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<概要>
 レーザーを集光照射して得られるレーザープラズマ中に発生する反転分布を用いた軟 X線 レーザーについて、その原理と開発の現状についてまとめた。X線レーザーは波長3nm以上の広い範囲の軟X線波長領域で発振が観測されている。励起レーザーパルスエネルギー100J程度の大型のレーザーを用いた軟X線レーザーでは、波長20〜7nmのパルスエネルギー1〜0.1mJの高強度X線レーザーが得られている。パルス幅1ピコ秒程度の短パルスレーザーを用いた過度的電子衝突励起方式を用いたものでは、励起レーザーエネルギー10J程度で波長10nm近辺、エネルギー数十μJの短パルス高強度X線レーザーが実現している。さらにパルス幅50フェムト秒程度、エネルギー数百mLの励起レーザーにより、繰り返し10Hzの軟X線レーザーが開発された。以上のX線レーザーをX線レーザー干渉計測に用いる応用研究等が開始されている。
<更新年月>
2002年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.X線レーザーとは
 レーザー遷移のエネルギーギャップの大きさは波長に反比例するため、X線レーザーの媒質としてエネルギーギャップの大きな遷移の得られる高密度多価高電離プラズマが用いられる。代表的な反転分布生成機構としてレーザー照射時の加熱相で反転分布の生じる電子衝突励起、レーザー照射後のプラズマの冷却に伴っておこる3体再結合による再結合励起、X線光子による光励起、光イオン化がある。反転分布の生成するプラズマを望みの形状(一般には細長い円柱状)に生成するため、時間・空間的に高度に制御された高出力レーザー光を固体または気体に集光照射することになる。 図1 にレーザー作用をする高電離プラズマ発生部とプラズマ発生用照射レーザーを示す。X線レーザーでは図1のように通常増幅媒質内部で生じる自然放出光がそのまま指数関数的に増幅されて、その両端から出てくる。このようなプロセスを自然放出光増幅と呼び発散角数mradの鋭い指向性を有する誘導放出光が発生する。その意味でこの過程はX線レーザー発振と呼ばれている。発生したX線レーザービームは、図1に示すようにX線レーザー光軸上に配置されたX線回折格子分光器で波長分解され誘導放出光の波長およびビーム発散角が測定できる。これまでに実現されたプラズマX線レーザーの最短波長は、3nmであり軟X線域の広い範囲にわたっている。X線レーザービームの輝度(単位面積、単位時間、単位立体角、単位スペクトル幅あたりに放射される光子数)は1026(光子数/mm2×秒×mrad2、0.01%スペクトル幅)にも及び、超大型シンクロトロン放射光装置のアンジュレーターラインで放射されるX線の輝度に比べても6〜7桁高い。ここで単位スペクトル幅とは、X線レーザーの波長広がりの中心波長に対する割合のことである。
2.電子衝突励起型軟X線レーザー
  図2 には電子衝突励起型X線レーザーの単純化したエネルギー準位図を示す。図2(a)に電子10個のネオン様、図2(b)に電子28個のニッケル様のスキームを示す。ニッケル様を例にして反転分布生成機構を述べる。基底状態は3d10(合成角運動量 J=0、主量子数1と2はすべての準位が電子で満たされている)であり、レーザーの上準位である3d94d準位への電気双極子遷移は禁止されている。ところが高密度プラズマ中では単極子励起の確率が大きくなり有効に励起が起こるようになる。図2の中で、Strong collisional excitationと記した部分がこれに対応する。一方レーザーの下準位である3d94p準位(J=1)は電気双極子遷移が許されているので短時間に基底状態に緩和する。このためJ=0の3d94d準位とJ=1の3d94p準位間に反転分布が生じる。ネオン様の場合は基底状態が2p6、レーザー上、下準位がそれぞれ2p53p、2p53sであり、ニッケル様と同様の動作原理で反転分布が生じる。
2.1 ネオン様イオン軟X線レーザー
 1984年、米国ローレンスリバモア研マシューズらによりネオン様セレンレーザーの顕著な誘導放出光が世界で初めて得られた(参考文献1)。この研究に続き様々なネオン様イオンを用いX線レーザーが実現されてきた。例えば、大阪大学のグループは英国のグループと共同で利得媒質であるプラズマ中の軟X線の屈折を補償するようにターゲットをプラズマ吹き出し方向に湾曲させた方式を考案し、波長19.6nm、ネオン様ゲルマニウムレーザーの低発散角ビーム生成に成功した。またゲルマニウムターゲットの一端に軟X線ミラーを配置した複光路増幅により発散角1mradが得られている(参考文献2)。また励起レーザーパルスを多重パルス化することにより励起効率の改善も実現した(参考文献2,3)。波長10〜25nmにわたってメガワットクラスの軟X線レーザーが実現している(参考文献4)。チェコの欧州共同利用レーザー施設では波長21.2nmで出力エネルギー4mLが得られており、各種応用に向けた研究が始まっている(参考文献5)。またネオン様レーザーでは原子番号が偶数の物質では発振が起こり奇数番では発振が起こりにくいことが観測されている。これは奇数番の原子に存在する核モーメントの大きさに比例する超微細構造スプリッティングがX線レーザー遷移のスペクトル幅を広げ、利得係数が低下することにより説明された(参考文献6)。この広がりはs電子の寄与が大きく、この利得の原子番号依存性はネオン様スキームに特有の現象である。多電子系における超微細構造スプリッティングの最初の実例であった。このように、多価イオン原子物理学に対してもX線レーザーはユニークな分光光源としての貢献が期待できる(参考文献7)。
