性幻聴が出現した85歳の右利き男性において、H2O(Oは酸素15)による脳血流PETを12スキャン撮像し、幻聴の強さと局所脳血流量が相関する部位をSPMにより解析した例がある(図2)。幻聴の内容は次のごとくであった。3人男性で、声色と性格が異なる。患者を「ご主人様」と呼び、本人のことを話題にする。患者の行動に口をはさむ。3人中1人に新造語があり、意味がある。声量の強弱はあるが、終日持続。批判的内容は目立たない。幻聴に対してむしろ親近感がある。幻聴であると認識し、病識がある。幻聴強度に応じて上側頭回を中心とする左側頭葉、Wernicke野およびBroca野が賦活された。言語性幻聴出現の基盤には左側頭葉の脆弱性があり、脱調律的な活動が関与しているのではないかと推測される。
 幻視においては、正常な視覚系の入力がとだえたための解放現象により、本来抑制されている神経活動の抑制が外れて起こり、さまざまな内容のものが見えるというCharles Bonnet症候群において、左下側頭回の血流増加が見出されている(文献参照)(図3)。
3.自閉症性障害における画像研究
 自閉性障害は、社会性や他者とのコミュニケーション能力の発達が遅滞する発達障害の一種である。高機能自閉症と低機能自閉症があり、ただ単に「自閉症」という場合は、低機能自閉症のみをさす場合もある。現在では先天性の脳機能障害によるとされており、多くの遺伝的因子が関与すると考えられている。日本では1000人に1〜2人の割合で生じているが、どこまでを自閉症の範囲とするかによって発生率は大きく違う。また男性に多い。
 自閉症においては、心の理論(theory of mind:ToM)が障害されているといわれている。心の理論とは、ヒト、あるいは類人猿が、他者の心の動きを類推したり、他者が自分とは違う信念を持っているということを理解したりする機能のことである。心の理論の機能を調べる検査の一つとして、以下のような方法(サリーとアン課題)がある。
 「サリーが、ボールをかごの中に置いておいた。サリーが席を外している間に、アンがボールを別の箱の中に移した。しばらくしてサリーが戻ってきた」という内容の人形劇を児童に見せ、その後「サリーはボールを見つけるためにどこを探すかな?」と質問する。 「かごの中」と答えるのが正解であるが、心の理論の障害が想定されている自閉症などの子供は「箱の中」と答える割合が高い。事実のみに目を向けてしまい、他者が自分とは違う信念を持っているということを理解できないのである。
 心の理論の構成要素として、意図検出器、視線検出器、注意共有の仕組み、というメカニズムが仮定されている。また、心の理論は進化の過程でヒトにおいて突然発生したものではなく、他の生物でもその原型となる能力があるのではないかと考えられている。それらの能力としてFrithらは、(1)生物と非生物を区別する能力、(2)他者の視線を追うことによって注意を共有する能力、(3)ゴール志向性の行動を再現する能力、(4)自己と他者の行動を区別する能力の4つを挙げている。さらに、Frithらは、心の理論は脳の特定の局所部位の働きのみで成り立っているのではなく広範なネットワークで成り立っているのだろうとしながらも、特に心の理論を支える基盤となっている可能性のある部位として、上側頭溝、下外側前頭前野および前部帯状回/内側前頭前野を挙げている。
 Ohnishiらは(文献参照)、平均年齢6.1歳の小児自閉症児(男児12、女児4)に、安静時の脳血流SPECTを行い、11項目の行動評価をもとに因子分析を行い、自閉症の症状の主成分を抽出し、各成分の因子得点と脳血流分布の相関を検討した。その結果、コミュニケーション、対人的相互交流障害の成分の因子得点と内側前頭前野(Brodmann領野9)の安静時脳血流が正の相関を示した(図4(a))。
 自閉症においては、行動、興味および活動が限定され、強度または対象において異常なほど、常同的で限定された型の、1つまたはいくつかの興味だけに熱中する傾向がある。この成分の因子得点と正の相関を示した部位は海馬領域であると報告されている(図4(b))。
4.気分障害の画像化
 気分障害は主として“こころ”に症状が現れる疾患であるが、最近の画像診断技術は“こころ”と密接な関連のある脳の形態的および機能的な変化をインビボで観察することを可能にしている。以前は気分障害を含めた内因性精神疾患における画像診断といえば脳腫瘍などの脳器質疾患を除外することが主な目的であった。しかし最近では脳器質性因子の把握のみならず、その病態を直接評価することすらできるようになっている。また、従来から情動や気分に関与する脳部位・神経回路網は損傷脳の検討や動物実験から想定されていたが、現在では神経画像を用いてヒトでそれらの部位の変化を直接観察することが可能になりつつある。
