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[トランスニュークリア社事件の概要]
ドイツ・ニューケム社の子会社であるトランスニュークリア(TN)社は、ドイツ・ヘッセン州を根拠地としていて、
核燃料などの運送を主な事業としている。
今回の事件は、
原子力発電所の職員に対して1983年からの5年に亘って総額およそ600万ドイツマルクにのぼる額を贈賄していたことが明るみにでたことが発端である。この事件は、TN社の首脳がスイス銀行に不正に金が振り込まれていることに気付き、自ら社員を訴えたことで明らかになった。
この事件で、賄賂を贈ったTN社の社員は停職となり、一人の重役が辞職した。
さらにこの事件の調査を進めていくに従って、TN社には贈賄容疑だけでなく、核拡散防止条約(
NPT)に違反した容疑があることも明らかとなった。TN社はベルギーから西ドイツ(当時)へ放射性廃棄物の入ったドラム缶321個を不法に運んだといわれている。
[ドイツの対応]
事件後、現在のドイツ首相であるコールが核廃棄物の処理問題について欧州原子力会議を開くことを提案した。またドイツ政府はそれに呼応して、核施設の安全管理、放射性廃棄物の処分、輸送、その他多岐に渡って法的規制を設けるなど、原子力関連事業に対して積極的な介入を始めた。例えば、高レベルの放射性廃棄物だけでなく、中・低レベルの放射性廃棄物に対しても厳しい管理を要求している。そして、そのための放射性廃棄物を貯蔵するのに適した場所を確保することが国家の優先政策となっている。コンラッド鉄鉱石鉱山の廃坑を利用する計画がその一例である。
この他の例として、放射性廃棄物を貯蔵可能な状態にする設備を各原子力発電所に取り付けたり、事件後TN社の親会社であるニューケム社に対し、放射性廃棄物に関する不法行為により操業仮停止処分を与えていた。
このようにドイツでは、TN社事件以降、原子力の安全管理が一層重要視されるようになった。
[TN社事件に対する国民の関心]
さて、1988年7月、西ドイツ原子力産業会議(DAtF)はTN社事件後に西ドイツ国民に対して行った原子力に関する世論調査の結果を明らかにした。この調査結果によると、TN社事件が起きたにも関わらず、原子力に対する国民の基本的態度はほとんど変わらなかった、という。
この事件によって、原子力発電所に対する態度が根本的に変わったと答えた国民は全体の6%で、国民の60%ほどは影響すら受けていないと答えた。さらにこの調査で、原子力関係の科学的・技術的問題の解決可能性に対する国民のそれぞれの考え方も、事件によってほとんど変わっていないことがわかった。同様に、廃棄物管理の問題が未解決なものであるとする国民はほぼ80%で、これもほとんど変化していないことがわかった。
また、原子力に関する国民の知識水準も向上がみられていないことがわかった。特に注目されるのは、西ドイツには原子力発電所は運転されていない、と答えた人が5%程度ながら実際に存在したことである。さらに、その世論調査が行われた時点での西ドイツ国内にある原子力発電所の基数を質問したところ、ほぼ正確に答えることができたのは4%に過ぎず、およそ半数の国民が調査時点での実際の数の半分以下の基数を答えた。
事件そのものはマスコミの間では非常に注目され、あまり詳しくは知らないまでも89%の国民がこの事件の存在は知っていたということだった。
<参考文献>
(1) 原子力資料 1988.3 日本原子力産業会議
(2) 原子力資料 1988.12 日本原子力産業会議
(3) NUCLEAR ENGINEERING INTERNATIONAL 1988.APRIL
(4) NUCLEAR ENGINEERING INTERNATIONAL 1987.JUNE