2.2 ニッケル様イオン軟X線レーザー
 ネオン様の次の閉殻を構成するニッケル様電子配置を用いたX線レーザーの提案が米国ローレンスリバモア研マクソン氏によって1980年代中頃行われた(参考文献8)。ネオン様イオンによるX線レーザーの波長と同程度の波長のニッケル様イオンを得るために必要な励起レーザー強度は前者のそれに比べ1〜2桁小さい。この方式により波長4.6、4.3nmの高強度軟X線レーザーが得られた(参考文献9)。ちょうど水の窓の長波長端であり生体試料の顕微鏡、ホログラフィー用光源に適しており顕微鏡の実証実験が行われた(参考文献10)。
 多重パルス励起方式により励起エネルギー200〜300Jで波長6〜8nmのニッケル様軟X線レーザーも実現した。 図3 に得られた軟X線レーザーのスペクトルの一例を示す。X線レーザー線以外の放射はX線レーザー線に比べて極めて強度が低いことがわかる。図3中、矢印もレーザー遷移である。ニッケル様レーザーとしては、それ以前のものに比べ励起エネルギーが1桁低下した。
 英国ラザフォード研のグループによって、パルス幅70ピコ秒の2重パルス照射方式のパルス間隔、強度比を実験的に最適化することによりニッケル様レーザーとしては初めて銀およびサマリウムにおいて飽和増幅が得られた(参考文献11、12)。スイス・ベルン大学のグループは、線集光光学系の改良を行うことにより出力エネルギー30J、パルス幅100ピコ秒の2重パルスレーザー励起により飽和増幅に達するニッケル様パラジウム、銀レーザー(それぞれ波長14.7nm、13.9nm)を得た(参考文献13)。ターゲット表面の面精度を高く保つことにより利得係数が高くなることが報告されている。
3.短パルスレーザー励起電子衝突励起型軟X線レーザー
 パルス幅1ピコ秒近辺の超短パルスレーザーの技術が飛躍的に向上したことを背景に、これを励起源に用いた小型軟X線レーザーの実証実験が活発に行なわれている。パルス幅1.2ナノ秒、励起エネルギー3〜7Jのレーザーで生成した予備プラズマをパルス幅1ピコ秒、エネルギー2〜4Jのレーザーで瞬時に加熱することにより。ネオン様のチタニウム(波長32.6nm)で19cm−1と非常に大きな利得係数が得られた。イオン化の進行より速く励起してしまう過渡的励起効果による反転分布の向上と解釈されている(参考文献14)。現在、この方式により英国・ラザフォード研、米国・ローレンスリバモア研、フランス・パリ南大学、日本原子力研究所関西研(現日本原子力研究開発機構関西光科学研究所)で波長7nmから30nmにわたり高強度X線レーザーが開発されている。以上紹介したX線レーザー装置は、広さ5m四方の実験室内に入る大きさでパルス幅数ピコ秒、エネルギー数十μJが得られており、X線レーザー干渉計測への応用が始まっている(参考文献15)。測定配置図を 図4 に示す。また結果の一例を 図5 に示す。プラズマにより干渉縞が湾曲しており、紫外線レーザーを用いたものと比べはるかに高い電子密度まで(数桁)精度良く測定できることが示された。
 超短パルス高強度レーザー光を集光すると、レーザー光電界により直接電離が起こり原子の電離が瞬時に起こる。この電離で生じる電子のエネルギースペクトルは入射レーザー光の偏光方向に依存する。直線偏光のときは低温の電子が生成されるが、円偏光のときは電界により決まる高エネルギーの電子が生成される。この物理機構を用いた電子衝突励起方式の実験がスタンフォード大学で最初に行われた。パラジウム様閉殻イオンであるXeの5d-5p遷移により波長41.8nmで利得長積11.2が得られた。圧力1600PaのXeガスが波長800nm、時間幅40フェムト秒、エネルギー70mLのチタンサファイアレーザーで励起された。レーザーの集光強度は3×1016W/cm2であった(参考文献16)。実験配置図を 図6 に示す。ガスをターゲットとするため差動排気系を構成しX線信号を取り出している。その後、フランスのグループにより励起レーザーエネルギー330mL、パルス幅35フェムト秒、円偏光の励起レーザーを用い利得長積15に達する飽和増幅X線レーザーが得られた。このとき、X線レーザーの1パルスあたりの光子数は109と見積もられた(参考文献17)。
 小型キャピラリー(中空シリンダー)放電装置を用いたテーブルトップ・ネオン様アルゴンレーザーがコロラド州立大学のグループによって、開発されている(参考文献18)。波長は47nmである。このX線レーザーを用いキャピラリー放電プラズマの干渉計測が行なわれ、放電初期の不均一性がプラズマの最大圧縮時近傍で消失することが見出された(参考文献19)。