 うつ病病相期の安静時の脳血流・代謝としては正常対照者と比較した場合、大脳前半部、とくに前頭葉、側頭葉、大脳辺縁系で脳血流の低下を示した報告が多い。症状との関連については最近の報告では全般的なうつ病の重症度と無力性の指標は帯状回や海馬傍回の血流増加と相関し、不安尺度は前頭葉の血流低下と相関を認めている。また、治療抵抗性のうつ病では海馬—扁桃体の血流増加を示したものがある。老年期うつ病では脳の器質的変化を背景とすることが多く、脳血流・代謝は若年のうつ病と比較してよりびまん性に低下しているとの報告が多い。MRI上の異常がごく軽度にとどまる老年期うつ病患者であっても99mTc - ECD SPECTを用いて脳血流の絶対値を測定したところ、左半球優位の広範な脳血流低下を示すことが報告されている。
 Drevetsら(文献参照)は家族性純粋うつ病・双極性障害患者においてうつ状態のときは脳梁膝部前頭前野(帯状回の前部の一部)でグルコース代謝が低下し、躁状態では増加していることを報告した。しかも彼らは同部位の体積が減少していることも確認した。これはうつ病の責任病巣がきわめて限局した部位に同定された可能性を示唆している。松田らも老年期うつ病患者において経時的に脳血流を測定し、症状改善後には全脳血流が増加し、とくに帯状回前部の一部である梁下野(ブロードマン25野)での血流変化が最も顕著であることを見出している(図5)。
<図/表>
図1 音楽性幻聴時の脳血流SPECTのStatistical Parametric Mapping(SPM)による画像解析
図1  音楽性幻聴時の脳血流SPECTのStatistical Parametric Mapping(SPM)による画像解析
図2 SPM解析を用いた幻聴の強さと局所脳血流量に正の相関を示す部位(H
図2  SPM解析を用いた幻聴の強さと局所脳血流量に正の相関を示す部位(H
図3 幻視を示すCharles Bonnet症候群患者の脳血流SPECT
図3  幻視を示すCharles Bonnet症候群患者の脳血流SPECT
図4 自閉症患児における安静時脳血流の統計解析
図4  自閉症患児における安静時脳血流の統計解析
図5 うつ状態と関連する安静時脳血流の変化部位
図5  うつ状態と関連する安静時脳血流の変化部位

<関連タイトル>
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
PETの原理と応用 (08-02-01-04)
核磁気共鳴イメージング(MRI)の原理と応用 (08-02-01-05)

<参考文献>
(1)松田博史:脳機能画像による“こころ”へのアプローチ、RADIOISOTOPES、vol.55、No.5、259-268(2006)
(2)Kasai,K.,Asada,T.,Yumoto,M.,Takeya,J.,Matsuda,H.:Evidence for functional abnormality in the right auditory cortex during musical hallucinations.Lancet,354:1703-1704(1999)
(3)Adachi,N.,Watanabe,T.,Matsuda,H.,Onuma,T.:Hyperperfusion in the lateral temporal cortex,the striatum and the thalamus during complex visual hallucinations:single photon emission computed tomography findings in patients with Charles Bonnet syndrome. Psychiatry Clin. Neurosci,54:157-162(2000)
(4)Ohnishi,T.,Matsuda,H.,Hashimoto,T.,Kunihiro,T.,Nishikawa,M.,Uema,T.,Sasaki,M.:Abnormal regional cerebral blood flow in childhood autism. Brain,123,1838-1844(2000)
(5)Drevets,W.C.,Price,J.L.,Simpson,J.R. Jr.,Todd,R.D,,Reich,T.,Vannier,M.,Raichle,M.E.:Subgenual prefrontal cortex abnormalities in mood disorders. Nature,386:824-827(1997)
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