<本文>
1. 背景
トルコ共和国は、石炭および水力以外、有力なエネルギー資源に恵まれておらず、一次エネルギーの大半を海外に依存している。また、トルコは地理的にロシアや中東諸国などの資源国と消費地である欧州各国との中継基地として重要な位置を占めている。近年、急速に経済活動が活発化する中、1990年〜2013年にかけてのエネルギー需要は年平均3.5%、電力需要は年平均6.4%で推移している(
図1参照)。政府は安定したエネルギー需給の確保と、エネルギー資源の対外依存度を軽減するため、石炭火力および水力、地熱や風力などの再生可能エネルギー発電の開発のほか、原子力発電開発を積極的に推進していく方針である。
2. 原子力開発の経緯
トルコの原子力発電の建設計画は古く、1968年に電源調査計画省(EIEI)により、30万kW〜40万kWの重水炉を建設する方針が決定された。しかし、立地サイトや財政上の問題が生じ、計画は具体化されなかった。その後、1970−1971年にトルコ電力庁(TEK)が設立されると、TEKは諸外国の助言を得ながら、立地可能性調査(フィージビリティ・スタディ)を行った。その結果、1976年6月にはトルコ北西の地中海沿岸に位置するアックユ(Akkuyu;キプロス島の対岸、
図2参照)がサイトとして選定された。1983年に公開されたトルコ原子力省(TAEK:Turkish Atomic Energy Authority)によるサイトの地質調査では、アックユ・サイトが最も地震に対する影響が少ないとしていた。
なお、トルコ政府は対外債務を増やさずに電源を開発したい意向であることから、発電所建設に際し、建設後の運転による売上で総資金を回収するBOT(Build,Operate and Transfer)方式や、発電所を譲渡しないBOO(Build,Own and Operate)方式、長期にわたって既設発電所の運転権を譲渡するTOR(Transfer of Operating Rights)方式を積極的に採用している。原子力発電所建設にもトルコのこの方針が適用された。
1976年に行われた発電所建設の入札では、スウェーデンのASEA ATOM社とSTAL LAVAL社との間で
BWR建設交渉が開始されたが、融資確保が困難となって中断された。
1983年には7社と入札を行い、カナダ・AECLのCANDU炉と、西ドイツ・クラフトベルク(KWU)の
PWRに焦点が絞られ、仮契約まで漕ぎつけたが、融資確保が困難となって中断した(
表1参照)。
シノップ・サイト(Sinop;黒海南岸、
図2参照)においても、米国・ゼネラル・エレクトリック(GE)社のBWRの導入を計画したが、サイト調査に問題が生じて導入は中断された。
このように原子力建設計画が難航するなか、トルコの電気業界は民営化の波におされ、1993年にはトルコ電力庁が発送電公社(TEAS)と配電公社(TEDAS)に分割された。
これを機にTEASはアックユ建設計画の見直しを図り、1997年10月に入札を開始した(
表2参照)。1号機を2006年6月に、2号機を2007年6月に稼働させる計画であったが、1999年8月17日、アックユ建設サイトから900km離れたトルコ北西部コジャエリ県イズミット近郊でマグニチュード7.6の大地震が発生し、死者1万人を超え、電力設備も被害を受けた。トルコ北部は,ほぼ東西に1200kmにわたって北アナトリア断層が走り、マイクロプレートとユーラシアプレートの衝突境界を形成し(
図3参照)、地震の多発地帯である。このことから、応札側にプロジェクトの存続を疑問視する動きが出た。2000年7月、トルコ政府は同国の経済情勢を鑑み、原子力建設計画の凍結を公表した。
3. 進行中の原子力発電開発
経済成長が著しいトルコでは、近年、電力消費量が急速に伸びており、更なる電力の需要に応える為、原子力発電所の建設計画が再浮上した。実現に向けて、2007年には原子力法を制定、2008年には480万kWの建設計画を発表し、トルコ卸電力取引公社(TETAS)が原子炉メーカーに入札を呼びかけた。政府は2023年までに国内電力需要の5%を原子力で賄う方針を示しており、アックユおよびシノップ地区に4基ずつ、合計8基を建設することとなった(
表3参照)。
3.1 アックユ原子力発電所の開発(Akkuyu)