4.まとめ
 レーザーを集光照射して得られるレーザープラズマ中に発生する反転分布を用いた軟X線レーザーについてその原理と開発の現状についてまとめた。励起レーザーパルスエネルギー100J程度の大型のレーザーを用いた軟X線レーザーでは、波長20〜4nmのパルスエネルギー1mL〜0.1mLの高強度度X線レーザーが得られている。パルス幅1ピコ秒程度の短パルスレーザーを用いた過度的電子衝突励起方式を用いたものでは、励起レーザーエネルギー10J程度で波長10nm近辺のエネルギー数十μJの短パルス高強度X線レーザーが実現している。このレベルの励起レーザー装置は、大きさ数メートル四方に完全に収まる小規模実験室レベルのものになる。さらにパルス幅50フェムト秒程度、エネルギー数百mLの励起レーザーにより、繰り返し10Hzの軟X線レーザーが開発された。以上のX線レーザーをX線レーザー干渉計測等に用いる応用研究が開始されている。
<図/表>
図1 X線レーザーターゲットと励起レーザーの配置
図1  X線レーザーターゲットと励起レーザーの配置
図2 ネオン様(a)とニッケル様(b)軟X線レーザーの単純化したエネルギー準位図
図2  ネオン様(a)とニッケル様(b)軟X線レーザーの単純化したエネルギー準位図
図3 ニッケル様軟X線レーザーのスペクトル
図3  ニッケル様軟X線レーザーのスペクトル
図4 COMET X線レーザー施設の回析格子干渉計の配置
図4  COMET X線レーザー施設の回析格子干渉計の配置
図5 干渉像およびターゲット表面からの電子密度プロファイル
図5  干渉像およびターゲット表面からの電子密度プロファイル
図6 直接電離型パラジウム様イオン軟X線レーザーの実験配置
図6  直接電離型パラジウム様イオン軟X線レーザーの実験配置

<関連タイトル>
自由電子レーザー装置 (08-01-03-15)

<参考文献>
(1) D. L. Matthews et al.: Phys. Rev. Lett. 54 pp.110-113 (1985)
(2) H. Daido et al.: Comptes Rendus, Special Issue on X-Ray Lasers, Serie IV, No.8, pp.999-1018 (2000)
(3) H. Daido et al.: Int. J. Mod. Phys.B11 pp.945-990 (1997).
(4) L. B. Da Silva et al.: Opt. Lett. 18 pp.1174-1176 (1993)
(5) B.Rus et al.: Phys. Rev. A (submitted for publication)
(6) J. Nilsen et al.: Phys. Rev. Lett. 70 No. 24 pp. 3713-3715 (1993)
(7) H. Daido et al.: J. Opt. Soc. Am. B16, 296-300 (1999).
(8) S. Maxon et al.: J. Appl. Phys. 57 pp.971-972 (1985)
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(10) L. B. DaSilva et al.: SCIENCE 258 pp.269-271(1992)
(11) J. Zhnag et al.: Phys. Rev. Lett. 78 pp.3856-3859 (1977)
(12) J. Zhamg et al.: Science 276 pp.1097-1100 (1997)
(13) J. E. Balmer et al.: IEEE J. Selected Topics in Quantum Electron.5,No.6,1435-1440 (1999).
(14) P. V. Nickles et al.: Phys. Rev. Lett. 78 pp. 2748-2751 (1997)
(15) J. Dunn et al.: Proc. SPIE July 2001 San Diego (to be published)
(16) B. E. Lemoff et al.: Phys. Rev. Lett. 74 pp.1574-1577 (1995)
(17) S. Sebban et al.: Phys. Rev. Lett. 86 No. 14 pp.3004-3007 (2001)
(18) J. J. Rocca et al.: Phys. Rev. Lett. 77 No.8 pp.1476-1479 (1996)
(19) C. H. Moreno et al.: Phys. Rev. E60 No.1 pp.911-917 (1999)
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