アックユ・サイトはトルコ南部メルスィン県ビュユケジェリにあり、トルコ初の原子力発電所建設候補地として選定された。入札に対し、ロシア・アトムストロイエクスポルト社(ASE:Atomstroyexport)が応札し、2010年5月に発電所計画会社として、ロスアトムの子会社アックユNGS発電会社(Akkuyu NGS Elektrik Uretim Corp)を設立した。1200MW級のロシア型PWRであるVVER−AES2006を4基建設することで最終合意し、ロシア・トルコ政府間協定(IGA)が締結された。
このプロジェクトは
BOO方式で、アックユNGS発電会社が設計、建設、資金調達、運転を行う。BOO方式の採用は原子力業界初となるもので、総建設費は約200億米ドルと見積もられ、TETASが1・2号機の発電電力の70%、3・4号機の発電電力の30%を15年購入する電力購入契約(PPA)を結んでいる。残りの電力は公開市場で売却され、電力価格は加重平均で1kW/hあたり12.35米セント、上限価格は15.33米セント、年間電力販売額は約40億米ドルとされている。VVER−AES2006の保証電力生産量は4基あわせて331億kWh/年で、これは120万kW炉×4基の場合、設備利用率78.7%で達成できる。なお、VVER−AES2006の耐震性負荷設計値は最大マグニチュード9が想定されている。
アックユ・サイトでは、2014年12月に環境影響調査が承認され、2015年4月から港湾施設建設が進んでいる。2016年から1号機の建設工事を開始する予定である。
3.2 シノップ原子力発電所の開発(Sinop)
アックユに次ぐ第2の建設予定地であるシノップ・サイトについては、日本(三菱重工)が受注に成功している。2013年5月、日本・トルコ両政府は、原子力協定と原子力発電所建設の細目を規定した政府間協定に調印し、続いて10月には商業契約を締結した。三菱重工とフランス・アレバ社が共同開発した出力110万kW級PWR・ATMEA−1(アトメア)を4基建設することが決まっている。ATMEAは「第三世代+」型PWRで、航空機衝突、耐震性、計装制御、コアキャッチャー(炉心溶融物の保持装置)と3つの独立安全系を備え、IAEAの他、フランスASN、カナダCNSC等の原子力安全規制当局から評価されている(
図4参照)。
2023年に1号機を稼働する予定で、総事業費は約220億米ドル(約2兆1700億円)、プロジェクトは
BOT方式が採用される。事業母体となる国際コンソーシアムには三菱重工と伊藤忠商事、フランスの電力・ガス大手GDFスエズ(現、ENGIE)、トルコ国営電力会社(EUAS)の4社が出資する。出資額は合計約66億ドル(約6500億円)で、コンソーシアムの持株比率はEUAS49%、三菱重工15%、伊藤忠が15%、ENGIE21%とみられる。出資額を超える事業費は日本の国際協力銀行(JBIC)や民間金融機関からの借入金などで賄う方針である。2017年からの建設開始を予定している。
3.3 イグネアダ原子力発電所の開発(Igneada)
シノップに続く第3のサイトとして2015年10月、ブルガリアの国境から12km離れた黒海西岸のクルクラーレリ県イグネアダ・サイトが決定した。イグネアダ地区は低地震地帯とされており、アックユとシノップでの経験を踏まえてトルコ政府は国産化率を60〜80%と設定し、トルコ人による発電所の運転を目指している。
2014年11月には、中国国家核電技術公司(SNPTC:State Nuclear Power Technology Corporation)およびウェスティングハウス(WE)が、AP1000とCAP1400を2基ずつ、合計4基の原子炉の建設に関する独占交渉権を獲得している。AP1000はWE社が開発した「第三世代+」型PWRで、2012年12月に米原子力規制委員会(NRC)の設計承認を得、中国および米国で建設中である。また、CAP1400は2008年〜2009年にかけて、WE社がSNPTCや他大学と連携して開発したAP1000ベースの高出力化モデルで、実証炉は中国山東省栄成石島湾(Shidaowan)で建設準備中である。
4. 組織体制
トルコの原子力機関関連図を
図5に、また組織概略を下記に示す。
(1)エネルギー・天然資源省(ETKB)
トルコのエネルギー政策を策定する。アックユ発電所建設計画では、ロシアとの政府間協定で、ロシア側の国営原子力企業「ロスアトム」に対応するトルコ側の主務機関に指定されている。
(2)トルコ原子力庁(TAEK)
前身は1956年に設立された原子力委員会(AEK:Atom Enerjisi Komisyonu)で、1982年にトルコ原子力庁(TAEK:Turk Atom Eberjisi Kurumu)に改組した。首相府に属し、原子力規制機関として、他国からの協力を得て、原子力関係の法的枠組みの整備にあたっている。
図6に組織図を示す。
(3)エネルギー市場規制庁(EPDK)とトルコ卸電力取引公社(TETAS)
EPDKは2001年3月に制定された「電力市場法第4628号」により、電力市場の民営化および自由化を円滑に行うために発足した組織であり、エネルギー料金の認可や市場管理を行う。なお、TETASは電力卸売りのライセンスを、2003年3月からEPDKにより認可されている。
(4)JSCアックユ発電会社(ANPPまたはAkkuyu NGS:Nuclear Power Plant Elektrik Uretim Anonim Sirket)
BOO契約でのアックユ発電所建設・運営に対処するためにロシア国営原子力企業「ロスアトム」が設立した合弁会社。設立当初の出資は全てロシアの企業団体で、出資比率は(a)アトムストロイエクスポルト(ASE)社が3.47%(ANPPとの主契約者で、エンジニアリング、調達、建設、管理を担当)、(b)インター・ラオ社が3.47%(統一電力輸出入企業で15年間の電力購入契約や許認可関係コンサルタント担当)、(c)ロスエネルゴアトム社が92.85%(原子力発電会社で運転・保守契約担当)、(d)アトムテクエネルゴ社が0.1%(教育・訓練担当)、(e)アトムエネルゴレモント社が0.1%(原子力発電所管理担当)となっている。
5. 核燃料サイクル
トルコでは、鉱物研究探査局(MTA)によるウランの資源探査が1950年代から始まり、また、2010年以降、アックユ原子力発電所の建設決定を契機に探査活動が活発化した。マニサ橋頭堡およびヨズガト−ソルグン堆積物でウラン鉱体が発見され、OECD/NEA・IAEAのURANIUM 2014では在来型既知資源9435トンU(
なお、アックユ発電所の核燃料に関しては、2010年に締結されたロシア・トルコ政府間協定(IGA)で、アックユNGS発電会社が燃料の供給、使用済燃料と放射性廃棄物の管理、廃炉措置まで責任を負うことが明記されている。また、トルコの核物質の濃縮・再処理、技術移転に関しては、2013年に締結された日本・トルコ原子力協定により規制されている。
(前回更新:2004年9月)
<図/表>
<関連タイトル>
世界の原子力発電の動向(2005年) (01-07-05-01)
世界の原子力発電の動向・中東(2005年) (01-07-05-03)
トルコの国情とエネルギー事情 (14-07-04-02)
<参考文献>
(1)日本原子力産業協会:原子力年鑑 2016年版(2015年10月)、トルコ
(2)日本原子力産業協会:世界の原子力開発の動向 2015年(2015年5月)、トルコ
(3)海外電力調査会:海外諸国の電気事業 第二編2010年版(2010年3月)、トルコ
(4)日本原子力産業協会:トルコの原子力発電導入準備状況、2014年5月、http://www.jaif.or.jp/ja/asia/turkey/turkey_data.pdf
(5)世界原子力協会(WNA):Nuclear Power in Turkey、2015年10月、http://www.world-nuclear.org/info/Country-Profiles/Countries-T-Z/Turkey/
(6)国際エネルギー機関(IEA):Electricity and Heat for 1990〜2013、Electricity generation by fuel、http://www.iea.org/stats/WebGraphs/TURKEY2.pdf
(7)トルコ共和国外務省:
(8)OECD/NEA・IAEA:Uranium 2014:Resources,Production and Demand、NEA No.7209、2014年
(9)ATMEA社:ATMEA1パンフレット、http://www.atmea-sas.com/ATMEA/liblocal/docs/ATMEA1%20Brochure.pdf
(10)みずほ情報総研株式会社:平成25年度エネルギー需給緩和型インフラ・システム普及等促進事業(再生可能エネルギー及び省エネルギー等技術・システムの事業可能性調査)トルコ国における地熱発電事業可能性調査 調査報告書、平成26年3月、http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2014fy/E003926.pdf